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宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/紀行文・旅行

白カモメの翼の下で(1)

[連載 | 完結済 | 全7話] 目次へ
『ビートル鏡す罅戮禄臘瓦帽匚圓靴討い襦宗修茲Δ妨える。船内では、おじさんたちが博打に興じ、おばさんたちはひたすらしゃべり続け……と思いきや「うばばばば!」事件発生!
 船は激しく身悶えしつつ、釜山に向かうのであった。
■せっぱつまった人々

 『24A』は、2階3列目の窓際だった。
 窓の外の海は、秋のぼんやりした日差しの中で大きくうねっていた。
 高く盛り上がった濃紺の波のすぐ上を実に鮮やかに白いカモメが滑空して行き、ロッカーのようにうす汚く髪をのばしたぼくはサングラスごしにそれを睨みつけながら、バターポッキーを食べていた。
 ぼくの席は2人がけなのだけど、隣に誰もいないので、肘掛けを背もたれの間にしまって、ゆったりくつろいでいる。
 お相撲さんたちが移動する時は、二人分の料金を支払って、こうゆう贅沢な座り方をするらしい。
 右隣には白髪の男性が座っていた。
 その男は、出航後しばらくして自分の荷物を持って席を立ち、どこかへ行ってしまったっきり戻ってこない。
 まさか、この海の中へ……。
 と、一瞬思ってみたりする。
 去り際の、彼の寂しそうな咳払いと宙を泳ぐ虚ろなマナザシが少し気になった。
 まさか、ぼくの怪しい姿を恐れて席を変えてもらったって事はないよね。

 博多港から定刻通り、10時15分に出航した、『ビートル鏡す罅戮蓮△修蹐修軋佛浪にさしかかる頃だった。
「えーい、ちくしょうめい!」
 突然、悲鳴に似た男性の声が船内に響いた。
 思わず振り向くと、これでもかっていうほど陽気な顔をしたおじさんが、ビールの缶を振り回しつつ、自分の禿げ上がった額をぺんぺんと平手で叩いていた。
 船内のちょうど中央におじさん軍団ができていて、椅子の背もたれでよく見えないのだけど、なにかゲームに興じているようなのだ。
「まだ、すっとか(するのですか)?」
 ぺんぺんおじさんの隣の鼻髭おじさんが、腹をつきだして叫ぶ。
「2000円だぞ!」
 ビールを勢いよくあおったおじさんが、くはあーっと、熱い息を吐きつつ甲高い声で叫んだ。
「よおし! 負けるもんかー!」
 ここからは姿の見えない、おじさんが負けずに叫んだ。
 え。
 もしかして、あなたがたは博打をしているの?
 いやはや。
 ぼくは、ため息をつきつつ、シートに身体を深く沈めると、前方の日立14型カラーテレビに視線をむけた。
 画面の中では、75歳の白人男性がバーベルを上げたり、腕立ち伏せや懸垂をしながら、「健康はお金で買えませんからねえ!」と、油でテカらせた筋肉とさわやかな白い歯を見せていた。
 仲間と海外に行く時は、こういった外国の番組や映画が機内に流れてくると、ぼくは必ずひとりアフレコをはじめる。
 モノマネが得意なので、テレビの中の外人の唇の動きにあわせて、とりとめもない事を長嶋監督やルパン三世や森田健作などの声でしゃべったりするのだ。
「うーん。そーですね。牛丼はやっぱり吉野家がデリシャスでおいしーいんですね(長嶋の声で)」
 とか、ほんとうにつまんない事をしゃべっているだけなのだけど、長い飛行機の旅ではみな退屈なのか、それがドツボに入るくらい受けていた。
 でも、今回は一人旅である。
 聞いてくれる、仲間はいない。
 ふと、気がつくとぼそぼそとテレビの中の白人じいちゃんの唇に合わせてアフレコをしている自分が怖かった。

 おじさん軍団とアフレコに気をとられている間に、出航からずっと餌をねだるアヒルのように賑やかだった、真後ろのおばちゃんコンビが静かになっていた。
「ち、ちょっと失礼……。はあはあ」
 『化粧室使用中』のランプが消えるや否や、『原色服を着たおばちゃんA家庭科の先生風』が席を立ち、前方にあるトイレに駆け込んだ。
 彼女が戻ってくると、
「えぼばば……、えぼばば……」
 と、訳のわからない言葉をいい残して、『上下黒スーツおばちゃんB美容師風』がトイレになだれ込んだ。
「もう、いや……」
「とめて……」
「おろして……」
「神さま……」
「えぼばば……、えぼばば……」
 おばちゃんAとBは、ぼくの席の背もたれを揺すりつつ、無茶なお願いを呪文のように唱え続けているのだ。
「帰りは飛行機にしよう」
「できるかな」
「聞いてみようや」
 などという、声のあとに「あ、あっはーん」と、まさしくエッチをする時の喘ぎ声が必ずおまけについてくる。
「必ずついてくる!」
 などと書くと、どこかのファーストフードショップのキャッチコピーみたいだけど、本当だからしかたがないのだ。
「もう帰りたい。うっふーん」
 しかし、いやはや、悩ましい声だ。
 彼女たちの姿を見てさえいなければ、思わず勃起したに違いない。
 しかし、おばちゃんだからなあ。
 と、おじちゃん(ぼくのことだけど)は、静かに目を伏せ、分身も「そうね……」と、可愛く小首を傾げ、深くうなだれるのでありました。
 そんな事を考えながら、くっくっ、と笑っていたら、席の右側から手がにゅうっと伸びてきて、シートポケットに入っていたゲロ袋を掴んで素早く消えた。
 と、同時に。
「うばばばば!」
 あまり聞きたくない、音と匂いが後ろから漂ってきた。
 黒いビニール袋を持った係りの女の子が船内のゲロ袋を回収して回っている。
 後ろの席の彼女だけじゃなく、船内いたるところで『うばばば!』事件が発生しているらしい。
 乗り物に弱い人たちにとって、激しく上下する2時間55分の船旅は拷問みたいなものだろう。
 2階に2つあるトイレの前には、いつの間にか順番待ちの長い列ができていて、割り込もうとする人と割り込まれる人との間で「ばーろー!」「けっ!」と、小競り合いがおこっていた。
 みんなせっぱつまっていて、マナーなどあったもんじゃないのだ。
 中には、1階のトイレと2階のトイレを往復している間にすっかり列が長くなってしまい、泣き顔で前の人に順番を変わってもらえないか、と嘆願する半ズボンの青年もいた。
 もちろん、彼だけじゃなく、みんなせっぱつまっているので、そんな要求が通るはずもなく、青年はナキベソをかきつつ、長い列の一番後ろに身体をくの字に折り曲げて並ぶのであった。
 船でも、飛行機でも、電車でも、長距離バスでも不思議とトイレに行く時間ってみな重なるようだ。
 だから、早め、早めに、とにかくそんなにしたくなくても、トイレがすいているうちに使っちゃう、ってのが、快適な旅行をするためのぼくの中での必勝法なのだ。

 どーん

 大きな音がした。
 どうやら船が、大きな波に体当たりされたようだ。
「ひっ!」
 と、後ろのおばちゃんコンビが叫んだ。
 定員215名のビートル鏡す罎蓮■永間に180トンの海水を噴出し、水中翼を使って2メートルも船体を浮き上がらせて進む船なので、普段、揺れは少ないのだけど、ここまで波が高くなると、その効果もないようだ。
 就航率97パーセントという話を聞いていたが、帰りの船がでるかちょっと心配になってきた。
 台風が日本に近づいているのだ。
 しかし、船は進む。
 酸えた匂いの立ちこめた船内に、トイレへの殺伐とした長い列と、陽気なおじさん賭場を作ったビートル鏡す罎蓮激しく身悶えしつつも正しく釜山に向かうのであった。
(つづく)
(初出:2000年09月)
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登録日:2010年06月07日 21時42分
タグ : 韓国

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