おおみち礼治
著者:おおみち礼治(おおみちれいじ)
1968年生まれ。16歳のとき、尿検査でたんぱく尿が出ていると言われ検査入院。小康状態を保っていたが、25歳で人工透析を導入。現在は、フリーランスとしてホームページを作成したり、PHPやDBをいじっている。ほとんど趣味かも。
エッセイ/エッセイ

宣う躰(4)

[連載 | 連載中 | 全8話] 目次へ
1985年。太平洋戦争を経験した“おじいさん”たちが顔を合わせると、必ず話題になったのは「どこの部隊にいたか?」であった。病棟でその時代を生きた人達の生の体験を聞く16歳の少年は何を思ったのだろうか。
■太平洋戦争 - 1985.10

 当時、医大の泌尿器科病棟に私以外に子どもはいなかった。高校に上がりたての少年からしてみれば、おじいさんに見える六十歳以上の人ばかりだったように覚えている。

 面白いと思ったのは、そのおじいさんたちが顔を合わせると必ず話題になったのが「どこの部隊にいたか?」ということだった。太平洋戦争当時の階級が影響力を持っていたようなのだ。
「オレは陸軍の○○部隊で軍曹だった」
「海軍で○○に乗っていた」
「私は曹長をしてた」
 偉かった方は、なんとなく自慢気な様子なのである。戦争で私の祖父は亡くなっているので、そのような話しを直接聞いたことはない。子どもの私は、教科書でしか知らない戦争をリアルに経験してきた人々が生きて話しをしていることは不思議に感じられたものだ。

 病室の掃除をしに来ていたパートのおばさんは、学徒動員で工場で働いていたという。あるとき、空襲警報が鳴り響き、他の人たちは皆、防空壕へ逃げたが、自分は、もうどうでもいいやと工場のイスに座り、空を眺めていると、飛んできた米軍機のパイロットと目があったそうだ。
「女こどもは撃たないんだねえ」
 ずっとそういうものと信じていたが、最近、透析で隣のベッドになったおじいさんは、まだ子どもだった妹さんを戦闘機の銃撃で亡くしたと言っていたから、そういうわけでもないようだ。

 同じ部屋にいたおじいさんは特攻隊にいたという。
 病衣をひるがえし病室を歩きながら、
「特攻なんてしたくないから、わざと飛行機の試験に何度も落ちた。でも、さすがにそろそろ受からないとマズイと思い、次回はと覚悟を決めて試験に挑もうとしたその前の日に終戦になった」と言っていた。
 行きの燃料だけ積み、いわば自殺するために出撃していくなんて想像もつかない。だが、いくらお国のためといわれても、あるいは国全体がそういう空気でも、嫌なものは嫌だったんですね。状況は想像できないが、気持ちは共有できるものだったので安心したことを覚えている。

 同じ人だが、こんなことも言っていた。

 ある日、上官(軍曹)に、軍隊を脱走したことがある同僚が部隊全員の前に呼び出された。「処刑する」という。本音は新しく買った日本刀の試し切りをしたかったらしい。
 その場に座らせ、すらりと刀を掲げると、後ろから首筋に一回。切れなかったので、もう一度。さらにもう一回斬撃を加えたが、結局、首は落ちなかった。
 上官は、切れなかったことが不満だったらしく、ぶつぶつと文句を言いながらその場を後にしたという。その同僚は半身不随になった。
 そして、一九四五年八月十五日。
 玉音放送を聞きながら、もう上官でも何でもなくなったと、同じ部隊に所属していた全員で軍曹の部屋に押しかけ「ボコボコにした」のだそうだ。その後、軍曹がどうなったかは聞いていない。

 今から六十七年前だ。私刑が許可されていたのかどうか分からないが、ずいぶん昔のようで、生きている方だっているのだから、ついこの前ともいえる。
 ついこの前、そのような日本が在ったのかと思うと、変遷の凄まじさにくらくらする。考えてみれば当たり前だが、現代日本の生活や価値観、世界が絶対などでは全然ないと再認識させられる。
 今後、どのような時代が来るのか。戦争がなくなったためしはない。だが、せめて、それぞれがそれぞれの力を存分に発揮していける世の中でありますよう……。
(つづく)
(初出:2012年02月)
登録日:2012年02月06日 20時33分
タグ : 戦争

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