
著者:阿川大樹(あがわたいじゅ)
小説家。1954年、東京生まれ。東大在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。1999年「天使の漂流」で第16回サントリーミステリー大賞優秀作品賞。2005年『覇権の標的』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞。(同年、ダイヤモンド社から刊行)著書に、『D列車でいこう』(徳間文庫)、『インバウンド』(小学館)など。
エッセイ/エッセイ

【電子書籍】作家の日常
「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」などの著作で知られる人気作家、阿川大樹氏のエッセイ「作家の日常」。オンラインマガジン騒人で連載されていた当作品に、第0回「小説家の誕生と死」――小説家になる前のエピソードを加えて再編集しました。小説家に必要な資質、仕事場・道具、編集者とのつきあい、印税と原稿料についてなど職業作家の日常を赤裸々に告白。氏のファンだけでなく、小説家を目指している人や作家という職業に興味のある方にもオススメのエッセイです。
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立ち読み
作家の日常
小説家はアスリートである 第1回
小説家の日常という言葉を聞いて、人々はどんなイメージを抱くだろう。
執筆中の姿はといえば、眼光鋭く、髪はボサボサ、太いペン先のモンブランの万年筆で原稿用紙に、世界中で担当編集者だけが読める汚い字で書き殴り、時に「だめだ」と叫んでそれを放り出す。足下には丸められた書き損じの原稿用紙が無数に散らばっている。
筆が止まると腕を組んでじっと動かなくなり、煙草の灰が落ちても気づかない。机の上の灰皿には吸い殻が溢れている。
浴びるように酒を飲み、愛欲に溺れ、挙げ句に、色恋沙汰というあまりにもわかりやすい理由か、創作に行き詰まってなどという、わかったようでさっぱりわからない理由で自殺する。自殺まではしないにしても、不摂生の結果、肺結核で血を吐いたり、肝臓病で土色の顔をして机に突っ伏しているところを発見される。
とまあそんな小説家の姿をイメージする人も少なからずいるのではないかと思う。そう、少なくとも僕はずっと昔にそう思ったことがある。
しかし、現代に生きる現実の小説家たちはそんなイメージからは相当にかけ離れている。
わかりやすいところからいこう。
現代の小説家が使うのはもちろん万年筆ではなくパソコンである。少なくとも僕が直接知っている小説家で手書きで原稿を書いている人は、大家といわれる何人かを除いてまずいない。
僕自身、もしパソコンがなかったら、いま小説を書いていなかったと断言できる。小説家を志した中学生の頃は、もちろん原稿用紙に書いていた。始めの頃は鉛筆だった。やがて高校の入学祝いにもらったペリカンの万年筆になった。
けれど、1983年にPC9801F2というパソコンが妻の嫁入り道具として我が家にやってきて以来、すべての小説をコンピュータで書くようになった。
僕は喫煙者だが仕事場ではまったく吸わない。酒は好きだが、執筆期間中はあまり飲まない。飲む暇がないし、深酒をすると体力を消耗する。
業界に喫煙者は案外少ない。酒の席で会うから酒好きの人も多いように見えるけれど、日常生活で酒浸りの人はいない。
プロの小説家は「小説を書くというアスリート」だから、みな小説を書くのに邪魔になることはしないようにしている。
オリンピック・アスリートは4年に1度の決勝戦で最高の自分を出すために、何年も自分を律して心と体を作っている。
アスリートは決勝のゴールを切った瞬間に自分のすべてを出し切らなくてはならない。限界まで練習を積まなくてはならないと同時に、練習をしすぎてレースの前にケガをしてしまってはいけない。身体を壊すぎりぎりまで鍛えなければ勝てないし、壊してしまっては大会に出られない。だから朝起きて寝るまでアスリートはアスリートとして生きている。
小説家も、1日24時間、「小説」と「小説を書く自分の肉体」のことを考えている。
執筆期間ならいま書いている小説のことを、そうでないときは将来書く小説のことを、四六時中考えている。生活の中で見るもの聞くものすべては「芸の肥やし」だ。
長編1冊何十万字という文章を何ヶ月もかけて綴っていくには、体力も精神力もいる。健康な肉体と精神を保つことがとても大切なのだ。
いつも自分の心と体を最高の状態に保ち、小説の最後の1行を書き終えたときに、死なないぎりぎりまで、体力気力を使い切りたい。
作品を書き上げて体力や気力が残っているのはもったいないし、書き上げる前に尽きてしまっては完成しない。書き上げて死んでは次の作品が書けない。ぎりぎりのところにいつも自分の状態を保っておきたいといつも願っている。
だから現代の小説家はみな自分の身体をとても大切にしている。無頼派はほとんど絶滅している。プロ野球選手だって、昭和の昔には遠征先で遅くまで飲んで酔ったまま次の日の試合に出ていたけど、いまはイチローのようにきちんと自己管理をしている人が一流として生き残っている。
激しい競争の中で自分の居場所を確保し続ける職業には共通している。
それにしても「小説を書く時間」と「小説を書く自分をメンテナンスする時間」のバランス配分は難しい。
ずっと書いていたい。でも腹が減るから飯も喰わなくてはならない。寝たくないけど寝ないと死ぬ。休みたくないけど運動もしないと腰痛になる。
書きたいことはたくさんある。人生は短い。だから本当はサイボーグになりたい。
小説家の日常という言葉を聞いて、人々はどんなイメージを抱くだろう。
執筆中の姿はといえば、眼光鋭く、髪はボサボサ、太いペン先のモンブランの万年筆で原稿用紙に、世界中で担当編集者だけが読める汚い字で書き殴り、時に「だめだ」と叫んでそれを放り出す。足下には丸められた書き損じの原稿用紙が無数に散らばっている。
筆が止まると腕を組んでじっと動かなくなり、煙草の灰が落ちても気づかない。机の上の灰皿には吸い殻が溢れている。
浴びるように酒を飲み、愛欲に溺れ、挙げ句に、色恋沙汰というあまりにもわかりやすい理由か、創作に行き詰まってなどという、わかったようでさっぱりわからない理由で自殺する。自殺まではしないにしても、不摂生の結果、肺結核で血を吐いたり、肝臓病で土色の顔をして机に突っ伏しているところを発見される。
とまあそんな小説家の姿をイメージする人も少なからずいるのではないかと思う。そう、少なくとも僕はずっと昔にそう思ったことがある。
しかし、現代に生きる現実の小説家たちはそんなイメージからは相当にかけ離れている。
わかりやすいところからいこう。
現代の小説家が使うのはもちろん万年筆ではなくパソコンである。少なくとも僕が直接知っている小説家で手書きで原稿を書いている人は、大家といわれる何人かを除いてまずいない。
僕自身、もしパソコンがなかったら、いま小説を書いていなかったと断言できる。小説家を志した中学生の頃は、もちろん原稿用紙に書いていた。始めの頃は鉛筆だった。やがて高校の入学祝いにもらったペリカンの万年筆になった。
けれど、1983年にPC9801F2というパソコンが妻の嫁入り道具として我が家にやってきて以来、すべての小説をコンピュータで書くようになった。
僕は喫煙者だが仕事場ではまったく吸わない。酒は好きだが、執筆期間中はあまり飲まない。飲む暇がないし、深酒をすると体力を消耗する。
業界に喫煙者は案外少ない。酒の席で会うから酒好きの人も多いように見えるけれど、日常生活で酒浸りの人はいない。
プロの小説家は「小説を書くというアスリート」だから、みな小説を書くのに邪魔になることはしないようにしている。
オリンピック・アスリートは4年に1度の決勝戦で最高の自分を出すために、何年も自分を律して心と体を作っている。
アスリートは決勝のゴールを切った瞬間に自分のすべてを出し切らなくてはならない。限界まで練習を積まなくてはならないと同時に、練習をしすぎてレースの前にケガをしてしまってはいけない。身体を壊すぎりぎりまで鍛えなければ勝てないし、壊してしまっては大会に出られない。だから朝起きて寝るまでアスリートはアスリートとして生きている。
小説家も、1日24時間、「小説」と「小説を書く自分の肉体」のことを考えている。
執筆期間ならいま書いている小説のことを、そうでないときは将来書く小説のことを、四六時中考えている。生活の中で見るもの聞くものすべては「芸の肥やし」だ。
長編1冊何十万字という文章を何ヶ月もかけて綴っていくには、体力も精神力もいる。健康な肉体と精神を保つことがとても大切なのだ。
いつも自分の心と体を最高の状態に保ち、小説の最後の1行を書き終えたときに、死なないぎりぎりまで、体力気力を使い切りたい。
作品を書き上げて体力や気力が残っているのはもったいないし、書き上げる前に尽きてしまっては完成しない。書き上げて死んでは次の作品が書けない。ぎりぎりのところにいつも自分の状態を保っておきたいといつも願っている。
だから現代の小説家はみな自分の身体をとても大切にしている。無頼派はほとんど絶滅している。プロ野球選手だって、昭和の昔には遠征先で遅くまで飲んで酔ったまま次の日の試合に出ていたけど、いまはイチローのようにきちんと自己管理をしている人が一流として生き残っている。
激しい競争の中で自分の居場所を確保し続ける職業には共通している。
それにしても「小説を書く時間」と「小説を書く自分をメンテナンスする時間」のバランス配分は難しい。
ずっと書いていたい。でも腹が減るから飯も喰わなくてはならない。寝たくないけど寝ないと死ぬ。休みたくないけど運動もしないと腰痛になる。
書きたいことはたくさんある。人生は短い。だから本当はサイボーグになりたい。
(続きは電子書籍で!)
登録日:2014年03月29日 20時06分
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