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井上真花
著者:井上真花(いのうえみか)
有限会社マイカ代表取締役。日本冒険作家クラブ会員。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都文京区に在住。1995年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「オフィスマイカ」を設立。
エッセイ/エッセイ

二人暮らし(1)

[連載 | 完結済 | 全2話] 目次へ
息子さんを名古屋まで迎えに行く。別れのとき。「さびしくないかって?」大いに語る息子さん。思いがけぬ男の顔と子どもの無邪気さの同居。東京で二人暮らしのはじまり。
 まあいろいろあって、私と息子は今年3月より二人暮らしを始めることになった。彼はすでに小学校を卒業し、こちらで中学入学という段取りである。これまで三重の山奥で野猿となって走り回っていた彼にとって、東京で中学生活をスタートするというのは大変覚悟のいることであったようだ。
 また、いろいろあってそれまで気ままに一人で暮らしていた私にとっても、かなり覚悟のいることであった。しかし、やっと親子が一緒に暮らせるのだから、多少の苦労はなんのその。不器用な私たちだけど、なすびだって生きてるんだからとギリギリのところで妙に楽観的に二人三脚的生活を始める二人であった。


■息子、上京

 複雑な心地で息子のカバンを抱えた。
 名古屋駅、親子の再会でもあり、親子の別れでもあるこの瞬間である。息子の父親はしんみりと、しかし「あまり高いものは注文するなよ」と牽制することは忘れずに、昼食を私たちにごちそうしてくれた。おにいちゃんに千円騙し取られた娘は、いつになく優しく「いいよ、あげる」と太っ腹な一面を見せた。いつもとはどこか違う表情の2人である。 昼食のあと、どこでどう時間をつぶすのも不自然な感じがして、4人の足はなんとなく名古屋駅にむかった。こんな気分に慣れていない私たちは、楽しく会話するのもブルーな雰囲気になるのも嫌だから、とっとと別れてしまうしか手がなかった。

「じゃ、時間だから」

 私は息子の大きな荷物を抱え、ホームから新幹線に乗り込んだ。息子は父親に頭をなでられ、私のあとからついてきた。泣くかな、と心配したが、彼は笑顔で手を振っている。逆に、ホームに残った娘のほうが泣きべそ顔で、そちらのほうが心配になったくらいだ。 ホームから新幹線が滑りだす。

「大丈夫?」

 と息子に聞くと、

「うん!」

 と意外と元気な返事。

 さて、席を探してみようと振り返ったら、果たして客車はすでに満席状態。
 さっき生涯忘れないであろう別れを体験した彼に、これではあまりに味気ない。私は席をあきらめて、いつものようにグリーン車に向かって歩き始めた。もちろんグリーン車の券は持っていない。でも、グリーン車回りには心地よい場所がたくさん空いているってことを知っている。たとえば、電話ボックス。普通車と違い、ドアで仕切られた広い空間が確保されている。荷物置き場には、ぽっかりとひと一人座るのにちょうどいい窪みができている。

 一人で新幹線に乗る機会の多かった私は、いつもこういう場所でウォークマンを聞いたり、HP100LXを出して原稿を書いたりして快適な時間を過ごしていた。

 今日は、息子とふたり。いつもより多少広めの空間が必要である。と思いきや、やっぱり荷物置き場の窪みは空いていて、いかにも居心地よさそうであった。二人で入るにはちょっと狭いように思ったが、息子は、「いいじゃん、ここで」とさっさと座り込んでしまった。「恥ずかしいよ……」と抵抗を示すでもない。意外とサバイバルな男である。


■息子、多いに語る

 あまりにも普段と変わらない息子。仮にも、さっき父親や妹と別れてきたばかりである。これまで暮らしてきた人と別れるのは、どんな非情な人間だってつらいに違いない。しかし彼は、全然頓着していない様子。不思議に思った母親は、ひとこと彼にそのことをたずねてみた。

「さびしくないかって?」

 彼は少々顔を険しくする。おっ、と真顔になる私に向かって、彼はしみじみ語り始めた。

「さびしいわけないじゃん。ぼくはやっと、地獄から抜け出してきたんだよ。これでやっと救われるってんだから、嬉しくってしょうがないさ」

 彼は、5年から6年にかけて小学校でかなりひどいイジメを受けていた。そんなことは都会の学校でしか起こらないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。むしろ、田舎のほうがイジメは激しいと息子の父親は言っていた。

 彼のイジメの件で何度も学校から電話を受けた父親は、そもそも先生がなっていないからだとかなり怒っていたのを覚えている。息子の言う"地獄"とは、この先生や同級生から受けた迫害のことであった。どれだけ毎日つらかったか、どんなに奴等をぶっとばしたかったかを、それまで見せていた笑顔なんか嘘だったといわんばかりの恐い顔で彼は何度も強調した。

「泣くのは絶対ヤだからさ。ボク先生を蹴っ飛ばしたり授業をサボったりして、かなりヤバい生徒だったんだよ。だって、自分の身は自分で守るしかないからね」

 息子は、男の横顔を見せながら強い口調で語った。

「でもお父さんや妹と別れるのはイヤじゃない?」

 と聞いても、その表情は変わらない。

「それよりもさ、あの地獄から脱出したかったんだよ。おかあさんが迎えに来るのがあとちょっと遅かったら、ボクはもう手遅れになってるところだったんだよ。ギリギリセーフだったさ」

 そんな言葉に私がいろんなことを思い出し、かわいそうなことをしてしまったとか余計な負担をかけてしまったとか己を省みつつしみじみしていると、息子は突然自分の荷物からポケットゲームボーイを取り出し、再び笑顔を見せた。2年前に別れたときとなにも変わらない、無邪気な笑顔。さっきの男の横顔はみじんも残っていない。あっという間の変身に驚く私を尻目に、私のバッグに入っているゲームボーイを捜し始める彼。

「だから今日はすごくしあわせな日。ねえ、一緒にゲームしようよ。ボクのミュウツー、そっちにあげてもいいからさ」

 つらい経験をくぐり抜けてきたツワモノとは思えないほどの子供ぶりを見せつける。


■そして、区民となる

「建物がタテに長いんだね」と、カッペ丸出しで電車の窓にへばりつく奴。ついに東京の人となった。正式に住民となるのは住民票を移す明日以降ではあるが、言葉は心なしかタレント口調である。環境に影響されやすいキャラクターらしい。

 家に着いたら、さっそく探検開始。まずは、自分の部屋の場所を確認する。2DKと狭い家だが、男の子なのでプライバシーを守りたいだろうと思い、ちょっと無理して彼の部屋を用意した。庭に向けて窓がある、この家では一番明るい部屋である。まだ彼の道具が届いていないので、今はタンスとベッドしか置いていない。彼は窓を開けて外をながめ、次にベッドに大の字に転がって、「うん、気に入った!」とひとこと。母親、ほっと胸をなでおろす。

 次にバスルームを点検。このお風呂はダイニングから直接入るようになっていて、いわゆる脱衣スペースが用意されていない。私一人だった頃はそれでも全然問題なかったが、彼にとっては一大問題である。しかし、のちにこの問題は、私がテレビの部屋に幽閉されるという解決をみた(かなり不本意ではあるが)。

 次にテレビの部屋(兼わたしの仕事部屋)を確認する。スーパーファミコンが置いてあるのを見て、満足気にうなづく。結局これが一番のポイントだったりするのだ、彼の場合。本棚の上に息子と娘の写真が飾ってあるのもちらっと見たが、これにはあまり関心がない様子。この部屋から庭に出られるようになっているので、さっそく庭に降りてみる。そこには、おばあちゃんが来て丹念に作った花壇があった。

「お母さん、ボクここにひまわりとコスモスを植えたいよ。いい?」

 彼は庭の隅を選んで、いった。母としては、きれいなお花を鑑賞させてもらえるのは大歓迎である。彼はさっそくスコップで土を掘り返し始めた。もちろん、種はない。「どっかで拾ってくるよ」「落ちてないと思うよ、かあさんは」とかいいながら、一緒にスコップで土を掘り返していたりする。こんな他愛のないことも無性に楽しかったりする妙な二人であった。


■荷物が届く

 あっという間に届けられ、運び込まれた息子の荷物。あんたの12年間ってなんだったの、と聞きたくなるほど少なかった。家具は、勉強机のみ。あとは、衣装ケース2つにスカスカにつまった衣類。これでフルシーズンだというからさすが男の子である。それから、ダンボールに入った本、文具。もうひとつのダンボールには、「レゴ」と書いてある。「おいおい、中学生がレゴかよ」

 私のひとりごとに傷ついたらしい息子は、

「うるさいなあ」

 慌てて押し入れにその箱を片づける。隣の箱には、さらにミニ4駆と書いてあった。その上には、ポケモンカードセット。なーんだ、という私の視線を避けるように、押し入れを固く封鎖する息子。

 最後に、もうひとつ訳のわからない荷物が運ばれてきた。

 ゴルフバッグである。

「……なんでゴルフバッグ?」「学校のバザーで200円だったんだよ」「だから、なんでそれでゴルフバッグを買うの?」「だって安いやん」

 安いから買う、と彼はいう。でも、バッグの中身は空っぽである。もちろん、ゴルフセットなんかもってるはずがない。私にはとうてい理解できない存在、それがこのゴルフバッグであった。どうしたものかと悩んでいたら、彼はさっさとテレビの部屋でプレイステーションをセットし始めている。

「おーい、待ってよ。ゴルフバッグはどうするのさ」
「部屋においておけば」

 使い道のないゴルフバッグを堂々と部屋においておく彼との今後に、多少なりとも不安を抱いてしまう私であった。
(つづく)
(初出:1998年08月)
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登録日:2010年05月30日 16時14分
タグ : 上京 いじめ

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