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水瓶ジュン
著者:水瓶ジュン(みずがめじゅん)
1950年、水瓶座生まれ。鳥取県境港市で育ち、現在、神奈川県在住。写真会社で長年ものづくりの技術者をやりながら、詩や小説を発表。作品の価値は、どれだけ読者の感覚を刺激できるかできまると考えます。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、と後にいけばいくほど難度は高くなります。現代人の衰えつつある機能を、言葉で裏打ちすることで復活をはかる、そんな大それたことを夢想しています。
エッセイ/エッセイ

ペーパードライバーの試練 もう一つのNY物語「第四話」

[連載 | 連載中 | 全5話] 目次へ
数十年前のアメリカ・ニューヨーク。車社会のアメリカでは、とにかく車がないと話になりません。排気量4400cc・V8のドッジ・コロネットを譲り受け、ペーパードライバーの著者が体験したエピソード。
 僕はアメリカに行くまでほとんど車のハンドルを握ったことがありませんでした。
 自動車学校での練習を除くと走行距離100キロも満たない、典型的なペーパードライバーだったのです。
会社へは歩いて行けるところに住み、車がなくても彼女はいました。何で車に乗らないのと聞かれる度に、車で行動していると好きなときに酒が飲めないからと答えていました。別に昼間から酒を呑む習慣はありませんでしたが。
 加えて電車に乗るのが大好きでした。学生時代は均一周遊券を愛用し、夏休みの間は夜行列車をねぐらにしていた時期もあったくらいです。
 では、何で車の免許を持ってるんだ?
 それは自分でも不思議なことです。きっと車という物に幻想を抱いた頃もあったのでしょうか、今となっては分かりません。
 しかし、ここ米国は日本よりはるかに車社会、どんなによぼよぼの爺さんになってもハンドルを握らない日はないのです。
 なまじ左側走行が身についていないだけ、右側走行に慣れやすい、などと変な理屈を考えたのですが、ところがどっこい、そう生やさしいものではありませんでした。今回はその辺りをじっくり語ってみることにしましょう。

 米国に住み始めて先ず初めにすることは車の入手です。僕の場合、格好のタイミングで日本に帰国されるI先生から、車を譲り受けることになりました。
 ドッジ・コロネットというクライスラーの車です。排気量4400cc・V8というのは、僕らの感覚ではかなりデカい車ですが、当時の米国では中型よりやや小さいエコノミータイプという事になっていました。しかし、実際運転席に座ってみると、自動車学校で乗ったクラウンなどより数段広く、ずっしりとした重量感がありました。
 その頃はちょうど、日本車がアメリカ大衆に急速に拡がり始めた時期でしたので、日本車も普通に見かけるようになっていました。教授の秘書のK夫人の車はダットサン(ブルーバードかな)でしたが、日本で見る感覚とは違い、まるで軽自動車のように感じたものです。
 というわけで、到着10日目にして2000ドルで車を手に入れたのですが、もともと車の運転が嫌いなので、しばらくはドクター・マスこと増島さんのオンボロ・シボレーの助手席に乗せてもらっていました。
 増島さんの車はよく走るのですが、どうやらエンジンオイルを撒き散らしているらしく、毎日オイルを補充しなくてはなりません。最初に増島さんの部屋に入った時、オイルの缶が山のように積まれているのが不思議で、この人ジュース替わりにオイルを飲んでいるのかと疑ったくらいです。
「もうちょっと、マシな車に替えたらどうです?」
「いや、いいんだよ、どうせあと半年だし、いい車を買ったって持って帰るわけじゃない。アメ車のクソでかい車を持って帰ったってなぁ」
「日本車はどうです? 左ハンドルの日本車、カッコいいじゃないですか。この前来たMさん、ダットサンを買ったみたいですよ」
「あれはなぁ、日本に持って帰ってマニアに高い値段で売りつけようという魂胆だよ。関西人の考えることは見えすいてるよ。江戸っ子のオレにそんなセコいこと出来るか?」
「そうですかね」
「それにどっか遠いところへ行くにはきみの車があるじゃないの。よく走るんだろう」
「ええ、まあ……」

 我が研究室の全員が揃ってテネシーの学会に参加する事になりました。P教授、スティーブ、マリア、それに僕の4人です。学部長も兼ねている多忙な教授は、もちろん飛行機でひと飛びでしたが、貧乏なあとの3人は車で数日かけて行こうということになりました。
 前回のお話しで登場したマリアはチリ人の美人大学院生ですが、残念なことに、旦那のジョージが隣の研究室にいて彼も学会に参加する予定なのです。というわけで、結局、4人が代わる代わる運転して行こうと話がまとまったのでした。で、一番まともな僕のドッジではるばるテネシー州まで行くことになったのでした。
 運転に慣れているジョージとスティーブがもっぱらハンドルを握りました。
 ひたすら高速を南下するだけのドライブは単調です。よって、途中で適当に観光をしながら時間をかけて行くという、気楽な旅になりました。
 ケンタッキー州に入って、本場のケンタッキーフライドチキンを食べたあと、ジョージが僕に聞いてきました。
「ユン、この車のタイヤの音、やけに大きくないか?」
「そうかなぁ」
 ペーパードライバーの僕に分かるわけがありません。
「これ、すり減っているけど、スノータイヤだよ。ね、そうだろ?」
「スノータイヤ?」
 もはや6月です。いくら北国とはいえ、こんな時期にスノータイヤをはいてる馬鹿はいません。その時、この車を譲ってもらったI先生が別れ際に言っていたことを不意に思いだしたのです。「暖かくなったらタイヤを交換してください」と。
「あの……もしかして、そうかもしれない」
「えっ!? ホントにそうなの。信じられんやつだなぁ」
 ジョージはどうしようもないという風に顔を両手で覆ってみせたのでした。
「もうこのタイヤを今度の冬にも使おうなんて思わんように忠告しとくよ」
 そんな事はあったが、僕のドッジは快調に走り続けたのでした。
 学会の間の3日間、大きな木の下に駐車していたため、鳥の糞まみれになってしまった事を除けば10日ばかりの旅行中、快適によく走りました。

 テネシーから帰った翌日は日曜でした。長旅の疲れから、起きたときにはすでに陽は高く昇っていました。増島さんに眠りを覚まされたのです。
「おい、よかったら、W市までつきあってくれないか」
 こういう時に断るのは不可能に近いのです。
 W市はニューヨークから来たときバスで通過した町でしたが、訪れたことはありません。車で約一時間半の道のりです。
「何かあるんですか?」
「きれいなおねえちゃんがいるんだよ」
 これは増島さんの口癖のひとつだということは、この頃になると僕も分かっていました。
「信じないな、ホントだって」
 例えばミスタードーナツの店員で一人愛想のいい娘がいたりすると「あの娘はオレに気があるかも知れない」ということになり、その町全体がバラ色に見える、そういうことなのです。
 というわけで、僕は眠い目をこすりながら、バラ色のW市に向かって愛車ドッジを走らせたというわけです。
 みんな教会に行っている日曜日の午前中です。走っている車はほとんど見かけません。僕は制限速度55マイルに対して、60から65マイルで飛ばしていました。
 すると、前方にノロノロ走っている車が一台ありました。アクセルを踏んで追い越しをかける。追い越すともう前方には全く車の影はなく、後ろの車も見る見る遠ざかって行きました。
 ボクはそのままのスピードをキープしていました。小さな交差点が一つあるだけの町を通り過ぎ、ふとバックミラーを見ると、すぐ後ろに一台の車がついて来ているのが見えました。
「おかしいなぁ、後ろの車はもう相当離れているはずなのに」
 そう思いながらもそのままのスピードをキープして走り続けました。すると、後ろの車はぴったりボクの車についてくるのです。
 ボクは意識的にもう少しスピードを上げてみました。すると後ろの車もスピードを上げるのです。
「いやな車だなぁ」
 助手席の増島さんに言ったのですが、返事は返ってきません。増島さんは眠りこけているのです。
 と、どこからかサイレンのけたたましい音が、草原の一本道に響き渡ったのです。
「な、何事だ!?」
 増島さんは急に起きあがり、目を瞬かせながらキョロキョロと辺りを見回しました。
 僕も何が起こったのか分かりませんでした。
「おい、後ろの車、パトカーじゃないか!」
 バックミラーでみると、さっきの車の屋根で赤いライトが回っているではありませんか。
「何か事故があったんでしょうかね」
 そう言いながら僕はスピードを緩めました。すると、その覆面パトカーは僕の車を追い越しながら、ブラウンの髭を生やした若い警官が手でこちらに何か合図をしているのが見えました。どうやら、止まれということらしいのです。
 この時点でやっと僕は事態が呑み込めたのです。そう、スピード違反をやってしまったのでした。
「これで、きみは強制送還だな」
 こういう時の増島さんは、冗談とも本気ともつかない口調で怖ろしいことを言います。
 ボクはこの国に来て2カ月、未だ何も仕事らしい仕事をしていません。未だ帰されるわけにはいかないのです。羽田を発つときに見送りに来てくれた課長や同僚の顔が目に浮かびました。
 道路脇の空き地に車を止め、警官に免許証を手渡しました。分厚い国際免許証を見ながら彼は何か言ったのですが、よく聞きとれません。制限速度55マイルのところ、70マイルということだけが分かりました。
「早くニューヨークの免許を取る方がいいってさ」
 増島さんが通訳してくれているのです。
「こいつはアメリカに来て間もないので、よく分かっていない。だから今回は許してほしい」
 増島さんはそんな内容のことを、警官に向かって言っています。その若い警官は聞きながら何かを書いています。
「はい、これでおしまい」
 警官はそう言いながら、柔やかな顔を浮かべ、国際免許証を返してくれると、あっという間にその場を去って行きました。
「後で警察に出頭するというようなことないんですか?」
「こいつらはそんな面倒なことしないよ。罰金をふっかけるだけ。だって、見てみろよ、あの村、産業も何にもなさそうじゃないか。通り過ぎる旅行者から罰金をふんだくるのが唯一の村の収入源ってわけだよ」
 僕は黙って増島流の分析を拝聴することになったのです。
 後に届くであろう罰金が気になって、その日は可愛いおねえちゃんの顔も何も目に入りませんでした。
 それから、二週間ほどして、あのスピード違反をした村の警察から請求書が郵送されてきました。そこに示された40ドルという金額に一応安堵し、小切手を書いて送り返しました。
 それで一件落着、増島さんの言う通りでした。あまりにもあっけなくて笑ってしまいました。
(つづく)
(初出:2015年05月12日)
登録日:2015年05月12日 13時44分

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