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いちばゆみ
著者:いちばゆみ(いちばゆみ)
携帯電話やスマートフォンなどのモバイルツール、オークション、SNSなどのネットサービスを中心に執筆するITライター。主な著書に「オオカミなんかコワくない!〜出会いサイト安全利用マニュアル」(ソフトバンクパブリッシング)、「ぜったいデキます!これからはじめるYahoo!オークション」(技術評論社)などがある。横浜市在住。
エッセイ/エッセイ

ゆうきゃんの人生迷走案内(2)

[連載 | 連載中 | 全6話] 目次へ
ひと回り違う彼が傍らで寝息を立てる中、そっと抜け出してバスルームに行くと、自分のものとは違う細くて長い髪が一本落ちていた。他の女につけいる隙を与えたのは自分の弱さだった。
■他人より、遠い

 窓に降ろした青いブラインドが昇り始めたばかりの太陽を透かして、部屋を青く染めている。
 まるで海の底に沈んでいるみたい…。
 窓の外の通りを走り始めた車が行きかう、サーサーという音もまるで波の音のようだ。
 このままずっと二人で、ゆらゆらと漂っていられたらいいのに…。

 そんなことを思いながら、傍らで寝息を立てる雄也を起こさないように、そっとベッドから抜け出した。
 そのまま、足音を立てないようにバスルームに向かう。

 彼がオフィス兼自宅として借りている部屋は、ワンルームにしては広めだけど、バスはお決まりのユニットバスってやつだ。
 トイレとバスタブが同じ空間にあるタイプのバスは、なんだか落ち着かなくて好きになれない。

 歯を磨こうとして、コップに挿して置いてあるはずの私の歯ブラシが、ミラーの横の作りつけの収納棚の中にしまい込まれているのに気づく。

 …嫌な予感が走る。

 ふと、バスタブの内側に視線を落とすと、そこにはショートカットの私のものとは明らかに違う、長くて細い髪の毛が一本落ちていた。

 ああ、そういうことね……。

 いつか、こんな日が来るのはわかっていた。
 いつか彼は、バツイチで子どももいる、年上の私なんかではなく、若くて可愛い同年代の女の子と年齢相応の恋をしていくのだろうと。

 なのに、自分でも驚くくらい動揺、している。

 泣いては、ダメ。
 鏡の中の自分に言い聞かせて、顔をあげる。

 髪の毛をそっと拾い上げて洗面ボウルの目立つ所に置き、そのまま洋服をつけてそっと部屋を出た。
 キーホルダーから合いカギを抜き、ドアポストに滑り込ませた。

 ドアの向こうで、かちゃん…と音を立ててカギが落ちる。
 「終了」のチャイムだ。

 さよなら…もう、会わない。




 雄也とは、趣味のネットサークルのオフ会で知り合った。
 月に一度の定例会で顔を合わせ、オフ会の後、数人の仲間で食事に行くのが恒例になった。その中にいつも雄也もいて、自然と話をするようになった。

 私より、一回り年下の雄也から
「好きなんです、付き合ってください」と何度言われても、「冗談でしょ」と取り合わなかったのに。
 顔だって全然タイプじゃないし、だいたいあんた、まだ学生じゃない。

 なのに、話せば話すほど、年齢に似合わない話題の豊富さとか、そのくせ人間関係には不器用なところとかに、いつのまにかどんどん惹かれていく私がいた。

 大学在学中から始めていたITコンサルタントの仕事を卒業後に本格化させ、彼は就職しないまま会社を始めた。彼が借りた部屋に、私はときどき通うようになっていた。

 周りには
「いやだ、ただのサークル仲間ですよー!だって雄也くん、私と干支が一回り違うんですよ。ないない、ありえない。弟みたいなもんですよ」
「さくらさんは尊敬する先輩ですよー」と、お互い関係を否定していたけれど、二人きりの時の私たちは「恋人」だったんだと思う。

 でも、不倫でもないのに周りにオープンにできない関係というのは、そもそも不確かで長続きはしないもの…だったんだと思う。
 お互い「この人が私の恋人です」と、胸を張って言いきれなかったってこと。
 
 浮気をした彼が悪いんじゃない。

 彼のほうはオープンにしたがっていたけれど、私はその勇気が持てなかった。
 だって、たぶん、責められるのは私のほう。
 
「あんな若い男の子をだましちゃって」「バツイチの年上オンナが、うまいことやったよねー」…と。

 私には、そんなことを言われるのは耐えられなかった。
 彼を失うことより、世間の目のほうが怖かった。

 後になって思えば、彼ほど話の合うオトコはいなかった。二人でいれば何時間でも話していられた。彼は恋人であり、一番の大親友だった。
 彼ほどお互いをわかりあえる大事な人は、いなかったのに。

 彼の「さくらさんとは、このままずっと人生の相棒として一緒にいたい」という言葉を信じきれなくて、いつもはぐらかしてごまかしていた自分の弱さが、他の女につけいる隙を与えたんだ。


 その日の夜、

 「なんで、何回かけても電話に出てくれないのさ」というメールが届いた。

 「やっぱりさ、あなたみたいな頼りない年下くんより、年上の包容力のある男の人ときちんとお付き合いして、再婚めざしたいんだよね、子どものためにもさ」と返した。

 …それきり返事は来なかった。

 この人が恋人です、ということも、二人で手をつないで街を歩くことも…。
 恋人らしいことは何もしてあげられなかった私の、最後の“プレゼント”だ。

 もう10年以上も前のことだ。
 それから彼とは一度も会っていない。
 
 仕事ではずいぶん活躍しているようで、時々TVニュースや雑誌のコメンテーターとして顔を見かけるようになった。
 風の噂で、結婚して子どももいると聞いた。
 あのときの長い髪の女の子と、そのまま結婚したんだろうか。
 それとも、他の子と、だろうか。…知る由もない。

 …幸せでいてくれれば、それでいい。

 もう二度と、会うことはないだろう。
 きっと、今は、他人よりも遠い。

 Facebookを開いたら、「知り合いかも?」の欄に彼の名前が表示された。

 「…いいえ、知り合いではありません」とつぶやいて、私はそっと×マークをクリックして、彼の名前を消した。
(つづく)
(初出:2012年07月)
登録日:2012年07月12日 13時00分
タグ : 浮気

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