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井上真花
著者:井上真花(いのうえみか)
有限会社マイカ代表取締役。日本冒険作家クラブ会員。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都文京区に在住。1995年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「オフィスマイカ」を設立。
エッセイ/エッセイ

電車に棲む人々(2)

[連載 | 連載中 | 全3話] 目次へ
晴れて東京都民となった著者の、電車の中での出来事二編。オジイサンに席を譲られてしまったり、せっかく座れた座席から押し出されるも、おばちゃんの迫力に圧倒されるのだった。
■オジイサンに席を譲られてしまう

 ……どうして目の間が離れてる人は、あごがしゃくれてるんだろう。
 ……どうしてまつげの長い人の唇は厚いんだろう。
 相変わらず、んなしょうもないこと考えながらぼーっと電車に乗っていると、目の前の座席に座っていた人が席を立った。らっきー、やっとこれで座ることができると思い、ふと隣を見ると、運悪くお年を召したおじいさまが立っているのが目に入ってしまった。かくしゃくたる紳士である。どう見積もっても、これは70を軽く越していらっしゃる。人として、ここは彼に席を譲らねばならないだろう。私は残念そうに、彼の顔をちらと見た。実に間が悪いというか、ちょうどその時彼と目があってしまった。
 突然彼は、手を座席へと差し出した。
「どうぞお座りなさい」
 けっこうなお声である。車内に朗々と響きわたる。
「は」
 なんともつかない返事をすると、彼はもう一度繰り返す。
「いいから、座りなさい。わたしはもうあと3つ先の駅で降りるからいいんだ。あなたが座りなさい」
 ……これは困った。だってだって、私だってあと2つ先の駅で降りるんだもん。
 彼の目を見た。その目は、親切な輝きに満ちていた。しかも、困ったことに彼、威厳までふりまいていらっしゃる。散々悩んだ末、私は肝をすえた。
「ありがとうございます」
 ご厚意は受け取ってしまえ。とりあえず座ってしまおう。あとは野となれ、だ。
 おじいさんは満足そうに微笑んだ。しかし、問題は2つ先の駅。そこでわたしは電車を降りなくてはならない。しかも、彼の予測を反して彼よりも先に降りるのだ。が、よく考えてみるとこのオジイサン、結構無茶な人である。私が彼より長く電車に乗ると決めつけた訳を、ぜひ教えていただきたいものだ。
 なんてことを考えているうちに、駅はどんどん近づいてくる。
 一瞬、3つくらい乗り越して戻ろうかとも思ったが、それもちょっとばかばかしいと思ってやめた。女は度胸、とひとりごちる。
 駅が近づき、やたらと気合の入った私は断固とした表情で立ち上がる。
 お、という顔のおじいさんにむかい、一礼。
「ありがとうございました」
 そそくさと降りる。決して振り返らないこと。私が降りたあとに、あと1駅しか電車の乗っていないオジイサンが果たしてあの席に座ったか、はたまた別の若人に「お座りなさい」を繰り返していたかは、さだかでない。


■それはないでしょ、無茶なオネエサン

 ある日、ふってわいたような災難のお話。

 いつものように、わたしは新宿で電車を待っていた。新宿始発だから、1台乗り過ごせばどうにか座席に座れる。当時まだ海老名に住んでいた身としては、50分立ちっぱなしは非常に辛く、ぜひとも座る必要があった。幸い、その日は最前列に並ぶことができた。これなら席に座るのは楽勝。私は安心し、いつものようにホームでログ読みなんてしていた。

 やがて、電車がホームに滑り込んできた。速やかに列はドアの前に並び、ドアがあいた。私は難なく席に座ることができた。そこまではよかったんだが……。
 やれやれ。安心したのも束の間。あっという間に席はいっぱいになり、何故かわたしは席の前に押し出された。
「?」
 びっくりして隣をみると、席はいつのまにかいっぱいになっていた。いっぱいなのは分かるけど、なんでわたしが押し出されたの?
 試しに人数を数えてみた。
 はしから数えて1、2……そこには、わたしを含め合計8人もの人間が座っていた。普通、座席人数は7人、昼間だとだいたい6人程度でいっぱいになるはずの席に、8人。これはキツいに決まっている。
 私に与えられた面積は、子供がやっと座れる程度。肩幅にも満たない。
 最前列に並び余裕で座れるはずのわたしが、まるで無理に座席に割り込んだ人のように肩幅を縮めて背もたれにも届かず、申し訳なさそうにお尻を半分だけ滑り込ませている状態。これには納得がいかない!
 キッと隣人をにらんでみるが、彼だって前のほうに並び、余裕で座れるはずだった人。きまりわるそうにうつむかせても、彼に罪はない。しかし、これでは眠ることもできない。まことにけったくそ悪い。
 ゆっくりと見回して、真ん中あたりに悠々と座っているきゃしゃな女性を発見した。あいつのせいだきっと、と決めつける。だって、後ろのほうの人が無理に割り込んだら、きっと真ん中あたりになるに違いないもの。
 私は、呪いの言葉を繰り返しながら席を立った。こんな狭いところに座っていても、全然楽なんかじゃないからだ。もう一台待とう……とホームに降りると、すでにそこには次の列車を待つ長蛇の列が。とてもじゃないけど、座れそうにない。未練たっぷりに今の列車を振りかえると、座席には再びぎっしりと人間がひしめいていた。私の座ってた場所には、今やかなり幅の広いおばちゃんが陣取っている。さっきの8人寿司詰め状態よりも、さらに条件は悪化していた。例のきゃしゃな女性は、雑誌を広げることもできず居心地悪そうに座っている。ざまあみろ、と笑いつつも、私の立った席にそのでっかいお尻を収めたおばちゃんの心意気にすっかり圧倒されてしまった。圧巻、おばちゃん。やっぱり私はまだまだ未熟者である。
(つづく)
(初出:1998年05月)
登録日:2010年05月30日 16時09分
タグ : 人間観察

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