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宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/エッセイ

ビーチボーイズ白浜に吠える(11)

[連載 | 完結済 | 全13話] 目次へ
盛り上がるキャンプ。焚き火越えに挑んだシンさんが薪に足をぶつけ……。サモ・ハン・キンポーが落下してゆく。
■落下するサモ・ハン・キンポー

「いいですか? ふみきりのタイミングに気をつけてください」
 まるでドラマに出てくる正しい体育教師のように、川俣さんが言った。
 なんだ、なんだ。
 いつもの冷静沈着質実剛健早寝早起き朝飯にはみそしると納豆ね――の川俣さんに戻っているじゃないか。
 ついさっきまで、狂ったように「あちょー!」と叫びつつ、くたびれたほうきを上段に構え、炎の中のモノノケにむかって闘いを挑んでいた川俣さんと同一人物とは思えない。
「えっとね。こっちから飛んだ方が楽ですよ」
 じゃじゃっと、ジェット山中がつま先で砂浜に滑走路を描いた。
 おたまとしゃもじを両手に持ち、それを頭の上に高く上げたジェット山中は、まるでエプロンから滑走路へ戦闘機を誘導するマーシャラーのようだ。
 じゃんちゃちゃーんちゃちゃん。
 気のせいか、映画『トップガン』のテーマが聞こえる。
 マーシャリングをするジェット山中が歌っているのだった。
「おー!」
 川俣さんが叫んだ。
「ゴー!」
 たかこが叫んだ。
 盛り上がってきたぞー!
 僕も乗り遅れてなんかいられない。
「赤コーナーよりタイガージェット・シン選手の入場です!」
 懐中電灯を口元に叫んだ。
「宇佐美さん、それ、ちょっと違う……」
 おっと、場のテンションを一気に下げてしまった。
 すまん、すまん……。
「よーし!」
 シンさんは、二、三歩後ろに下がり、ふうっとゆっくり息を吐き出した。
 時間が少しだけ止まった。
 シンさんがかっと目を見開いた。
「はーい! はい! はい! はい!」
 シンさんが叫んだ。
「おまえはサモ・ハン・キンポーか!」
 誰かがそう声をかけると、みんながどっと笑った。
 いやはや、よくわからないかけ声だが、とにかくまあシンさんは助走にはいったのだ。
 シンさんが蹴った砂が彼の後方で勢いよく舞い上がっている。
 炎は一段と勢いを増していた。
 僕は座り込んで、ファイダーを覗く右目に全神経を集中させた。
 人差し指の先でシャッターボタンの上に小さな円を描く。
 シャターを押す指に力を込めてはいけない。
 女性のピンポイントを優しく愛撫するように押すのだ。
「はーい! はい! はい! はい!」
 揺れる炎の間から走ってくるサモ・ハン・キンポー……、じゃなかった、シンさんが見えた。
「だ、だっだ、だあ!」
 これもよくわからないかけ声だけど、とにかくまあシンさんがジャンプした。
 僕はほんの少し我慢する。
 動きのある写真というのは、少し我慢した方がいい写真になるのだ。

 がつ

 いやな音がした。
 シンさんが、炎を吹き出している薪に足をぶつけたのだ。
 僕はシャッターを切った。
 一瞬、シンさんの身体が空中でフリーズした。

 荒木飛呂彦が描いた空条承太郎のスタープラチナのように時を止める能力があったら、この状態のシンさんを救い出す事ができるのに。
 しかし、次の瞬間やはり時間は動きだし、なんと、シンさんは燃えさかる炎の中に落ちていったのだ。
「ああああああああああああああああ!」
 全員が叫んだ。
 シンさんが砂浜にころがり、灰が彼を包んだ。
 グレイにぼやけた世界の中でシンさんが砂に顔を伏せたまま、動かない。
 川俣さんが真っ先にシンさんの元にかけよった。
「靴に火がついてます!」
「すぐ消せ!」
「大丈夫か?」
「けっ!」
 大騒ぎになった。
「あ、あの……携帯が……」
 シンさんが弱々しくつぶやいた。
「携帯がないそうです!」
 川俣さんが叫んだ。
「火の中か!」
「探せ!」
「ないぞ!」
「おい、誰かシンさんの携帯にかけてみろ!」
「うん」
 シンさんの横に片膝をついた美青年イイサカが、尻ポケットから素早く携帯電話を取り出した。
「番号は?」
 シンさんが告げた番号をイイサカが入力すると、すぐに場違いなメロディが流れてきた。
 ちゃららーんらんらんらん。
「セーラームーンかよ!」
 幸いなことに、シンさんの携帯電話は炎から離れた砂にめり込んでいた。
 よかった。
 着信音がセーラームーンだけど、よかった。
 ほんとうによかった。
 セーラームーンだけど……。
 よかったあ……。
 僕は砂浜に大の字になった。
「ふう」
 川俣さんとジェット山中も大の字になった。
「くう」
 僕の頭のすぐそばでたかこがひっくりかえった。
 仲間たちが次々と砂浜に寝っ転がっていく。
 静かだ。
 みんな黙っている。
 空は低く重い。
 視線のすみで、焚き火は何事もなかったかのように闇の中で踊り続け、潮騒は時を刻むようにいつまでも僕たちの耳の奥を打ち続けていた。

 ぽつり

「あれ……」
 2、3滴、僕の頬で小さな雨粒が弾けた。
 と、思ったら、次の瞬間にはプールをひっくり返したような大雨になった。
「もうなにがあっても許さんからね! きーっ!」
 と、いった、もう根性入りまくりの情け容赦ない雨が降ってきたのだ。
「わあー! なんなんだよ! まったく!」
「うひゃあ、まいったあ!」
「やだあ!」
「わあ、ついにきたかあ!」
「けっ!」
「スーパーレインマン!」
 僕たちは口々に叫び、売店の前に避難した。
 まったく白浜オフでは、みんなよく叫ぶのだ。
 売店の前には広い屋根があって、この大人数でも雨を避け、オフを続けることができる。
「この中には入れないのかなあ」
 本庄保育所副園長、井上優は売店の古ぼけた木製の戸をこじ開けようと試みた。もちろんびくともしない。
「ダイちゃん、ここを破壊せよ!」
「あほか!」
「ターゲットスコープオープン!」
「波動砲かよ!」
 そんなことをしているうちに、屋根からしたたり落ちる水滴があっという間に滝のようになった。
「はーい! はい! はい! はい!」
 シンさんは、カンフーの声をあげながら、銃弾をよけるサモ・ハン・キンポーのように水たまりのまわりをスキップしている。

「うひゃーい! シャワーだあああい」
 こんな状況でも、川俣さんはあいかわらず陽気だ。
 さすがB型である。
「ようし」
 おんなじ血液型を持つわたくしもがんばらねばなるまい。
「たんとだほい。たんとだほい。たんとだほいほいほーい」
 歌ってみた。
 しかし、誰も加わろうとはしない。
 むなしい。
「ううー、気持ちいいよー」
 川俣さんは、滝のような雨に足だけを差し出し、こびりついた砂を流している。
 おお、なかなかよさそうじゃないか。
 さっそく、みんなで川俣さんのまねをして、「あああああ」と、ピンク色の声を上げた。
「大丈夫。通り雨だ。すぐにやむ」
 都農兄さんが言った。
 都農兄さんが言い切ると、ほっとするなあ。
「大事なモノ、あの雨の中に置き忘れていないでしょうね」
「カメラはここに……」
「玉田さんの天体望遠鏡は?」
「なあに、でかいビニールシートをかぶせてあるので、なんとかなるでしょう」
 玉田さんは腰に手をあて、分厚い雨のカーテンむこうを見ていた。
 二度も苦労して集めてきた流木で作った、焚き火の心配をしているのだろうか。
「焚き火はもうダメでしょうね……」
 シンさんが低くつぶやくと、雨を見つめていた人々の間からどよめきが起こった。
 自分を飲み込んだ焚き火を心配している……。
 憎くはないのか……。
 りっぱだ……。
 さすが……。
 サモ・ハン・キンポー……。
 みんなの目がそう語っていた。
「こんなに降ってるんだもんなっ」
 都農兄さんが、そう言って舌打ちした。
「やんだとしても、雨を含んだ、流木を薪に復活させるにはちと時間がかかりそうだね」
「消えちゃったかなあ」
「むりだよ」
「じゃあ、ちょっと見てくる!」
 シンさんが飛び出すと、おれもおれもと全員が飛び出していった。
 みーんなずぶぬれだ。
 焚き火は……。
 おお、なんとかすかに燃えていたのだ。
「おおい、大丈夫だよーん」
 下唇高木だ。
「傘をさしといたからねー」
 下唇高木はそう言って、うひゃうひゃとうれしそうに笑った。
 彼は2本の傘をさしていた。
「おい、ずっと立っていたのか?」
 驚いた。
「うん。まあね。まあ、することないしね」
 じーん、ときた。
 じつにいいのだ、と思った。
「ありがとうね」
 僕が言うと、
「いいよ、そんな」
 と、照れるように頭を揺すり、3メートルほどの火のついた薪の端を持ってジャイアントスイングをする下唇高木であった。
「あちちちちちちち」
 その3秒後、指先を思いっきりヤケドした、下唇高木はやっぱり少しアホである。
 それからしばらくして、雨は蛇口を閉じられたように突然やんでしまった。
 天の神様、ありがとう。
 佐藤さんが薪を大きく揺らすことで空気を送りこみ、僕はホワイトガソリンをぶっかけ、焚き火の完全復活を助けた。
(つづく)
(初出:2003年03月)
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登録日:2010年06月01日 15時08分
タグ : キャンプ 焚き火

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