新美健
著者:新美健(にいみけん)
1968年生れ。愛知県で育ち、石川県で卒業し、富山県で就職し、東京都に流れ着き、現在は地元に戻って愛知県豊田市在住。ゲームのノベライズ化というニッチ稼業で15年ほど漂っていたら、いつの間にか40代も後半戦へ。2015年、第七回角川春樹小説賞にて特別賞を受賞。探偵、怪奇、幻想、冒険、歴史モノの小説が好物。
エッセイ/エッセイ

ぱっ!

[読切]
「友達だぁ!」青っちろい田舎の野生児だった著者の額の生え際には5ミリほどの“ハゲ”がある。幼児の謎と安直さに満ちた思考回路が生んだ“ハゲ”のお話し。
 禿の話である。
 ツルテッカン指向ではない。
「よっつ横ちょに……」の類だ。
 ぼくの場合、それは額の生え際にある。
 長さにして五ミリくらい、むりに格好をつければ『三日月型』といえなくもない、しかし、厳然としたハゲがある。

 いわくを書くと、モダン・ホラ−仕立ての恥ずかしい話になる。
 まだ小学校にあがるまえのこと。昭和40年代後半。舞台はまわりを田畑にかこまれた平屋住宅の密生する小コロニー、の、さらにはずれにあるグラウンドだ。
 青っちろい田舎の野生児だったぼくは、人さまの田んぼを駆けあらし、オタマジャクシやサリガニを釣っては腐らせ、ミツバチを手づかみにして刺されたり、用水で死んでいた巨大な牛蛙を見ては腰をヌかす毎日をすごしていた。

 それは家に帰るための近道だった。
 蛇のもつ邪悪さになれず、草むらをびくびくして踏み分け、金網のやぶれたフェンスからグラウンドへの侵入を果たす。
 たしか、そのとき夕陽をしょっていたように思う。
 設備らしい設備もない、ただ土を平らにならしただけの広場で、年長の少年達が野球に興じている。
 ぼくとグラウンドをはさんだ対角線上、階段をあがった丘のうえでは、犬を散歩させている女性がいた。
 その犬が、なにを思ったか、とつぜん飼主の手をふりほどいた。止める間もない。石段を駈けおり、グラウンドを突っ切り、獲物を見つけた猟犬のように一直線に疾走していく。
 犬の進行方向には、ぼくがいた。
 ぼくしかいなかった。
 いったいなにがそうさせているのか。なんの迷いもなく、わき目もふらない。距離にして、百メートル以上はあっただろうか。そこまで走らせる要因はどこにもなかったはずなのに。
 ぼくにもない。
 彼(犬)にもない。
 もちろん、飼主にもなかった。
 ぼくは、ぼんやりと一部始終を目撃していた。
 そして、思った。 
「友達だぁ!」
 幼児の思考回路は謎と安直さに満ちているのだ。
 純粋で恥ずかしい存在である。
 だが、恥ずかしい瞬間はここで終らない。
 なんと、ぼくは無邪気に笑いながら、さらに両手をひろげ、その"友達"を抱擁しようと走り出したのだ。イメージは花畑、そう、花畑だ。画面にソフトフォーカスがかかっている。まっすぐに走り寄ってくるのは"友達"だ。あとは愛らしい(笑)幼児と犬が抱き合い、手をとって踊りださなくてどうする。
 しかし、一転してメルヘンはパニック映画へとかわる。
 よたよたと歩いている幼児に襲いかかる黒っぽい中型犬。体格の差は歴然としている。どん、とタックルされた幼児は仰向けに倒される。そのまま犬がのしかかる。他の子供たちの悲鳴。飼主が必死な表情でかけてくる。犬の唸り声。幼児の泣き声がワンテンポおくれて夕陽にひびいた……。

 ぼくの記憶は、生臭い息と牙をひたいに感じたところで終っている。
 気がつけば、家で布団に寝かされていた。

 この話にオチはない。
 それだけに、おそろしい話である。

「ぱっ! この額の向こう傷。ぱっ!」などとやっても、友人たちにわかるはずもなく、大人になるにつれ、たまに鏡を見ては、ああ、そういえば、と思い出す程度のものになっていた。
 めだって恥ずかしいわけでもないかわり、とくに役に立ったこともない。
 しかし、二十代も後半となり、友人達のあいだに若ハゲの輪が拡がっていくにつれ、ある日、ふとこの三日月ハゲの効用に気がついた。
 これを目印にすれば、額の後退度がいっぺんでわかるのだ。
 今のところ、その兆候はない。
 でも、この先はわからない。

 それはそれで、恐ろしい話ではある。
(了)
(初出:1997年08月)
登録日:2010年06月09日 14時41分
タグ : ハゲ

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