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西巻裕
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ

川内村ざんねん譚(2)

[連載 | 連載中 | 全10話] 目次へ
なにもないと紹介した川内村だが、実はそんなことはない。詩人の草野心平さんがいる。心平先生の素顔について。
 草野心平の生家と生きた家

 なんにも印象的なものがないとご案内した川内村だが、実はそんなことはない。川内村といえば、草野心平さんである。天山文庫というステキな民家は、心平先生のために、村人が土地や資材や労力を提供してできあがったものだ。心平先生は、天山文庫での暮らしが大好きだった。
 草野心平先生は、知っている人は知っている、知らない人はきょとんとしてしまう詩人の先生だ。村人で心平先生を知らぬ者はいないが、もしかするとその詩集をしっかり読んだことがある人は、意外に少なかったりするかもしれない。
 最近では、心平先生を直接知り、話をかわしたことがある人はすっかり少なくなった。今は亡きじっちばっぱの世代は、若い頃に心平先生に野菜を届けたり木の切り出しを手伝ったりしたものだった。そんな話の中の等身大の先生は、なにより酒が好きで、池や木や、自然のあれこれとふれあう時間を大切にした。でも川内での圧倒的多くの時間は、酒を飲むことに費やされていたようだ。
 ふつうの人と草野心平の接点といえば、義務教育の教科書ではないだろうか。教科書に載った心平先生の詩は、異次元空間に迷い込んだような、不思議な響きを醸し出していた。
 教科書の草野心平もほんものにちがいないのだが、心平先生の素顔を知る村びとたちにすれば、やはり一升瓶を傍らにおく村での心平が、ほんとうの草野心平なんじゃないだろうか。川内村と心平先生の出会いは、きっとどちらにとっても幸運だった。
 草野心平の生まれ故郷は、村のすぐ南で、今はいわき市となっている。心平先生は、あんまり郷里に帰っていない。反面、すぐ近くの川内村は足しげく通った。いったいなにがよかったのかわからないけれど、心平先生にとって、川内村とはそういうところだったのだ。先生が死んで、地震の年は23年目だった。当時50歳だったおじさんは73歳のじっちとなった。
 しかしもっとも大きな変化は、草野心平を偲ぶ拠点は、最近では生家のあるいわき市の方にお株を奪われている。草野心平の書簡や思い出の品を展示した草野心平記念館はなかなか見ごたえのある資料館で、中には草野心平が生活の糧のために営んでいた居酒屋「火の車」の実物大の再現スペースもある。
 対して川内村の阿武隈民芸館には、火の車のあとに始めた「バー学校」そのものがある。閉店の際、店の調度品を全部運んできて作り上げた心平先生の酒の世界だ。
 いい素材は、民芸館に埋れている。川内村唯一の観光スポットといってもいい草野心平ワールドだが、その味わいをきちんと楽しむには、事前の予習がしっかり必要となる。川内村観光は、そのまま宝探しゲームのようなもので、それがまた川内村らしくておもしろい。
(つづく)
(初出:2014年04月01日)
登録日:2014年04月01日 13時30分
タグ : 川内村 草野心平

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