
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ
川内村ざんねん譚(13)
[連載 | 連載中 | 全13話] 目次へ
こちらの文化的にはコミュニケーションは会話であり酒の酌み交わしだ。誰それの話題に積極的に参加することで外様もスムーズにお付き合いに入っていける。それでも最近はインターネットで調べてみろという人も現れた。しかし、ネットでは絶対に見つけられない情報もあるのだ…。
親戚づきあい
インターネットの時代になって、いろんなことが画期的に便利になった。コンピュータの出現はそれなりに画期的だったけれど、あれはいってみれば自動車の登場みたいなもんで、本格的に自動車が便利なものになるには、ガソリンスタンドの普及を待つ必要がある。インターネットはそんなような存在で、その情報共有の破壊力はハンパではない。本屋も図書館も子ども電話相談室も立つ瀬がない。
もちろん村人だって、コンピュータくらいは知っている。当方のどんぶり調査では、村人でも50歳以下の人はコンピュータを所有して使っているが、60歳以上になると、コンピュータの所有率はうんと下がる。この世代にとって、当面の壁はスマホだ。久しぶりに会うと、スマホを買ったと自慢されたりする。ちょっと前には、ガラケーの電話帳登録ができないから代わりにやってくれと、電話番号のメモを渡してきた人がスマホを使うようになったのだから、ほんのちょっとだけどITリテラシーは上がってきているのだと思う。
村人にとって、インターネットとは、得体のしれない怪物のような存在だ。なのでインターネットで盛り上がっている話題は、村人との会話の中では極力出さないように気をつけている。へたをすると、怪物の手先の認定をされてしまうかもしれないからだ。
村人の情報源が圧倒的にテレビなのはちょっと残念だけど、これは村人に限らず、全国的な文化だからしょうがない。子どもの頃にやってきたテレビという箱は、楽しい情報を与えてくれる魔法の箱だった。その感動とともに暮らし育ってきた人々が、この村で暮らし、村の根幹を支えている。
それでも、村人もインターネットの魔力に少しずつ気がつき始めた。だが、実際に回線を引いてコンピュータを習い、キーボードを叩いて情報を探すかというと、そこまではいかない。知識として、インターネットの向こうには、楽しい情報、貴重な情報がたくさんあるのだという認識は持つようになった。
村人たちは回線とパソコンを導入する代わりにぼくのところへやってきて、ちょっと調べといてくれないか、あれを買っておいてくれないか、なんて頼んでいく。こういうのをめんどくさいと思ってはいけない。
見返りといってはなんだけど、野菜なんかの収穫物には困らないし、薪用の雑木とかも届いたりする。農業体験用の畑をちょっと借りたいとか、こちらでは手も足も出ないことをお願いに行くと、あっという間に準備ができる。餅は餅屋。パソコンを教えてくれと頼まれるより、うんと楽だ。
当地に移住してくる人は、土いじりを楽しみにしてくる人が多いのだけど、当方は幸か不幸かそれほど土いじりに興味がない。なので、いただけるものは大歓迎だ。季節の野菜はできすぎるほどできてしまうから、常に食べてくれる誰かを探している。
「きゅうり、もらってくんないか」
そう声がかかる時期は、どこにでもきゅうりがうなるようにできている。前に、ほんのちょっぴりの畑を耕してきゅうりが山のようにできたとき、意を決して仲良しのおうちにきゅうりを届けにいったら、帰りには倍のきゅうりを持たされた。なんのこっちゃわからないけど、きっとそういうものなのだ。
さて、インターネットである。若い人でも、村人の家に飲みに行って、スマホばかり見ている人は少ない。巷には家庭内の夫婦の会話をメールやチャットでやっている猛者もいるが、こちらの文化的には、人と人のコミュニケーションは会話であり、酒の酌み交わしである。杯も空けずに下を向いてスマホ画面と格闘しているなんて、いっしょに飲んでいる相手に失礼きわまりない。だから村人に招かれたときには、スマホはポケットにしまい込んで出さないようにしている。
しかし、最近はちょっと様子がちがってきた。酒の席で「あれ、なんだっけ?」という話になると、以前なら、みんなであーでもない、こーでもないと考えて、それで結論が出なければ、酔っぱらってその件は知らないふりをする。それが一番だった。ところが最近、「おい、ちょっとインターネットで調べてみろ」という人が現れた。インターネットに聞けば、あらかたなんでも解答してくれると、みんな気がつき始めたのだった。
そんなわけで、自分で使えなくても、こんなに僻地でも、インターネットは便利である。いや、近所に図書館もなにもない僻地だからこそ、インターネットが威力を発揮するっていうもんだ。10年先には、すべての家にインターネットが引かれて、ぼくらの世代は要介護老人になっているわけだから、安否確認も緊急速報もSOSも、みんなインターネットを経由して行われることになるだろう。お医者さまもインターネットの向こうにいて、家にいながらにして診察を受けられるようになるかもしれない。
それでも、インターネットでは絶対に見つけられない情報もある。ご近所の飲み会の末席に座らせていただくと、ほとんど必ず出てくるのは、誰それと誰それは親戚で、おれも誰それとは親戚だ、という身内の関係についての重厚なテーマのお話だ。
末席の外様としては、わかる人もいるし、ぜんぜん知らない人もいる。黙って聞いていてもいいのだけど、積極的に参加すれば理解も深まる。当方の知っている誰それと知っている誰それの関係について尋ねると、席に着いている誰かが教えてくれる。個人情報の垂れ流しかもしれないけれど、田舎に個人情報法の制約はよけいなお世話である。親戚関係を知っていると、外様がおつきあいに入っていくのもスムーズなのだ。
地球上の最後の秘境は洞窟探検だといわれているが(電気もない、電話も通じない、GPSも使えない。そして危険)、情報面での最後の秘境は、田舎の親戚関係に違いない。なのでぼくは、飲み会に呼ばれるたびに、ご近所の親戚関係について尋ねるようにしている。それこそ、そこでしか得られない、貴重な情報だからだ。
ただし、たいへん残念なことに、飲み会での話題だけに、翌朝になると、二日酔いとともに、仕入れた情報はきれいさっぱり忘れてしまう。かくして、次の飲み会のときには、またイチから情報を仕入れ直すことになる。話題には事欠かかず、幸せは続いていくのであった。
インターネットの時代になって、いろんなことが画期的に便利になった。コンピュータの出現はそれなりに画期的だったけれど、あれはいってみれば自動車の登場みたいなもんで、本格的に自動車が便利なものになるには、ガソリンスタンドの普及を待つ必要がある。インターネットはそんなような存在で、その情報共有の破壊力はハンパではない。本屋も図書館も子ども電話相談室も立つ瀬がない。
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寒い冬、こんなところがぼくの仕事場だったことがあった。ネットが通じていなかった頃。 |
もちろん村人だって、コンピュータくらいは知っている。当方のどんぶり調査では、村人でも50歳以下の人はコンピュータを所有して使っているが、60歳以上になると、コンピュータの所有率はうんと下がる。この世代にとって、当面の壁はスマホだ。久しぶりに会うと、スマホを買ったと自慢されたりする。ちょっと前には、ガラケーの電話帳登録ができないから代わりにやってくれと、電話番号のメモを渡してきた人がスマホを使うようになったのだから、ほんのちょっとだけどITリテラシーは上がってきているのだと思う。
村人にとって、インターネットとは、得体のしれない怪物のような存在だ。なのでインターネットで盛り上がっている話題は、村人との会話の中では極力出さないように気をつけている。へたをすると、怪物の手先の認定をされてしまうかもしれないからだ。
村人の情報源が圧倒的にテレビなのはちょっと残念だけど、これは村人に限らず、全国的な文化だからしょうがない。子どもの頃にやってきたテレビという箱は、楽しい情報を与えてくれる魔法の箱だった。その感動とともに暮らし育ってきた人々が、この村で暮らし、村の根幹を支えている。
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この子がいったいどこの誰やら、撮影した当時はさっぱりわからなかった。今は名前も知っている(自慢) |
それでも、村人もインターネットの魔力に少しずつ気がつき始めた。だが、実際に回線を引いてコンピュータを習い、キーボードを叩いて情報を探すかというと、そこまではいかない。知識として、インターネットの向こうには、楽しい情報、貴重な情報がたくさんあるのだという認識は持つようになった。
村人たちは回線とパソコンを導入する代わりにぼくのところへやってきて、ちょっと調べといてくれないか、あれを買っておいてくれないか、なんて頼んでいく。こういうのをめんどくさいと思ってはいけない。
見返りといってはなんだけど、野菜なんかの収穫物には困らないし、薪用の雑木とかも届いたりする。農業体験用の畑をちょっと借りたいとか、こちらでは手も足も出ないことをお願いに行くと、あっという間に準備ができる。餅は餅屋。パソコンを教えてくれと頼まれるより、うんと楽だ。
当地に移住してくる人は、土いじりを楽しみにしてくる人が多いのだけど、当方は幸か不幸かそれほど土いじりに興味がない。なので、いただけるものは大歓迎だ。季節の野菜はできすぎるほどできてしまうから、常に食べてくれる誰かを探している。
「きゅうり、もらってくんないか」
そう声がかかる時期は、どこにでもきゅうりがうなるようにできている。前に、ほんのちょっぴりの畑を耕してきゅうりが山のようにできたとき、意を決して仲良しのおうちにきゅうりを届けにいったら、帰りには倍のきゅうりを持たされた。なんのこっちゃわからないけど、きっとそういうものなのだ。
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お祭りは、人と人とがコミュニケーションをとるのに絶好の舞台。田舎でも、そういう触れ合いは減っている。 |
さて、インターネットである。若い人でも、村人の家に飲みに行って、スマホばかり見ている人は少ない。巷には家庭内の夫婦の会話をメールやチャットでやっている猛者もいるが、こちらの文化的には、人と人のコミュニケーションは会話であり、酒の酌み交わしである。杯も空けずに下を向いてスマホ画面と格闘しているなんて、いっしょに飲んでいる相手に失礼きわまりない。だから村人に招かれたときには、スマホはポケットにしまい込んで出さないようにしている。
しかし、最近はちょっと様子がちがってきた。酒の席で「あれ、なんだっけ?」という話になると、以前なら、みんなであーでもない、こーでもないと考えて、それで結論が出なければ、酔っぱらってその件は知らないふりをする。それが一番だった。ところが最近、「おい、ちょっとインターネットで調べてみろ」という人が現れた。インターネットに聞けば、あらかたなんでも解答してくれると、みんな気がつき始めたのだった。
そんなわけで、自分で使えなくても、こんなに僻地でも、インターネットは便利である。いや、近所に図書館もなにもない僻地だからこそ、インターネットが威力を発揮するっていうもんだ。10年先には、すべての家にインターネットが引かれて、ぼくらの世代は要介護老人になっているわけだから、安否確認も緊急速報もSOSも、みんなインターネットを経由して行われることになるだろう。お医者さまもインターネットの向こうにいて、家にいながらにして診察を受けられるようになるかもしれない。
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桜のライトアップに、明るいLEDライトとカラーフィルターを導入したYさん。ぼくがネットで購入した。 |
それでも、インターネットでは絶対に見つけられない情報もある。ご近所の飲み会の末席に座らせていただくと、ほとんど必ず出てくるのは、誰それと誰それは親戚で、おれも誰それとは親戚だ、という身内の関係についての重厚なテーマのお話だ。
末席の外様としては、わかる人もいるし、ぜんぜん知らない人もいる。黙って聞いていてもいいのだけど、積極的に参加すれば理解も深まる。当方の知っている誰それと知っている誰それの関係について尋ねると、席に着いている誰かが教えてくれる。個人情報の垂れ流しかもしれないけれど、田舎に個人情報法の制約はよけいなお世話である。親戚関係を知っていると、外様がおつきあいに入っていくのもスムーズなのだ。
地球上の最後の秘境は洞窟探検だといわれているが(電気もない、電話も通じない、GPSも使えない。そして危険)、情報面での最後の秘境は、田舎の親戚関係に違いない。なのでぼくは、飲み会に呼ばれるたびに、ご近所の親戚関係について尋ねるようにしている。それこそ、そこでしか得られない、貴重な情報だからだ。
ただし、たいへん残念なことに、飲み会での話題だけに、翌朝になると、二日酔いとともに、仕入れた情報はきれいさっぱり忘れてしまう。かくして、次の飲み会のときには、またイチから情報を仕入れ直すことになる。話題には事欠かかず、幸せは続いていくのであった。
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おまけの花火。こんな盛大なことをやっていたなんて、写真を見つけてぼくもびっくりしてしまった。 |
(つづく)
(初出:2018年07月30日)
(初出:2018年07月30日)
登録日:2018年07月30日 16時53分
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