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新美健
著者:新美健(にいみけん)
1968年生れ。愛知県で育ち、石川県で卒業し、富山県で就職し、東京都に流れ着き、現在は地元に戻って愛知県豊田市在住。ゲームのノベライズ化というニッチ稼業で15年ほど漂っていたら、いつの間にか40代も後半戦へ。2015年、第七回角川春樹小説賞にて特別賞を受賞。探偵、怪奇、幻想、冒険、歴史モノの小説が好物。
エッセイ/エッセイ

サンゾク志願

[読切]
くすんだ深緑の、くそ重いジャケット――M65。初日の出を拝むために山に登り、紅茶をすする著者。十年前にゆずってもらったジャケットを着て、思いにふける。もし、あと十年保ったら……? 山賊仲間募集中!
 M65の季節がやってきた。
 冬だしね。
 くすんだ深緑の、くそ重いジャケット。
 米陸軍が採用していたタイプだ。
 映画『プラトーン』のジャケット、あるいは、『クレイマー・クレイマー』で主人公の父親役が着ていたジャケット、といえば、わかってもらえる人もいるかもしれない。
 十年ほどまえ、学生時代に、友人から買い取ったものだった。
 そのころから、すでに十年落ちの流出ものだというから、じつは製造されてから、二〇年はたっているわけだ。
 今でも現役だ。

 このジャケットのおかげで、ぼくは何度も大怪我から救われている。
 もっぱら、バイクでこけたとき。
 峠のアスファルトで、激しく腕や背中をこすられても、縫い目がややほころびる程度で、素肌までは削られない。
 軍用のせいか、綿とナイロンで半々ずつ、ぎっちりと編み上げられた布地は、豪雨のなかを走り回っても、シャツ一枚濡らすことがなかった。
 夏には、バイクの荷物カバーとして、酷使したこともある。

 ずっしりと重く。
 実用本位で。
 ごわごわして。
 深いポケットがたくさんあって。
 あったかい。
 ぼくが信用している、数少ないもののひとつだ。

 帰省して、元旦。
 初日の出を拝むため、山に登ろうと思った。
 七年ぶりのことだ。
 予想通り多くの人出、あきらめて、車でひきかえした。
 夜になり、また登った。
 おんぼろのホンダを山頂ちかくのキャンプ場にとめ、M65をはおって、しばらく歩いた。
 情けないくらい、すぐ息があがった。
 頂にある展望台を、さらに登った。
 星が近い。
 持参したガソリンストーブで湯をわかし、紅茶をいれて、飲んだ。
 新年そうそう、こんなことをしている自分が馬鹿らしく、ひとりで笑った。
 展望台からは、街の灯がみえた。
 きれいだが、さほど活気があるように思えなかった。
 夜の山は、静かだが、山には山の活気がある。
 馬鹿が一人、紅茶をすする。

 大学時代のぼくは、冬にM65ジャケットを着て、ジーンズとジャングルブーツをはき、ゴロワーズをふかしていた。
 米空軍のMA1フライトジャケットが流行り、その後、わずかにM65ジャケットも流行り、偽物と本物が入り乱れて往来を闊歩し、やがて流行は拡散して、一部のファッションとして残ってからも、こちらはあいもかわらず同じスタイルで街を歩き、煙草をふかしていた。
 M65とジーンズは、今でもそうだ。
 ゴロワーズも吸っているが、十年後、しれっとした顔で禁煙している自分を想像することができる。
 ジャングルブーツは、靴底のラバーがすっかり削られ、木の部分が見えはじめ、溶けた雪が靴下にまで染みるようになった数年前、ついに使用を断念した。
 次のを購入するほど、もう若気もない。

 いつまで、これを着つづけられるだろうか?
 さすがに、もう十年は保つまい。
 でも、もし保ったとしたら?
 ──たとえばの話だ。

 そう、野心的に生きたいと思う。
 まあ、世間から開放されていたいと願う。
 うん、ガキじみたこだわりを大切にしたいと思う。
 やあ、あらゆる執着から自由でいたいと願う。


 ああ……ぼくは山賊になりたい。
(了)
(初出:1998年02月)
登録日:2010年06月09日 14時43分

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