騒人 TOP > エッセイ > エッセイ > マツムシは吠える、スズムシはすすり泣く
北岡万季
著者:北岡万季(きたおかまき)
猫科ホモサピエンス。富士山の麓で生まれ、瀬戸内海沿岸に生息中。頼まれると嫌と言えない外面の良さがありながら、好きじゃない相手に一歩踏み込まれると、一見さんお断りの冷たい眼差しを、身長165センチの高さから見下ろす冷酷な一面も持ち合わせる。これまで就いた職業は多種多様。現在は娘の通う私立小学校の役員をしつつ、静かに猫をかぶって専業主婦として生活している。
エッセイ/エッセイ

マツムシは吠える、スズムシはすすり泣く

[読切]
晩秋の夜、久しぶりにひとり街へ出てみて驚いた。そこにはいろんな種類の少年たちが、それぞれにうごめいていたのだ。その若者の間をすりぬけて行く著者。自分はも若くないんだと思う彼女が、最後に思ったこととは一体何だったのか。
 黄昏時の土曜日、私は駅のホームに立っていた。
 時計を見ると夕方の6時になろうとする時刻だった。いつもなら晩御飯の支度に追われている時間である。育児と家事から開放されて一人で駅のホームにたたずむのが心地よかった。
 到着した電車内は、週末とあってさすがに混んでいた。
「一人きりで出かけるなんて、子供を産んでからは初めての事だ」
 そう思うと、座れなくても心は軽やかであった。

 待ち合わせの場所につく頃には既に日も暮れて、週末を楽しむ若者や、会社帰りのサラリーマンで街はにぎやかだった。ほどなく友人たちと合流し、まずは腹ごしらえに向かう。自分のペースで食事をすることが、こんなにも楽しかったなんて、と、あらためて一人の自由さを噛み締めた。
 ひとしきりおしゃべりを楽しみ、店の外にでる。時刻は夜の10時をまわっていたが、友人の一人がコーヒーのオイシイお店があるんだというので、誘われるままにその店へむかう。そして店を出たときはもう終電が出てしまった後だった。
 久しぶりの外出で、少々羽を伸ばしすぎたようだ。友人と別れ、タクシーを拾うために大通りに向かって歩き始めた。

 並木通りを横切り、アーケード街を西に向かって歩いていると、どこからかジャカジャカとギターをかき鳴らす音が聞こえてきた。みると、シャッターを閉めた店の前で、一人青年が譜面台を前に歌を唄っている。聞いた事があるような、ないような、そんな歌を彼は叫んでいた。
 彼の前には、帽子が裏返って置いてあった。金を入れてくれ、そんな感じだった。しかし身奇麗な格好をしているし、生活には困ってなさそうだ。それにお金をちゃりんとほおり込むのも、見下しているようで気が引けたので、素知らぬ顔をして更に西に歩いた。
 青年の歌声が小さくなるにつれ、今度は大きな旗を振りまわした集団がこちらに向かって歩いてくる。
 ぎょっとした。アーケード街の道幅いっぱいに広がって歩いて来る人たちの髪の毛は、真っ赤や真っ青や真っ黄色である。頭にはちまきなんてしちゃって、妙に難しい漢字を刺繍した特攻服を来ている。どうやら暴走族らしい。思わず来た道を引き返そうとしたが、あまりの凄さに足がすくんだ。
 オキマリのように、中年の酔っ払いがその特攻服にぶつかる。
「おやじぃ、イテェじゃねえかよ」
 と、これまたオキマリ罵声が飛ぶ。
 私は思わず近くにある公衆電話で受話器を取り、誰かと話ているそぶりをしてしまった。くわばらくわばら、と彼らが通りすぎるのをしばし待つ。
 暴走族なら、「パパラパパラ」と改造バイクにでもまたがってもらいたいものだ。なにも歩くことはないだろう。
 ようやく彼らが通り過ぎ、大通りに出た。
 ふと見ると、もう夜半だというのに、妙に明るい場所がある。それは塾だった。ちょうど帰りの時間らしく、自転車や歩く若者たちとすれ違う。
 みな高校生くらいだろうか、誰も彼も重そうに肩からバッグをさげている。こんなに遅くまで勉強なんて、今日日の学生さんも大変だ。
 すると、目の前すれすれを眼鏡を掛けて青っちろい顔をした「いかにもがり勉君」が、一台の車に向かって手を振っていく。
「ママぁ、お待たせぇ!」
 車からは母親が降りてきて、
「どう? 今日もちゃんとお勉強頑張れたかしら?」
 ママはがり勉君の肩に手を置いて優しく問う。
「うん。ママ、今日も頑張りました。お迎えありがとう」
 髭も生えてそうな男が「うん、ママ」もないもんだと少々気持ちを悪くしながら彼とすれ違う。彼の将来は間違いなく冬彦君であろう。

 ギター青年、暴走族のおにいちゃん、がり勉君。人の腹から出てきた人間もその青春の生態は実にさまざまである。しかしお風呂に入る時は、みんなカワイイちんちんぶらさげてるんだろうな、と思いながら、青春の終わったおばさんはタクシーに手をあげたのであった。
(了)
(初出:1998年05月)
登録日:2010年09月29日 13時26分
タグ : 若者

Facebook Comments

北岡万季の記事 - 新着情報

  • びば! 同居 北岡万季 (2010年06月21日 17時58分)
    長男の嫁である著者が、とうとうその親と同居を始めることになった。脳天気な夫と、送り出す実家の両親の涙。その狭間で揺れながら知らない土地へ運ばれて行く嫁。その先に待ち受けている姑との関係はいかに?(エッセイエッセイ
  • 隙間すきま 北岡万季 (2010年06月21日 17時57分)
    夫の留守にパソコンを使い始めた主婦が、イケナイ空間へと迷い込んでいく。家事を忘れ、育児を忘れ、そして主婦ということすら忘れて没頭するバーチャルな世界。心の隙間に気付いたとき、主婦はどうやってそれを埋めてゆくのか。(エッセイエッセイ
  • 緑の日々 北岡万季 (2010年06月21日 17時55分)
    結婚に恋していた郁子は、恋人だった克彦とともに憧れの新婚生活をスタートさせる。しかし、現実は郁子の思い描いていた生活とは天地ほども差があった。絶望した郁子は、自分も好きに生活を始める。そして彼女が辿った道とは……。(小説現代

エッセイ/エッセイの記事 - 新着情報

  • 川内村ざんねん譚(13) 西巻裕 (2018年07月30日 16時53分)
    こちらの文化的にはコミュニケーションは会話であり酒の酌み交わしだ。誰それの話題に積極的に参加することで外様もスムーズにお付き合いに入っていける。それでも最近はインターネットで調べてみろという人も現れた。しかし、ネットでは絶対に見つけられない情報もあるのだ…。(エッセイエッセイ
  • 幸せになるために覚えておきたいこと (1) 井上真花 (2018年01月30日 13時06分)
    「遅刻しそう」と思うだけで冷や汗が出て手が震え始める。これはどこから来るのだろう? つい家を早く出てしまうが、その30分をタスクに割り振った方が幸せに決まっている。「哲学カフェ」を運営するオフィスマイカ社長、井上氏が二分する自分を探求する。哲学エッセイ第一弾!(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(12) 西巻裕 (2018年01月04日 13時39分)
    原発事故により人がいなくなった川内村を我が物顔で闊歩するイノシシ。かつてジビエ食材として振る舞われたイノシシにも放射能の規制値が設けられ、ほとんど食べられなくなってしまった……のだが。(エッセイエッセイ

エッセイ/エッセイの電子書籍 - 新着情報

  • 吾輩は女子大生である 麻梨 (2014年07月19日 15時04分)
    女子大生、麻梨の日常と就活、就職までを記した悪ノリエッセイ22編。下着ドロにあった友人とその後の行方、理解してもらえない趣味など日常のあれこれに始まり、企業説明会、「お祈りメール」こと不採用通知について、「私服でお越し下さい」という面接などの就活エッセイも。「初めて人にいうんだけどさ」と前置きされて、なぜか性癖をカミングアウトする友人たち、人泣かせの彼女たちを潜りぬけ、見事、内定をつかめるか麻梨!(エッセイエッセイ
  • 作家の日常 阿川大樹 (2014年03月29日 20時06分)
    「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」などの著作で知られる人気作家、阿川大樹氏のエッセイ「作家の日常」。オンラインマガジン騒人で連載されていた当作品に、第0回「小説家の誕生と死」――小説家になる前のエピソードを加えて再編集しました。小説家に必要な資質、仕事場・道具、編集者とのつきあい、印税と原稿料についてなど職業作家の日常を赤裸々に告白。氏のファンだけでなく、小説家を目指している人や作家という職業に興味のある方にもオススメのエッセイです。(エッセイエッセイ
  • ワールドカップは終わらない 阿川大樹 (2010年06月13日 17時23分)
    熱狂と興奮の中で幕を閉じた2002FIFAワールドカップ。日韓同時開催のワールドカップとして記憶にも新しい。ジャーナリスト/エッセイストの阿川大樹が1年半の取材と20日間のボランティア、5試合のスタジアム観戦を通じ、舞台裏、客席、オフィスや街…、多角的な視点で「事件」としてのワールドカップを描く。
    価格:315円(エッセイエッセイ

あなたへのオススメ

  • 痛快主婦閑談(3) 北岡万季 (2010年06月21日 17時49分)
    ただ買い物に出かけただけなのに、どうしてこんなに疲れるのか。その原因は町を闊歩する現代の若者にあった。なぜ君たちはそうなんだ? おばさんには理解しがたいその若者たちに、一言申し上げるエッセイ。(エッセイエッセイ