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新美健
著者:新美健(にいみけん)
1968年生れ。愛知県で育ち、石川県で卒業し、富山県で就職し、東京都に流れ着き、現在は地元に戻って愛知県豊田市在住。ゲームのノベライズ化というニッチ稼業で15年ほど漂っていたら、いつの間にか40代も後半戦へ。2015年、第七回角川春樹小説賞にて特別賞を受賞。探偵、怪奇、幻想、冒険、歴史モノの小説が好物。
エッセイ/エッセイ

Kちゃんのひめごと

[読切]
あなたにはファーストキスの記憶がありますか? Kちゃんの気恥ずかし〜い体験を大放出。ファーストキスから脱毛のお話まで、きっとあなたにも経験のある(?)青春の思い出たち。
 《あなたにはファーストキスの記憶がありますか?》

 可愛いお題である。
 怖いお題でもある。
 世の中には覚えていないほうがいいこともある。
 少なしとも、私としては。
 そう。タイトルのKちゃんとは、私のこと。
 ――怒らないでいただきたい。

「ツバってどんな味がするのかな?」
 他愛もない疑問からはじまりました。
 小学生の、さらに一年のころ。精通もなにもありません。生えてません。清らかなもんです。聖童といってもよろしい。幼児にも性衝動はあるそうですが、誓ってそんな意図はいっさいありませんでした。純粋な好奇心。見方によっては学究的な薫りすら漂います。
 はい。子供のことですから、即座に実行。
 ただ、場所が悪かった。
 なぜか学校中で掃除をしていたような記憶があります。学期末の大掃除だったのかもしれません。あるいはすべて夢だったのかもしれません。そうであればいいと思います。なにしろ空想癖のある子供でしたから。
 校庭の前でした。
 もちろん上級生たちもヒョコヒョコまわりを通過していました。
 はたからみれば完全なキスシーン。学究的どころではありません。大胆不敵な行動に、当然、はやす声が飛び交います。
 そこで、ようやく私たちは我にかえり、自分たちがしていることに気づいた――そんな次第。
 ところが、その相手が大問題。

 男の子であったか女の子であったかわからない。

(上の一文は、ぜひ48ポイントの文字サイズで、書体は勘亭流、袋・影文字、色は赤、と皆様の頭の中で演出してみてください。何事も想像力が肝要。HTMLのタグに頼るだけが人生ではありません)

 すでに予想していた方もおられたと思いますが、そーゆーことです。
 まったく自慢になりませんが、私は物覚えが悪い。しかも、小学一年生のころなんて、断片的で、あやふやで、曖昧模糊。加えて、幼いころ異性にモテたという目出度い記憶などないから、このキスが本当だとすれば、とても恐ろしい事実が浮上してきます。
 繰り返しますが、これは、すべて幼かった私の性衝動が見せた夢の記憶だったのかもしれません。
 相手の顔も性別もわからない初体験なんて嫌すぎます。
 最初の動機からして、ディープキスであったことは必至。
 もし尿に蟻がたかるような年齢になったとしても、
「キスの初体験のことなんか聞かないでください」
 私はそう重々しく宣言することでしょう。

 そもそも、先のエピソードから、どんな教訓が得られるというのか?
 そして、私はなにを物語りたかったのか?
 だんだん自分でもわからなくなってきました。
 この集中力なさ、記憶力のなさは神様からの素敵な贈りものです。人生のお茶目なイベントをすべて覚えていたら、心安らかに生きていけません。ええ。真面目な話。

 たとえば、保育園に入るのが嫌で泣きながら家のカーテンにしがみついて親を困らせたりとか、中学生のころ初めて精通を意識したのが風呂場の中であったりとか、部活の最中に腹を下している状態でスマッシュを踏んばったら一部漏れてはいけないものが漏れてしまったりとか、早朝の新宿駅をうろついていたら白人のホモにナンパされかかってしまったりとか(二〇代後半の男をつかまえて「プリティ・ボーイ」などと言って手を握ってはいけません)。

 こんな気恥ずかしい体験など、なかなか他人に話せるものではありません。
 だから、こうやって、定期的にフリーマーケットのごとくエピソードを心の棚から放出するのが、健全な庶民としての正しい生活スタイルなのかもしれません。

 そう――たとえば、私は三十路を直前にひかえ、突如「脱毛してみよう」と思いたちました。
 頭ではありません。
 脛の話です。
 理由はさだかではありませんが、当時、職にもつかないでブラブラしていたことも心理的にリンクしていたのかもしれません。
 ともあれ、ドラッグストアなるところへおもむき、それらしき商品を探してみました。男は育毛剤。女は脱毛剤。残念ながら男性むけの棚にはなかったので、女性化粧品コーナーの一角で買い求めました。
 浴槽でたっぷりとクリーム状の薬品を脛に塗りひろげ、10分ほど待つと――皮膚がチクチクとしてきます。ためしに引っぱってみると、ぷつぷつと音もせずに千切れます。毛を構成している組織が溶かされていくような感じ。
 シャワーで脚を洗うと、墨が流れるように排水溝へと吸い込まれていく我が体毛。
 残ったツルツルの脛。
 ささかやなカタルシス。

 かようにして、日々、軽やかに脱皮して世の中を渡っていきたいものです。

 …………思い出しました。そうです。口の中に唾をためて、公平に味をたしかめるべく舌を突き出して冷やしてから、互いにねぶったような。唾は苦……うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ。忘れてください、忘れてください、忘れてください!
 《ひめごと》とは、簡単に放出できないからこそ、《ひめごと》なのでしょう。雑草のように、回虫のように、切れたと思ったら、まだ中に残ってる。日頃は脳の奥底で圧縮をかけられ、いつかいつかと人に打撃をあたえる瞬間を虎視眈々とうかがっているものなのです。

 くれぐれも《ひめごと》に油断してはいけません。
(了)
(初出:2000年02月)
登録日:2010年06月09日 14時39分

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