騒人 TOP > エッセイ > エッセイ > 薬局日記(3)
井上真花
著者:井上真花(いのうえみか)
有限会社マイカ代表取締役。日本冒険作家クラブ会員。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都文京区に在住。1995年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「オフィスマイカ」を設立。
エッセイ/エッセイ

薬局日記(3)

[連載 | 完結済 | 全6話] 目次へ
いろんなひとがいるもんだ、というサブタイトルに納得。「あたしを見てよおばさん」と「やってみてよおばさん」。いるいる、こういう人、と頷くこと必至。こういう人にならないようにしましょうね。
 薬局で働き始めて、すでに4ヶ月がたった。店にはいろんな人がくる。中には、一瞬我が目我が頭を疑ってしまうほどの方も……なんといいましょうか。まあ、世の中にはいろんな人がいるもんで。


■あたしを見てよおばさん

「ちょっとあなた」
 カウンターで納品書の確認をしていた私は、その声に顔をあげた。
「はい、いらっしゃいませ」
 そこに立っていたのは、推定40半ば過ぎの有閑マダム風の女性。なぜかカウンターから少し離れた場所で、軽く腰をひねったポーズをとっている。
「ねえ、あなたちょっと見てよ」
「はい?」
 なにを見ろというのだろう。きょろきょろ彼女の周辺を見渡すが、特に目をひいたものはなかった。
「あのー、なにを見ればよいのでしょうか? 」
 おそるおそるその女性にたずねる。彼女はなぜか、まだ腰をひねったままである。
「んもお、なに見てるのよ。ほら、わたしわたし」
「はい、お客さん」
 ばかのように繰り返す。見たぞ。見たけど、それでなにを言えばいいのだろう。
「ね、わたし、どう?」
「あ、あのお客さんですか?」
 もう一度彼女の全身に視線を注いでみる。ことによるとこれは、なにか誉めろってことかもしれない。どうしよう、どうしよう。はっきり言いましょう。彼女には、取りたてて誉めるべきポイントがなかった。どこから見ても、普通のマダムである。まあ、服には金かけてるなあってことはわかるけど。ここはひとつ、服ほめとくか。
「素敵なお召し物ですね〜」
「1900円のバーゲン品。見る目ないわね」
 沈黙。笑顔が凍りつく。
「ちっがっうでしょ〜もう。服じゃなくて、中身よ中身! ほら、わたし、どう? 」
 どう、っていわれたって……なんて答えればいいのよ。泣きそうである。
「ヒントは……」
 全身冷や汗。
「ヒントォ? もうーやんなっちゃうよねえ。わたし、変わったでしょ?」
 変わったでしょっていわれたって、わたしはその人と今日初めて会ったのだ。無茶を言わないでほしい。
「変わったでしょっていわれましても、私お客さんとは初めてお会いしたんですから」
 彼女は聞いちゃいない。じたんだを踏むマネをして、奥のたなへ走っていった。今度はなにを始めるつもりだ。もうすっかり納品書どころでなくなってしまった私は、書類をしまって応戦に備えた。
「これよこれ」
 彼女は、手にダイエット商品を握ってもどってきた。
「あたし、これ買って飲んだのよね。で、あたしどうなった? ね、どうなった? 」
 ははーん、やせたっていってほしいんだ、この人は。でも前にも言った通り、そもそも昔の彼女をわたしは知らない。
「素敵ですよ。とてもお元気そうで」
 うそはつけないのである。やせたかどうかは知らないけど、元気いっぱいに見えるのはうそじゃない。
「かぜひいてるのよ」
「……ああ、そうですね。だからちょっと頬が赤いのかな。お熱があるんでしょうか」
「ううん、熱はないの。それよりほら、わたしどうなのよぉ」
 助けてくれ〜。
 彼女はさらに腰をくねらす。どうしても、わたしに嘘をつかせたいらしい。
「そうですね。素敵なプロポーションで」
 汗びっしょり。もうこうなったら、閻魔様に舌ひっこぬかれてやる。
「そう? まだ一週間しか飲んでないんだけど」
 ……ううううううう。どついたろかこいつ〜と思うけど、そこは商売。ぐっとこらえるが、手のこぶしは確実に震えている。
「じゃあね、次の問題いきます」
 勘弁してくれよお。カウンターのこちら側に座り込みたい私。
「今日わたしは何を買いにきたのでしょうか?」
 この人、完全に遊んでる。くそう、負けてちゃいけない。わたしは果敢にも迎え討つ決心で立ち上がる。
「そうですねー。ダイエット成功だから、次は内側からきれいにビタミン剤かなっ? 」「ぶぶー」
 彼女は再び、奥のたなへ走る。
「これでした〜」
 果たして彼女が手にしていたものは、さらに大きいサイズの、同じタイプのダイエット商品だった。
「もっとやせるわよ〜」
 彼女の笑顔の前に、砕けちる私であった。


■やってみてよおばさん

「これ、どうやって使うの?」
 そのおばさんは、カウンターでいきなりヘアカラーの箱を開き、中身を全部広げてしまった。止める暇もない。あっけにとられている私に、彼女は繰り返す。
「これ、使い方わからんのよー。ねえちゃん、悪いけどここでやってみてくれん? 」
「ここで、今……ですか? 」
 ご存じのように、ヘアカラーは2種類の液体を混ぜ合わせ、髪を染める液体を作る。この液体は、作ってすぐに使用しないと品質が変わってしまい、だめになる。だから、このカウンターで二つの液体を混ぜてしまうと、そのままここで髪を染めてしまわなくてはいけなくなる。そうなってしまうと、営業上ひじょーに困る!
「あのお客様。これは、作ったらすぐに使わなくてはだめなんで、今ここでお作りする訳にはいかないんです」
 答えながら、さりげなく中身を元通り箱に戻そうとする。が、彼女の手にはしっかりと商品が握られている。
「あ、そうなの? でも教えてよ。これは、どこにつけるの?」
 やめる気配はない。しょうがないので、取り扱い説明書を広げる。ま、いいや。これを買ってくれるんだろうし、私が黙っていれば、大竹に知られることはないだろう(ラッキーなことに、大竹はその時お昼休みで出かけていたのであった)。ここはせいぜいしっかりと使用方法を教え込み、お得意さんになってもらおうとそろばんをはじく。
 なんてことを考えているうちに、おばさんはいろいろ商品をいじりはじめる。
「これをここにつけるん?」
 適当な部品を適当な場所にくっつけてる。およそはまりそうにない場所にはめる、それも力ワザで。そんなことしてたら、壊れるぞ。慌てて私はそれを彼女から取り上げる。
「違います。これはここに……」
 いくつかポイントを図で示しながら、丁寧に説明する。ふんふんふん、と彼女は気がなさそうに返事をする。絶対にわかっていないと思うけど、聞く気がないならしょうがない。
「ふうーん。ありがと。なんかわかったわ。ありがと」
 手を振って、カウンターから離れ、出口に向かうお客さん。
 私の前には、無残に広げられたヘアカラーがまだ散らかったままである。
「あのーお客さん! これ、どうするんですか?」
 慌てて彼女を呼び止める。おいおいおい、ほったらかしは勘弁してくれえ。これ、買ってくれるんじゃなかったの?
「ええ? ああ、それと同じのうちにあるから、いらへんわ。ありがとね」
 なんでもなかったかのように、出口の外に消える彼女。ちょっと待ってよ。じゃ、さっき2つの液体をあなたに言われるがままに混ぜ合わせてたら、どうなっていたのよー。これで、誰の髪を染めろというの。慌ててドアの外に走り出すけれど、おばさんは驚くべき速さで店の外から消え去っていたあとだった。
 悔し涙にくれながら店に入ろうとすると、店の中にはカウンターのありさまを見て、怒りに震える大竹の姿があった。
(つづく)
(初出:1996年11月)
登録日:2010年05月30日 16時00分
タグ : 人間観察

Facebook Comments

井上真花の記事 - 新着情報

  • 幸せになるために覚えておきたいこと (1) 井上真花 (2018年01月30日 13時06分)
    「遅刻しそう」と思うだけで冷や汗が出て手が震え始める。これはどこから来るのだろう? つい家を早く出てしまうが、その30分をタスクに割り振った方が幸せに決まっている。「哲学カフェ」を運営するオフィスマイカ社長、井上氏が二分する自分を探求する。哲学エッセイ第一弾!(エッセイエッセイ
  • 二人暮らし(2) 井上真花 (2010年05月30日 16時16分)
    洗濯機コーナーには、上靴が真っ黒なまま数週間放置され、お風呂の排水溝には抜けた髪の毛がつまり、食卓の上には……自宅で仕事をすることになったのをキッカケに一念発起。一日かけて部屋を大掃除したのはよいのだけれども、次の日、息子さんの顔には無数のジンマシンが……。木魂の棲む部屋の惨状とは。(エッセイエッセイ
  • 二人暮らし(1) 井上真花 (2010年05月30日 16時14分)
    息子さんを名古屋まで迎えに行く。別れのとき。「さびしくないかって?」大いに語る息子さん。思いがけぬ男の顔と子どもの無邪気さの同居。東京で二人暮らしのはじまり。(エッセイエッセイ

井上真花の電子書籍 - 新着情報

  • ショートラブストーリー 井上真花 (2010年08月17日 19時56分)
    誰でも一度は味わったことのある「ちょっとした恋心」を、とても短いお話にまとめてみました。全18話、きっとあっという間に読めてしまいます。通学や通勤のお供としてお楽しみ下さい。
    価格:210円(小説現代

エッセイ/エッセイの記事 - 新着情報

  • 幸せになるために覚えておきたいこと (1) 井上真花 (2018年01月30日 13時06分)
    「遅刻しそう」と思うだけで冷や汗が出て手が震え始める。これはどこから来るのだろう? つい家を早く出てしまうが、その30分をタスクに割り振った方が幸せに決まっている。「哲学カフェ」を運営するオフィスマイカ社長、井上氏が二分する自分を探求する。哲学エッセイ第一弾!(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(12) 西巻裕 (2018年01月04日 13時39分)
    原発事故により人がいなくなった川内村を我が物顔で闊歩するイノシシ。かつてジビエ食材として振る舞われたイノシシにも放射能の規制値が設けられ、ほとんど食べられなくなってしまった……のだが。(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(11) 西巻裕 (2017年07月30日 15時57分)
    田舎暮らしと都会暮らしではプライバシーの考え方にずいぶんと違いがある。田舎では何でもお見通しで、一見さんにはちょっと考えられないようなことまで筒抜けなのだ。まるでヌーディストクラブのような田舎の気持ちよさにあなたは浸れるだろうか!?(エッセイエッセイ

エッセイ/エッセイの電子書籍 - 新着情報

  • 吾輩は女子大生である 麻梨 (2014年07月19日 15時04分)
    女子大生、麻梨の日常と就活、就職までを記した悪ノリエッセイ22編。下着ドロにあった友人とその後の行方、理解してもらえない趣味など日常のあれこれに始まり、企業説明会、「お祈りメール」こと不採用通知について、「私服でお越し下さい」という面接などの就活エッセイも。「初めて人にいうんだけどさ」と前置きされて、なぜか性癖をカミングアウトする友人たち、人泣かせの彼女たちを潜りぬけ、見事、内定をつかめるか麻梨!(エッセイエッセイ
  • 作家の日常 阿川大樹 (2014年03月29日 20時06分)
    「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」などの著作で知られる人気作家、阿川大樹氏のエッセイ「作家の日常」。オンラインマガジン騒人で連載されていた当作品に、第0回「小説家の誕生と死」――小説家になる前のエピソードを加えて再編集しました。小説家に必要な資質、仕事場・道具、編集者とのつきあい、印税と原稿料についてなど職業作家の日常を赤裸々に告白。氏のファンだけでなく、小説家を目指している人や作家という職業に興味のある方にもオススメのエッセイです。(エッセイエッセイ
  • ワールドカップは終わらない 阿川大樹 (2010年06月13日 17時23分)
    熱狂と興奮の中で幕を閉じた2002FIFAワールドカップ。日韓同時開催のワールドカップとして記憶にも新しい。ジャーナリスト/エッセイストの阿川大樹が1年半の取材と20日間のボランティア、5試合のスタジアム観戦を通じ、舞台裏、客席、オフィスや街…、多角的な視点で「事件」としてのワールドカップを描く。
    価格:315円(エッセイエッセイ

あなたへのオススメ

  • 電車に棲む人々(3) 井上真花 (2010年05月30日 16時11分)
    今日も電車に揺られてマンウォッチング。携帯電話を片手に、隣の車両からも聞こえる大声で話す青年。それだけならばよかった。彼が話していた内容は、とてつもなく刺激的だった……。(エッセイエッセイ
  • 電車に棲む人々(2) 井上真花 (2010年05月30日 16時09分)
    晴れて東京都民となった著者の、電車の中での出来事二編。オジイサンに席を譲られてしまったり、せっかく座れた座席から押し出されるも、おばちゃんの迫力に圧倒されるのだった。(エッセイエッセイ
  • 電車に棲む人々(1) 井上真花 (2010年05月30日 16時08分)
    どういうわけか、フリーライターから記者になってしまった著者が体験した初めてのナンパ。どんな相手だったのかというと……。それは読んでのお楽しみ。電車内でのマンウォッチングに期待。(エッセイエッセイ