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紫苑
著者:紫苑(しおん)
日々の出来事を、ふと書き留めておきたい時がある。何の変哲もない風景に、こよなく愛着を感じる時がある。思わず涙ぐんだり、手を合わせてしまうほど感動を覚える時がある。そんな時は目を閉じて、心のキャンバスに、一枚、また一枚と、自分の生きた証に描いてきた。現在は、二人の成人した娘達と、姉妹のように共同生活を楽しんでいる。なにはともあれ、今が幸せならすべてよし、と充実した日々を送っている。
エッセイ/エッセイ

涙の卒業式

[読切]
持って産まれたものは人それぞれ。労せずしてそこそこの良い成績をあげる姉をうらやむ妹と妹の努力を評価し触発される姉。そんな二人の成長を暖かく、時には厳しく見守ってきた母のエッセイ。
 次女がピッチ(PHS)にPメ−ルを入れて来た。
『セイセキ、アガッタ!』
『ヨカッタネー ハハ』

 私はほっとして、家事の手を休めた。
 本当によかったと思った。
 彼女は、コツコツと人の数倍の時間を勉強に割いている。
 それなのに、目に見える成果というものはなかった。
 せいぜい、普通かややそれを上回る程度のものであった。
「諦めないのよ。努力はいつかは報われるんだから……。それは、成績の面でだけとは限らないし、いつの場合も結果は過去なんだからね。次のステップの踏み台なんだからね。」
 私は言い続けた。
「根を詰めないで、少しは休もうよ」
 彼女は自分自身に課したノルマをこなそうと、いつも眠い目を擦っていた。

 彼女が頑張ろうという姿勢で取り組み出したのは、小学5年生の時だったろうか。
 それまでは、やってもやっても「よい」という評価は、唯のひとつももらえなかった。それなりに頑張っても、あくまでそれはそれなりであって、相対的な評価としてではなかった。

 小学4年の1学期の終業式は、私にとってまるで昨日のことのようである。
 玄関のドアが開いて、ドサッという音がした。
「だぁれ?」
 返事がない。
「あっちゃん?」
 不信に思って音のした方に近づいてみると、次女がふてくされていた。
「何かあったの?」
 彼女は通知票を私に投げつけた。
「あんなに頑張ったのに、もう勉強なんかしない!」
 そう言うなり、両目からポロポロと大粒の涙をこぼした。
 泣きながら、
「姉ちゃんはどうだった? 見せて」
 と、先に帰宅していた長女のを奪い取って見た。
「いいな。姉ちゃんは『よい』がこんなにいっぱいある」
 再び、泣きじゃくった。
 私は熱いものがこみ上げて来て、
「いいのよ。あっちゃんは頑張ったんだから。先生には見えなかったけど、母さんは知ってるよ。知ってるからね」
 力一杯抱きしめた。

 年子の長女はまるで次女とは違った。
 労することなく、いつもそこそこの結果を出していた。
 落ち込む次女に気遣ってか、その夏は誰も通知票の話題を口にはしなかった。
 ふたりの成績の距離は、それからもずっと同じだった。
 次女が長女を越えることはなかった。
「お姉ちゃんより上になりたい」
 次女にとって長女は永遠のライバルである。
 ところが、長女はいつもこう言った。
「あっちゃんは努力家だからね。きっといつかは私を越すよ。あんなに頑張っているんだもん、いつかは報われるよ」
 私はぼんやりと、そんな日が来るのかな〜と心のどこかでは思っていた。

 そんな次女が頭角を現し始めたのは、小五の時の担任との出会いにあった。
 何であったか忘れてしまったけれど、作文コンク−ルで入選した。
 彼女の感性を素晴らしいと認めてくださったのである。
 それ以来、彼女はコツコツと努力を始めた。
 しかし、努力に対しての成果が必ずしも比例するとは限らなかった。

 勉強というものは、他人の為にするものではない。
 私はいつもそう唱えた。
 塾に行きたいという子供らに、何度も何度も考えさせた。
「何の為に行くのか」を明確にするまでは、許してはやらなかった。
 高いお金を支払い、遊ぶ時間を削って通うのである。
 いい加減な気持ちでは、お金も時間ももったいないではないか。
 これは、彼女等が小学5年生の時の決断である。
 塾の送迎も親がするのが当然のようなこのご時世、私は危険を感じたとき以外はそれを認めなかった。雨が降った、風が吹いた、雪が降った……これは自然の現象である。危険を察知した時は、いのいちばんに駆けつけるが、これくらいの事では行かなかった。子供らもその辺は心得ており、我が儘を一切言わなかった。
 しかし、塾に費やすお金は、家計をかなり圧迫した。ふたり分である。
 本人達自らの希望であるから、私としてはなんとかやりくりするしかなかった。

 親の考え、教え、躾が確実に浸透して行った。
 まず、自分が決めたことに対しては弱音を吐かなかった。
 これは予想外で、私は少々見直した。
 勉強だけが人生で優先される事ではないけれど、やれる時、やりたい時には努力を惜しまないことを続けて説いた。
 後は、メリハリをつけることを強調した。
「遊びばかり、勉強ばかりではつまらないでしょ?」

 どんな風に育って欲しいかと聞かれたら
「自分の言葉で、自分の意見を、しっかり言える人」と私は答える。
 成績の良し悪しでは、決してない。
 子供が持てる力を十二分に発揮出来さえすれば、それがいちばんだと思っている。
 しかしながら、努力も試みない内に諦めたり、他人のせいにすることだけは許し難い。
 今、次女は努力をしたことが報われたのである。それを知ってくれたことだけで、私は充分だと思っている。
 今後は、私が何も言わなくても彼女自身の目標に向かって邁進するだろう。姉妹で触発されながら、お互いを高めて行くだろう。
 ある種、私の親としての役割は終わったのかもしれない。これ以上は、彼女等に望むことはないし、もはや、望むべきではないと考えている。

 先ほどから、中3の次女は何度も何度も自分の努力の成果を眺めている。
 眺めては「うふふ」と笑みを漏らすのだ。
 私は高一の長女と目配せをして
「あの時はねぇ〜、あんなに大粒の涙を流したのにねぇ〜」と、次女をからかっている。
「あっちゃんが私を越えたね、母さん。私が言った通りでしょ? 努力は絶対報われるんだから。私も、もう少し頑張ってみようかな? 2学期は100番は切りたいもの」
 長女がそっと通知票を手渡した。
 高校で初めての通知票である。320人中102位、40人中13位であった。
(了)
(初出:1998年08月)
登録日:2010年06月22日 16時06分
タグ : 卒業式

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