おおみち礼治
著者:おおみち礼治(おおみちれいじ)
1968年生まれ。16歳のとき、尿検査でたんぱく尿が出ていると言われ検査入院。小康状態を保っていたが、25歳で人工透析を導入。現在は、フリーランスとしてホームページを作成したり、PHPやDBをいじっている。ほとんど趣味かも。
エッセイ/エッセイ

宣う躰(5)

[連載 | 連載中 | 全8話] 目次へ
膀胱尿管逆流症と診断され、逆流を防ぐ手術に挑む16歳当時の著者。手術台に上がってなお、「やっぱりやめます」と帰りたくなった心境とはいかに。自身の手術体験談。
■膀胱尿管逆流症の手術 - 1985.10

 手術日の前日、麻酔科で問診をすませた。「眠れないといけないから睡眠薬を出しましょうか?」と言われたが、断った。それまで睡眠薬を飲んだことがなく、どうなるかわからないという不安があったのと、いつものようにしていたかったからだ。
 その夜は、病棟六階の窓に薄暗く映る稜線と風吹く外を眺めながら、お気に入りの音楽を聴いて寝た。もちろん、眠れはしなかった。

 先天的に尿管(腎臓と膀胱をつなぐパイプ)が太いため、尿が腎臓に逆流しているのが判明したのは二ヵ月ほど前の検査だ。それから、転院してさらに検査を行い、逆流を防ぐため尿管を細くする手術をすることになったのだった。

 たしか、朝十時だった。
 看護師がお迎えにきた。同じ部屋の患者がストレッチャーに乗せられていくのを何度か見ていたが、ついに自分の番がきた。病室から手術室に向かうときは、下着も付けず病衣一枚となり、同室の皆々様に見つめられながら、あるいは励まされながらストレッチャーに仰向けに横たわる。
 そして、その場で麻酔の注射が打たれ、手術室に向かうことになる。麻酔は筋肉注射――だいたいは、二の腕に注射針を垂直に突き刺すのだが、これが痛いのである。ぜひ、皆さんにも経験してもらいたい。
 それはともかく、注射をしたからといって、すぐに眠ってしまうわけではない。予備注射のようなもので、なんとなくぼんやりしてきたかなという程度だ。緊張もしているから、麻酔という実感はあまりなかった。

 ストレッチャーさら乗れる専用のエレベーターで二階の手術室へ向かう。風のカーテン(宣う躰(3)参照)を潜り抜け、個別の手術室に入る。医師には「尿が逆流することで腎臓を痛めてしまう。その原因を取り省かないと腎不全になりかねない」と説明されていた。だが、実際に体にメスが入れられると考えると恐ろしい。深刻な病気になるのも嫌だ。頭の中で両方をいったりきたりしてどうしていいのかわからず混乱し、手術台に上ったこのときにいたってなお、何度「やっぱりやめます」と言おうか迷ったことか。もう少しだけ勇気があったなら、本当に言っていたかもしれない。言ったところで笑われただけだろうけども。
 全身白衣の医師や看護師が、手術道具を準備する金属音が耳障りに感じられる。鼻と口に麻酔吸入のマスクが付けられる。研修医だろうか、注射をしようとするのだが、下手くそで、何度もやり直しされた。他の医師に何か指図されている。病衣がめくられ、血の色をした消毒薬がお腹に塗りたくられる。
 手術台から、ひとりでテクテクと歩いて帰るのも変だしなあ、などと考えていて、意識を失った。

 ――手術中、いちどぼんやりと目が開いた。
 医師が、「……十二しかないの? じゃあ、それでいいよ」などといっているのが聞こえた。おいおい、大丈夫かよ……と思いつつ、ふたたび気を失う。

 手術が終わると、麻酔が覚めるのを待つ部屋にしばらくいる。だが、ここでの記憶はない。気が付いたときは、もとの病室で寝ていた。普通は病室に戻ってくるころには目が開いているはずだが、麻酔が多かったのか、なかなか目が覚めず、その日はうっすらと横に親父と母親がいるなあ、と思っただけだった。
 手術時間は3時間くらいだった。あとから聞いた話しだが、手術室から出てきたときに、医師が両親に「これがお子さんの尿管です」と切り取った部分を見せたらしい。本人は、今に至るまで見ていない。

 次の日の朝。
 目は覚めたが、まだ麻酔が効いていたのか、午前中は痛みを感じなかった。お腹に巻かれた包帯とガーゼ、点滴、膀胱の左右に一本ずつとペニスの先から入れられたカテーテル。これは、術後で動けないので、自らトイレに行かなくても尿がカテーテルをつたって袋に溜まるようにしたものだ。ちなみに、手術中、目が開いたときに医師が言っていた「十二しかないの?」というのは、カテーテルのサイズのことだったようだ。

 午後から術跡が痛み出す。いまでも、臍の下から性器の上まで縦に一本、切った跡が残っている。尿管には、器具がとりつけてあると聞いた。我慢するところではないのだけれど、このときは夕方まで頑張って、痛み止めをしなかった。筋肉注射だから、できればしたくなったということもあったのだ。
 痛み止めを打つと、すぐにすーっと痛みがひき、ついでに眠くなるので大抵は寝てしまう。便利な注射だが、数時間で効果は切れる。

 食事は三日ほどしなかった。
 栄養は点滴で補われていたからだろうが、不思議なもので、何も胃に入れないのに腹が減らないのである。
 また、手術から三日目の朝、看護師に促されて、おそるおそるベッドから降りたが、そのまま床に崩れ落ちてしまった。貧血だ。術後すぐに輸血していたが、さらに増やすことになった。
 ベッドから動けず、ひたすら痛みに耐え、自分で飯を食うこともできなかったけれども、自らの状態を憂えるわけでもなかった。何も考えていなかったと言えばそうなんだけど、崖の際につま先立ちしているようで、下手に振り向いたら、奈落の底に落ちると感じていたのだ。実際のところ、ただひたすら前を向き、回復するのを待つしかなかったのである。
(つづく)
(初出:2012年02月)
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登録日:2012年02月28日 20時35分
タグ : 手術

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