騒人 TOP > エッセイ > エッセイ > 川内村ざんねん譚(6)
西巻裕
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ

川内村ざんねん譚(6)

[連載 | 連載中 | 全10話] 目次へ
原発事故があって、村の駐在さんがいなくなった川内村。駐在さんといってもただのお巡りさんではない。家族ごと村に越してくるので村の仲間になる。今では考えられない駐在さんとの武勇伝。
村のおまわりさん

全国から福島に応援に駆けつけた「ウルトラ・ポリス」のパトカー
 このざんねん譚には、たいへん重大なテーマがあった。この村、とかく残念なことが多い。しかしてその残念こそが、この村の大きな魅力であるという事実(あるいは希望、期待)をお伝えするという任務である。
 それは、美人なんだけどちょっと歯並びが悪い娘とかに似て、しかしどっちかといえば、どこから見ても美人とはいえない娘なのに、ずっといっしょにいるとだんだん魅力的に見えてくるような、そんな感じに似ているかもしれない。
 だから村に来る人が「ここはこんなふうにすればもっと素晴らしいのに」というアドバイスをくれるたびに「そうなんですよね、残念ですよね」と返事をしつつ、内心では「その残念さがいいのに、わかってないなぁ」と舌を出したりしていたものだった。
 ところがこの村では(ここだけではないけれど)東日本大震災、というか、福島第一原発事故4年目を迎えて、村は少しずつ変わりはじめている。放射能被害によってと書けば簡単に納得してくれちゃうかもしれないけど、コトはそんなに簡単ではない。
 今日はまず、村の駐在さんについて、思い出してみたいと思う。
 村には、ずっと駐在さんがいた。駐在さんは、東京にもいらっしゃったりするんだろうけど、村の駐在さんは、地域における特別な存在だ。お巡りさんだけど、家族ごと村に住んでいる。お巡りさん以前に、村に住む仲間になる。
 そんな村には、駐在さんとの武勇伝が伝わっている。いつの頃のことかはわからない。みんな、聞いた話だという。うちのじっちの頃の話じゃないかと言うんだけど、もしかするとそういうことをいう本人の武勇伝かもしれない。深く追求するとたいへんなことになりそうなので、そうか、じっちの時代の話かと納得しておくことにする。
村の境界にあった立ち入り禁止の門番をする県外のお巡りさんたち
 あるとき、たいへん職務に忠実な駐在さんがいらした。それで村のはずれまで来て、交通指導をした。最近だったらシートベルトをしなさいとか携帯電話をかけながら電話をしちゃいけませんとか、じっちの時代のことだとしたらなんだろう。昔はおおらかというかでためらだったから(この項、いろいろ誤解や語弊のある記述が多くなりそうだけど、いちいち気にしていると話が進まないので、どんどんいきます。許してください)、車検のない車で走り回っているとか、無免許運転とか、もしかすると酒酔い運転とかかもしれない。
 いずれ、捕まっても文句のいえるものではないけれど、駐在がおらたちをとっつかまえるとはどういうことだと憤った村人がいた。理不尽な憤りにも思えるが、村というのはそういうところだ(とぼくは少し思う)。
 ある日、村人は巡回にやってきた駐在さんを、休んでいけと呼び止めた。駐在さんは知ってか知らずか、このあたりで休んでいけというのは、酒を呑んでいけ、ということだ。もちろん駐在さんは断った。飲まないといってる者にむりやり飲ませちゃ、そりゃまた犯罪的だけど、でもまぁ、むりやり飲ませてしまった。
 そうとう飲ませたのか、それとも酒に弱い駐在さんだったのか、ぐでんぐでんになってしまった。当時はまだ時代がおおらかだったので、駐在さんは警察手帳もピストルも持ったままの制服姿だった。そして翌日、お巡りさんは誰かの家で目が覚めたのだけど、そのときには制服もピストルも身につけていなかった。寝巻を着せてくれたわけではなくて、身ぐるみはがされちゃったらしい。
 お巡りさんの大事なピストルだのなんだのは、村の川に投げ込まれちゃっていたということで、いやはや今の時代だったら大事件だろうが、当時はそれで教訓ができ上がった。村では、取り締まりをするべらかず、というやつだ。
 いや、そんな教訓が警察組織内ででき上がるとは思えない。でも見て見ぬふりはできる。きっと、駐在所の覚書の第一条に、そんなことが書いてあるんじゃなかろうかね。
 というわけで、村ではお巡りさんに捕まることもなく、だからお巡りさんの姿を見かけても必要以上にびくびくすることはなく、こんにちはとあいさつしながら通り過ぎていく。お巡りさんと村民の、いい関係が築かれていた。
 巡回にやってきた駐在さんは「駐在さんよ、白菜もらってってくんないか」と声をかけられ、あっちで野菜、こっちで野菜、そこでもまた野菜といただいて、妻子の待つ駐在所に戻っていくのだった。
富岡の名所、桜並木にて。除染、警戒パトカー、見物人と、ちょっと忙しい風景
 それが震災となって、駐在さんがいなくなった。隣の元村には駐在さんがずっといたということだから、この村の配置計画がどうだったのかはわからないけど、震災時の駐在さんは生まれたばっかりの子どもさんがいたから、家庭内の危機管理問題もあったんじゃないかと邪推している。村人としては、事実としては駐在さんがいなくなったのだ。
 そのかわり、本社の方から応援がいっぱいきた。最初の頃は、奈良県警だの神奈川県警だの、いろんな警察署のパトカーが走ってた。
 あいつらは道を知らないから、裏山に逃げ込めば逃げられるぞ、なんて酒の席で大口を叩いていた人もいたけど、パトカーだけ借りて福島原住民巡査が乗務しているということもあったらしいから、油断はならない。
 その一方、お巡りさんと話をすると「わたしら福島の人間ですけど、震災がなければこんな村にやってくることはなかったでしょう」なんて正直な感想を聞かせてくれもしたもんだ。つまり、道に詳しいお巡りさんは、あの時期、村にはいなかった。
 やがて村内で泥棒が大活躍しているという嘆かわしい事態になって、見回りも強化された。泥棒の主になんとなく察しがついていた村人的には、さっさとつかまえないもんかなぁといらいらしていたのだけど、実際のところ、お巡りさんの見回りは別の効果を生むことになった。
「最近は、村がぶっそうでいけねえ」
 と、酒の席で話が出る。泥棒が頻発し、それがなかなかつかまらない。ぶっそうである。
「お巡りがあちこちにいやがるから、運転中に電話もかけられねぇ。ぶっそうでいけねぇ」
 それ、ちがうとつっこみたい人は多いと思うけれど、そういう酔っ払いのぼやきを聞いて「そうだよねぇ。そうだそうだ」と同意したのは、ぼくである。
 幸いというかなんというか、どろぼうはつかまった。ちょっとは顔を知っている者の犯行だったから、その結果は知りたくもあり、知りたくなくもあった。そして彼を逮捕したのは、お巡りさんではなくてふつうの乗用車に乗ってやってきた、私服の刑事さんだった。
富岡の仏浜で避難を呼びかけながら津波に呑まれたパトカー。最近、保存が決まった
 お巡りさんには恨みはないし、ご苦労様だと思うけど、村を巡回しているパトカーが、件の彼とすれちがった現場にも遭遇しちゃっていたから、あぁ、お巡りさんにできることには、限界があるんだなぁと思ったものだった。
 駐在さんがいる平和な村。それがお巡りさんがいる不安な村を経験し、お巡りさんがいることでちょっと住みにくい村になった。それが、地震の前後で起こった、村のお巡りさん事情だった。
 24時間お巡りさんに見守っているもらえる安心と、なんとなく住みにくいカンジ。テレビや新聞でばんばん報道されちゃって、もしかすると報道をチェックするだけで村中の子どもの名前がわかっちゃうような今日この頃では、昔の村みたく、お巡りさんに「ほっといてくれ」とは言えない時代になっちゃったのかもしれない。
 今はそれが残念で、失った昔日の村暮らしを懐かしく思い出すのでありました。
(つづく)
(初出:2015年03月19日)
前へ1 ...... 3 4 5 6 7 8 9
登録日:2015年03月19日 15時05分

Facebook Comments

西巻裕の記事 - 新着情報

エッセイ/エッセイの記事 - 新着情報

エッセイ/エッセイの電子書籍 - 新着情報

  • 吾輩は女子大生である 麻梨 (2014年07月19日 15時04分)
    女子大生、麻梨の日常と就活、就職までを記した悪ノリエッセイ22編。下着ドロにあった友人とその後の行方、理解してもらえない趣味など日常のあれこれに始まり、企業説明会、「お祈りメール」こと不採用通知について、「私服でお越し下さい」という面接などの就活エッセイも。「初めて人にいうんだけどさ」と前置きされて、なぜか性癖をカミングアウトする友人たち、人泣かせの彼女たちを潜りぬけ、見事、内定をつかめるか麻梨!(エッセイエッセイ
  • 作家の日常 阿川大樹 (2014年03月29日 20時06分)
    「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」などの著作で知られる人気作家、阿川大樹氏のエッセイ「作家の日常」。オンラインマガジン騒人で連載されていた当作品に、第0回「小説家の誕生と死」――小説家になる前のエピソードを加えて再編集しました。小説家に必要な資質、仕事場・道具、編集者とのつきあい、印税と原稿料についてなど職業作家の日常を赤裸々に告白。氏のファンだけでなく、小説家を目指している人や作家という職業に興味のある方にもオススメのエッセイです。(エッセイエッセイ
  • ワールドカップは終わらない 阿川大樹 (2010年06月13日 17時23分)
    熱狂と興奮の中で幕を閉じた2002FIFAワールドカップ。日韓同時開催のワールドカップとして記憶にも新しい。ジャーナリスト/エッセイストの阿川大樹が1年半の取材と20日間のボランティア、5試合のスタジアム観戦を通じ、舞台裏、客席、オフィスや街…、多角的な視点で「事件」としてのワールドカップを描く。
    価格:315円(エッセイエッセイ

あなたへのオススメ

  • 川内村ざんねん譚(10) 西巻裕 (2017年01月19日 11時15分)
    東日本大震災を知らずに逝ったアサキさんを偲び、川内村の人間関係や生活を綴る。(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(9) 西巻裕 (2016年07月04日 16時42分)
    村では国政選挙の他に、重要な選挙として村長選挙と村議会議員選挙がある。筆者が初めて経験した村議会議員選挙の投票率は九割だった。自衛隊敷地内で行われる期日前投票についてなど、あれやこれやの田舎の選挙事情。(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(7) 西巻裕 (2015年10月17日 15時15分)
    川内村に移り住んで、ご飯が美味しいと喜んでいた筆者だが生産者はうまくないという。お米を炊くには水が重要な役割を占めていると主張。味を確かめるには現地に行くしかないようだ。(エッセイエッセイ