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紫苑
著者:紫苑(しおん)
日々の出来事を、ふと書き留めておきたい時がある。何の変哲もない風景に、こよなく愛着を感じる時がある。思わず涙ぐんだり、手を合わせてしまうほど感動を覚える時がある。そんな時は目を閉じて、心のキャンバスに、一枚、また一枚と、自分の生きた証に描いてきた。現在は、二人の成人した娘達と、姉妹のように共同生活を楽しんでいる。なにはともあれ、今が幸せならすべてよし、と充実した日々を送っている。
エッセイ/エッセイ

百花繚乱〜紫苑の日常〜 第四花 夏椿

[連載 | 連載中 | 全5話] 目次へ
夫が作った借金返済のため、長年住み慣れた家を売却することになり――離婚したものの、家事の出来ていない元夫と娘達のアパートのありさまを見て、とりあえず家族のもとに戻ろうと決意するのだった。
 あ、夏椿だ。わたしは小走りで近づいた。通りすがりの民家の、玄関脇に植えられたその樹木は、平屋の屋根をゆうに越えて、塀の外にはみ出ていた。青々と茂った枝葉の間に、白くて可憐な花をいっぱいつけている。下から見上げていると、懐かしいものに出会えた思いが、じわじわと湧き上がってきた。

 
 夏椿は、初夏のころに花を咲かせ、花の形がつばきに似ているところからそう呼ばれた。一名を沙羅椿(しゃらつばき)または、沙羅双樹(しゃらそうじゅ)ともいうが、仏教の聖樹であるインドの沙羅の木とはまったくの別種である。
 好きな花木は数多いけれど、夏椿もわたしのお気に入りのひとつであった。何年か前、スーパーの植木市で苗を見つけたとき、わたしは小躍りして喜んだ。乗用車の後部座席に積んで帰るのに程よい丈で、値段もそれほど高くはなかったからだ。ついでに傍らにあった小さな実をびっしりつけた紫式部と、薄紫のノコンギクの苗も買ったから、季節はちょうど一昨年の秋口だっただろうか。早速、雑然とした庭の、千両の横に夏椿を、鳴子百合の前にノコンギクを、手前の良く見える場所に紫式部を植えた。折からの長雨が功を奏したのか、その全部がうまく根付いてくれた。翌年の入梅の降りそぼる雨の下で、白くて可憐な夏椿は咲いた。小さな玉のような蕾もたくさんつけていた。でも、この蕾が全部開花する前に、わたしはここを去らなければならなかった。それは、夫が作った借金返済に当てるために、長年住み慣れた家を売却するためだった。

          ※

 去年の七月に退社した会社は、住まいに隣接していたので、始業ベルがなり始めて出勤したとしても、タイムカードはセーフという近さであった。その利を定年まで貪るつもりだったけれど、大学生の二人の娘の学費を稼ぐために、より多くの収入を求めて、急遽退社することになった。新しい仕事は、実姉の経営する販売会社の営業である。そのために家族から離れて、わたしは出稼ぎに家を出ることになったが、ひとまずは近くに、皆で住むためのアパートを借りた。退社よりもこの引越しの方が先になったので、二週間近く、わたしは元の家を素通りして通勤しなければならなかった。
 この退社した会社を選んだきっかけは、新聞に折り込まれていた求人広告のチラシだった。もちろん、通勤が徒歩一分というのが最高の魅力であったけれど、まだ小学生だった子供達が、学校にいる時間だけのパート採用というのが、何よりわたしの条件と合致していた。子供の成長と共に、勤務形態はパートからフルタイムへと変遷し、ついには勤続十年の金一封をいただくまでに至った。
 それにしても、十年間に少しずつ増えてしまった仕事を、ほんの短い期間で引継ぎするには、時間が無さすぎた。会社側は引継ぎ業務に移った途端に、わたしが去った後の対応に苦慮し始めた。それを横目で見ながら、引継ぎ期間も十分に取らないで退社する後ろめたさを、ものすごく感じたものである。
 わたしには入社当初からロッカーがなかった。というより、むしろ必要ではなかったので、辞退していたのだ。だから、越してもぬけの殻になった元の家が、退社までの間の、わたしのロッカー代わりとなった。
 その元の家の雨戸を少し開けると、夥しい光の帯びが入って来て、遮るものが何も無い部屋の奥へと伸びた。夜逃げをするように引っ越したので、近所の手前もあり、雨戸を全開することは憚られた。隙間から、ちょうど咲いたばかりの夏椿の白い可憐な花が見えた。それが当時の唯一の慰めであった。家財道具も何もないがらんとした空間は、黴臭くて妙に悲しかった。昼食は次女の作ってくれたお弁当を食べ、魔法瓶のコーヒーをすすった。年間契約の新聞は途中では止められないなどという新聞販売店が、そのまま投げ入れていた朝刊紙を足元に広げて、テレビのあった方向に目をやった。
何もかもが、この二ヶ月のうちに慌しく変わってしまったけれど、実はほんの少しだけゼンマイを巻き戻せば、元通りに戻る気がして目を閉じた。次に目を開けたら、すべてが何食わぬ顔で存在するはずだったのに、現実はがらんどうのただの黴臭い空家だった。
 もう一度目を閉じると、そこで過ごした日々が淡々と駆け巡った。
 結婚に大反対だった義母の最初の仕打ちは、わたしの輿入れの荷物の拒絶から始まった。長女を孕んだ時の天にも上るような喜びは、彼女の凄まじい罵倒によって、無残にも砕け散った。胎教に悪いと知りながらも、わたしの歓びはすべて封印し、人が変わったように暗い顔をして過ごした。わたしはこの家に拒絶され続けてきたのだ。だから、わたしの家に対する愛着はとっくに薄れていて、目の前の現実を、まるで運命とでもいうように、すんなりとすべて受け入れていた。
 それにしても、人が去った後の家のなんと小汚いことか。生活で薄汚れた壁、エアコンや冷蔵庫の煤けた跡形、住んでいた時とは全く別の顔を覗かせていた。
 わたしの自慢は、ゴキブリの死骸が一匹も出なかったことであったのだけれど、それはこの家がわたしのみならず、虫さえも拒絶していたのだという事実に他ならない気がして、愕然とした。
 ここでの生活は、はや二十一年になるところだった。だけどそういう歴史の重さが、少しも蓄積されていないことに、遅ればせながらわたしは気がついた。築二十二年の古い家に、リフォームしたユニットバスと洗面化粧台だけが妙に明るくて、ちぐはぐだった。今風の洗面化粧台の扉を開けると、四本の歯ブラシが残っていた。ついこの間まで使っていたはずなのに、すっかり生活感は失せていた。
 風呂場のリフォームは、年老いた義母のためだったのに、彼女は自分の家を郷里に建てて出ていった。住宅ローンは完済していたけれど、このリフォームローンだけが、売却後も四年近く支払わねばならなかった。

 蕾のついた夏椿と千両の大株は、勤め先の同僚にあげることになった。スコップを担いでやってきた同僚は、そこら中の花木も所望した。どうせ売却される土地なのだから全部あげるというと、これもあれもと掘って行った。彼女が去った後、庭中に大きな穴がぼこぼこと空いていた。わたしはその穴が、心に空いた塞がりようの無い穴のようで、悲しくてたまらなかった。忘れてはいけない記憶とでもいうかのように、脳裏にしっかりと焼き付けた。

          ※

 わたしが再び家族の元に戻ったのは、今年の五月も末だった。とにかく、わたし自身のやるせない気持ちはさて置き、大学生の娘達が卒業するまでは一緒に過ごしてやろうと決めたのだ。実際に次女は、家事とバイトと学業の両立の困難さに悲鳴を上げていたし、長女は相変わらず情緒の不安定さを露にしていた。元夫は仕事に精を出していたけれど、年頃の娘達の精神的フォローをする余裕がなかった。彼らの中には日々不安が増幅し、少しずつ生活が脅かされていた。三月に離婚届を書いてもらいにアパートを訪ねた時、わたしは内心ぞっとしていた。人間らしい生活ができていなかったからだ。洗濯物が散乱し、台所も風呂場もトイレも汚れに汚れていた。家事は皆で分担することを前提に始まった生活だったのに、その皺寄せは、すべて次女の肩にかかっていた。結局、通学時間が一番長い次女が、ひとりで気を揉んだあげく、パニックに陥ってしまったのだ。
 実情を泣きながら訴えて来た次女の気持ちを考えた時、七百キロも離れて暮らしていたわたしは、とりあえず家族の元に帰ろうと思った。家事を手伝いながら、収入を得る道があるかもしれないと。

 でも、夫婦はもう元には戻れない。そのことだけがわたしの中で大きく横たわっていた。尊敬し信じていたものがもろく崩れてしまった時、それを繕うことは不可能なのではないだろうか。
 二十一年の間夫婦をしていたのだから、たった一度の失態をなぜ許せないのかと、自分を責め、苦しんだ。元に戻るための手段を考えた。でも、それは彼が莫大な負債を抱えたとか、そういう物質的なことでの拒絶ではないから、どうすることもできなかった。百歩譲って、打算的に考えてみたところで、もはやどうにもならかった。
 それなのに、経済的には別居をすることができなくて、今までとは逆に離婚した夫婦が同居を余儀なくされているのだ。これほどの苦痛はない。狭いアパートでの彼の息遣いまでが手に取る様に感じられ、わたしはいやでたまらなかった。いやだけど、この苦難を乗り越える手段が見つからない。毎月の支払いがこう多くては、もう一世帯構える余裕などなかった。だから、この窒息するような生活にも、今はただ目を瞑って耐えるしかないのである。

 
 ふとその時、曹源寺の夏椿が浮かんだ。曹源寺とは、姉の山荘近くにある禅寺である。山門をくぐり、鬱蒼とした杉木立を抜けると、ゴミひとつ無い掃き清められた境内へと続く。更に心字池へと歩を進める途中の左手に、夏椿の大木はあった。曹源寺は、わたしと姉の散歩コースであり何度も訪れているのだけれど、幹が百日紅(さるすべり)に似ていて、葉の無い季節にはその存在に気づかなかった。
 ところがこの春、心字池の向こう側に咲く枝垂桜を何度か見に通った時、何気なく見上げた大木の葉から、初めて夏椿に気づいた。
 
 曹源寺の枝垂れ桜は、桜の名所として有名である。背景の緑の中をまるで薄紅色の滝が流れているような見事な眺めであった。
 わたしが家族の元に戻ろうと決意したのは、この桜を眺めている時だった。美味しいものを食べていると、自分だけが贅沢をしているようで、美味さが不味さに変わったし、楽しい時を過ごしていると、罪悪感を覚えて胸が詰まった。この先も、娘達が独立でもしない限り、わたしには百パーセントの幸せはないのだ。そう思った時に、すべての迷いから解き放たれた。
「姉ちゃん、わたしはやはり子供が大学を出るまでは、一緒に住んでいたいの。だから、家族の元に戻りたいんだけど」
 心字池の手前のベンチに座って、ずっと胸の奥にしまってあった言葉を吐き出した。
「復縁するっていうこと?」
「そうじゃないわ。夫婦はもう戻れない。一度区切りをつけてしまった気持ちを元に戻すことなんてわたしには無理よ。こういう性格だからね」
「そうね。女は一度決めたことには厳しいところがあるし、厭なものはいやなのよね。いいわよ、仕事も区切りがついたことだし」
 反対されることを承知で願い出たので、わたしは正直ほっとしていた。姉の心配は、子供達の前で罵り合う夫婦を想定して、同居することに異を唱えていたからだ。でも、そのことに自信はなかったけれど、このまま放っておくことだけは出来ないと思っていた。

 そんな理由で越してきてまだ日が浅いわたしは、他人の庭に植えられた花木を眺めて歩くのがもっぱらの楽しみとなっていた。そして、どこかの庭で玉のような蕾が早く開花しないかと、ひそかにその瞬間を待っていたのだ。
 ところが今日、駅前の郵便局に行く途中に、それを見つけた。白い花弁の真中の黄色いおしべといい、姿形はやはり椿のようだった。わたしは飽くことなく、しばらくの間その木の下に佇んでいた。
 目を閉じると、以前住んでいた家の夏椿と庭のクレーター、そして黴の臭いがフラッシュバックした。
 わたしは、売却した土地に建てられた新しい住人の家を、まだ見ていない。住んでいた痕跡がないくらい変わった、と以前の会社の同僚から聞いていた。近くまで行くことがあっても、その新しく立て替えられた家を見る勇気がなかった。 その場所を見た瞬間、わたしの中の記憶がすべて塗り変えられてしまうのが恐いからだ。
 後、二〜三年は、夏椿のあった庭のままの記憶で良いと思っている。
 悲しくても、辛くても、家族が家族だったときの思い出として、記憶の襞の中に、まだそっととどめておきたいから……。
(つづく)
(初出:2003年06月)
登録日:2010年06月22日 15時55分
タグ : 離婚 家族

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