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井上真花
著者:井上真花(いのうえみか)
有限会社マイカ代表取締役。日本冒険作家クラブ会員。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都文京区に在住。1995年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「オフィスマイカ」を設立。
エッセイ/エッセイ

薬局日記(1)

[連載 | 完結済 | 全6話] 目次へ
店長は大竹まこと。出身が九州だというだけで採用となり、勤め始めた薬局はマンウォッチャーの著者にとっては答えられない場所であった。かっちょいいおじさんに天真爛漫な高校生。どんな人々と出会ったのだろう。
■通りすがりのパートさん募集

 あー今月も仕事がないよー困ったよーこのままではいかんいかんと首をふりながら、自転車で町を駆けぬけていた時のこと。ふと見ると、こぎれいな薬局があった。私の目をひいたのは、その薬局のドアに貼られていた手書きポスターの赤く大きなポップ字。
 「パートさん募集中! 詳細は面談にて」
 これだ。即決で自転車を降り、店の中へ。レジのおねえさんに「表の張り紙を見たんですけど」というと、彼女は奥の調剤室へ。店長らしき人に話をする。と、「すいません、では履歴書をもってきてください」という。おいおい、履歴書もなにも、ここで働くと決めた訳じゃねーよ、と今にして思えば尊大な態度の私。むっとして「とにかく条件などをお聞かせいただきたいのですが……」と。おねえさん、かなり慌ててその旨店長に伝える。
 今度は、店長自らお出ましである。「では調剤室のほうへ、どうぞ」と、奥へ案内される。が、お茶は出ない。
「で、あなたのいう条件とはなんですか」
 店長、ストレートな話しぶりである。こちらとしても、こういったタイプの人のほうが話が進めやすくていい。
「はい、実は私フリーライターをやってまして、その関係上、火、水、木は休ませていただきたいのです」
「なに、兼業ですか……?」
 店長の顔が曇る。当然である。ちと正直すぎたかな〜と後悔するが、まあ今となっては後の祭り。正直者には福があると信じ、回答を待つ。
「ところで、あなた出身地はどこですか? 」
「は? あの、生まれは長崎ですけど……」
「長崎! ということは九州ですね。九州おなごか〜。よかね、よかね。よし、採用決定」
 店長、いきなり私の手を握る。
「いやあ、わたしは福岡なんですよ。九州の人は、よかですよね。もうあなたに決めますよ、いいですか? ほかの仕事探しに行ってはだめですよ。どうします? 明日からでも働きますか?」
 とんとん拍子である。あまりの展開におたおたしてたら、いつの間にかパート決定となっていた。なんとアバウトな。ここらあたりでは、出身地で職が決まるらしい……。
 いきなり明日から、というのもなんなので、とりあえず来週から、という約束で店を出た。考えてみれば、履歴書も出していない。「ついでの時にもってきてもらえればいいよ」と、店長。こんなんで、本当にいいのだろうか。


■まずはトイレ掃除

 最初にやらされた仕事は、トイレ掃除であった。その日一緒に仕事をすることになった、かおり嬢とトイレに向かう。
「わたしトイレ掃除なんて、やったことないです〜」
 かおり嬢はのたまう。彼女、これがとんでもない美人! なんでこんな薬局でくすぶってんだよ、さっさと「美少女コンテスト」にでも出て、芸能人になりな、と言ってやりたいほどの。年は十八、おいしい頃である(おいおい)。もちろん、彼女にトイレ掃除など断じてさせる訳にはいかない。
「あなたはいいの。わたしがやるから、見てて」
 猫なで声のわたし。美人には滅法弱い。
 トイレには何種類もの芳香剤がおいてあって、さすが薬局、と妙なところで感心する。 ドメストでがんがん汚れを落とし、スプレーをひと吹き。掃除完了!
 ふとタンクの上を見ると、生理用ナプキンが。
「これって、店のやつ?」
「ううん、なんかわからない。前からあるの。勝手に使っていいらしいよ」
 ううむ、店長が用意しておいたとしたら、それはそれなりにこわい話である。どうか違いますように。


■店長は大竹まこと

 この店長だが、顔はまるっきし大竹まこと。で、悪いことに口調まで大竹まこと。でも、負けるもんか。たとえ、「おまえなんかもう45才だろ」だの「あんまりブスだから、ビタミンCやるよ」だの言われたって、負けるものか!
 店長は、どうやら店に勤めている人の健康管理まで面倒みたいらしい。「おおい、かおり。今日おまえ二日酔いじゃないか。これ飲んでおけ」と胃薬をくれたりする。顔色、声など、いろんな要素から体調を診断できる能力をもっているようだ。先日など、「おい、岩田さん。あなた、今日調子悪いね。どうしたの」「いえ、あの……」実はひどい生理痛に悩まされていた。が、さすがに店長には言えない。ところが、「生理か? でも確か前回が二週間ほど前に来たばかりだし」と、店長。じょ、じょーだんじゃない。どうして店長がわたしの生理まで知っているのだ。「当然だろう、おまえ、生理用ナプキン買ってたじゃないか。社員の体調を知っておくのは、店長として当然だ」。察しがいいのも、よしあしだと思う。


■人材の宝庫、薬局

 ところで、薬局というところは、勤めてみて初めてわかったことだが、マンウォッチャーにはこたえられない場所である。いろんな人がやってくる、というだけだったら、普通のスーパーなどで働いても同じだ。しかし、薬局はそれだけではない。ここを訪れる人たちは、みんなあそこが痛かったりここがつらかったりするわけで、おのずと愚痴が多くなり、その中から彼らなり彼女なりの生活が語られ、人生をのぞきみたりすることができてしまう場所なのだ。人の話を聞き出すことがやたらと好きな私は、いつの間にかお客さんとしんみり話し込んでしまって、いつも店の利益のことしか考えていない店長にうんとにらまれてしまったりする。しかし、これはわたしの趣味の領域なわけで、いかに就業時間中といえど、いかに店長であろうと、わたしのマンウォッチング&インタビューを止めることは不可能なのである、と開き直ってしまう。だっておもしろいんだもん。


■かっちょいいおじいさん

 時々店を訪れ、栄養ドリンクを買って帰るおじいさん。彼は最高にかっちょいい。最初に彼がレジの前にたった時など、ぼーっと見とれてしまい、おつりの金額を間違ってしまったほどだ。
 彼は、おそらく八十を過ぎた白髪の紳士。いつも着流し姿で、げたの音をさわやかに響かせながらやってくる。
「すまん」
 彼はレジの前に立って、一声かける。
「はい、いらっしゃいませ」
 顔をあげると、目の前には、真っ白なひげが。あごの下、三十センチほどもあろうか。頭はスキンヘッド。目はまるで中国の古い本の挿し絵に出てくる仙人のように優しい。
「すまん、これを買いたいのだが」
 声は低く、口調はあくまで丁寧。
「はい、二四〇円です」
「おお、そうか」
 おもむろに、懐から財布を取り出し、レジの上に小銭をならべる。
「二四〇円だな。これでいいか」
「はい、ちょうどいただきます」
「おお、そうか」
 この、「おお、そうか」というのが口癖のようだ。いちいち重々しく相槌を打っていただき、なぜか非常に荘厳な気分となる。レジをうっているだけなんだけど。
「うむ、面倒をかけたな」
 おじいさん、一礼してさっそうと立ち去る。手にはドリンク剤。あの言葉遣いで、ドリンク剤だぜ! かっちょよすぎる。彼の後ろ姿をぼーっと見つめてしまう私。ドリンク剤にビタミン錠をおつけすることすら、忘れてしまっているとも気づかずに。


■天真爛漫な高校生

「これください」
 明るい声で差し出されたのは、岡本理研のゴム製品。
「はい、一九八〇円です」
 ふと見ると、お客さんは高校生くらいの男の子。体はスマップの香取くん並みにでっかいけれど、笑顔はまだまだ少年のままだ。いけない、いけないと思いつつ動揺を隠せない私。彼が、こんな顔した彼が、あんなことしてしまうのだろうか……色々想像は広がっていき、すでに顔は真っ赤。
「はい、じゃ二〇〇〇円で」
「ありがとうございます」
 心がけて落ち着いた声を出す私。が、手は震えていたりする。くそう、相手がこれほど平気そうなのに、おねえさんがこれでは情けなさすぎる。
 ビニールの袋を出し、気がついて、あわてて紙袋にとりかえる。こういった商品は、店を出てから他人の目にふれないよう紙袋に包むことになっているのだ。が、紙袋に包むことにより、かえってひどく目立ってしまうこともあるという事実はいなめない。
 はたして彼は、
「あ、袋いいですから。このままもっていきます」
 もっていたかばんに箱のままつっこむ。
「あ、ありがとうございました」
 にっこり笑って、レジから離れる彼。しっかし、堂々としたもんだ。それにしても、このままでいいですって、このままでいいですって! もしかして、このままお使いになるのかしら! もう彼女が外でお待ちなのかしら!
 私はきゃあきゃあと一人で盛り上がり、ドアの外をうかがってみたりして、「ばかもの」と店長に怒鳴られるはめに陥ってしまった。
(つづく)
(初出:1996年08月)
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登録日:2010年05月30日 15時55分
タグ : 人間観察

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