騒人 TOP > エッセイ > エッセイ > 川内村ざんねん譚(1)
西巻裕
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ

川内村ざんねん譚(1)

[連載 | 連載中 | 全10話] 目次へ
東日本大震災より3年。福島県の川内村で暮らす著者が、肘張らず村を紹介。でも、確かに被災地ではあるのです。
 村の中心地に、坂シ内という地名がある。川内村には上川内と下川内があって、上が北側、下が南側になっている。上はカミ、下はシモと読む。信号は村に二つしかないが、上と下にひとつずつある。そのひとつ、下の信号のあたりが、坂シ内だ。
 川内村の地名は、地形や土地柄を表すものが多い。糠塚や荻という地名は村の中に2カ所ほどある。どちらも、昔どんなところだったのかは、なんとなく想像がつくというものだ。
 村は、おおよそ静かな寒村である。その表現のとおり、冬は寒い。ぼくが住む村の北東部は標高も高く、冬の気温は氷点下20度にもなる。あぶくま地域で標高600mにもなれば、だいたいこんなもんである。
 標高の高い地域では、米づくりも苦戦する。ササニシキのような、背の高い高級な米はなかなか作れない。水がおいしいからか、ご飯がおいしいのも自慢だが、とびきり絶品、日本全国に自慢できる米が作れるかというと、そこまでの自信はない。
 冬の寒さが厳しくて、夏も朝晩はしっかり冷える。だから野菜はとびきりうまい。けれど野菜というものは、よほど気合を入れて商売をしないと、なかなか味では売り物にならない。そして村のひとは、やっぱりあんまり気合をいれずに農業に精を出してきた。おいしいものは、村びとだけで味わってきた。
 そんな村が、原発事故の被災地になった。2011年3月11日に地震と津波が発生して、翌12日には福島第一原子力発電所一号機で、最初の爆発が起こり、16日朝には村長のみんなで逃げようの案内とともに、村民をあげて逃げることになった。
 結果的に、村の汚染はそれほどでもなく、1年を経過して村長は帰村宣言をして村に帰ろうと呼びかけたのだが、この汚染具合にしても、あとから思えばなんとも川内村らしかった。絶望的でもなく、かといって楽観的にも考えられない。そんな環境に、村はその後も苦しむことになる。
 事故前の川内村は、隣町の住人にさえ名前を知ってもらえないほどに人知れず村だった。事故のあとは、村長が頻繁にテレビに出るようにもなったし、総理大臣も天皇陛下もやってきて、全国的な露出も増えた。それでも、村の名前をしっかり覚えてもらっているのかというと、やっぱり自信がない。
 原発の川内村という印象ばかりが先行して、もしかすると九州の川内原発とごっちゃに覚えている人も多いのではないか。念のため解説しておくと、鹿児島県にある原子力発電所は川内原発と書くけれども、あそこはかわうちではなく、せんだいと読むのだ。
 坂シ内は、坂の多い土地ゆえ、こんな名前になったという。坂の内という意味はよくわかるが、なぜ間にカタカナのシが入っているのかはよくわからない。坂ノ内という地名を記した書類にある日ゴミがのってしまって、以後坂シ内になってしまったという仮説を立ててみたけれど、真相はどうだろうか。真相はともかく、地名としては坂内より坂シ内のほうが味わい深い気がする。
 川内村も、なにかのまちがいで川シ内村となっていたほうが個性的でおもしろかったと思うのだが、ぼくのテーマとする村は、あくまでごくふつうの川内村なのであった。

(つづく)
(初出:2014年03月13日)
   1 2 3 4 5 6 7
登録日:2014年03月13日 17時49分

Facebook Comments

西巻裕の記事 - 新着情報

エッセイ/エッセイの記事 - 新着情報

エッセイ/エッセイの電子書籍 - 新着情報

  • 吾輩は女子大生である 麻梨 (2014年07月19日 15時04分)
    女子大生、麻梨の日常と就活、就職までを記した悪ノリエッセイ22編。下着ドロにあった友人とその後の行方、理解してもらえない趣味など日常のあれこれに始まり、企業説明会、「お祈りメール」こと不採用通知について、「私服でお越し下さい」という面接などの就活エッセイも。「初めて人にいうんだけどさ」と前置きされて、なぜか性癖をカミングアウトする友人たち、人泣かせの彼女たちを潜りぬけ、見事、内定をつかめるか麻梨!(エッセイエッセイ
  • 作家の日常 阿川大樹 (2014年03月29日 20時06分)
    「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」などの著作で知られる人気作家、阿川大樹氏のエッセイ「作家の日常」。オンラインマガジン騒人で連載されていた当作品に、第0回「小説家の誕生と死」――小説家になる前のエピソードを加えて再編集しました。小説家に必要な資質、仕事場・道具、編集者とのつきあい、印税と原稿料についてなど職業作家の日常を赤裸々に告白。氏のファンだけでなく、小説家を目指している人や作家という職業に興味のある方にもオススメのエッセイです。(エッセイエッセイ
  • ワールドカップは終わらない 阿川大樹 (2010年06月13日 17時23分)
    熱狂と興奮の中で幕を閉じた2002FIFAワールドカップ。日韓同時開催のワールドカップとして記憶にも新しい。ジャーナリスト/エッセイストの阿川大樹が1年半の取材と20日間のボランティア、5試合のスタジアム観戦を通じ、舞台裏、客席、オフィスや街…、多角的な視点で「事件」としてのワールドカップを描く。
    価格:315円(エッセイエッセイ