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西巻裕
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ

川内村ざんねん譚(7)

[連載 | 連載中 | 全10話] 目次へ
川内村に移り住んで、ご飯が美味しいと喜んでいた筆者だが生産者はうまくないという。お米を炊くには水が重要な役割を占めていると主張。味を確かめるには現地に行くしかないようだ。
 残念な米、うまい米

 うちらの米は、食ってはうまくねぇんだ。

 その年の米作りが終わり、米作りなどを肴に酒など飲んでいると、そう聞かされる。この村に来て、ご飯がおいしいと喜んでいたぼくには、意外な話の展開である。そんなことないでしょ、おいしいでしょ、ここのご飯……と反論すると、返ってきたのはさらに意外なる事実。

 作った米はうまくねーがら、買ってきた米食べてるんだ。

 えー? そんなぁ、せっせと田んぼを作っているのは、食べるためじゃなかったのか。しかしさて、作っている本人がうまくないという米を、いったい誰が買っていくのやら。しかして、買ってくれる人はちゃんといるんだそうだ。
 世の中にはブレンド米というのがある。なにかとなにかを混ぜたお米で、お値段の割においしいというやつだ。その値段の割においしい片棒を担いでいるのが、うちのあたりでとれたお米なのらしい。単一で食べたらおいしくないとされているお米が、なんでブレンドするとおいしいのか、その理屈はよくはわからないけれど、長年そうやってブレンドしたお米を食べている人がいるんだから、そういうものなんだろう。

 そんなこんなの我が福島県川内村だが、福島は日本の米どころ、なんだそうだ。盆地で夏に高温になること、水が豊富なこと、日本一の米どころ新潟のすぐお隣だから、というのがその理由だ。でも盆地なのは福島とか郡山とかの内陸(中通とか呼ばれる)や会津地方になる。水は豊富だけど、隣は新潟ではなく、太平洋を隔てアメリカになる。もろもろ、ぼくらの住む浜通りは、ちょっと季節感がちがう。
 2010年に日本第4位だった福島県のお米の収穫量は2011年には7位に落ち込んだ。なんで収穫量が落ちたかといえば、事故った原発から30kmの圏内では稲作はしてはならぬことになったからだ。実際には、30km圏外でもお米が汚染されていたのが発覚しちゃって、もう少し広範囲に出荷をしていない。それでも会津方面はじめ福島県のほとんどの農家は被害もなく通常通りの稲作を続けていて、それでお米の収穫量が落ち込んだということは、浜通りの米の収穫量もなかなかのものだったようだ。2011年が飢饉でなかったのは、不幸中の幸いだった。いや、いっそ飢饉にでもなっていたら、米作りの重要性が再認識されたかもしれないのに残念だったのかもしれないと、ほんのちょっぴり思ったりする。

 もうひとつ、ここで作る米は酒米に向いているといわれている。食ってはうまくないという意味は、飲めばうまい、という意味だったのかもしれない。
 大きな声では言えないが、だからというか、このあたりでは酒を作る人は多い。米の収穫時期は、新酒が飲めるようになる時期でもある。法律的にはご法度だけど、それだけに、今日はいいものがあるぞと出してもらったときの喜びは大きいもんなんである。酒の話はナイショだからここまでとして、酒だって、うまい。うまい酒が作れる米が、まずいはずがないのではないかと、素人は考える。
 村にも、こだわりの米作りの農家さんはいる。彼らは毎日田んぼに立ち、虫をとり草を刈って作物を助ける。そうやって作った米はもちろんうまい。ていねいに作られた米は、米粒の光り方さえちがうような気がする。気持ちのこもった手作業と、大地の恵みはありがたい。
 ありがたいけれどしかし、ここに米作りをしたことがないTさんが登場する。Tさん、商店の息子で商店をついだ。奥さまは農家出身で、父ちゃんは農業のことはなんにも知らねーと怒られている。そのTさん曰く、米はなにを食ったってうまい、んだそうだ。言われてみると、そんな気もする。食ってはうまくないと言われているお米をいただいてきて炊いてみたら、ふつうにうまかった。冷えた飯はそれなりだったけど、どうしようもなくまずいとも思えない。
 米のうまさは米粒のうまさだという人がいる。そういったのはTさんではなく別の商店主のHさんだ。炊き方を工夫したりいろんなことをしたけど、うまい米粒はうまいし、まずい米粒はなにをやったってだめだ、と仰せだった。優柔不断なぼくは、そういわれるとそうかもしれないと思ってしまう。
 米粒がうまくなければうまいご飯にはならないという説は、説得力はあるけど商品に振り回されてしまいそうだ。そういえば米粒絶対説を教えてくれたのは商人だった。商品自体の価値で優劣が決まったほうが納得しやすいかもしれない。一方、Tさんのなんだっておいしい説を考えてみると(Tさんはだいぶあたたかい商売をする)おいしさの秘密は水なんじゃないかとあらためて思う。このあたりは、一軒一軒が独自の水脈を持っている。――なんていうとかっこいいが、要するに上水道が整備されていないのだ。その結果、塩素消毒もしていない、自然のままの水を飲むことになる。ご飯を炊くときも、この水を使う。ご飯粒のだいたい半分ほどは水だから、おいしい米粒にどんな水を加えて食するかは重大な問題であるにちがいない。
 このあたりは阿武隈山系の分水嶺でもあって、つまり源流にごく近い。だからこそ水が冷たくてうまい米ができない、なんて話になるのだけれど、水がいいのはまちがいない。炊くだけじゃなくて、米作りの段階からおいしい水で育っている。多少成績が悪くても、こんな水を吸い上げて育っている米が、悪いはずがない。そう思うと、関係ないけど、米と村人はなんとなく似ているかもしれない。
 世の中、地方からばしばし情報発信をして、いいものをどしどし都会に届けてうまく成り立っている事業者もいらっしゃる。そういう人たちは自分たちの作物に自信たっぷりで、世界一おいしいと信じている。村の繁栄のためには、まずおいしい農作物を都会に出荷して外貨を稼ぐべきだと、村に来た頃には思ってた。今でもその通りだと思うけど、自分ちの農作物に自信のない農家さんたちの作物をがしがし売るのは、よっぽど根性がいる。
 近所のみんなを見ていると、農作物が売れればうれしいという人もいる一方で、目の前でおいしいおいしいと言って食べてくれる人がいればそれでたっぷり幸せという人も少なからずいらっしゃる。気合いを入れて事業を興せば、なにかが変わるとは思うのだけど、安倍晋三みたいに厚顔ではないので、理解のないところで計画を推し進めるのはむずかしいもんだ。
 ぼくらの地域で作る米は、よそのお客さんに買ってもらうにはうまくないのかもしれないけれど、この地でとる食事はおいしくてあたたかい。減反政策でいじめられ、TPPでトドメをさされ、それでも世の中の流れに黙々と従ってきた村の人も、いいかげん年寄りになってしまって、米作りの元気がなくなってしまった人も多い。来年は、またさらに米を作る人が減っていくにちがいない。
 どんどん米を作る人がいなくなって、それでも外国から安い米を輸入してくれば日本の食生活は維持されるのだろうけれど、ぼくらはよそ様にはうまくないと言われてしまった米を作り、もしかするとこっそり酒を造り、おいしい水でご飯を炊き上げ、放射能が少しだけ混ざった山の幸でおいしい食事を続けていく。商品としての農作物は遠くまで配送できるけど、食事のあたたかさやおいしさは、なっかなか送り届けられるものではない。
 わが家の飯こそが最高といって、人の家や外食を避けるご年配もいらっしゃる。食卓には、持ち出せないソウルがある。日本の米文化が崩壊するのが先か、ぼくらの地域が消滅するのが先か、いずれにしてもぼくらは最後の最後まで、おいしい食卓を続けていくつもりだ。村にまで来ていただけないみなさまに、そのおすそ分けができないのは、本当に残念なりだが、自分さえよければと思えば、これはこれでなんの問題もないのであった。

※うちの村のお米を現地で食べてみたいという方は、筆者西巻までご連絡ください。どなたでも歓迎してさしあげられるかどうかはわかりませんが、それがイナカの村とのつきあいの醍醐味なのであります。
(つづく)
(初出:2015年10月17日)
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登録日:2015年10月17日 15時15分
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