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坂本義教
著者:坂本義教(さかもとよしのり)
長年、医学、薬学関係の論文や科学史を専門に翻訳業を営んでいます。仕事柄、医学史に名を残す人物の経歴を目にします。そこには「えっ!」と思わせる意外な事実やエピソードが隠されています。自分一人の胸にしまっておくのももったいないと、あまり取り上げられることのない医師達の素顔を紹介しようと思い立ちました。収録しきれなかった興味深い事実がまだ多数あります。これからも掘り起こしていきたいと思っています。
コラム/健康・医療

Dr.医師 医学のトリビア大全(13)

[連載 | 完結済 | 全17話] 目次へ
疲労を科学した化学者ベルセーリウス、サリドマイドの危険性をいち早く察知した医師ケルシー、X線を発見したレントゲン、コカインを勧めたフロイトの4編を掲載。
48.疲労を化学する
 筋肉が疲労すると乳酸がたまる。これを初めて実証したのはスウェーデンの化学者ベルセーリウス(1779〜1848)である。彼は狩りで仕留めた鹿の肉内にリトマス試験紙を挿入し、まず酸性である事を確認した。その後、鹿の肉から乳酸を単離した、と報告したのである。ベルセーリウスは化学者として著名な人物であるが、医学博士の学位も取得している。その論文は「様々な疾患の患者に及ぼす電気ショックの影響」というものであった。

 本業の化学では、セリウム、セレニウム、トリウム、珪素などを含む多くの新元素を発見している。また彼の研究室で学ぶ学生達もリチウムやバナジウム、数種類の希土類を発見している。

49.復権
 復権を果たしつつある薬剤がある。1960年代前半に、優れた催眠薬として世界各地で使用されたサリドマイドである。しかし妊婦が妊娠初期に服用すると、胎児にアザラシ肢症等の奇形が発現するため、製造・販売は禁止となった。この危険性をいち早く察知したのがFDA(米国食品医薬品局)に勤務するDr.ケルシーであった。
 彼女は、サリドマイドの申請書類に疑問を感じた。というのも、鎮静作用を示さないネズミで動物実験が行われ、有害性のチェックを行っていたからである。そのため販売を許可しなかった。
 彼女の適切な判断のおかげで米国はサリドマイド渦を免れたのである。
 ところが近年、この薬剤がハンセン氏病やHIV感染、骨髄腫などに有効であることが分かり、治験的に使用されている。

50.物理学者の贈り物
 ドイツのヴュルツブルク大学の実験物理学者ウィルヘルム・コンラッド・レントゲン(1845〜1923)は、1896年1月1日、数名の男たちに、極めて珍しい写真を郵送した。密閉された箱の中に納められているにも関わらず針の形が見て取れるもの、一組の重りを撮影したもの、さらには手の骨を映し出した写真さえもあった。
 レントゲンがX線を発見したのは、クルックス管を利用し、陰極線を研究していたときのことである。レントゲンはこの管を黒い紙で覆い、側面から光線が漏れないようにした。その後研究室を暗くし電流を流した。陰極線が空気中で進める距離は1インチ以下でしかないにもかかわらず、クルックス管から3フィート離れた仕事台上に緑の光が輝いていたのである。
 レントゲンはクルックス管とスクリーンの間に異なる物質を置いてみた。木材を置くと輝きはやや暗くなった。ところが鉛片を置くと、完全に光らなくなったのである。
 ある日、レントゲンは、クルックス管と蛍光紙の間に自らの手を置いてみた。するとスクリーン上に奇妙な影が現れた。その影は自分自身の手が作り出した影であった。つまり光線は、手を通り抜け、蛍光紙の上に骨と肉の暗い影と淡い影を作り出したのである。
 後にレントゲンは、この光線は写真フィルムを巻き付けた紙をも通過しうることに気づいた。そこでレントゲンは、クルックス管と遮蔽した写真版の間に自分の手を置きこれを現像し、骨と肉が映った例の写真を手にした。
 レントゲンはこの奇妙な光線について研究を行ったが、正体を突き止めることはできなかった。そのためX線と命名した。X線の有用性にいち早く気づいたのは医師達であった。今や身体の内部を撮影できるようになったのだから。レントゲンは未知なる物の発見で第1回ノーベル物理学賞(1901年)を受賞した。

[コラム1]
 レントゲンは若気の至りか高校時代に退学処分を受けている。友人の罪を被ってのことであるが。

[コラム2]
 「X線はでっち上げである」英国の数学者・物理学者ケルヴィン卿(1824〜1907)の言葉。


51.フロイトの失敗
 コカ属に分類される植物は南米のボリビアやペルーに自生していた。現地の人々は、空腹や喉の渇きを抑え、疲労を癒すために、少量の石灰岩や植物の灰と共にコカの葉を噛んでいた。
 この葉に含まれるアルカロイドがコカインであり、粘膜に対し強力な局所麻痺作用を有する。同時に陶酔感も得られるため麻薬に指定されている。
 オーストリアの精神科医(精神分析の創始者)シグムンド・フロイト(1856〜1939)は、コカインは万病に効くと考え、その利用を勧めていた。またモルヒネ中毒の治療にも有効と考え、モルヒネ中毒者であった友人にもコカインを常用させ、重度のコカイン中毒者としてしまった。そのため、後年、名声を得る一方で大いに非難されることとなった。
(つづく)
(初出:2013年11月19日)
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登録日:2013年11月19日 21時43分
タグ : 医学史 トリビア

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