
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/エッセイ
ビーチボーイズ白浜に吠える(9)
[連載 | 完結済 | 全13話] 目次へ
シンが出た穴に、ふざけてアゴだし水野が頭から飛びこんだものの、自力では出られない様子。あせったメンバーは救出に乗り出す。
■穴で溺《おぼ》れる
それから1時間ほどいろいろな買い物をして白浜の基地に戻ると、缶ビールの数がかなり減っていた。
浜を見ると、シンが埋まっていた穴に、アゴだし水野が頭からつっこみ、突き出た爪先に、イイサカが猫のようにじゃれついている。
その近くで、缶ビールを握りしめた佐藤さんが、「きもちいいざんすー」とでもつぶやくように砂浜に大の字になっていた。
「あれ、なんかへんじゃない?」
川俣さんの顔から笑みが消えた。
「でられないのかなあ」
都農兄さんが、僕たちに並んだ。
アゴ出し水野はふざけて穴に頭から飛び込んでみたものの、自分で脱出できなくなって真剣に苦しんでいるようだ。
アゴ出し水野の爪先にじゃれていたイイサカも、シャレにならない状況になっているのに気づいたのか、血相をかえて基地に走ってきた。
「助けてあげてー!」
イイサカは咳き込みながらそれだけを言うと、またアゴ出し水野の元に戻り、足首をつかんで引きずりあげようとするのだった。
そのすぐ近くでは、缶ビールを握りしめて熟睡してしまった佐藤さんが雑巾になっていた。
彼のアロハが海水でずぶぬれになっている。
潮が満ちてきたのだ。
「ヤバイ!」
シンが大声を出したのが合図かのように、メンバー全員が駆け出した。
「穴は狭いから、中で身体を反転させることはできないんですよ」
シンは走りながら言った。
「浸水していなければいいが……」
都農兄さんの、低い声が聞こえた。
「佐藤さんのところまで満ちてますから、もう穴の中には水が入っているはずです!」
シンが怒鳴るように言った。
「穴の中でおぼれたらしゃれにならないよう」
「けっ!」
「狭い穴の中で逆さになったまま、自分の身長分、両腕で身体を持ち上げていくなんてスパイダーマンみたいな芸当、無理だよ」
アゴ出し水野の身長は、180近い。
体育会系だから腕の力はあるのだけど、砂壁を掌で押すたびにそれは崩れてしまっているはず。
大きな身体を自力で上げるのは不可能だ。
「なんてこったい!」
「オレ、人口呼吸の講習をうけていますよ」
川俣ジュンジさんが言った。
「うん。もしもの時は頼みます」
そう言って、僕はイイサカを押しのけて、アゴ出し水野の足首をつかんだ。
軽自動を持ち上げた事もある。
背筋と腕の力には絶対の自信があるのだ。
「オレも!」
綱引き名人、ふとんのまつおかが、僕にならんだ。
たのもしい男だ。
「ひーん、ひんひん」
ペタンと座り込んだイイサカが泣き出している。
「イイサカ、泣くな! まつおか、いくぞっ!」
「おす!」
「ふん!」
一気に引きあげた。
アゴ出し水野の髪はずぶぬれで、砂にまみれた顔には色がなかった。
傾いた方に頼りなく倒れてしまうゴミ袋か人形のようだ。
「水野くーん!」
イイサカが、叫んで抱きついた。
「げっ」
イイサカにはねとばされた僕とまつおかは穴に落ちそうになった。
「だい……じょうぶ……だから……」
アゴ出し水野が小さく唇を動かした。
「無事でなりより」
都農兄さんが静かな声で言った。
「よかった。でも、ちょっと人工呼吸試してみたかったな」
川俣ジュンジさんがアゴ出し水野の背中を軽く叩いた。
「はは……。男にキスされたかないですよ……」
アゴ出し水野がつぶやくように言った。
「そうだよな。まったくだ」
都農兄さんが、豪快に笑った。
「へへへ……」
アゴ出し水野は、イイサカの肩を借りて立ち上がった。
「ところで、あれどうします」
ふとんのまつおかが、お気楽笑顔で波に身体を洗われる佐藤さんを指さした。
「50センチだけ移動させてください」
「それだけですか?」
「じゃあ、60センチ」
「いや、せめて1メートル」
「70センチ。もうまけないよ」
「90センチで手をうちましょうよ、だんな」
「だれがだんなじゃい。ええーい、75センチでどうだ」
「買った!」
そうして雑巾の佐藤さんは、75センチ基地に近づけられたのであった。
それから1時間ほどいろいろな買い物をして白浜の基地に戻ると、缶ビールの数がかなり減っていた。
浜を見ると、シンが埋まっていた穴に、アゴだし水野が頭からつっこみ、突き出た爪先に、イイサカが猫のようにじゃれついている。
その近くで、缶ビールを握りしめた佐藤さんが、「きもちいいざんすー」とでもつぶやくように砂浜に大の字になっていた。
「あれ、なんかへんじゃない?」
川俣さんの顔から笑みが消えた。
「でられないのかなあ」
都農兄さんが、僕たちに並んだ。
アゴ出し水野はふざけて穴に頭から飛び込んでみたものの、自分で脱出できなくなって真剣に苦しんでいるようだ。
アゴ出し水野の爪先にじゃれていたイイサカも、シャレにならない状況になっているのに気づいたのか、血相をかえて基地に走ってきた。
「助けてあげてー!」
イイサカは咳き込みながらそれだけを言うと、またアゴ出し水野の元に戻り、足首をつかんで引きずりあげようとするのだった。
そのすぐ近くでは、缶ビールを握りしめて熟睡してしまった佐藤さんが雑巾になっていた。
彼のアロハが海水でずぶぬれになっている。
潮が満ちてきたのだ。
「ヤバイ!」
シンが大声を出したのが合図かのように、メンバー全員が駆け出した。
「穴は狭いから、中で身体を反転させることはできないんですよ」
シンは走りながら言った。
「浸水していなければいいが……」
都農兄さんの、低い声が聞こえた。
「佐藤さんのところまで満ちてますから、もう穴の中には水が入っているはずです!」
シンが怒鳴るように言った。
「穴の中でおぼれたらしゃれにならないよう」
「けっ!」
「狭い穴の中で逆さになったまま、自分の身長分、両腕で身体を持ち上げていくなんてスパイダーマンみたいな芸当、無理だよ」
アゴ出し水野の身長は、180近い。
体育会系だから腕の力はあるのだけど、砂壁を掌で押すたびにそれは崩れてしまっているはず。
大きな身体を自力で上げるのは不可能だ。
「なんてこったい!」
「オレ、人口呼吸の講習をうけていますよ」
川俣ジュンジさんが言った。
「うん。もしもの時は頼みます」
そう言って、僕はイイサカを押しのけて、アゴ出し水野の足首をつかんだ。
軽自動を持ち上げた事もある。
背筋と腕の力には絶対の自信があるのだ。
「オレも!」
綱引き名人、ふとんのまつおかが、僕にならんだ。
たのもしい男だ。
「ひーん、ひんひん」
ペタンと座り込んだイイサカが泣き出している。
「イイサカ、泣くな! まつおか、いくぞっ!」
「おす!」
「ふん!」
一気に引きあげた。
アゴ出し水野の髪はずぶぬれで、砂にまみれた顔には色がなかった。
傾いた方に頼りなく倒れてしまうゴミ袋か人形のようだ。
「水野くーん!」
イイサカが、叫んで抱きついた。
「げっ」
イイサカにはねとばされた僕とまつおかは穴に落ちそうになった。
「だい……じょうぶ……だから……」
アゴ出し水野が小さく唇を動かした。
「無事でなりより」
都農兄さんが静かな声で言った。
「よかった。でも、ちょっと人工呼吸試してみたかったな」
川俣ジュンジさんがアゴ出し水野の背中を軽く叩いた。
「はは……。男にキスされたかないですよ……」
アゴ出し水野がつぶやくように言った。
「そうだよな。まったくだ」
都農兄さんが、豪快に笑った。
「へへへ……」
アゴ出し水野は、イイサカの肩を借りて立ち上がった。
「ところで、あれどうします」
ふとんのまつおかが、お気楽笑顔で波に身体を洗われる佐藤さんを指さした。
「50センチだけ移動させてください」
「それだけですか?」
「じゃあ、60センチ」
「いや、せめて1メートル」
「70センチ。もうまけないよ」
「90センチで手をうちましょうよ、だんな」
「だれがだんなじゃい。ええーい、75センチでどうだ」
「買った!」
そうして雑巾の佐藤さんは、75センチ基地に近づけられたのであった。
(つづく)
(初出:2002年06月)
(初出:2002年06月)
登録日:2010年06月01日 14時12分
タグ :
キャンプ
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