
著者:井上真花(いのうえみか)
有限会社マイカ代表取締役。日本冒険作家クラブ会員。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都文京区に在住。1995年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「オフィスマイカ」を設立。
エッセイ/エッセイ
新妻日記(1)
[連載 | 連載中 | 全1話] 目次へ
再婚された著者が、はじめて旦那さんと息子さんが対面したときの様子を描く。人妻日記から5年。待ちに待ったエッセイがついに再開!
思えば、息子と彼の出会いは壮絶だった。
当時私は編集部に勤めていて、毎日終電近くまで仕事をしていた。息子は一人でコンビニ弁当を食べ、テレビとゲームをして暮らしていた。彼は何もいわなかったが、親一人子一人の家族で親が家にいないなんて、きっと心細かったに違いない。寂しかったに違いない。
その頃、私は今の夫と出会った。彼は、毎晩遅くまで仕事をする私の体を心配し、毎日会社まで車で迎えにきてくれた。仕事が終わって会社から出ると、そこには決まって彼の車が止まっていた。窓から中をのぞくと、そこにはゲームボーイで遊ぶ彼の姿があった。
彼はいつも、我が家の前で私を降ろしてくれた。しかし、その日は何故か車のエンジンを止め、私と一緒に車を降りた。
「そろそろ、息子さんにも挨拶しておくか」
「突然?」
「うん、いいんじゃない?」
我が家の玄関に立ち、チャイムを押した。
「はーい」
息子の明るい声。私は、もっていたカギでドアを開けた。
「ただいまー」
「はじめましてー」
私と彼がほぼ同時にそう言いながら部屋に入ると、
「おっかえりー!」
息子は妙なポーズで踊りながら、元気いっぱいに出迎えてくれた。母を楽しい雰囲気で迎えてやろうと、彼なりに工夫したのだろう。しかし、そこには母以外の人の姿が。彼は、妙なポーズのまま固まってしまった。
「…え?」
息子の顔には、大きなクエスチョンマーク。笑顔のまま、目だけがきょろきょろ忙しく動いていた。あまりのことに、現状が把握できていないらしい。
「突然ごめんね。けんたです」
笑いをこらえながら、彼は息子に自己紹介した。
「は、はあ…」
笑顔のまま、なんとなく相槌をうつ息子。
「この人に車で送ってきてもらったんだよ」
私も笑いをこらえ、ようやく説明した。
「あ、それは、どうも…」
笑顔のまま、さらに相槌をうつ息子。
「ま、またくるから。今日はもう遅いからこれで帰るね、みひろくん」
彼はぴょこっと会釈して、車に戻っていった。肩が震えている。
「で、なにしてるのよ君は」
笑顔から素に戻れなくなっている息子の肩を、ドンと叩いた。へなへなと息子のポーズは崩れた。
その夜、彼から電話があった。
「ごめんねー。びっくりしたんだろうね、彼は」
「そうみたい。しかも、まだ理解できていないみたいね。台所でぼーっと水飲んでる」
「ありゃりゃ」
くすくす。電話の向こうで楽しげに笑う彼。
「それにしてもかわいかったなー、みーくん。いつもあんな感じ?」
「そうね、私を楽しい雰囲気で迎えようと、工夫してるみたい。学校では無口で暗い奴みたいだけど…」
「信じられん。あのままがいいのに。すげーいいよ、あの子」
「そう?」
アホじゃないかと思われたのではないか心配だった私は、ひとまず安心した。
「うん、いいよ。笑えた。それにね、目が」
「目?」
「うん、目がすげーきれいなんだ。ウソつけないな、あの子には」
びっくりした。目がきれい? 台所で放心している息子の顔を見ても、そんな風には思えなかった。
「とにかく、オレは彼が好きだ。彼もオレを好きになってくれるといいんだけど…」
電話を切って、私は息子に聞いてみた。
「ね、さっきの人さ」
「あ、うん」
「どんな人に見えた?」
息子はしばらく考えこんでいた。なにか思ったことがあるらしい。どきどきしながら待っていると、
「ねえ、あの人ってけんたっていうの?」
「そうよ」
「じゃ、男? でもなー…見た目は女の人だったよな…」
当時私は編集部に勤めていて、毎日終電近くまで仕事をしていた。息子は一人でコンビニ弁当を食べ、テレビとゲームをして暮らしていた。彼は何もいわなかったが、親一人子一人の家族で親が家にいないなんて、きっと心細かったに違いない。寂しかったに違いない。
その頃、私は今の夫と出会った。彼は、毎晩遅くまで仕事をする私の体を心配し、毎日会社まで車で迎えにきてくれた。仕事が終わって会社から出ると、そこには決まって彼の車が止まっていた。窓から中をのぞくと、そこにはゲームボーイで遊ぶ彼の姿があった。
彼はいつも、我が家の前で私を降ろしてくれた。しかし、その日は何故か車のエンジンを止め、私と一緒に車を降りた。
「そろそろ、息子さんにも挨拶しておくか」
「突然?」
「うん、いいんじゃない?」
我が家の玄関に立ち、チャイムを押した。
「はーい」
息子の明るい声。私は、もっていたカギでドアを開けた。
「ただいまー」
「はじめましてー」
私と彼がほぼ同時にそう言いながら部屋に入ると、
「おっかえりー!」
息子は妙なポーズで踊りながら、元気いっぱいに出迎えてくれた。母を楽しい雰囲気で迎えてやろうと、彼なりに工夫したのだろう。しかし、そこには母以外の人の姿が。彼は、妙なポーズのまま固まってしまった。
「…え?」
息子の顔には、大きなクエスチョンマーク。笑顔のまま、目だけがきょろきょろ忙しく動いていた。あまりのことに、現状が把握できていないらしい。
「突然ごめんね。けんたです」
笑いをこらえながら、彼は息子に自己紹介した。
「は、はあ…」
笑顔のまま、なんとなく相槌をうつ息子。
「この人に車で送ってきてもらったんだよ」
私も笑いをこらえ、ようやく説明した。
「あ、それは、どうも…」
笑顔のまま、さらに相槌をうつ息子。
「ま、またくるから。今日はもう遅いからこれで帰るね、みひろくん」
彼はぴょこっと会釈して、車に戻っていった。肩が震えている。
「で、なにしてるのよ君は」
笑顔から素に戻れなくなっている息子の肩を、ドンと叩いた。へなへなと息子のポーズは崩れた。
その夜、彼から電話があった。
「ごめんねー。びっくりしたんだろうね、彼は」
「そうみたい。しかも、まだ理解できていないみたいね。台所でぼーっと水飲んでる」
「ありゃりゃ」
くすくす。電話の向こうで楽しげに笑う彼。
「それにしてもかわいかったなー、みーくん。いつもあんな感じ?」
「そうね、私を楽しい雰囲気で迎えようと、工夫してるみたい。学校では無口で暗い奴みたいだけど…」
「信じられん。あのままがいいのに。すげーいいよ、あの子」
「そう?」
アホじゃないかと思われたのではないか心配だった私は、ひとまず安心した。
「うん、いいよ。笑えた。それにね、目が」
「目?」
「うん、目がすげーきれいなんだ。ウソつけないな、あの子には」
びっくりした。目がきれい? 台所で放心している息子の顔を見ても、そんな風には思えなかった。
「とにかく、オレは彼が好きだ。彼もオレを好きになってくれるといいんだけど…」
電話を切って、私は息子に聞いてみた。
「ね、さっきの人さ」
「あ、うん」
「どんな人に見えた?」
息子はしばらく考えこんでいた。なにか思ったことがあるらしい。どきどきしながら待っていると、
「ねえ、あの人ってけんたっていうの?」
「そうよ」
「じゃ、男? でもなー…見た目は女の人だったよな…」
(つづく)
(初出:2001年08月)
(初出:2001年08月)
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登録日:2010年05月30日 15時26分
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