
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ
川内村ざんねん譚(4)
[連載 | 連載中 | 全13話] 目次へ
川内村には上水道設備がない。地下水を利用しているのだ。井戸や表流水のおいしさは東京のそれとはまったく異なるのだった。
おいしい水
意外に知られていないことだけど、川内村には上水道設備がない。村全土、村民全員が地下水脈に頼って生活をしている。自治体まるごと、上水道設備を持っていない自治体は、いまとなっては全国で3つしかないそうだ。貴重な地下水自治体なのだ。
ひとくちに地下水といっても、大きく、いくつか種類がある。まず井戸。井戸には浅井戸と深井戸がある。どれくらいを境に浅井戸と深井戸が区分されるのかは知らないけれど、たぶん手で掘れる領域が浅井戸で、機械で掘るのが深井戸じゃなかろうか。
井戸に対して、地表に出ている水を使っている人もいる。といっても、横に流れている川の水を飲んでいる人はいない。岩の隙間からこんこんと、あるいはちょろちょろと出ている湧き水がそれだ。ちょろちょろでは水量が心もとないが、たいていでっかい水瓶を置いて、そこにお水をためている。この手の水のことを、表流水と呼ぶこともある。井戸水に対しての名称だろうけど、表流水といわれると、川の水をくんで飲んでるみたいな気がしないでもない。
地震の前だったけど、村に住みたいといって土地を探している人がいた。その人は金がなかった。なので土地探しの条件として、井戸を掘らずに済む、を第一にしていた。井戸掘りはだいたい1mあたり2万円といわれている。それにポンプや配管工事があって、だいたい100万円からの出費になる。
さらに、ポンプは電気で動く。だから水道代は不要としても、電気代はかかる。家から少し高いところに水源を持っていれば、ポンプもなんにも使わず、水が手に入る。タダ。
とはいえ、手ごろな水源はたいてい先人が使っているから、そこには水利権みたいなものが存在する。単純に金で解決するものではないから、ある意味、自分の土地に穴を掘って井戸を造るほうが簡単かもしれないし、いやいや、らくちんといえば、そりゃ、水道局にお金を払ったほうがだんぜん楽だ。
それでも、地下水はいいなぁと思うのは、水のうまさだ。まろやかで、とても上質の味がする。飲むばっかりじゃない。あるとき、東京のマンションの風呂に入ったら、水が皮膚を突き刺すようで、びっくりした。
井戸水は、冬あったかく夏冷たい、というのもうれしい。ただし水量を安定させるためにタンクにためちゃうと、そこであったまったり冷たくなったりしちゃうので、夏ぬるい水を飲んでいる人も中にはいる。
ともあれ、この村では各家庭はそれぞれ自分の水を飲んでいる。水のおいしさ自慢になると、みんな譲れないものを持っている。水のおいしさに尺度はないから、おいしい水自慢になればまさに水かけ論だ。
そういえば、原発事故で降った放射能を洗うのに、これを使ってみろと純水をいただいたことがある。純水とは、酸素と水素以外の不純物がいっさいない化学式通りの水のことだ。電子部品などの洗浄などにも使われていて、洗浄能力はとても高いという。しかしここに、飲むなと書いてある。純粋の水のくせに飲んだらいかんとはこれいかに。聞いてみたら、飲んでも健康上の問題はないけど、飲料水としての許可や製法はとってないから、お約束として飲むなと書いてあるという。でも、飲めたものではないくらい、まずいそうだ。
水はもともとおいしくないもので、さまざまなものが混ざり合っておいしくなる。ミネラルたっぷりといえば聞こえはいいけど、化学物質の水としてはミネラルだって不純物の一種にはちがいない。だけど、それが人間にとって健康でおいしさを演出することになるのだから、自然の恵みはたいしたものだ。
ところがこの川内村、あんまり地下水に対して敬意を持っているような感じじゃない。どっちかというと、村民の中には上水道設備がない村の暮らしは、都会に比べて遅れてる、と思っていたりするらしい。そういえばぼく自身も、都市ガス地域からプロパンガス地域に引っ越したとき、田舎落ちしたと思っちゃったもんだったから、その気持ちもぜんぜんわからなくはない。
地下水に頼っている自治体といえば、北海道の東川町にはいったことがある。町の観光案内には地下水自慢のリーフレットが積まれていた。川内村に、そんなものはない。まぁお金使ってリーフレット作ればいいというもんじゃないし、ぼくも田舎の水にだんだんなじんできて、外に向かって派手な宣伝などしなくたって、おいしい水をありがたがって飲んでいる人々がいればそれでいいじゃないかと最近は思うようになってきた。
震災の後、その肝心の水が、放射能汚染しているんじゃないかという不安が、村人にはあった。不安は当然だ。震災後丸1年くらいした頃になって、国や村は家庭の水の放射能検査をしてくれて、村全域で飲料水の汚染はないと確認をした。
それでも、雨が降って水源に放射能が流れ込むことはないのか、不安を感じている村人がいるのは確かだ。
だけれど、いま、村の温泉施設などには宅配のおいしい水のサーバーが置かれている。地震の前にはもちろんそんなものはなくて、村の地下水をそのまま飲んでもらっていたのだけど、震災から約1年後、帰村をして以降は工場で作られた安全な水が提供されている。
みんなの不安を放置してはいけないけれど、おいしい水は村の宝。あっさり工場製の水に置き換えてしまえるのは、なんとも残念。
川内村に来たら、なかなかむずかしいけれど、そのへんのおうちで、お水を一杯飲ませてもらってください。みんながどれくらいおいしい水を飲んでいるのか、少しはわかってもらえると思うから。

ひとくちに地下水といっても、大きく、いくつか種類がある。まず井戸。井戸には浅井戸と深井戸がある。どれくらいを境に浅井戸と深井戸が区分されるのかは知らないけれど、たぶん手で掘れる領域が浅井戸で、機械で掘るのが深井戸じゃなかろうか。
井戸に対して、地表に出ている水を使っている人もいる。といっても、横に流れている川の水を飲んでいる人はいない。岩の隙間からこんこんと、あるいはちょろちょろと出ている湧き水がそれだ。ちょろちょろでは水量が心もとないが、たいていでっかい水瓶を置いて、そこにお水をためている。この手の水のことを、表流水と呼ぶこともある。井戸水に対しての名称だろうけど、表流水といわれると、川の水をくんで飲んでるみたいな気がしないでもない。
地震の前だったけど、村に住みたいといって土地を探している人がいた。その人は金がなかった。なので土地探しの条件として、井戸を掘らずに済む、を第一にしていた。井戸掘りはだいたい1mあたり2万円といわれている。それにポンプや配管工事があって、だいたい100万円からの出費になる。
さらに、ポンプは電気で動く。だから水道代は不要としても、電気代はかかる。家から少し高いところに水源を持っていれば、ポンプもなんにも使わず、水が手に入る。タダ。
とはいえ、手ごろな水源はたいてい先人が使っているから、そこには水利権みたいなものが存在する。単純に金で解決するものではないから、ある意味、自分の土地に穴を掘って井戸を造るほうが簡単かもしれないし、いやいや、らくちんといえば、そりゃ、水道局にお金を払ったほうがだんぜん楽だ。
それでも、地下水はいいなぁと思うのは、水のうまさだ。まろやかで、とても上質の味がする。飲むばっかりじゃない。あるとき、東京のマンションの風呂に入ったら、水が皮膚を突き刺すようで、びっくりした。
井戸水は、冬あったかく夏冷たい、というのもうれしい。ただし水量を安定させるためにタンクにためちゃうと、そこであったまったり冷たくなったりしちゃうので、夏ぬるい水を飲んでいる人も中にはいる。

そういえば、原発事故で降った放射能を洗うのに、これを使ってみろと純水をいただいたことがある。純水とは、酸素と水素以外の不純物がいっさいない化学式通りの水のことだ。電子部品などの洗浄などにも使われていて、洗浄能力はとても高いという。しかしここに、飲むなと書いてある。純粋の水のくせに飲んだらいかんとはこれいかに。聞いてみたら、飲んでも健康上の問題はないけど、飲料水としての許可や製法はとってないから、お約束として飲むなと書いてあるという。でも、飲めたものではないくらい、まずいそうだ。
水はもともとおいしくないもので、さまざまなものが混ざり合っておいしくなる。ミネラルたっぷりといえば聞こえはいいけど、化学物質の水としてはミネラルだって不純物の一種にはちがいない。だけど、それが人間にとって健康でおいしさを演出することになるのだから、自然の恵みはたいしたものだ。
ところがこの川内村、あんまり地下水に対して敬意を持っているような感じじゃない。どっちかというと、村民の中には上水道設備がない村の暮らしは、都会に比べて遅れてる、と思っていたりするらしい。そういえばぼく自身も、都市ガス地域からプロパンガス地域に引っ越したとき、田舎落ちしたと思っちゃったもんだったから、その気持ちもぜんぜんわからなくはない。
地下水に頼っている自治体といえば、北海道の東川町にはいったことがある。町の観光案内には地下水自慢のリーフレットが積まれていた。川内村に、そんなものはない。まぁお金使ってリーフレット作ればいいというもんじゃないし、ぼくも田舎の水にだんだんなじんできて、外に向かって派手な宣伝などしなくたって、おいしい水をありがたがって飲んでいる人々がいればそれでいいじゃないかと最近は思うようになってきた。
震災の後、その肝心の水が、放射能汚染しているんじゃないかという不安が、村人にはあった。不安は当然だ。震災後丸1年くらいした頃になって、国や村は家庭の水の放射能検査をしてくれて、村全域で飲料水の汚染はないと確認をした。
それでも、雨が降って水源に放射能が流れ込むことはないのか、不安を感じている村人がいるのは確かだ。
だけれど、いま、村の温泉施設などには宅配のおいしい水のサーバーが置かれている。地震の前にはもちろんそんなものはなくて、村の地下水をそのまま飲んでもらっていたのだけど、震災から約1年後、帰村をして以降は工場で作られた安全な水が提供されている。
みんなの不安を放置してはいけないけれど、おいしい水は村の宝。あっさり工場製の水に置き換えてしまえるのは、なんとも残念。
川内村に来たら、なかなかむずかしいけれど、そのへんのおうちで、お水を一杯飲ませてもらってください。みんながどれくらいおいしい水を飲んでいるのか、少しはわかってもらえると思うから。
(つづく)
(初出:2014年09月13日)
(初出:2014年09月13日)
登録日:2014年09月13日 11時39分
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