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樹都
著者:樹都(いつきのみやこ)
書棚に文学全集を並べていた母と、階段裏に自作ラジコン飛行機をずらりと並べていた父。学研のまんがひみつシリーズと水木しげるの妖怪百科。地元の図書館の児童向けホラー/SFの全集。こっそり買った古いアメリカのヌード写真集と、推理小説のカバーをかけた官能小説。90年代のライトノベルと花と夢。これらを混ぜると樹都になる。
エッセイ/エッセイ

ヤオイ穴の考察

[読切]
ヤオイ、ボーイズラブ、メンズラブといった分野では定着している「ヤオイ穴」とはいったいなんなのか? 受け、攻めといった観点から「男性の穴」を考察してみた。
『ヤオイ穴』なる単語。おそらく聞き覚えがない方が多いでしょう。一分野で定着している造語です。
 一分野というのはつまり、『ヤオイもの』あるいは『BL(ボーイズラブ)』や『ML(メンズラブ)』と呼ばれる、男同士の恋愛を描いた女性向け創作の世界でのことです。(やおいとBLは違う! という説もあるようですがその辺には踏み込まないことにしましょう)
 端的に言ってしまいましょう。ヤオイ穴というのは、そういった作品で『攻め(能動側)』の男性の男性器が『受け(受動側)』の体に収まる、その穴のことです。

 ……はい、普通に考えたらそれって肛門ですよね。
 そもそも男性の下半身には、男性器を納めるのに都合のいい穴は肛門一つしか空いていません。(都合がいいと言っても、実際に入れるのはかなり大変でしょうが)

 と・こ・ろ・が。

 ここでとあるBLマンガを読んでみます。主人公(受け)の青年は攻めの強引なアプローチに戸惑いつつも、徐々に彼を恋愛対象として認めている自分に気付いて行きます。で、大きなエピソードがあってセックスシーン……なのですが……。
 このセックス、正 常 位 なんです。
 トーンを削った花っぽい模様の中で、裸でベッドにあおむけに倒れている受けとそれを正面から優しく抱きしめている攻め。絵的には綺麗です。綺麗なんですが……。ここで仮に隠れている部分、いわば結合部を具体的に思い描いてみるとどうにもおかしなことに気付きます。穴の位置が分からないんです。
 言うまでもなく男性器は体の前半分についていて、特に若い男性の場合は性交中は斜め上にまっすぐのびています。それが入っていると仮定すると……。穴の位置、受けの男性器と肛門の中間地点、つまり普通なら女性器があるような地点になってしまいます。
 もしくは攻めの男性器が30cmくらいあってまっすぐ前方に伸びたあとに急角度で上方に曲がっていれば肛門に収まらなくも……はい、無理ですね。
 かといって二人が挿入だのなんだのはなくただ純粋に抱き合って満足しているのだと解釈するにはやり取りや反応の描写が官能的過ぎるのです。

 こういうどこに穴があいているんだかわからないセックスシーン、BLマンガでは決してめずらしくないものです。たくさん描かれている同人作品にも、商業ベースで出版されている作品にも、解剖学的に無理がある正常位や浅めの対面座位、屈曲位がは散見されます。
 ここから冗談で「ヤオイもの(BLもの)の男性キャラには常人には開いていない筈の穴があいているのだろう」→「ヤオイ穴」という言葉が誕生したわけです。

(もっともこの穴の存在、必ずしも冗談とは限りません。そういう作品ばかり読んでいる女性読者の中には、本気で男性のそういう位置に穴があいていると思っている人もいるとかいないとか。実話かどうかはわかりませんが、『結婚して夫の体を見て初めて余分な穴がないのを知った』なんて話もあったり)

 さて、ただし、BLマンガや小説の全てがこの位置がおかしいヤオイ穴前提というわけではありません。マンガでも小説でも、後背位や深い屈曲位、騎乗位などでいわば『解剖学的に肛門性愛であり得る』性交を描いているものもたくさんあります。
 でもって、この『ヤオイ穴派』と『肛門派』はどうやら住み分けているようです。

 BL作品についてのやりとりをしている掲示板に行ってみると、実に多くの作品が読者によって紹介されています。
 で、この作品紹介には、住み分けのための情報が数多く含まれています。
 いわく『体毛あり』『セックスシーンはほぼヤオイ穴』『洗浄をにおわせる会話あり』などなど……。一口にBL読者と言っても、リアリティの様々なポイントで好みは分かれています。そうした好みの一つが、ヤオイ穴を受け入れるか否か、ということのようです。

 ただしこの細分化されたリアリティーにも限界があります。
 というのも、女性向けのBL作品では多くの場合、『穴が濡れる』のです。
 ……実際の同性愛でも長時間の刺激を受けたときなと腸液が大量に分泌されることはあるようなのですが、そういう話ではありません。
 台詞で言うと「ほら。もう濡れている……体は正直だな……」ってあれです。
 はっきり濡れたと描いていない作品でも、攻めが受けに侵入する時の音は『くちゅ』だったりします。ローションを使っていないからって「ずぼ! めりめりめりめり!」なんて描写になることは(いわゆる鬼畜モノを除けば)まあありません。
 そして早い時は初めての性交から、そうでなくても数回目には、受けも快感を感じるのです。
 つまりBLにおける『男性の穴』は実在のものよりもセックスに都合のいい器官として描かれることが多いわけです。

 これには、お話の都合以外にも理由があるようです。
 実は筆者がある出版社のBL担当の方にお話を伺わせていただいた時、こんな話が出ました。
『BLでは攻めはともかく受けは普通の人間にした方が売れる。魔物や吸血鬼や天使にすると極端に売り上げが落ちる。もちろん主人公は受け側が基本』だと。
 男性の感覚だとこれ、ちょっと意外な話を含みます。吸血や魔物や天使なんて設定、耽美で『おいしい』じゃないか。でもって受けと攻めどっちが主人公でもいいじゃないか、と……。でもだめなんですね。(市場が大きいのであえてセオリーを外した作品も存在しますけれど)
 これを聞いた時私はヤオイ穴の話や、それまで男性読者としてBL作品を読んでいて感じていた違和感を思い出しました。そして納得行きました。

『受け』って、女性読者の代役(感情移入の対象)なんですね。
 だからその穴もあたかも女性器のごとく描かれることが多い、というわけです。
 繰り返しになりますが、市場が大きいので例外もたくさんあります。ありますが、市場の大半を占める論理は、どうやらそういうことのようです。

 そう考えるとBLの受けというのは感情移入した時に女性読者にとって実に『居心地』のいい対象です。
 まず本人がかっこいいまたはかわいい男性で好ましい上に、やはり魅力的な男性が恋愛相手。でもってしかも、その魅力的な相手(攻め)は男性を恋愛対象に選んでいるのですから、他の女性に浮気する心配はないわけです。
(余談ですがCLANPの『聖伝-RG VEDA-』というBLマンガには多数のキャラクターが登場するものの大半が美しい男性で、少数派の主人公に近しい女性はバタバタと死んでいきます。これ、BL作品として『正しい』んですね)
 こういう見方をしてしまうと身も蓋もありませんが、考えてみると都合がいい話というのは無意識に快く感じるお語でもあるのです。

 と、いったところである日ツイッター上で見かけたツイート(要約)を紹介。

『ヤオイ穴は馬鹿にされるけど、男向けのエロマンガに出てくるような子宮で精液を感じたり初めてで出血してても気持ち良かったりおもらししたみたいに濡れたりする穴、実在しないから』

 ……はい、おっしゃる通り、ですね。
 快感原則に都合よくデフォルメが加えられるという点は、男性向け女性向けの区別はないようです。
(了)
(初出:2012年04月)
登録日:2012年04月19日 13時07分
タグ : やおい

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