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西巻裕
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/エッセイ

川内村ざんねん譚(9)

[連載 | 連載中 | 全11話] 目次へ
村では国政選挙の他に、重要な選挙として村長選挙と村議会議員選挙がある。筆者が初めて経験した村議会議員選挙の投票率は九割だった。自衛隊敷地内で行われる期日前投票についてなど、あれやこれやの田舎の選挙事情。
 選挙

 国政選挙の季節になった。今回から、一票の格差是正で、これまで二議席あった福島県は、一議席を争う選挙になった。なかなか厳しい選挙戦になるだろう。
 一票の格差是正というのは、そりゃまぁそうだろうと思っていたけど、田舎に住んでいると、都会の人の何倍もある投票権でも持っていないと、こちらの声は中央には伝わらないのではないかという気がする。
 小選挙区制も、いまいちだ。国会議員もピンからキリまでいろんなのがいるのだろうけど、おらが国の代表を選ぶのに、たったひとりしか選べなくなっちゃうのは悲しい。答えはマルかバツだけでなく、いろんな中間があっていいと思うのだけど、ここいらでは、そういうむずかしい話は中央のお役人にまかせておいて、我らは片田舎で酒でも飲んでるべ、という人が圧倒的だ。だから、田舎の政治は旧態依然からなかなか脱皮できないのである。

 今回(これ書いてるのは、二〇一六年七月になろうというときだ)の選挙は参議院議員選挙だけど、村の重要な選挙として村長選挙と村議会議員選挙がある。最近、きなくさい話はとんと聞かなくなったけれど、昔は村を二分する大騒動になった村長選挙やら、村人のほとんどが拘留される選挙違反疑獄が起きるなど、選挙は話題と事件に事欠かなかった。
 ぼくが初めて経験した村議会議員選挙は、投票率は九割だった。当時は原発事故の避難の真っ最中で、村人は郡山やいわきに離散していて、選挙運動も投票も一苦労だった。
 それでもなお、高い投票率を記録したのは、候補者や支持者が、お年寄りを迎えに行って投票所まで運ぶなど、いろんな努力をしたからだ。

 投票率が高いのに感心したのだけれど、それは、親戚縁故による選挙戦が健在だからであって、近代的政治とはほど遠いと諭されたこともある。なるほど。それでも生まれてこの方、投票率六割にもなったらすごい、と思える環境で育ってきたから、九割の投票率はやっぱりすごい。
 もっとも、その後に行われた衆議院だかの国政選挙では、投票率は一気に七割くらいまで下がったから、親類縁故が出ていない選挙の人気は、やっぱりそれなりなんだと思い知った。

 村には、八つの行政区がある。ぼくの住む行政区のはずれには、戦争が始まったらいの一番に狙われる航空自衛隊の通信基地があり(だからこの情報は敵国にはナイショだ)、そこには独身の隊員が住み込みで働いている。彼らは村に住民登録をしているので、もちろん村議会の選挙権がある。
 でも、彼らは候補者の名前も人となりもわからないから、じゃ、一番近所の人に入れようということになって、だからうちの行政区の候補者は有利なんだそうだが、真偽のほどはわからない。

 昔は、自衛隊の皆さんが村の野球大会などに顔を出していたということだけれど、今はいろいろめんどくさくて、村人との行き来もほとんどない。投票も、村の投票所じゃなくて、基地内に設けられた投票所で期日前投票を行なっている。
 期日前投票といえば、原発事故以前は、期日前投票所は各行政区を日替わりで回っていた。なので遠くまでいかなくても、選挙期間中に一日だけ近所で投票できるチャンスがあった。
 ところが事故の後は、このシステムがなくなってしまった。村のそちこちまで面倒見られないということだと思うけど、ちょっと残念だ(帰村しましょう、というのに住民サービスは、こんなふうに低下しているところが多々ある。なんかおかしいと思う)。

 以前、ぼくも自衛隊の基地内に開設される期日前投票所で投票できるのかなと役場に問い合わせてみたところ、顔見知りの課長が「ほんとに自衛隊で投票したいの?」と、困ったように応対してくれた。投票自体はできるけれども、自衛隊の敷地に立ち入るには二週間前までに手続きをしないといけない決まりだそうで、間に合わなかった。
 知り合いの課長(村のナンバースリーだ)相手に管を巻く気もないので、あっさり矛を収めたのだけど、翌年からの選挙の案内には「自衛隊投票所は自衛隊隊員以外の投票はできない」と明記されるようになった。
 今思えば、問い合わせなんかしないで、直接、自衛隊基地を訪れて、ごねてみたらおもしろかった。残念なことをしたものだ。

 投票所には、立会人がいる。村の投票所の場合、けっこうな高確率でそれが知りあいだったりするので、油断できない。
 期日前投票に行けば、天気がいいだの悪いだの、週末はどこに出かけるんだと尋ねられる。立会人と投票者は私語は禁止されているはずなんだけど、そういうかたいことを言わないのが村のいいところだ。
 かたいことを言わないといいつつ、こういう場所での投票はちょっと緊張する。よもやそんなことはないと思うけど、候補者名を書いてる後ろ姿を見て、誰に入れたか判別する千里眼を立会人が持っているかもしれない。

 選挙期間中は、候補者とか関係者と酒の席を設けるとめんどくさいことになるので、酒好きは選挙期間中は日ごろ飲み友達の候補者の家には寄りつかない。そして選挙が終わった後の酒の席では、誰が何票とるか、誰が誰に入れたか、ほとんどわかるという話になる。親戚筋とか、どこの嫁に行ったとか、そういうのをたどれば、あらかた票読みはまちがいないということだろう。
 しかしそれにしては、選挙が終わって開票結果が出ると、誰それがあんなにとるとは思わなかったとか、うちは思ったより票を集めたなぁ、なんて話になるから、ちょっと眉唾もんだなと思っている。
 先回の選挙の時には、ぼくも知り合いが三人も候補者になったから、みんなぼくがいったい誰に入れたと思ってるやら、聞いてみたいところだけど、そこは聞かないほうがお互いのためかなと思って自重した。

 そんなこんなの田舎の選挙。福島県全県でひとつの議席を争う今回の参議院議員選挙だが、いまのところ、選挙が始まったのは、候補者ポスターの存在でしか実感できない。東京にいた頃には、毎日選挙カーが騒々しく走り回っていていまいましかったけれど、こちらは平穏そのものだ。
 たまに選挙カーがやって来ると、畑の手入れをしているばっちゃんは、白い手袋に向かって泥だらけの手を振る。「あの人のこと、応援してるの?」と聞くと、「そんなことねー。礼儀だから、来てくれた人には手を振るだ」と答えるのだった。
 いまや、村人の清き一票は、国政にはほとんどなんの影響も及ぼさない存在になっているけれど、その残念をさしひいても、選挙期間中にも静かな日々を送れる田舎の日常にこそ、乾杯。
(つづく)
(初出:2016年07月04日)
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登録日:2016年07月04日 16時42分
タグ : 川内村 選挙

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