騒人 TOP > エッセイ > エッセイ > ゆうきゃんの人生迷走案内(4)
いちばゆみ
著者:いちばゆみ(いちばゆみ)
携帯電話やスマートフォンなどのモバイルツール、オークション、SNSなどのネットサービスを中心に執筆するITライター。主な著書に「オオカミなんかコワくない!〜出会いサイト安全利用マニュアル」(ソフトバンクパブリッシング)、「ぜったいデキます!これからはじめるYahoo!オークション」(技術評論社)などがある。横浜市在住。
エッセイ/エッセイ

ゆうきゃんの人生迷走案内(4)

[連載 | 連載中 | 全6話] 目次へ
電車でふと広告を見ると、気になる文字が飛び込んできた。「あなたの周りにこんな子どもはいませんか?」。頭に浮かんだのはカオルくんのことだった。あのとき、何ができただろうか?
差し伸べられなかった手

 打ち合わせから帰るために乗った郊外行きの電車で吊革につかまり、見るともなく広告を見ていたら、「あなたの周りにこんな子どもはいませんか?」という文字が目に飛び込んできた。

 いつも怒鳴り声が聞こえる
 いつも汚れた服を着ている
 いつもお腹をすかせている

 児童虐待防止運動のポスターだった。

 ……。

 そのコピー文を読んで、頭にふと浮かんだのはカオルくんのことだ。

 カオルくんは、今23歳になる長女が小さかった時に近所に住んでいた男の子だ。
 長女が2歳になるかならないかの頃、大田区の商店街の外れにあるアパートから品川区にある大きなニュータウンのマンションに引っ越した。
 自宅の目の前にはお砂場とブランコくらいしかないけれど、陽当たりがとてもいい小さな公園があって、近所の子連れママたちの集会所のようになっていた。
 私も長女を連れて毎朝その公園に行くのが日課になった。

 公園には、みんなママと子どものセットで来ていた。
 当時、宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件が世間を騒がせており、いくら目の前の公園だからといって子どもを一人で外に遊びに出すということは、普通の親なら考えられなかった。

 でも、カオルくんはいつも一人ぼっちで遊んでいた。

 年齢を聞くと「ぼく、5さい」と答えた。でも、その年の子なら当然みんな行っているはずの幼稚園や保育園には通ってはいないようだった。

 ひと目見て、親が全くカオルくんのことをかまっていないのがわかった。
 ぼうぼうに伸びて、寝癖がついたまま絡まっている髪の毛。
 やせ細った身体。5歳にしては背が小さい。
 着ている洋服はいつも薄汚れていて、カオルくんの身体には全く合っていなかった。
 やけにブカブカに大きいか、逆にキツキツでお腹が出ていたり、ズボンの丈が短すぎたり。夏なのに分厚いトレーナーを着せられていたり、真冬なのに薄い半そでのシャツを着せられていることもあった。
 お風呂にもあまり入っていないようで、顔や手足も汚れていて、靴はいつも素足にそのまま履き、そしてその靴もブカブカだった。

 戦後まもない時代のことじゃない。平成のはじめの頃の話だ。
 誰が見ても、おかしいと思った。

 目が合うと、ニコっと笑う。とても人懐っこい。
 笑った口元を見ると、歯はみんな虫歯で真っ黒になって溶けて小さくなっていた。
 ちょっと声をかけると、膝にのってこんばかりの勢いでベタベタしだす。
 娘がお腹がすいたら与えようと持っていた赤ちゃん用のお菓子を差し出したら、むさぼるように食べ、それから会うたびに「おかしちょーだい!」というようになった。
 さすがにそんなに毎日あげるわけにもいかず
「今日はお菓子もってないのよ、ごめんね」とあやまった。
 
 周りのママたちは、カオルくんのことを嫌っていた。
 いわく、ちょっと優しくすると付きまとってくる、自分の子どもがかまえなくなるくらい甘えてくる、すぐにお菓子を欲しがって厚かましい、すぐ家に上がってきたがる…と。

 ママたちが何人か公園で集まり、誰かのお家に遊びに行こうという話になると、カオルくんも「ぼくもいく!」とついてきたがる。

 でも、このあたりでは幼稚園くらいまでの子どもは、ママと子どものセットでのおつきあいで、子どもだけで行き来することはなかった。
 子どもだけを短時間預かって自宅で遊ばせたり…ということはあったけれど、それはママ同士がある程度親しくお付き合いする間柄だからこそだ。

 誰もカオルくんのママのことを知らなかった。

 公園で、ママ友のひとりが話してくれた話。

 カオルくんは三人兄弟の末っ子で、お母さんは三人目を産むとき「今度こそ女の子」という期待をかけていたんだって。
 親戚やご主人からも、そういうプレッシャーがあったのかもしれないね。
 ところが、生まれたのはまたも男の子。
 お母さんは、また男の子を産んでしまったショックで精神的に病んでしまったとか…。
 生まれてきた赤ちゃんに、女の子が生まれたらつけようと思っていた名前「カオル」と名付けたものの、可愛いという気持ちがわいてこなくて、末っ子のカオルくんだけほったらかしなんだって。
 ずっとふさぎがちで家にこもっていて、朝、起きると「夕方まで帰ってくんな」って外に出されちゃうんだって。
 
 その話をしてくれたママが、公園でお昼ごはんの時間を回ってもひとりぼっちのカオルくんを見るにみかねておうちで食事をさせたあげく、カオルくんの自宅まで送って行ったら

「よけいなことしないでよ! こいつのことはほっといて!」と怒鳴られたそうで、以来誰もカオルくんに声をかける大人はいなくなった。

 遠巻きに見ているだけで、カオルくんが寄ってきて「あそぼうよ」「おうち、ぼくもいきたい」と言っても、みんな聞こえないふりをした。
 公園にカオルくんがいると「あ、今日はカオルがいるから他の公園行こう」と露骨に嫌がるママもいた。

 私も…なにもできなかった。
 カオルくんに懐かれてしまうと、確かにわが子に目が行きとどかなくなるし、他のママ友からも敬遠されてしまう…。

 当時はまだ「児童虐待」とか「ネグレクト」なんて言葉は一般的ではなかったし、「児童相談所に相談してみよう」とか、そういうことも思いつかなかった。

 一度だけ公園で私たち親子とカオルくんだけになったことがあって、娘を連れて家に帰る時、「ぼくも、ひかりちゃんちにいっていい?」と聞かれたことがあった。

 答えに困って
「一回おうちに帰ってカオルくんのママに聞いておいで? ママがいいって言ったらいいよ」と答えたら、カオルくんの顔が悲しそうにゆがんだ。
 きっと、一回朝外に出たら夕方まで外に居ないと、ひどく怒られるのだろう、「よそのおうちに行ってはダメ」ときつく言われていたのだろう。
 そして、ママにはそんなことを切りだせる雰囲気ではなかったのだろう。

 そのうち、夫の仕事の都合で引っ越しをすることになってその街を離れ、カオルくんのこともすっかり忘れてしまっていた。

 娘より3つくらい上だったから、今はもう20代半ばの青年になっているはずだ。

 誰か、カオルくんに手を差し伸べただろうか? カオルくんはあの後とどうなったんだろう? 今、どこでどうしているだろうか…?

「あなたの周りにこんな子どもはいませんか?」

 もう一度、揺れる電車の中で文字を目で追う。

「変だなと思ったら、ぜひ児童相談所にご連絡を」
 
 私はなにもできなかった…。

 なんだかせつなくて、そっと目を伏せた。
(つづく)
(初出:2013年02月09日)
登録日:2013年02月09日 17時04分
タグ : 児童虐待

Facebook Comments

いちばゆみの記事 - 新着情報

エッセイ/エッセイの記事 - 新着情報

エッセイ/エッセイの電子書籍 - 新着情報

  • 吾輩は女子大生である 麻梨 (2014年07月19日 15時04分)
    女子大生、麻梨の日常と就活、就職までを記した悪ノリエッセイ22編。下着ドロにあった友人とその後の行方、理解してもらえない趣味など日常のあれこれに始まり、企業説明会、「お祈りメール」こと不採用通知について、「私服でお越し下さい」という面接などの就活エッセイも。「初めて人にいうんだけどさ」と前置きされて、なぜか性癖をカミングアウトする友人たち、人泣かせの彼女たちを潜りぬけ、見事、内定をつかめるか麻梨!(エッセイエッセイ
  • 作家の日常 阿川大樹 (2014年03月29日 20時06分)
    「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」などの著作で知られる人気作家、阿川大樹氏のエッセイ「作家の日常」。オンラインマガジン騒人で連載されていた当作品に、第0回「小説家の誕生と死」――小説家になる前のエピソードを加えて再編集しました。小説家に必要な資質、仕事場・道具、編集者とのつきあい、印税と原稿料についてなど職業作家の日常を赤裸々に告白。氏のファンだけでなく、小説家を目指している人や作家という職業に興味のある方にもオススメのエッセイです。(エッセイエッセイ
  • ワールドカップは終わらない 阿川大樹 (2010年06月13日 17時23分)
    熱狂と興奮の中で幕を閉じた2002FIFAワールドカップ。日韓同時開催のワールドカップとして記憶にも新しい。ジャーナリスト/エッセイストの阿川大樹が1年半の取材と20日間のボランティア、5試合のスタジアム観戦を通じ、舞台裏、客席、オフィスや街…、多角的な視点で「事件」としてのワールドカップを描く。
    価格:315円(エッセイエッセイ