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水瓶ジュン
著者:水瓶ジュン(みずがめじゅん)
1950年、水瓶座生まれ。鳥取県境港市で育ち、現在、神奈川県在住。写真会社で長年ものづくりの技術者をやりながら、詩や小説を発表。作品の価値は、どれだけ読者の感覚を刺激できるかできまると考えます。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、と後にいけばいくほど難度は高くなります。現代人の衰えつつある機能を、言葉で裏打ちすることで復活をはかる、そんな大それたことを夢想しています。
エッセイ/エッセイ

まだまだ続く米国運転事情 もう一つのNY物語「第五話」

[連載 | 連載中 | 全5話] 目次へ
今度はバック時に横の車にぶつけてしまうという不注意事故を起こしてしまた著者。なんとか無事に手続きを終えると、増島さんは「「この国は全てが金、金で解決するお国柄なんだよ」と自説を披露。もうひとつの面倒は帰国する際に車をどうするかでした。アメリカの車事情。
 スピード違反を経験した日から未だあまり経っていない、夏の訪れを感じさせる暑い日でした。僕は車がらみで、もっと大きな困難に直面したのです。
 急に暑くなってボーッとしていたのでしょうか、大学の駐車場に駐車しようとして、停めてあった車にぶつかったのです。バックする時に、後ろにばかり気を取られ、真横の車のドアにぶつけるという全く初歩の不注意事故でした。
 ぶつかった相手の車は新車らしく未だピカピカでしたが、赤く輝くドアが無惨にもボッコリと凹んでしまったのです。
 誰の車かも分かりません。どうしよう、どうしよう。僕はパニックになりかけました。
 その時頭に浮かんだのは、優しくて頼りになりそうな秘書のK夫人でした。
 夫人は驚きながらも、気が動転している僕に冷静なアドバイスをしてくれました。
「車に貼り紙をして自分の連絡先を書いておくこと。それから、すぐ警察と保険屋に連絡をとることね」
 こういう事件には決まって匂いを嗅ぎつけるのが増島さんです。直ぐやってきて、警察への連絡をやってくれました。
 僕は相手の車に連絡先を書いた貼り紙をしました。
 すると、間もなくして、別な学科の40歳がらみの女性が、今にも泣きそうな顔で僕の研究室にやってきました。彼女が相手の車の持ち主でした。先月買ったばかりの新車だとのことです。
「もう、あの車は使い物にならないわ!」
 語尾を上げた彼女の声は、ボクの心臓に突き刺さりました。
 僕はともかく謝るしかありませんでした。少し冷静になって、僕がちゃんとした保険に入っていることを知ると、少し安心したのか、顔を強ばらせたままの何とかつくり笑顔を見せて出て行きました。
 そこに入れ替わるようにして、派手なサイレンを鳴らしながらパトカーがやってきたのです。僕は犯罪者で逮捕されるのだろうか、そんな気分になっていました。
「今度こそ、強制送還は間違いないなぁ」
 増島さんは平気で恐ろしいことを言います。
 現場で事故の状況を説明すると、警官はそれをただ書面に書きつけるだけで、ものの5分もかからずに去って行きました。その時初めて、僕は体中に大量の汗をかいていることに気付きました。
 次は保険屋です。
 ダウンタウンの保険屋のドアを開けると、禿げたオヤジは何がおかしいのか僕の顔を見て大声で笑いました。いや、単に陽気で声がデカいだけだったのかもしれませんが、僕には思いっきり笑っているように思えたのです。
 終始ニヤニヤしながら彼は報告書を書いて、僕にサインをさせました。
「これでおしまい。後は私に任せて下さい」
「これで、全部……ですか?」
 もっと面倒な事を想像していた僕は、あまりのあっけなさに思わず聞き直してしまったのです。
 この感想を増島さんに話すと、彼は当たり前だといわんばかりに自説を披露しました。
「この国は全てが金、金で解決するお国柄なんだよ。きみの保険代も来年の更新時に倍になるだけの事だよ。保険屋は喜んでたろ。この国は、交通道徳なんてものは端から信じておらんのだなぁ。よく事故るやつはどんどん保険金が上がって払えなくなって、それで車に乗れなくなるんだよ。なかなか合理的だろ」
「でも、金持ちなら問題ないというわけですね」
「そうそう、地獄の沙汰も金次第って、ちょっと違うか。まあともかく、きみが強制送還されなくて良かったよなぁ、あっははは」
 というわけで、ボクは増島さんに極上のステーキを驕る羽目になってしまったというわけです。
 まったく貧乏留学生にとっては踏んだり蹴ったりでした。

 こうして短期間のうちにスピード違反も事故も経験してしまいました。その後は、雪道で滑ったりしたことは数知れませんが、幸い何とか無事にカーライフを楽しんでいました。
 そして、米国滞在も一年近くになり、そろそろ国際免許証の期限が近づいて来ました。米国に住んでから知ったのですが、実は国際免許証自体は何の証明にもならなくて、あくまで日本免許を英訳したものという意味しか無いのです。したがって、海外でも日本免許を携帯する必要があるのです。
 その国際免許の期限も一年なので、一年以上の滞在では現地の運転免許を取得する必要があります。といっても、日本の免許を英訳し、両国語が分かる第三者に訳が間違っていないという署名を貰えば実技試験は免除されるのです。
 この制度は英訳する部分を悪用しようと思えば簡単です。例えば、日本免許では普通免許しか持っていないのに、自動二輪も持ってることにしたり、大型まで持っていると訳した悪いやつが実際過去にはいたそうです。
 こうして不正に取得した米国の免許証を日本に帰国した時点で日本免許に書き換えれば、日本免許にも自動二輪や大型に○が付くというわけです。
 やってみようかなという悪魔の囁きもありましたが、よくよく考えてみると自動二輪も大型も日本で運転する可能性は限りなくゼロに近いわけで、リスクを冒してそこまでやることもないと思い留まりました。
 というわけで、日本免許を忠実に英訳し、日本人留学生のI君にサインを貰い、隣町にある免許事務所に行きました。
 ここでは筆記試験があります。といっても、窓口で問題用紙を渡され、その場で書いて窓口に返すとそこで採点されるという簡単なものです。問題は英語さえ読めれば誰でも分かる常識的なものでした。米国の場合、例えば制限速度が違うなど州ごとに交通ルールも異なるので、居住する州が変わればナンバプレート変更と同時にこの筆記試験を受ける必要があるのです。
 そして遂に窓口でNY免許を手渡されました。日本のような写真も無し、パウチしてあるわけでもないペラペラの紙の免許証です。先日のスピード違反も違反歴の中にキッチリ印字されていました。もし、もう一年滞在期間が延びたら、きっと保険料が跳ね上がるんだろうなぁ。 

 僕が米国に滞在していた時代は、日本がジャパン・アズ・ナンバーワンなどと持て囃され、やがてバブルに突入しようという頃でした。世界中で金目のものを買い漁るのが日本人だという兆候が出始めていました。
 せっかく米国に滞在しているのだから、その間にこのチャンスを活かさぬ手はないと考えるのは大阪商人ならずとも当然のことです。
 前話に出てきた、輸出限定左ハンドル日本車の逆輸入というのもその一つです。他には、高価な毛皮を購入して夏だろうとお構いなしに着用して入国するとか。ともかく、住んで実際に使っていたという実績故に、関税無しで日本に持って帰れるのですから。
 これはお金とは関係ありませんが、米国滞在中に子供を産むという家族もいました。米国は出生地主義なので、米国で生まれた子供は両親が米国籍でなくとも成人時に米国籍を取得できるのです。
 日本人の場合、最終的には米国籍を選択する人は少ないでしょうが、子供の意志で日本国籍か米国籍かを選択できる自由というのは、親から子への大きなプレゼントと考えられるからです。

 車がらみでは、米国滞在中に運転免許証を取得するということがあります。
 日本では教習場に数ヶ月通い、数十万円の費用がかかるのが、米国ではもっと短期間におそらく十分の一以下の費用で取れるのですから、免許を持っていない人にとっては大きな魅力です。
 現に近くに家族で住んでいたSさんの奥さんは、日本で免許を持っていなかったので、米国滞在中に取得しました。
 日本と違って自動車教習場は無く、Sさんの車で旦那を助手席に乗せて大学の駐車場などで練習したのです。
 で、試験の時は、同じくSさんの車を使い助手席には旦那ではなく試験官が座り、旦那はというと後部席に同乗しての試験だったそうです。
 交差点に来ると「首振ってよく見て!」 とか「指示機を出して!(ウインカーとは言わない)」とか、Sさんが後ろから日本語で指示を出していました。そのうち、試験官も分かったのか、「うるさい! 黙ってください!」 と言われたのです。
 しかし、免許を取ることと運転は別物、Sさんの奥さんは日本に帰国時に無事日本免許を手にできたわけですが、日本で運転するのは恐いといって全く運転はしていないそうです。

 日本への帰国が近づくと荷物の発送など帰国準備に追われますが、その時に最大のお荷物になるのが車です。
 日本だとたとえ二束三文でも中古車業者に引き渡してお仕舞いとなるのですが、そんな中古車業者はありません。探せばあるのかもしれませんが、簡単には見つかりませんでした。米国の片田舎では中間業者に頼むのではなく、自分で誰かに高く売りつけるというのが一般的らしいのです。
 そこで、帰国の1ヶ月くらい前から、“for sale” の貼り紙を車に付けて走りました。1年半乗ったので、まあ、半額くらいかなと考え、1000ドルの値を付けました。
 しかし、2週間経っても何の連絡もありません。
 車体の下の方は塗装が剥げて錆が盛り上がっている部分もあり、その辺りが評価をさげているかもしれないと考え、錆を隠すようスプレーで塗装してみました。僕のドッジは薄緑色という極めて微妙な中間色でしたので色がなかなか合いません。
 似たような色を重ねていくうちに益々どつぼに填まり、何だか印象派の点描のような状態になってしまったのでした。
 そこで、一気に値を500ドルに落としました。それでも未だ音沙汰ありません。
 いっそのこと、この車で西海岸まで走り、サンフランシスコ辺りで放置しようかとも考えましたが、そんな、飛ぶ鳥があとを濁すような真似はできないと思い留まりました。
 ついに1週間を切ったところで、値段を300ドルまで下げました。すると、住んでいたトレーラーハウスの大家さんが、300ドルなら買うと言ってくれたのです。
 大家さんはスポーツタイプのファイアーバードを持っていて、それに比べると遙かに燃費が良いとのことでした。

 僕の米国でのカーライフはこうして終わりました。日本に帰ってからバリバリ運転するようになったかというと、さにあらず、やっぱりペーパードライバーに逆戻りでした。 
 しかし、運転しない理由は変わりました。
「右側を走ってしまいそうなので」
(つづく)
(初出:2015年05月23日)
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登録日:2015年05月23日 20時09分

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