騒人 TOP > エッセイ > 紀行文・旅行 > 白カモメの翼の下で(2)
宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/紀行文・旅行

白カモメの翼の下で(2)

[連載 | 完結済 | 全7話] 目次へ
紫ポロシャツのおやじは罵り続けていた。自分勝手で横暴な日本人にあきれ、『トイレのシャンプーおやじ』や交通マナーの悪さに驚きつつ、ホテルに到着。
■言葉の暴力

「日本では、こんな事ないぞう!」
 紫色のポロシャツを着たおやじが、ぼくの目の前で小さな背中を震わせて叫んでいる。
 ビートル鏡す罎蓮定刻通り13時10分、釜山港に着いた。
 しかし、国際旅船ターミナルに接岸したにもかかわらず、ぼくたちは乗降口で足止めされたままなのだ。すでに2階への階段にも揺れる列ができていた。
「馬鹿かお前は!」
 小猿のような顔を真っ赤にした、紫ポロシャツのおやじは、機関銃のように叫びまくり、今にも釜山の係官に掴みかからんばかりの勢いだ。
 笑顔で「すいません。もう少し待ってください」と、流暢な日本語でこたえていた、彼も今はきりりと唇を閉じ、横をむいたままだ。
 黒いビニール袋を持って船内を駆け回っていた、客室係の女の子が、寂しげなまなざしを紫ポロシャツのおやじにむけていた。
 それでも、とがめるような色は浮かべないのはさすがプロだなあ、と思った。
 港で何かトラブルでもあったのだろうか、それから10分程経過しても、下船の許可はおりなかった。
 その間、ずっと紫のおやじは係官を罵り続け、ぼくは彼の下品なボキャブラリーの豊富さに驚き、あきれ、悲しくなった。

 15分後。
「お待たせしました。足元に気をつけてお降りください」
 係官は、笑顔を浮かべて乗降口から身体を横に滑らせた。
「ふん!」
 紫ポロシャツのおやじは、鼻を鳴らして船を降りた。
 彼の真後ろだった、ぼくは、その声を聞いて、思わず左足を跳ね上げそうなった。
 紫ポロシャツのおやじを海に蹴り落としたい暴力的なキブンで、心の中がはち切れそうになってしまったのだ。
「チェソンハムニダ(ごめんなさい)」
 ぼくはひとつ深呼吸をすると、係官にそう言って軽く頭を下げた。
 慣れない韓国語だけど、心から詫びたいキブンだった。
 すると、童顔の係官は、ぼくの瞳をまっすぐに見て韓国語でこたえてくれた。
 真摯な表情だった。
 彼は、何って言ったのだろう。
 しばらく歩いて、振り返ると彼は笑顔で乗客に繰り返し頭を下げていた。

   *

 あきれるほどに簡単な、入国審査と、税関審査をすませた、ぼくは出口横の両替カウンターの前に立った。
 ウォンは、日本国内では両替をしにくい通貨だ。
 ドルは、日本のどこの銀行でも両替してくれて、渡航前に通貨が揃うという安心感はあるのだけれど、1ドル札を何枚、10ドル札を何枚、100ドル札を何枚、といった風に必要なお札を用紙に記入して両替カウンター出す必要がある。算数の苦手なぼくにとっては、非常に面倒な作業なのだ。
 それに比べて、釜山港の両替カウンターはドライブスルーのように非常に簡単なのだ。
 右の窓口で日本円を出すと、左の窓口でうまく札を選びわけてわたしてくれる。
整理券などもないので、人が多い時など、渡す相手をとり間違えたりしないのだろうか、と思ったりするのだけど、そうゆうトラブルはまだ聞いた事はない。
「どこでもいいじゃろうが!」
 叫ぶ声の主を見ると、また紫ポロシャツのおやじだった。
「ここで金をわたせばいいじゃろが!」
 紫ポロシャツのおやじは、右の窓口で日本円をわたして、左の窓口でウォンを受け取るシステムが不服らしい。
 そういう決まりだし、右の窓口にはウォンを置いていないので、お金は無駄に往復する事になる。
 そんな事もわかんないのか、同じ日本人として恥ずかしいなあ、とぐったり疲れてしまった。
 いったい、どうするつもりなんだろう。
 と、成り行きを見ていたら、右の窓口の女の子が、左の窓口の女の子からウォンを受け取って、紫ポロシャツのおやじにわたした。
「最初から、そうすればいいんよ! 馬鹿女!」
 紫ポロシャツのおやじは、痰を吐くように言い捨てて、カウンターを離れて行った。
 瞬間、重い空気が流れた。
『馬鹿』と、いう汚い日本語がわかったのだろう、右の窓口の女の子は涙を浮かべ、左の窓口の女の子と彼女たちの後ろにいた男性職員は、おやじの後ろ姿を暗い瞳で見つめていた。
 海外に出ると、日本人って、本当にだらしなく、自己中心的で、横暴な人種だと思う。
 以前訪ねた、グランドキャニオンの小さな空港と道路をわける杭のわきには、幅5センチほどの煙草の吸い殻でできた道が長くのびていた。
「こーれは、みーんな日本人が捨てていったものでーす。よーかったら、持って帰っていただけませんかねえ」
 怖いほどに青い空の下、マリンブルーの制服を着たパイロットが、何故か長い両手を鷲のように広げ、ばさばさと翼で風を送るような、仕草をしつつ、そう言っていたのを思いだした。
 韓国国際旅客ターミナルの両替カウンターの灰色に変わってしまった空気の中、ぼくは、居心地悪い気分をため息とともに吐き出しながら、まだ涙をためたままの女の子に1万円札を3枚差し出した。
「3万円ですね」
 彼女は、ぼくを見上げて日本語でそう言うと、3本の指をたてた。
 意外な程、しっかりした声だった。
 ぼくも、何か言おうと思ったけど、声がでなかった。
 ごめんなさい……。
 心の中で小さく呟いた。
 左のカウンターで307335ウォンと外貨交換証を受け取って、その場を離れた。

   *

 ゲートを抜けてロビーに出ると、各旅行会社の現地係員さんたちが、それぞれの手に大きな紙を持ち、「どうですか! これですか?」と、いったかんじで胸の前にそれをどーんと掲げていた。
 ぼくは、個人旅行だから関係ないもんね、と執拗に絡んでくる、彼女たちの視線をうんしょとふりほどき、まずは一路トイレにむかうのであった。
 とにかく、できる時に使用するのが正しく偉い旅行の方法なのだ。

 わしわし、わしわし

 トイレに入ると、いきなり韓国人のおじさんが豪快に泡をたてて髪を洗っている姿が目に飛び込んできた。
「うう……」
 と、ぼくは不覚にも2、3歩後ずさってしまった。
 片岡義男氏の小説『湾岸道路』の中の主人公、杉本健介のニックネームが『夕陽のシャンプー・ライダー』だった。
 とにかく、ツーリング中の杉本は夕陽の時間になると、水場を見つけてシャンプーをしなくちゃ気がすまない男なのだ。
 ぼくは、後ずさりながら、それを思いだし、そのおやじに、『トイレのシャンプーおやじ』と素早く命名し柏手をうった。
 なかなか、韓国のおやじもやるじゃあないか。

   *

 港から釜山ホテルまでは、歩いて行ける距離なので、声をかけてくるタクシーの運転手さんたちに「すまん! すまん!」と、軽く手を振りターミナルを後にした。
 交差点で信号待ちをしながら、通りを見ていると、恐ろしいほど運転マナーが悪いことに驚かされる。
 クラクションで威嚇して強引に割り込んで行くのは、ダーティーハリーが警告なしにマグナム44をぶっ放すように、あたりまえの事なのだ。
 ノーヘル半ズボンのお兄ちゃんが、日本の家屋の裏に置いてあるようなガスボンベを3つもバイクの荷台にくくりつけて「にゃろー!」と、疾走して行く。
 路線バスは、客が降りたと同時に「あばよっ!」と、ドアを閉め即発進する。
 降りた客の安全など確認しないのだ。
 よくこんな運転で事故がおきないなあ、としみじみと感心していたらヒステリックにサイレンを鳴らしながら救急車が目の前を走り抜けて行った。
 油断はできないのだ。

   *

 韓国の男性はみな髪が短く、女性はみな髪が長くてきれいだ。
 何故か、若い女性のほとんどが、ジーンズで足を隠していて、街で見かけるスカートといえば、まあ制服くらいのものなのだ。これには、何か深い理由があるらしいのだけど、今回の短い旅行では調べる事ができなかった。すまん、すまん。
 韓国人男性は、目つきが非常にするどい。
 韓国には徴兵制度があって、高校卒の青年たちはすぐに、大学卒の青年たちは30歳までに軍隊に入らなくてはならないのだ。
 軍によって任期は違うのだけど、基本的には2年半ということだ。
 さらに、休暇をもらうためには、テコンドーの初段を持っている必要があって、親たちが自分のこどもを幼い頃からテコンドーの道場に通わせるというのも頷けるような気がする。
 そういった環境が、青年たちの目をスルドク、タダナラヌ雰囲気にしているのだと思った。
 いくつになっても巣の中で口をだらしなく開けて餌を待っている、雛鳥ような日本人とは、顔つきが全然違うのだ。
 さて、顔つきがだらしなく、しかもやたら髪が長いぼくは、ひと目で『日本人』とバレてしまい、ホテルに行く道中、あちこちからたどたどしい日本語で声をかけられた。
「何買うの? なんでもあるよ」
「今晩、暇?」
 まあ、どこの国に行っても、この手の客引きには必ずあうのだけれど、そんなに俺って物欲しそうに、しかも女に飢えているように見えるのかしらん、と5秒ほど悩んでしまった。
 その15秒後に、釜山観光ホテルに着いた。
宇佐美ダイc)
(つづく)
(初出:2000年10月)
登録日:2010年06月07日 21時44分
タグ : 韓国 釜山

Facebook Comments

宇佐美ダイの記事 - 新着情報

  • Christmas Wave 宇佐美ダイ (2010年06月09日 13時51分)
    前田隆史は、キャラバンを冬の海の海岸に乗り入れた。幼なじみの裕美が声をあげる。フリーカメラマンの前田が撮った女の子は、必ずオーディションに受かるという。写真を撮り終えて車に戻った裕美は、思わぬ告白をする。(小説現代
  • 加速するリビドー 宇佐美ダイ (2010年06月09日 13時44分)
    射精した瞬間、オカズにしていた沙織本人がベットに落ちてきた。彼女に覆い被さったところで何故かAV女優森高あすかを思い出し、またも放ってしまう。すると今度は森高あすかがベットの上に落ちてきたのである。超能力を手に入れた主人公は、その能力を自由自在に扱えるようになるために鍛錬し……。(小説ファンタジー
  • いにしえ 宇佐美ダイ (2010年06月07日 22時15分)
    「代わりに見てきて!」と頼まれ出かけた先は、出雲大社の大社境内遺跡だった。カップルやラジオの生番組をかわしながらずんずんすすむおじさんが出会った携帯電話を握りしめる女の子。淡々とした優しさが感じられる宇佐美エッセー。(エッセイ紀行文・旅行

宇佐美ダイの電子書籍 - 新着情報

  • LeLeLa 宇佐美ダイ (2013年02月22日 19時13分)
    渋谷の喫茶店『スピード』店長で、身長185センチ、握力は100キロを超える北島は頭の中に響き渡る“声”に悩まされていた。狂気の男に襲われる女を助けた北島は、そこで心の力を形にする不思議な力『LeLeLa』に目覚める。しかし、その力は人肉を喰らう吸血鬼――女を襲った津山にも伝染していた。空中に浮かび、信じられない速度で移動する吸血鬼たちは、社会の中に紛れ込み、不可解な殺人事件を起して世界をパニックに陥れようとしていた。炎の『LeLeLa』を駆使する津山に対し、細胞を崩す力を得た北島は鬼と化す。身長203センチのヤクザ、鳴海と協力して吸血鬼の一掃を目指すが……。凄まじい拳と想いが炸裂する伝奇アクション登場! (小説ホラー

エッセイ/紀行文・旅行の記事 - 新着情報

あなたへのオススメ