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紫苑
著者:紫苑(しおん)
日々の出来事を、ふと書き留めておきたい時がある。何の変哲もない風景に、こよなく愛着を感じる時がある。思わず涙ぐんだり、手を合わせてしまうほど感動を覚える時がある。そんな時は目を閉じて、心のキャンバスに、一枚、また一枚と、自分の生きた証に描いてきた。現在は、二人の成人した娘達と、姉妹のように共同生活を楽しんでいる。なにはともあれ、今が幸せならすべてよし、と充実した日々を送っている。
エッセイ/エッセイ

tetapi(でも)

[読切]
何にでも「タッピ」と言い訳を連発するメイド。解雇しようにもなかなかボロを出さない。そんな時起きた「シラミ」事件は渡りに船だった……。当時好きではなかった国の思い出を書き留めている。
 メイドの名前は「シティ」と言った。

 夫の赴任先であるインドネシアに着いた次の日に、彼女はわが家にやって来た。たどたどしい日本語で、「私をプンバント(メイドのインドネシア語)に雇って欲しい」と言うのである。
 この国での習慣や予備知識を持たない私としては(メイドなんてとんでもない!)すかさず、首を左右に振った。
 ところが、同じ社宅の奥さんが「ここではメイドが居なければ、生活ができません。彼女は、前任者が雇っていたので何かと都合がいいですよ」とメイド志望の女性の後押しをした。ここでの先輩である奥さんの言うことである。私と夫は不承不承OKを出した。

 彼女は働き者で、日本では見たこともない箒の先だけのオバケのような道具で、早速、家の回りを器用に掃き始めた。
 私は言葉の分からない人との同居生活に、ちょっとうんざりした。

 家の中には使用人の部屋も用意されていて、それはお粗末なバス、トイレの隣にベットが一個とロッカ−が備えついた畳三枚ほどの広さのものであった。
 我々が住む空間とは明らかに違いがあって、着いたばかりの私にとっては、自分がとてつもなく傲慢な人間になったようで落ち着かなかった。

 シティは二言目には「前の奥さんはこうだった」と自信たっぷりに、それらを踏襲していった。その上、誇らしげに「どうだ!」と言わんばかりの態度で、主従の関係が完全に逆転していた。
 私は言葉が話せない弱みに、彼女にお伺いを立てながらの生活に幾分疲れが出て来た。
 日本人の知人が、こちらでの生活に馴染んだかどうか足繁く訪ねてくれた。
 彼女らは達者なインドネシア語で、私のメイドと楽しそうに会話をしたり、時には、注意を促してくれたりもした。
 注意と言っても半分以上は命令である。
 私は、そこまで言わなくても……と、うまく雇いきれないことは棚に上げて、知人を密かに「傲慢な人」と思ったりもした。

 その知人の紹介もあり、インドネシア大学の学生を会話の先生として来てもらうことになった。
 早く、コミニュケ−ションを取りたい一心で毎日のように勉強をした。
 ようやく、歌か雑音にしか聞こえなかったインドネシア語が、言葉として耳に入るようになった。

 そんな時、耳障りなくらい聞こえて来たのが、「タッピ」ということばである。実に彼等は言い訳をするのである。
 依頼した事ができてない場合、時間を守らなかった場合、使用を禁じていたものの無断使用した場合等々。
 必ず「タッピ……」から始まった。

 『tetapi』とはインドネシア語で、(でも)とか(しかし)、つまり『BUT』と同義語の接続詞である。
 私が滞在した7年間のうち、実によく聞いた言葉であった。
 口語では『te』が省かれて『tapi』と言う。

 いくらか言葉が聞けて、片言のインドネシア語を話せるようになった私は、「タッピ」「タッピ」と言い訳をする彼女を、段々、鬱陶しいと思うようになった。
 何かにつけて嘘はつくし、モノは盗む。
 きっかけを見つけて解雇しようと思った。
 相手に非がない場合の解雇は、給料の何倍かのお金で保障してあげなければならなかった。
 しかし、巧妙でなかなか彼女はボロを出さなかった。
 相変わらず「ニョニャ(奥さん)、タッピ……」と言い訳をするのである。

 ある日の出来事。
 娘の頭に何か動くものが見えた。
 「虫がいる」と思って、しばらく目を細めてみていたら、1匹や2匹ではなかった。ウジャウジャといるのである。
 虫と見ただけで鳥肌立ち、悲鳴を上げる性分の私は、断末魔の声を上げた。
 すっ飛んできたメイドのシティが
 「ニョニャ、バゲマナヤ?(奥さん、どうかしたの)」と聞いた。
 娘の頭を指して
「アダ、ビナタン、バニャックヤ(虫がいっぱいいる)」
 と言うと、彼女はなんてことはない、シラミだと鼻で笑った。
 私は総毛だった腕を撫でながら、途方に暮れた。
 社宅の奥さんのところに走り、そのことを伝えて、シラミ退治の方法を考えた。
 夫の勤務先に電話をし、取りあえず病院に連れて行けと指示をうけクルマで連れて行った。
 日本語の分かるドクタ−は、虫退治の方法はシャンプ−しかないこと、卵を産み付けているので丁寧に、つぶすことを教えてくれて、
「メイドからうつったと思われるから、彼女の頭にDDTをまきなさい。それを厭がるようなら髪を丸く刈りなさい。」と助言してくれた。
 私はそのことをシティに伝えると、
 「ニョニャ、マアフヤ(奥さん、ごめんなさい)。」と言い、DDTも髪を刈り込まれるのもごめんだから、辞めさせてくれと言った。
 私は、そのどちらもが残酷で忍びなかったから、仕方がないと思った。

 元々解雇しようと思っていたのだから、本当は渡りに舟のはずだったのに、事の成り行きに心が痛んだ。
 シラミなど見たこともない国で育った異邦人がやって来て、横柄にそのことで、解雇を要求するなんて、本当は理不尽なことであったろう。
 結局、私は給料の保障を3ヶ月分つけて解雇した。
 あれだけ、日々の暮らしの中で「タッピ……」を連発していたシティが、この時ばかりは、ひたすら謝るばかりであった。
(了)
(初出:1998年08月)
登録日:2010年06月22日 16時17分
タグ : メイド

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