騒人 TOP > エッセイ > 紀行文・旅行 > さばく紀行(2)/砂漠の街路樹
西巻裕
著者:西巻裕(にしまきひろし)
小学校1年の時東京オリンピックの旗を振り、6年生の修学旅行の宿でアポロの月着陸を知る。写真を撮ったり文章を書いたり雑誌を作ったりの稼業で、今は福島の山奥に住みながらトライアルというマイナーモータースポーツの情報誌「自然山通信」を作っている。昔は機敏だったが、今は寝ることがなにより好きなぐうたらのおっさん。
エッセイ/紀行文・旅行

さばく紀行(2)/砂漠の街路樹

[連載 | 連載中 | 全3話] 目次へ
アフリカ大陸のアルジェ港から、数百キロの地点にあるオアシスまで、バイクで移動。夜、暗闇の中、街を抜けてしばらくすると、道の両脇に見えてくるものがあった――。
 ぼくが初めて砂漠へ行ったのは、えーと、あれは何年前だったかな。というより、ここで大事なのは、アフリカ大陸に上陸したのが夕方だったということです。
 夕方にアルジェの港に上陸して、しばらくごちゃごちゃと手続きなどがあり、最初のオアシスに向けて出発したのは、もう日が暮れかけていました。最初のオアシスは、エルゴレアとかガルダイアとかいう名前だったと思いますが、アルジェからそこまでは、アトラス山脈を越えて数百キロあるということでした。
 その時ぼくはオートバイに乗っていたので、なにを考えていたのかなぁ、たぶん、知ってるかぎりの歌を、次から次へと歌っていたと思います。カラオケはあんまり好きじゃないぼくですが、これは好ききらいの問題ではなくて、頭の回路が停止するのを回避するために必要な作業です。
 日が暮れる前に見たアルジェの街は、地中海に面した文明の街でした。南フランスの街並と比べると少し薄汚れてはいますが、カフェはあるし、街灯もあって、なかなか趣きのある街です。やがて道はアトラス山脈への峠道にさしかかり、そして日はとっぷりと暮れていきました。
 アルジェの街を抜けると、そこは暗黒の世界です。たぶん、月は出ていなかったのだと思います。あるのは、自分のオートバイのヘッドライトだけです。ところがこれが暗い。パリの街の中を走っているときには、思いきり明るいと思ったのに、ここではなんの役にも立ちません。それでも、自分の目の前の何mかを照らしてくれているので、最低限の安全は確保されているというところです。
 やがて、道はまっすぐになりました。周囲の様子はまったくわからないけど、どうやら峠は越したようです。そのうち、真っ暗の中に、景色が見えてくるようになりました。道の周囲には、街路樹が延々と植わっています。ぼくは街路樹のトンネルの中を、一目散に駆け抜けます。
 長い長い街路樹を抜けると、明かりが見えてきました。今日泊まるキャンプ地です。ぼくはすっかり疲れてしまっていたので、キャンプ地についてから眠りにつくまでは、一瞬でした。
 一晩がすぎました。正確には、眠りについたのはすでに夜中だったから、一晩というより数時間が経過したに過ぎませんが、ともかく朝になったわけです。起きたら、そこは別世界でした。きのうの晩、ぼくは街路樹から横のキャンプ場に案内されたと思っていました。そしてそのキャンプ場が、砂の地面だと思っていました。というのも、ヘッドライトに照らされたぼくの前方には砂の地面が広がっていたし、ぼくが寝袋を広げたのも、砂の地面の上だったからです。
 ところが目が覚めたら、砂はキャンプ地でだけではなく、そこらあたりがすべて砂でした。もう、すっかり砂漠の真ん中にいたのです。夜の間に、ぼくは砂漠に入っていた。考えてみたら、アルジェから数百キロも走れば地理的に砂漠に入っているのは明らかなのですが、実感したのはこのときが初めてでした。
 しかし。とすると、街路樹はどこへ行ったのだろう? ぼくはアトラス山脈を越えてから、ずっと街路樹の道を走ってきたのに。
 街路樹はありませんでした。首をかしげながら出発したぼくは、その夜、ふたたび街路樹の道を走ることになりました。街路樹は、夜になると、ぼくの周囲に現われるのです。
 これはぼくのことだけかと思っていたら、パリダカールラリーで優勝した篠塚建次郎さんも、まったく同じことを語っているのを発見しました。砂漠を走ると、誰でも街路樹を見るらしい。
 ただの錯覚といえば話は終わってしまうのだけど、それからずっと、夜のドライブには不思議な街路樹がぼくを見守っていました。この街路樹が便利なのは、ぼくがハンドル操作をまちがえて街路樹につっこみそうになると、向こうの方がぼくのことをよけてくれることです。ずいぶんふらふらと走ったけれども、おかげで一度も街路樹には激突せずにすみました。
 砂漠へ行ったら、一度は夜のドライブをお楽しみください。きっとあなたも、街路樹が見えるはずだから。
 でも待てよ、生まれたときから砂漠に住んでいて、街路樹の存在を知らない人は、夜の砂漠を走ると、なにを見るのかな?
(つづく)
(初出:1999年10月)
登録日:2010年06月15日 17時09分
タグ : 砂漠

Facebook Comments

西巻裕の記事 - 新着情報

  • 川内村ざんねん譚(11) 西巻裕 (2017年07月30日 15時57分)
    田舎暮らしと都会暮らしではプライバシーの考え方にずいぶんと違いがある。田舎では何でもお見通しで、一見さんにはちょっと考えられないようなことまで筒抜けなのだ。まるでヌーディストクラブのような田舎の気持ちよさにあなたは浸れるだろうか!?(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(10) 西巻裕 (2017年01月19日 11時15分)
    東日本大震災を知らずに逝ったアサキさんを偲び、川内村の人間関係や生活を綴る。(エッセイエッセイ
  • 川内村ざんねん譚(9) 西巻裕 (2016年07月04日 16時42分)
    村では国政選挙の他に、重要な選挙として村長選挙と村議会議員選挙がある。筆者が初めて経験した村議会議員選挙の投票率は九割だった。自衛隊敷地内で行われる期日前投票についてなど、あれやこれやの田舎の選挙事情。(エッセイエッセイ

エッセイ/紀行文・旅行の記事 - 新着情報

あなたへのオススメ