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井上真花
著者:井上真花(いのうえみか)
有限会社マイカ代表取締役。日本冒険作家クラブ会員。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都文京区に在住。1995年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「オフィスマイカ」を設立。
エッセイ/エッセイ

恥ずかしい再婚

[読切]
少しずつ仕事が入ってくるようになって、明日の食費も半年後の食費も心配することがなくなり、気が付くと、当たり前のように、ひとりの男性が隣で一緒に未来を語っていた。「どんな仕事しているの? いくつの人?」なんでもない質問に、筆者は恐怖する。「ん。あのね。年下なの」
 つい最近、再婚した。ついでに息子も高校入学したし、こうなったら家も新しくしてしまえと、勢いよく新居を購入した。息子が上京し、二人暮らしを始めた三年前を思うと、ありがたくて涙がこぼれる。日のあたらない2DKで肩を寄せ合ってコンビニ弁当をむさぼり食っていたあの頃、未来永劫このボロアパートから脱出することはないだろうと、私は自分の寂しい老後を思って泣いたものだった。

「生きていれば、なんとかなる」
 昔どこかで聞いた台詞だが、まさしくその通り。どうにもならないと思っても、生きていればなんとか道は開けるものだ。
 一生貧乏暮らしを決意し、職を失ったらホームレスしかないと思いつめていた時代もあった。しかし、少しずつだが仕事がくるようになり、それなりに収入も安定してくると、だんだん気持ちも落ち着いてくる。やがて私は、明日の食費を心配しなくなり、1ヵ月後の食費に思い煩うことがなくなり、半年後には死んでいるかもと恐怖することがなくなって、いつの間にか当たり前のように来年の旅行計画まで立てるようになっていた。あれほど悩んでいた日々がウソのようだ。喉元すぎれば熱さ忘れるというか、いやむしろ頭が悪すぎるというべきか。

 しかし、たとえ生活が安定したとしても、息子が結婚してこの家を出ていけば、私はやっぱりひとりぼっち。寂しい老後を迎えるという運命からは、決して逃れられないのだ。だが、いつの間にかその心配もやんわりと解決されていた。気がつくと、当たり前のように一人の男性が私の隣に立ち、一緒に未来を語っていた。
「これって本当なのかな」
 三年かけて培われてきた悲観主義は、現実をなかなか受け入れようとしない。私は何度も自分の腕をつねってみた。
「きっと私、数ヶ月前交通事故に遭って植物人間になり、今病院のベッドの上で夢を見ているのだわ。だって、こんな都合のいい話が現実であるはずがないもん」
 そのたびに、これは現実なのだと、自分は現実の人間なのだと、彼は根気よく説得を続けた。二人が結婚するには、まず自分の存在が現実なのだと私に信じ込ませなければならなかったからだ。なんともご苦労な話である。

 そんなこんなで、息子が中学を卒業した後、バタバタと入籍の手続きを済ませた。ついこの間「井上」に戻したはずの戸籍が、またナニガシの戸籍に入れられる。身分証明を求められて免許証を提示するたび、「現在のあなたの名前は、この中のどれなんです?」と訊ねられる。なんたって、1つの免許証に3つの名前が書かれているのだ。正直いって、自分でも自分が誰なのかわからない。「多分、一番下にあるのがそうです」と、心細い声で答える私。こんな情けない話はない。

「ところで、新しい旦那様ってどういう人?」
 友だちや親戚に結婚の報告をすると、必ずこう質問される。
「どんな仕事してるの? いくつの人?」
 なんでもない質問だ。当たり前の会話だ。でも、私にとってこの質問は、なにより恐ろしい。これを聞かれたくなくて、結婚したという報告がなかなかできなかったほどだ。
「ん。あのね、年下なの」
「へー、いいじゃん。流行りだよね。どのくらい下なの?」
「…かなり下」
「かなり? でもまあ、最近そうだよね。3才や4才下なんて、当たり前だもんね。平気だよ。そんなもんなんでしょ? …え、違うの? もっと下? じゃ、5才とか…6才とか?」
「もっともっと下」
「え…。じゃ、8才とか?」
 泣きたくなる。彼女たちにとって、これがおそらくギリギリの線なんだろう。
「違う。あのね、干支が一緒なの」
「…へ?」
 こうして、あのイヤな沈黙がやってくる。干支が一緒と聞いて12才下という数字をはじきだすまで、かなり時間がかかるらしい。
「待ってね。えっと、それって…。彼、今いくつなの?」
「27才」
「…えええええええーーーーー!」
 そう、だからイヤなのだ。この年齢差を聞くと、相手は平常心を失う。しげしげと私の顔を見つめる。ゴメンなさい、ゴメンなさい! 訳もなく、誰にともなく謝りたくなる。なんだかとっても悪いことをしているような、そんな不条理な気分になってしまう。

 笑っちゃうんだけど、これが本当の話。私の息子は、今年15才。つまり、息子と彼は12才違いで、彼と私がこれまた12才違い。全員同じ干支である。ここまでそろうと、もうネタとしか思えない。
 先日、我が家に引越し屋さんが荷造りにきた時の話。黙々と作業を続けるお姉さんたちにお茶をお出ししたところ、一服つきながらしみじみと彼女はいった。
「それにしても、いい息子さんたちですね。どんな風に育てたら、あんなにいい子に育つのかしら」
「ええ…。ん? あの、息子たち、ですか?」
「そうそう。男の子の兄弟っていいわね。うちなんて娘しかいないから」
 私は頭を抱えてしまった。彼女は確かに、「息子たち」といった。しかも、「男の兄弟」といった。ってことは、多分…。
「あの、息子は一人しかいないんですけど…」
「え? あ、あら? じゃ、あの年上の方は…」
「はい、息子じゃなくて、旦那です」

 その後の気マズイ雰囲気といったら。彼女は赤面しながら口の中でモゴモゴ謝罪の言葉をつぶやき、慌てて作業に戻った。相当気が動転したのだろう。あっという間に仕事を片付け、「すいませんでした!」と言って、脱兎のごとく去っていった。お礼をいう暇もない。
「息子ね…」
「まあ、なんでもいいんじゃん。つまりは家族ってことなんだから」
 屈託なく笑う彼だが、私はそう簡単に片付けられない。
「これからも、こんなことがいっぱいあるのでしょうね…」
 今後の自分の運命を思うと、なんともみじめな気持ちになる。これから私は、どんどん年をとっていく。今はまだ27才と39才だが、私が60才になった時、彼はようやく48才になる。60といえば、還暦。引退して田舎に引っ込む頃である。しかし、その頃彼は、48という働き盛りを迎える。
「孝行息子をもって、幸せですね」
 歩けなくなって彼に背負ってもらう私に、近所の人がそう声をかけるだろう。そのとき私は、今日の自分のように「息子じゃないです。旦那です」といえるだろうか。いや、きっと私は「そう、親孝行な息子です」と言ってしまうだろう。本当のことをいって笑い飛ばされるよりは、勘違いされていたほうが気が楽だ。

 でもまあ、そんなことばかり考えていてもしょうがない。いくら考えたって、二人の年の差は全然縮まらないのだ。つまるところ、「生きていれば、なんとかなる」。一緒にいて楽しい者同士が、こうしてひとつ屋根の下で暮らせるのだ。
「みーちゅん、大きくなってもうちを出るなよ」
「えー。ぼくだって好きな子と結婚して所帯もちたいよ」
「そんなの、まったく問題なし。ここでみんなで暮らしましょう」
「えー! いやだー! 僕にも新婚時代を過ごす権利というものが」
「だいじょうぶ。その前に彼女ができないから」
 抵抗する息子を、からかい続ける彼。息子にとっての彼と、彼にとっての息子と、私にとっての彼と、息子にとっての私。どこから見ても、不思議に同じ距離でつながっている私たち。夫婦とか親子とかいう形(パターン)になれなくても、これはこれでいいのかもしれない。それが、たとえ今一瞬のバランスだったとしても。
(了)
(初出:2001年05月)
登録日:2010年05月30日 15時33分
タグ : 再婚

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