紫苑
著者:紫苑(しおん)
日々の出来事を、ふと書き留めておきたい時がある。何の変哲もない風景に、こよなく愛着を感じる時がある。思わず涙ぐんだり、手を合わせてしまうほど感動を覚える時がある。そんな時は目を閉じて、心のキャンバスに、一枚、また一枚と、自分の生きた証に描いてきた。現在は、二人の成人した娘達と、姉妹のように共同生活を楽しんでいる。なにはともあれ、今が幸せならすべてよし、と充実した日々を送っている。
エッセイ/エッセイ

母の桜

[読切]
母が植えた三本のソメイヨシノ。いつのまにか大木に育った満開の桜を見上げる著者。母の思い出とお葬式の一場面が交差する。
 嘘のようだった。
 葬儀の朝、庭の桜が満開になり、ひらひらと舞い始めた。
 喪服の肩にも淡いピンクの花びらが止まった。大木を見上げて、両の掌を広げて受け止めた。溜まった花びらを思い切り口をすぼめて吹いてみた。儚げに着物の裾に纏わりながら舞い落ちた。喪服が一瞬、艶やかな訪問着のように見えた。
「母さんの桜だものね」
 声を出さずにわたしはそっと呟いた。

 わたしが実家に戻ったばかりの時にはあんなに硬かった蕾が、一度に花開いた。
 わたしは、母の為に母の愛した桜が精一杯見送ってくれたような気がして、熱いものが込み上げてきた。

 自然や動物をこよなく愛した母が、実家の新築を記念して三本のソメイヨシノを植えた。いつしか大木になり、平屋の屋根をとうに追い越して立派に枝葉を茂らせていた。わたしが一緒に住んでいた頃は、まだまだ若木だったので、桜の花の印象も薄かった。花の頃には縁がなくて、こんな風に満開の桜を見るのは初めてだった。その春は、暖冬だったのだろうか。わたしには、母の為に咲き急いでくれたとしか思えなかった。今まで見たどの桜より、艶やかで散り際も潔かった。それはまるで母の生き方のようだとわたしは思った。

 父を亡くしてから母の趣味は、和歌を詠んだり、旅をしたり、草花を育てたりと多彩だった。手のかかる父から解放されて、ほっとしたひとときだったのかもしれない。父と母は中学の同級生だった。母は婿養子の先夫と離婚をしたばかりだった。時は、第二次世界大戦の真っ只中、母の作った慰問袋が偶然にも父に渡り、それをきっかけに二人は文通が始まった。跡取りで一人娘の母と、弟を戦争で失った長男の父は、周囲の祝福を得られなかった。母は、親族会議で「三度のご飯が一度しか食べられなくてもいい、この人についていきます」と宣言をし、一緒になったらしい。母は三十歳で、先夫の十歳の娘を連れて再婚をした。なに不自由のない生活から一転し、それは苦労が山のように待つ暮らしだった。

 当時わたしは、夫の赴任先のジャカルタで暮らしていた。
 母は些細なことで転んで大腿部複雑骨折をし、大手術の末に、もう二年も入退院を繰り返していた。そのショックからなのか、それとも同時に進行していた脳梗塞のせいだったのか、言葉が不自由になった。日本の姉妹から身体が衰弱しているし、元気なうちに見舞いに帰国するよう再三の要請を受けていた。本当は飛んで帰りたかったけれど、子供の学校や経済的な理由などで、なかなかおいそれとは帰国できなかった。

「ケイちゃん」
 枕元に母が立って居た。
「え? 母さん、いつ来たの?」
 わたしは眠い目を擦りながら、母を見た。
「うん。会ってないのはケイちゃんだけだからね」
 母は懐かしそうにわたしを見た。
「そうねぇ、随分会ってなかったものねぇ。でも、母さん、元気そうジャン」
「なんとか頑張ってはいるんだけど、もう歳だからねぇ」
「今夜は遅いから寝よう。明日、いろんなところ案内するからね」
 その夜母は、わたしの隣のベッドで眠った。

 目が覚めた。
 隣に母は居なかった。その代わりに夫が長い身体をくの字に曲げて背を向けていた。
「ねぇ、ねぇ、あなた」
 わたしは夫を揺さぶった。
「なんだよ、どうかしたのか?」
「いつ母さんと入れ替わったの? 母さんが眠っていたはずなんだけど」
「おい、何時だ?」
 眠そうに目を擦りサイドテーブルの腕時計を取って薄明かりの中で目を細めた。
「まだ三時だぜ。寝ぼけてないでもうひと眠りしようぜ」
 腕時計を元に戻すなり、そのまま背を向けて軽い鼾をかき始めた。

 わたしは妙に目が冴えてしまって眠ることができなかった。
 まだどこかにリアルな母の温もりを感じていた。
 ああ、夢だったのかと、外が明るくなってからようやく現実に引き戻された。
 だけど、次の夜もその次の夜も母はやって来て、同じ会話を繰り返した。
 四日目の朝になって、初めて母が会いに来る意味を悟った。わたしは慌てて旅支度をした。仕事の都合で同行できない夫を残して、赤道直下のジャカルタを飛び立った。

 二年振りに会った懐かしい母の顔は、形相が変わっていた。
 それはジャカルタの夢枕に立つ美しい母の顔ではなかった。ベッドの上には見知らぬ老女が横たわっていた。その事に深い衝撃を受けた。母は額に深い皺を刻んだまさに瀕死の人だった。

「母さん」
「……」
「母さん、ジャカルタから戻ってきたよ。分かる?」
 義歯を外された母の口元は、だらしなく大きく開いていた。
 隣のベッドにも同じように老女が大きく口を開けて眠っていた。ベッドの頭の所には患者の名前と歳が記載された名札がぶら下っている。母より十歳も年上の老女も、母も外見は同じように見えた。頭がしんとして、歳を取ったら皆同じなのだなーとそんなことが頭を過ぎって行った。
 母が目を開けた。う、う、と声を出した。
「なんて?」
 付き添っている妹がゆっくりとベッドを起こして、大きな字で書かれたひらがなの五十音表を母の前に置いた。
 母は、真っ直ぐにはもう伸びそうもない指で文字をぎこちなく指し始めた。
「け・い・こ」
「うん、ケイコ。ジャカルタから飛んで来たの。母さんに会いに来たのよ」
 母はうん、うんと肯いた。
「やっと会いに来てくれたね、あなたが最後なの」
 と指で五十音表をまどろっこしく指し示した。七人の子供の中で母の入院以来会ってないのはわたしが一人だった。
 昔したように、ベッドに潜り込んで、わたしは背中から母に抱き着いた。大きく背中の曲がったやせ細った老女に、涙が溢れて止まらなかった。なんでもっと元気なうちに帰って来なかったのだろうと後悔をした。もう夢の中でのような会話は出来なかった。

 数日間、母の病院で過ごした。母は少しだけ元気になった。何か食べたいものはないかと聞いたら、ぼたもちが食べたいと言った。母は甘いものを好む人ではなかったので、ちょっと首を傾げたけれど、叔母に作ってもらった。母は歯のない口で、小さくしたぼたもちを二個も平らげた。その食欲に驚きながらも、これで持ち直してくれたのだとわたしは少しほっとした。これなら秋の本帰国まで待っていてくれるだろうと楽観的になった。その夜、母の耳元にジャカルタへ戻るからと告げた。母はぷいと背を向けたまま急に不機嫌になった。出発の準備をするために、後ろ髪を引かれつつわたしは実家へ戻った。

 母の病院はJR駅の近くだった。
 母に出発の挨拶をする為に、病院へ寄った。ナースセンターの前を通りかかると、
 顔見知りになった看護婦が手招きをした。
「娘さん、今日外国に戻られるの?」
「はい、そうなんです。母のことよろしくお願いします」
 わたしはペコリと頭を下げた。「夕べは、大変だったのよ、お母さんが泣かれて泣かれて」
「母が泣いたのですか?」
「もう、それは悲しそうにね」
「そうだったんですか」
「それでようやく聞き出したら、娘さんが外国へ戻るのが辛いっておしゃってね」
 病室の母は、相変わらず口を聞いてくれなかった。何を話しても目を閉じたままだった。
「ごめんね、母さん。秋には戻ってくるからね」
 無言の母にそう声をかけて病室のドアを後ろ手に閉めた。

 電車の窓から母の病院が見えた。
 何故か急に涙が溢れて止まらなくなった。それは説明のしようがない涙だった。子供達に見せまいと抑えれば抑えるほど溢れてとまらなかった。わたしは下を向いたまま、ぼたぼたと涙を落とした。

 新幹線や電車を乗り継いで、出発までの間泊めてもらう予定の姉の家にやっと辿り着いたら、姉が玄関先に立っていた。
「さっき連絡があってね、母さん、駄目だった」
 そう言って涙を手の甲で何度も拭っていた。すでに新幹線もない時間だった。翌朝の始発が待てなくて、一時間後には、義兄の運転する車に便乗して東名を西に向かっていた。
 人の死とはなんてあっけないものなのだろう。今朝まではちゃんと息をしていた母が、静かにたった一人で息を引き取った。どうしても会いたいと、わたしをジャカルタまで迎えに来た母の気持ちが痛いほど伝わった。駆け落ちをしてまで己の愛を貫いて、貧乏に屈することもなく七人の子供を育て上げ、誰にも愚痴ることなく人生を送り、そして一人で幕を引いた。母は本当にすごい人だった。目を閉じると、母の元気な姿ばかりが浮かんでは消えた。それは、まだうんと若いころの母で、トントントンと古い家の階段を軽快に駆け上がる姿だった。

 もうすぐ母の桜が咲く。
 あれからもう十年の時が過ぎようとしていた。
(了)
(初出:2000年03月)
登録日:2010年06月22日 16時08分
タグ : 葬儀

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