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水瓶ジュン
著者:水瓶ジュン(みずがめじゅん)
1950年、水瓶座生まれ。鳥取県境港市で育ち、現在、神奈川県在住。写真会社で長年ものづくりの技術者をやりながら、詩や小説を発表。作品の価値は、どれだけ読者の感覚を刺激できるかできまると考えます。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、と後にいけばいくほど難度は高くなります。現代人の衰えつつある機能を、言葉で裏打ちすることで復活をはかる、そんな大それたことを夢想しています。
エッセイ/紀行文・旅行

貧乏旅行 〜1968年夏〜

[読切]
1968年、東北一周旅行中に衝撃的なニュースが飛び込んできた。「ソ連軍チェコ侵攻!」 これではベトナム戦争をしているアメリカと同じではないか……ソビエトに希望を見ていた作者の中で何かが崩れ始める。最後の最後でお金が無くなり、空腹を紛らわすために列車の中をうろつく作者は、さて……。
 待合室のTVから衝撃的なニュースが流れてきた。
 「ソ連軍チェコ侵攻!」という字幕が踊り、美しいプラハの町に、ドス黒い戦車が次々と入り込む映像が流れた。ドブチェク政権が進めてきたプラハの春が、ソビエトの戦車によって蹂躙されたのだ。
「なんてこった!」
 その頃のボクはアクショーノフやソルジェニーツインなど、現代ソビエト作家の小説を好み、「スプートニク」というソビエト雑誌の日本語版を定期購読していた。雪どけのソビエトに未来の希望を見ていたのだ。
 それが、この事件でガラガラと音を立てて崩れ始めた。ソビエトの汚水が峠の国を襲っている。これでは、ベトナム戦争をやっているアメリカと何も変わらない。
 あと二ヶ月後には学園祭が迫っていた。ボクはその学園祭で実行委員長をすることになっている。ベトナム反戦運動激化、エンタープライズ佐世保寄港反対デモ、三里塚闘争、キング牧師暗殺そしてフランス五月革命と、世界も日本も激しいうねりの中にあった。さらに起こった今回の事件は何を変えるのだろう? 少なくともボクの意識はガラリと変わる。そして、波乱の学園祭になるのは必至。どうしたものか。
 TVの画面は下北半島大洪水による大湊線不通のニュースに移っていた。
 1968年8月21日、東北一周の旅の途中、ボクは盛岡駅で冷たい夜をむかえた。待合室の隅にシュラフを広げ、前の日から降り続く雨に、乾く間もないストッキングを脱ごうとしていたが、このニュースを聞くと手が止まった。
 何かに突き動かされるように、青森行きの夜行列車に飛び乗った。浅い眠りのなかで、プラハと下北がボクの中でオーバーラップしていた。
 分断された列車とバスを乗り継いでやっと着いた田名部は一面水浸しだった。恐山から流れ出た水がこのふもとの町を覆い尽くしているのだ。ボクは何か奇妙な感覚にとらわれた。恐山の霊がボクを呼び寄せたのかもしれない……と。

 まともな宿に泊まった事は皆無だったが楽しい旅だった。
 宮古の浄土ヶ浜キャンプ場では女子高生のグループと仲良くなり、料理をご馳走してもらった。
 田沢湖では、神戸の印刷工だという一つ年長のショーくんと意気投合した。田沢湖は静かで、どことなく寂しい雰囲気の湖だった。湖畔でテントを張る場所を探していると先客が居た。それがショーくんだった。焚き火に当たりながら彼のギターで歌った。当時ヒットしていたタイガースの「エメラルド伝説」は田沢湖の歌だと思った。永遠の美しさをもとめて、このエメラルドの湖に身を沈めたというたつ子姫。その伝説のヒロインに届けと僕らは夜が更けるまで熱唱した。

 もともと貧乏旅行は覚悟の上だったが、旅も終わりに近づくとますます貧乏になった。いよいよ年貢の納め時かと、家に帰る切符を買おうとしたら、お金が足りないことに気付いた。何という不覚! 千円札一枚残っていると思いこんでいたのが間違いだった。山陰の境港まで買うつもりが米子までの切符しか買えなかった。しかも、まだたっぷり二十四時間という時間がある。その間何も食うものは無いのだ。まあそれもいいか、貧乏旅行らしくて。列車に乗り込む前、ホームの水道をひねってぬるい水を腹一杯に詰め込んだ。

「あの、飴いかがですか?」
「あ、雨? ……。ああ、飴ですか」
 列車はいつの間にか浜松を通過していた。丹那トンネルあたりからうとうとし、うなされていたようだ。その時、お腹がグーと盛大に鳴った。飴をくれた隣の中年女性がクスッと小さく笑った。
「あら、ごめんなさい」
「いえ、いいんです。この飴よろこんでいただきます」
「これも、残りものだけどよかったら」
 女性が目の前に差し出したのは、いなり寿司だった。「いただきま…」返事も終わらぬうちにかぶりついていた。
 翌朝京都で山陰本線の鈍行に乗り換え、福知山、鳥取で列車を乗り継ぐたびに水で腹を満たした。しかし、三十分もしないうちに空腹感が襲ってきた。何度もいなり寿司の僥倖にあずかるはずも無い。ひたすら耐えるしかなかった。
 空腹感を紛らすため、ボクは列車の中を歩いた。幸い鈍行列車は揺れも少なく、空いているので歩きやすい。六両しかない列車の先頭から最後尾まで何度も往復した。
 何度目かの時、急に目の前に綺麗なお姉さんが現れた。さっきは居なかったが、どこから乗ってきたんだろう? ミニスカートからのぞいている白い腿が眩しかった。
「あの、ここいいですか?」
 ボクはお姉さんの隣に座った。座ってしまうとまた一段と空腹感が襲い、そのうちに床がぐるぐる回り出した。
 気がつくとお姉さんの腿が目の前にあった。頭に当たる柔らかな感触、耳に触れる生暖かな空気。どうやら、お姉さんの膝枕で眠っているらしい。ボクは空腹も忘れ、幸せな気分で目を閉じた。
「いや〜ん、いや〜ん」
 遠いところから歌うような声が聞こえる。その声に刺激され、ボクはスカートの奥へと手を伸ばした。滑らかな肌を予期していた手にザラっとした感触が伝わった。思わず目を開けると、ボク以外誰もいない座席に横たわっていたのだ。飛び起きてキョロキョロと見回した。しかし、ミニスカートのお姉さんはどこにも居なかった。ほんの一瞬の眠りのはずが、しばらく眠ったのだろう、心なしか頭はすっきりしていた。
 その時、駅のアナウンスが耳に飛び込んで来た。
「いや〜、いや〜」
「えっ、揖屋だって!」
 揖屋といえば安来の先で、もうすぐ松江。米子はとうに乗り過ごしてしまったのだ。慌てて飛び降りると、そのまま上り番線への階段を駆け上がった。
 米子駅の改札を出る頃には、日はとっぷりと暮れていた。ボクはとりあえず皆生温泉に向かって歩き出した。途中で海岸沿いに境港へ向かう車をヒッチハイクしようと思ったのだ。
 夜更けにリュックを担いで歩いている、長髪のむさくるしい男を拾ってくれる車は無かった。こうなったら歩くしかない。ボクは境港まで続く海岸道路を歩き始めた。
 疲れると海岸の砂浜に寝ころんだ。一年前の夏祭りの後、ケイ子とこの浜に来て漁り火を見たことを思い出した。そうだ、あの時は芝の根を探したんだ! 温もりの残る砂を手で探った。しばらく掘ると手応えがあった。根っこを砂から引き抜き口に含んだ。微かな甘さが口に広がった。あの時と同じ甘さ。その後、僕たちは初めてのキスをしたのだった。
 もやもやした気分になってペニスに手を当てた。これ以上ないくらいの硬さだった。こういう時に欲情するなんて! ボクは苦笑しながらパンツを脱ぐと、指でペニスをしごいた。何度目かに、白い液体が満天の星に向かって飛び出した。
 水平線のあたりが明るくなって来た。わずかだった朱色のグラデーションが徐々に領域を広げる。太陽が昇りきると、その朱色は全体の明るさのなかに溶けて行った。日の出をこんなにじっくり見たのは何年ぶりだろう。
 また歩きだそうとしたとき、水平線と伯耆大山が交わる辺りに不思議なものが見えた。高層ビルが林立する大都会がそこに映し出されていたのだ。そんな馬鹿な! ボクは何度も目をこすった。空腹のあまり、とうとう幻覚が現れてしまったか! この現象は美保湾でしばしば見ることの出来る蜃気楼だと後に知ったが、当時は知る由もなかった。
 家にたどり着くと、家の前のビニールハウスからランニング姿の親父が日焼けした顔を出した。
「葉書の一枚も寄こすもんだが。生きとるか死んどるか分からんだら」
 それだけ言うと親父の顔はまたハウスの中に消えた。
 ボクは真っ直ぐ台所に向かった。
(了)
(初出:2002年05月)
登録日:2010年06月15日 16時53分
タグ : 東北 1968年

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