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宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/エッセイ

ビーチボーイズ白浜に吠える(13)

[連載 | 完結済 | 全13話] 目次へ
ビーチボーイズ、最終回。怖い話しでメンバーを恐怖のどんぞこにたたき落とす著者。深夜2時を過ぎ、それぞれ寝床に戻り、静かな夜を迎える。
■怖い夜は続かない

 撮影の仕事で御池少年自然の家に泊まった時の話し。

 眠れなかった。
 もうすぐ日がかわるという時間だ。
 僕を悩ましているのは、いびきだ。
 それも高架下に匹敵するような大いびきだ。
 耳を枕でふさいでも、その振動が身体を揺さぶるような気がする。
「だめだ、こりゃ……」
 耐えられなくなった僕は部屋を出た。
 草と土の香が鼻をついた。
 御池少年自然の家は、霧島屋久国立公園の中にあり、当然、施設の外に出るとネオンどころか人家の灯りすらない。
 そのかわり、見上げる真夏の星空は素晴らしい。
 仰向けに寝ころべば、星の海に落ちていく錯覚すらするのだ。
 僕は星と月の明かりだけを頼りに、駐車場まで歩き、自分の車の後部座席に潜り込んだ。
 シートをフルフラットにして、僕は目を閉じた。
 静かだ。
 微かに虫の音が聞こえるだけだ。
 一日中、機材を抱えて山の中を歩きまわったので、とても疲れていた。
 もう、瞼は開かない。
 身体も重い。
 僕は沼に沈むように、ゆっくり夢の世界へ落ちていった。
 すぐに明るい光が見えてきた。
 楽しい夢の世界が始まる。
 と、その時。

 ばん

 頭の中をぶん殴られたような不快な音に僕は目を覚ました。
 なんだ。
 考える余裕もなかった。

 ばん

 すぐに激しい音が響いたのだ。
 わかった。
 車のウィンドゥを誰かが掌で叩いている。

 ばん

 ばん

 音は車の周りを回り始めた。
 悪戯《いたずら》か?
 僕はパニックになっていた。
 飛び出してそれを確かめたい。
 が、心がそれを拒んでいる。
 ぴくりとも動けないのだ。

 ばん

 ばん

 やめろー!
 叫びたかった。
 しかし、声も出ない。
 苦しい。

 ばん

 ばん

 いったいどのくらいの時が流れたのだろう。
 ふいに身体が動いた。
 身体が動くと同時に音が止んだ。
「くそっ!」
 僕は、右の拳にタオルを巻いて外に飛び出した。
 が。
 誰もいなかった。
 深い闇しかない。
「夢……か……?」
 助手席から懐中電灯を取り出して、あたりを照らしても何もない。
 丸い光が微動している。
 僕の手が震えているのだ。
 背中を丸め、僕は後ずさりした。
 車にまとわりついた露が背中を濡らした。
 ふと、光を車のウィンドゥにあてた。
「ぐっ!」
 心臓を鷲づかみにされたような恐怖に、僕は声を上げてしまった。
 そこには無数の小さな掌があったのだ。

「かんべんしてよー!」
 ビールの缶を手にした佐藤さんが、甲高い声で言った。
「今、自分たちがいる場所がやばく思えるじゃないですか」
 ケンケンが小声で言った。
「ふふふふ、まだ、あるよ」
 さらに、東北をツーリング中、テントが多くの足音に囲まれた話しや、天井が落ちてくるアパートの話しなどして、彼らを恐怖のズンドコに叩き落としてあげた。
 ふと、顔を横に振ると、以前、恐怖体験をした日暮さんが少し離れたところで、ビールを飲んでいた。
「日暮さん」
 僕は彼女に手を振った。
「なあに」
 小さな日暮さんがぴょんぴょんと僕のそばに飛んできた。
「ほれ、例のトイレの声の話し、しようよ」
「いや! いやいやいやいやいやいや!」
 日暮さんは、耳をおさえて逃げていってしまった。

 話しはこうだ。
 場所は僕が以前勤めていたスタジオで、時間は夜の8時。
 もう閉店の時間だ。
「恐いから宇佐美さん、一緒に2階にあがってくれないかなあ。トイレの外で待っていてよう」
 と、日暮さんは僕の袖をひっぱった。
 2階のスタジオの明かりは全部落としていた。
 霊感の強い日暮さんは、いつも暗闇を怖がっていた。
 特に部屋の角が恐ろしいと言う。
 暗闇の中の何かと時々目があったりするのだそうだ。
「わかった、わかった」
 と、言ったものの、下で岩下理恵ちゃんと話しをしていた途中だったので、日暮さんだけを残しておりてきてしまったのだ。
 しばらくして、日暮さんは真っ青な顔で階段を駆け下りてきた。
「脅かさないでよ!」
 日暮さんは、僕の顔を見るなり怒鳴りつけたのだ。
「え、何の事?」
「やめてー! って言ってるのに、何度も私を脅かしたでしょう」
「うー、宇佐美さんはずっとここにいたよ」
 岩下理恵ちゃんが言った。
「でも、ドアのすぐそばで子供の声がしたよ。え? じゃあ、あれ、何?」

 なあんていう話しを続けていたら、あっと言う間に夜はふけ、魑魅魍魎《ちみもうりょう》が本格的な活動をはじめる時間になってしまった。
「げえー、もう2時じゃん!」
 日暮さんが立ちあがった。
「帰ろう、帰ろう! やばい、やばい!」
 まだ話していたいよう……、と駄々をこねる岩下理恵ちゃんを引きずるようにどたばたと帰っていってしまった。

 僕は、魑魅魍魎の相手をしつつ3時半に寝て、6時に起きた。
 怖い夜は続かない。
 朝は必ずやってくる。
 基地の後片づけをしなくちゃいけない。
 ところが、すでに、都農兄さんと玉田さんは起きていて、基地はすっかり片づけられていた。
 さすがである。
 砂浜から煙があがっている。
 驚いたことに、夜通し降り続いた雨に焚き火が耐えきったのだ。
 そのほぼすべてが灰になっていた。
 雨の中、がんばって燃え続けていたんだなあ。
 ビーチボーイズが浜にせいぞろいした。
 みんな眠そうだけど、いい顔してる。
 大雨にはまいったけど、楽しいキャンプだった。
 ステキな仲間に恵まれた僕は、もしかしたら今が一番幸せなんじゃないか、とふと思ったりした。
 ジェット山中は東京に行ってしまうけど、いつかまたうんざりするくらい一緒に遊べる日がくるだろう。
「それでは、一本締めをします。よおう」
「ぱん!」
 川俣さんの音頭で一本締めをした。
 僕は昨日買った、ブーメランを力まかせに海にむかって投げた。
 水平線を断ち切るようにブーメランは飛ぶ。
 しかし、何度投げても、僕の手元にそれは戻ってこなかった。
 簡単なモノは、おもしろくない。
 うまくいかないから、おもしろいのだ。
 僕はこれからもうまくいかないおもしろいモノをずっと追い続けていこうと思う。

(初出:2003.03)


■あとがき

「おもしろそうですね。ぜひ、やってみたいです」
 白いワイシャツにネクタイ姿の上金君はそう言って、人なつっこい笑顔を僕にむけました。
 東京出身、帯広畜産大学卒業の上金君は、北海道から軽自動車で3日間もかけて宮崎にやってきたのです。
 その日初対面の僕は宮崎カメラにやってきた上金君にサーフィンをすすめたのでした。
 上金君は見ず知らずの僕を疑う事なく、サーフィンへの挑戦を決めたのです。
 宮崎カメラにも大勢の男子社員がいます。
 僕はその全員にサーフィンをすすめていましたが、みな、怖い、危険、という理由で断ってくるのでした。
 無謀な事をすればどんなスポーツでも危険です。
 正しい知識を持って、自分に見合った波の中で行えば、これほど密接に自然と対話できるスポーツは他にはありません。
 僕がサーフィンは安全にできる、という説明をする間もなく、上金君は次の休みに海に行くという事を決めたのでした。
 僕の方がそんなに信頼されていいのだろうか、とドキドキしたくらいです。

 南国宮崎といえども3月の海はやはり冷たいです。
 上金君のためのサーフボードを用意する事はできたのですけど、ウェットスーツがありません。
 僕は上金君の2倍の体重なので、彼が僕のウエットスーツを来たら、ドリフターズのコントのお相撲さんになってしまうのです。
 もう少し暖かくなってから始める事をすすめたのですけど、社員旅行でハワイに行くことも決まってしまったので、それまでにサーフィンをものにしようと思ったのでしょう、上金君は海水パンツの上にジャージを着て海に入りました。
 水を吸って重くなったジャージは体力を相当奪うはずなのに、上金君はそんな疲れなど微塵《みじん》も見せず、何度も果敢《かかん》に挑戦し続けていました。
 波を見極める力とボードを前に進めるパワーは初心者にはありませんので、上金君には岸に向かってボードに腹這いになってもらい、乗れそうな波がきたらタイミングを見計らって、僕が後ろから押していました。
 ボードが水の上を滑りだし、その上に立ち上がろうとするたびに、上金君は海に落ちていきます。
 それでも、練習を開始して1時間ほどで上金君は見事に海の上を滑っていました。
 かなり早く立つ事ができたので、僕はとても驚きました。
 何ヶ月練習しても立つ事すらできずにサーフィンをあきらめていく人がいるくらいなのですから。
「やったあー!」
 上金君が空にむかって拳を突き上げました。
 空は真っ青で、海はどこまでも蒼く輝いていました。
 素晴らしい瞬間でした。

 7年も前の事です。

 上金君が亡くなったという知らせを聞いたのは、東京の桜新町でした。
 上金君とほぼ同時期に僕がサーフィンを教えた、ケンケンが知らせてくれたのです。
 僕は脱臼した指を治療しに整骨院をたずね、そこを出た時にそれを知りました。
 見上げると、東京の空は青く澄んでいました。
 ふと、宮崎の空とあの時の上金君の笑顔を思い出しました。
 もうこの青空の下で上金君と絶対に再会できない、と思うと、唇が震えてきました。
 足を引きずるようにして駅にむかい、心の痛みに耐えきれなくなった僕はコンビニの前のベンチに座りこみ泣きました。

 とても悔しくて、残念な事ですが、泣いても上金君は帰ってきません。
 僕は上金君に出会って素晴らしい時間を過ごせたと思います。
 上金君には、今を大事に精一杯に生きる、という事を教えてもらいました。
 前進し続けるパワーももらいました。

 最高の友、ビーチボーイズ北海道支部長、上金君へ。
 心からご冥福を祈りつつ、ビーチボーイズの物語を捧げます。
(了)
(初出:2003年03月)
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登録日:2010年06月01日 15時26分

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