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浅川こうすけ
著者:浅川こうすけ(あさかわこうすけ)
猫が好き。毛がつやつやの黒猫が特に好き。自分で飼ってるわけではなくて人様の猫相手に猫じゃらしを振ったりしています。でも本心では、自分自身が猫じゃらしにじゃれつきたいのです。時間やしがらみを忘れて一心不乱にじゃれつきたいのです。猫じゃらしを振っているのが美しい奥方ならなお嬉しい。――と、こんなことを真顔でいう30代の未婚男子でございます。
エッセイ/エッセイ

希望のクロフク

[読切]
若奥様は巨乳、なのである。その正体は本編にて。体格に似合わず小心者の佐々木くんと、作者浅川氏との軽快なやりとりが絶妙。若かりし日(?)のほろ苦い思い出(笑)。
 若奥様は巨乳すぎであった。
 どれくらい巨乳かということは、いいたくない。ウソだと思われるからだ。入浴しているところをのぞいたら浮いていたといって、だれが信用してくれるのか。
 下着もつけない素肌のうえにエプロンだけを着用し、前かぎみになって豊満な巨乳を強調してきたときには、なにかビームがでてきそうだったのだが、だれもわかってはくれないだろう。
 わたしが「若奥様は巨乳すぎ」にであったのは、ある冬の日であった。
 あの日の星の輝きは、いつにもまして綺麗だった。


 パソコンを使っているというだけで、電気製品についていろんな相談を持ちかけられる。やれ、テレビがうつらなくなっただの、洗濯機が動かなくなっただの、だ。パソコンとなんの関係があるねん! とツッコミをいれたくなる。ちなみに、デスクに置いてあるパソコンは、インターネット接続にしか使っていない。ほこりをかぶってるよりましだ。
 修理してくれなどという無茶な相談は、いつも無下にことわっていたのだが、その日だけはちがった。
「なおしてくれ」
 そういってビデオデッキをさしだしてきたのは、おなじゼミの佐々木という男である。とくになにかスポーツをやっているわけでもないのに、やけに体格がよく背も高い。そんな男が腰をひくくして、
「テープがひっかかって、でなくなったんだ。な、たのむ」
 ときた。素人にそりゃ無茶だよきみぃという視線とともに、「電気屋にもっていけ」というしかない。
「――それができればたのまない」
 渋い顔した佐々木に理由をたずねると、なにもいわずにテープの取りだし口を指さした。のぞいてみろということだろう。身をのりだして、ビデオデッキの口をのぞきこんでみて、おおきくうなずいてしまった。
 ビデオテープのラベルには、「若奥様は巨乳すぎ」という、いろんな意味でナニなタイトルがピンク色で書かれていた。
 いわゆるアダルトビデオである。
 なるほど、と心のなかでおおきくうなずいた。頭のなかでは、わかるわかるという声が和していた。さすがに、このようなビデオを電気屋に持っていくのは度胸がいるだろう。当然、店員はテープを見ることになるだろうし、女性の店員が見る場合だってあろう。しかも、「若妻」に「巨乳」ときては、みずからの趣味をもろだしにしているみたいなものだ。きっと裸エプロンが好きだろうということまでわかるし、童顔好みだろうことも看破できる。
「な、わかってくれただろ、浅川。こんなものを電気屋にもっていってみろ。もし、女店員に見られでもしたら、もう二度とその電気屋には行けなくなる。オレがいくたびにクスクス笑うか、眉間にしわをよせて仏頂面になるか、もしかしたら、ゴキブリを見るような目で見られるんだ。その女店員がオレにどんなにほれていて、いつ告白しようかと待ち構えているときに、『若奥様は巨乳すぎ』なんてビデオを持ちこんでみろ。百年の恋も一度にさめるぞ。いや、それだけならまだしも、オレが『若奥様は巨乳すぎ』なんていうビデオを借りたことなんかをいいふらしたりするかも。そうなるとオレにほれているに違いないゼミの堂本の耳にも届いて、ああ、なんてこったふたりの女を同時に泣かせるとは、なんて罪な男なんだ」
 佐々木はそのごつい体格からは信じられないくらい想像力ゆたかに、かつ自分勝手に、修理をたのめない理由を語ってくれた。
 あくびをしながら聞いているうちに、でもまてよ、とふいに不安が芽吹いた。いまは佐々木のことだから他人事だと笑っていられるし、小説のネタにつかえるかなという打算的なことも考えていられるが、これが自分の見にふりかかったらと思うと、背中をひやり冷汗がすべった。
「わかったわかった」
 いまだ青臭い青年の主張を披露している佐々木をとめ、ドライバー片手にビデオデッキの分解にあたる。
 他人事と笑ってはいられない。明日はわが身。いつなんどきアダルトビデオがデッキにひっかっかって、四苦八苦するかわかったものではない。家にあるビデオデッキは、アダルトビデオしか再生したことがないのだ。可能性は十二分にある。佐々木は、未来の自分の姿なのかもしれない。そう、けして他人事ではないのだ!
 と、声にはださずにナレーションをいれ、自分をもりあげながら、ビデオのがわをはずす。しかし、そこは素人。あけただけで終わった。
「浅川がなおせないのはわかったから、じゃあ、オレのかわりに電気屋にもっていって修理をたのんでくれよ」
 なぬ?
「そうだよ、それがいい」
 快哉を叫ぶ佐々木に、ガツンといってやらなければなるまい。
「ばかをいうな、佐々木。『若奥様の巨乳』をくわえこんだビデオデッキをもっていってみろ。もし、女性の店員に見られでもしたら、もう二度とその電気屋には行けなくなる。いや、それだけならまだしも、店員たちのあいだで語り草にでもなったりしたら……」


 たっぷり熱弁をふるってやった。とにかく、強気にでたほうが勝ちだ。佐々木が何事かいいかけるのを無視し、ときには片手をあげて押しとどめ、それでもしゃべろうとしたのでその口に食べかけのアンパンをつっこんでやった。
  ――食べかけとはいっても、二日前のだ。だが、大丈夫だろう。いまは冬。夏場よりも保存状態はいいはずだ。
 ひとしきり熱弁をふるったあと、わたしは口をしめらせるために、茶をすすった。
 そのすきを佐々木が逃がすはずもなく、アンパンを嚥下するやいなや、
「じゃあ、身元がばれないように、浅川が女装すればいいんだ」
 なにをいっているのですか?
「だって、オレじゃあ体格がよすぎるだろ。やせてる浅川ならピッタリだ」
 消去法でわたしか。なにを基準にピッタリなのか。なにより、女装は決定事項なのか。あふれる猜疑をのせて、わたしは一言つぶやいた。
「アホ」
「なあ、頼むよ浅川。お前しかたよれないんだよ」
 そういわれると、鬼にもなれない。うーむ、とうなってわざとらしく腕組みをする。
「こうすけや、友人は大切にしなさい。ビデオを修理にだすくらいやってあげなさいな。それが人の道というものです。一日一善、ですよ」
 とは、善人な浅川こうすけだ。
「よお、こうの字よお。あいつ、ああいっちゃいるが、ほかのやつに断られたからしかたなくここにきたんだぜ。断れ断れ」
 これは悪人な浅川こうすけの弁。
「ケケケケケケ、苦しめ苦しめ。もっと咳をしろ!」
 このうるさいのは、そこらへんの空中に浮いているエヘン虫だ。
 様々な意見をとりいれ、わたしはポンと膝を打ち、
「よし! 店の前までつきそうから、ビデオは佐々木が持っていけ」
「もう一声!」
 佐々木がずいと身をよせてきた。
「だめだ。ビデオは佐々木のだから、お前がもっていくのが筋だ」
「そこをなんとか!」
「まからん」
「無理は承知だ、無理は承知だが、あと一声」
「うーん、店の中までいっしょにいくが、レジまではいかない」
「後生だ!」
「いーや、これ以上は不可能だ!」
「『若奥様は巨乳すぎ』のダビングテープを貸してやる」
「よし、最後までつきあおう」
「さすが浅川!」
 以上のようなやりとりがあり、佐々木につきそっていくことになってしまった。だが、レジにビデオデッキを持っていくのは佐々木である。これはまげられない。
 どの電気屋にもっていくかという話になり、近くの店だから問題があるということで、日ごろふみこまないような所ならノープロブレムだろうとふたりでうなずきあった。車で片道一時間以内でいけるところはパス、というルールもできた。
 片道一時間ちょっとでいける電気屋で、そこそこおおきなところは県内にはなく、しかたなく隣県まで車をとばすこととなった。車は佐々木のものだが、運転はわたしがする。佐々木と連れだってどこかに行くときは、いつもそうだ。車を運転したいお年頃なのだが、肝心の車をもっていないのだ。
 大型電気店の駐車場に車をとめ、佐々木とともに降りる。ビデオデッキを手にした友人のほうを見て、ついふきだしてしまった。道中、コンビニで購入したマスクとメガネが妙に顔になじんでいるのが、おかしかったのだ。
 おまけに、
「ゴホゴホ」
 と、わざとらしく咳をして、自分が風邪だとアピールする姿は、見ていて哀愁をさそう。そこまでするか佐々木よ。
「ケケケケケケ、苦しめ苦しめ。もっと咳をしろ!」
 ああ、またエヘン虫がうるさい。きみの功績じゃないよ。
 それにしても、マスクとメガネで顔を隠して、人相をごまかそうとするところが、いかにも小心者だ。気にしなくとも、平凡な顔立ちはすぐに印象から消えてしまうというのに。
 そんなどうでもいいことを考え終え、わたしは佐々木とならんで電気屋にはいっていった。鼻先までずり落ちようとするメガネを指で戻し、マスクの位置を調整しながら。



 自動ドアをくぐり、落ちつかなげにはいってきたマスクの男ふたり。そうとうあやしげに見えるだろう。
「おい、浅川」
 佐々木が蚊の鳴くような声でつぶやいた、と思うと、DVDデッキが展示されているコーナーへとまわれ右した。
 おいおい、なにがどうしたっていうのんや?
 ニセ関西人に変身してしまうほど、瞬間、思考が乱れた。
 佐々木がビデオデッキをかかえたまま、DVDをなめまわすように見はじめた。
 勘弁してほしアルね、と今度はニセ中国人。
 佐々木のあやしい行動に、店員も声をかけれずに見守るばかり。わたしも見守るだけにしたいのは山々だが、ビデオデッキを修理にだすという任務があるいじょう、そうもいかない。銃弾をかいくぐる衛生兵も、こんな気分だったのだろうか。
 わたしは決死の覚悟で、佐々木の肩をたたいた。
 待っていたかのように佐々木がふりむき、手にもつビデオデッキをわたしに押しつける。「じゃ」とばかりに手をあげ、踵をかえそうとするのを間一髪で襟首をつかむ。
「うげ」とか聞こえたが、無視だ。
「だって、女の店員しかいないんだぜ」
 なるほど、たしかにレジには女店員がひとりいるきりだ。彼女にビデオデッキをさしだすのは、ちょっと遠慮したい。おそらく彼女はあずかるだけで、修理は別の担当がおこなうのだろうが、心情的に無理だ。婿入り前の身では、こっぱずかしくてできない相談だ。
 女店員がちゃめっけをだして、中にどんなテープがはいっているか、のぞきこむ可能性だってある。
「あ、『若奥様は巨乳すぎ』ですね。わたしも見たことあるんですよ。もう感動して、若奥様が裸にエプロンつけてるところで、わたし泣いちゃいました」
 などとはいうまい。きっと、かすかに眉間にしわをよせ、無表情な顔でまたのご来店をお待ちしています、とかいうんだ、きっと。
 とにかく、これ以上目立つのはまずい。もうすでに手遅れという気がしないでもないが、人の印象に残りたくはない。佐々木をうながし、レジへと歩く。女店員がなにかの用事を思い出し、奥にひっこんでくれることを願いながら。
 近づくにつれ、女店員がけっこうな美人だということがわかってくる。左右対称なととのった顔立ちで、長い黒髪に富士額。ああ、できうることなら、違う出会いをしたかった。こんなことなら、正月にお賽銭をけちるのではなかった。それとも、日曜に礼拝にいかなかったのが原因か?
 チャチャーン!
 そのとき、聞きなれた音が鼓膜をふるわせた。Windows3.1の起動音だ。視線がそちらのほうをむく。視界に「サービスコーナー」と書かれたつり看板が見えた。そこのカウンターでは、男の店員がパソコンの操作をしていた。
 ああ、神様ありがとう。おそらく仏教にぞくしているであろうわたくしめをお救いくださるとは。
「おい、佐々木。修理はあそこだ」
 佐々木をひっぱって、そちらへと舵をきりかえす。すいっと、体が軽くなったような気がする。憑き物が落ちた気分とは、こんな感じだろう。
 男の店員に、佐々木が症状を説明し、連絡先として携帯電話の番号を用紙に書きこんだ。
 あっけないほどの幕切れであった。いろいろと妄想をたくましくしたが、実際にはなんのトラブルもなく終幕をむかえた。
 帰りの車中、佐々木がおのが胸のうちをこう述懐した。
「男の人がいてよかった。あのレジの美人だけだったらと思うと、ぞっとするな」
 その言葉を聞き、なにやらいやな予感がした。ハンドルをにぎる手に、じんわりと汗がにじむ。
 交差点を左折した刹那、それはおこった。
 車中に「笑点のテーマ」が鳴り響いたのだ。
 テンテケテケテケ、テンテン。
 運転中の突発的なできごとに、わたしは思わずブレーキを踏もうとした。あと一センチ足を下ろしていたら、急停車していただろう。すんででふみとどまれたのは、まぶたの裏にピーポくんの顔が浮かんだからだ。
 わたしのこめかみにちらりと汗が浮かんだのを尻目に、佐々木が携帯電話を耳にあてた。
 どうやら、「笑点のテーマ」は携帯電話の呼び出し音だったらしい。冷静に聞いていれば、いかにもビープ音で厚みのない音だとわかるのに。今日はやはりどこかおかしい。これが、若奥様の巨乳の魔力か。
 佐々木が話している内容から、さきほどあとにした電気屋からの連絡であると知れる。どうやら、店の技術マンが、ビデオテープをとりだしてくれたようだった。
「テープはレンタルのようだったので、先にお返ししますといわれた」
 佐々木が苦虫をかみつぶしたような顔でそういった。
 わたしも、たったいま苦虫をかみつぶしたところなので、同じ顔をしているだろう。


 電気店の駐車場に立ち、暗くなりはじめた空を見上げる。いやあ、空はひろいなでっかいな、お空のむこうに飛んできたいな。
「おい、浅川」
 佐々木の声が鼓膜をふるわせ、現実逃避からひきずり戻されてしまった。なにをしているはやくいけ、とばかりに手をふってやると、佐々木が泣きそうな顔して、
「ついてきてれくよ〜」
 ときた。ここで、イヤだ、といえばまたぞろふたりでいいあいになり、店員や客に特異な印象をもたれてしまう。しかたなく佐々木と肩をならべて店内へと歩をすすめた。もちろん、今回もマスクを着用済みだ。それだけで、気分はアウトサイダー。もうどうにでもなれだ。
「やばいぞ」
 佐々木が肘でわきばらをついてきた。
 サービスコーナーには、さきほどの美人女店員が立っていたのである。宝くじはあたった経験はないのに、いやな予感は必ずあたる。
 が、もうどうでもよかった。店内にはいったときには、すでにひらきなおって、とにかく早くこの場から開放されたかった。いやなことはとっととすます。
 なかば佐々木をひっぱる形で、サービスコーナーへと連れていく。
 ああ、なぜか頭のなかではロッキーのテーマが。
 そういえば、「ロッキー」は見たことない。自宅のビデオデッキはアダルト専用なのでビデオでは見たことないし、当然映画館におもむいて鑑賞した記憶もない。なんだか、ロッキーが恋しくなってきた。ああ、ロッキー、あなたはどうしてロッキーなの?
 ――現実に戻ろう。
「あ、あの……、佐々木というものですが……」
 佐々木がどもりながらも、美人女店員になんとかこちらの用件を伝えた。まだひらきなおってないとみえる。けっこうしぶとい――長生きするだろう。
 美人女店員がほほえんで、奥のカウンターへひっこんだ。ついに持ってくるのだ。
「若奥様は巨乳すぎ」を。
 さあ、持ってくるならもってこい! 「若奥様は巨乳すぎ」というナニなタイトルを白日の元にさらせ!
 フハハハハ!
 ちょっとハイになった思考が、高笑いした。
 美人女店員がカウンターに戻ってきた。
「お待たせしました」
 そういって、カウンターのうえに、黒いビニール袋を置く。照明にてらてら黒光る袋には、おそらくビデオテープがはいっているのだろうが、中身がなにであるのか判別できなくなっている。
 ちらりと佐々木を見やると、胸をなでおろしたような表情で黒い袋をうけとっていた。
 これもサービスなのだろう。美人女店員から「若奥様は巨乳すぎ」を裸のままで渡されてはお互いに気まずくなるし、二度とその店にやってこようという気はしない。平気な人間もいるかもしれないが、わたしや佐々木はそうじゃないかった。同じような人間も大多数いるだろう。
 黒い袋を使うことにより、美人女店員がビデオテープを見ていないとアピールする。
 しかし、実際には彼女が黒い袋にいれたのかもしれない。真意はわからないが、それでも佐々木は安堵していた。
 わたしも安堵していた。実際に受け取るわけではないが、横にいるというのもかなり気まずい。
 安堵はしている。
 だが、しかし……
 ――なんだか寂しい。ハイな精神がいっきにさめ、まるで花火のあとのような物悲しい気分になってくる。結果は良好なのだが、なんだか肩透かしをくらった気分だ。もしかして自虐思考があるのかしらん。
 佐々木とならんで、カウンターをはなれる。
 佐々木の手にうつった黒い袋のなかには、「若奥様は巨乳すぎ」がはいっているのだが、まわりの人間はまるで気づいていない。あたりまえか、だからこその黒い袋。略して、クロフク。


 住みなれた街に帰ってきたあと、佐々木と別れた。彼はその足で、「若奥様は巨乳すぎ」をかえしにいくという。一週間後にデッキの修理が完了するということだったが、こんどはひとりで大丈夫だろう。
 佐々木とわかれ自室へと戻った。アダルトビデオ騒動で、すっかり一日をついやしてしまった。やれやれ、とんだ一日だ。
 アダルトビデオといえば、昨晩レンタルしてきたものがある。「桃尻看護婦殺人慕情」とかいう、これまた様々な意味でナニなタイトルだ。返す前にもう一回見るつもりで、ずっとデッキにいれたままだった。少ないバイト代から捻出して借りたのだ。とことんたのしまなければ。
 だが、起きてからすぐに佐々木がやってきて、それっきりになってしまっていたのだ。もう一回見たいのは山々だが、延滞料をとられるのはしゃくなので、とっとと返しにいこう。
 ビデオデッキに近づき、取りだしボタンを押す。
 ――でてこない。
 もう一回押す。
 ――やっぱりでてこない。
 腹のそこからため息をついた。今日中に返さないと延滞料をとられるし、なによりビデオデッキを修理しないと、また同じことがおこる可能性が大だ。
 とはいっても、近場の電気屋に持っていくのは恥ずかしい。なんたって、天下無敵の「桃尻看護婦殺人慕情」なのだ。「桃尻」に「看護婦」である。こちらの趣味が知れようというものだ。おまけに「殺人」に「慕情」である。まあ、「密室」がはいってないだけましか。
 そうだ!
 こういうときこそ、クロフク!
 あの電気屋だ!
 しかし、車がない。
 すぐに佐々木と連絡をとった。
 今日は、まだ、終わりそうになかった。
(了)
(初出:2000年02月)
登録日:2010年06月14日 22時59分

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