騒人 TOP > エッセイ > 紀行文・旅行 > 白カモメの翼の下で(4)
宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/紀行文・旅行

白カモメの翼の下で(4)

[連載 | 完結済 | 全7話] 目次へ
留学生の女の子と落ち合い、水族館に向かう。怪しげな機械を前にさぶいギャグを……しなくて良かった、と思う宇佐美氏なのであった。
■釜山タワーは回らない

 留学生の女の子と落ち合う約束をした、龍頭山公園は、標高180メートルの小高い丘に広がる公園で、釜山観光ホテルのちょうど裏のあたりにあった。
 東京の新お茶の水駅のような長いエスカーレーターで、ぐんぐん登って行くと、灰色の空の中に白い118メートルの堂々とした釜山タワーがあらわれた。
 真っ青な空をバックに、これを見たら、カンゲキするだろうな、とタワー沿いに視線をおろしていった、ぼくは思わず息を飲んだ。
「あ……」
 昨日の食堂で互いに名のらずに別れてしまったこともあって、彼女との再会については、あまり期待していなかった。
 だから、タワーの下の花時計のまわりを所在なげに歩いている彼女の姿を見つけたぼくは、感動して、すっかり舞い上がってしまったのだ。
「ええっと……」
 小さく呟きながら公園の中央に立ち止まってしまった、ぼくを見つけた彼女は、こどものように手をぶんぶん振りながら駆け寄ってきた。
 彼女の左の肩にかけられた青いディバックが、大きく揺れている。
「わあ……」
 ぼくは、ちょっと恥ずかしくなってしまった。
 でも、何かしなくちゃ、失礼かなあ、と思ったので、少し照れながらも彼女に向かって軽く手を上げたのでありました。
 ぼくたちは、公園の鳩たちが作る円のど真ん中で再会し、あらためて自己紹介をした。
 彼女は、元気な声で「麻木です!」と、名のり、ぼくもかなり無理した青年の声で「宇佐美です」と言った。
 公園には、記念撮影を請け負うのだろう、カメラ片手にぶらぶら徘徊している、おじさんが3人もいて、ぼくたちを見つけると、その中の1人がさりげなく近寄ってきて、「ご主人さん、奥さん、写真、どうですか?」と、なかなか流暢な日本語で話しかけてきた。
「We’ve come to this planet looking for intelligent life.Oops,we made a mistake」
 彼女が何か言おうとするのを制して、ぼくが英語でこたえると、カメラおじさんの瞳はとたんに宙を泳ぎ、おじさん自身も公園の中を泳ぐようにどこかに行ってしまったのであった。
「奥さん……だって。はあ、まいったなあ。宇佐美さんって、悪戯っ子ですねえ。今、何って言ったんですか?」
 麻木さんは、小首を傾げた。
「ワレワレハ、チテキセイメイタイヲモトメテ、コノワクセイニヤッテキタノダ。オット、マチガエタワイワイワーイ」
 ぼくは、自分の胸を小刻みに叩いて機械的な声を出すと、麻木さんはおなかを押さえて笑った。
「しかし、奥さんはないよね。娘さん、でしょう?」
 ぼくは、言った。
「あ! そうそう、宇佐美さんに注意しておく事があります」
 麻木さんは、うれしそうな声を上げた。
「なんですか?」
「韓国は、援助交際についてすごく厳しい国なんです。それっぽい人はすぐ逮捕されます」
「わあ、それじゃあ、麻木さんと離れて歩きます。あ! だめです、近寄らないでください。通報されて逮捕されます」
 ぼくは、階段を一気に駆け上がった。
「あんな悪戯しないで、素直に撮ってもらえばよかったかなあ」
 ぼくは、ひとつ大きな深呼吸をした。
「そうそう。カメラ、カメラ。韓国では、一家に必ず一台カメラがあります。しかも一眼レフカメラです。さらに、マニュアルカメラを一番偉いと思っているようです」
 麻木さんは、そう言って、カメラおじさんたちを見下ろした。
「ほほう!」
 ぼくは、頷いた。
 昨日の食事の後、ひとりで街を散策したのだけど、カメラマンベストを着た人がいやに多いなあ、と思ったのだ。
 なるほど。
 麻木さんの話しを聞いて、すっかりぼくは納得してしまった。
「こどもたちも、自分の役割をきちんと理解していて、父親がカメラをバックなどから取り出すと、素早く傍らの花畑などに駆け込んで、うふっと頬に手をあててポーズをとったりするのです」
「おおー!」
 ぼくは、ひたすら感心しつつ、2人分3200ウォンを支払って、水族館見学料金こみのチケットを買った。
 日本円で、約320円。
 四国香川県の屋島山上水族館は1人で1020円、宮崎のホテル45(フォーティファィブ)の展望エレベーターの利用券が1人500円だから、かなり安い。
 釜山タワーのエレベーターの前では、まったく愛想のないお姉さんが二人、ぼくたちを待っていた。
『あららら、客がきちゃったわよう。しょうがないわねえ。かったるいわあ』
 お姉さんたちは、そう言いたげな表情を浮かべていたのだ。
「うーむ……」
 なにか釈然としない気分のまま、お姉さんに促された、ぼくたちはエレベーターに乗った。

   *

 香川県の瀬戸大橋タワーは、展望台そのものがぐわんぐわん、とゆるやかに回転しながら132メートルまで登っていく。
 つまり、展望窓にむかって並べられた100席の椅子にどーんと座っているだけで、360度の眺望がゆったり楽しめる、という訳だ。たとえば「ちぇっ! 歩いて回りたかあねえよ!」などという、わがままでずぼらな人には画期的なシステムなのだ。
 ただ、観覧車のように登って降りてくる時間が決まっているので、「ああ、まだ、ダメ! 終わってないわ!」と、何故か喘ぐカップルの声なども「けっ!」と、完全無視して、容赦なく回る展望台は降りてくるのであります。

 思い出したので、ついでに書いちゃうけど、カナダのナイヤガラの滝の横にある展望レストランはけっこう早いスピードで回転している。
 だから、乗り物に弱い人はたちまち酔って、食事をしながら「うばばばば!」と、吐いたりする事もあるのだ。
 景色は素晴らしいけれど、一部の人には迷惑で、いわば『小さな親切大きなお世話的システム』かもしれない。

 さて、釜山タワーはどうする! え!
 と、ワクワクしていたら、何もおこらなかった。
 展望台のひとつ下の階でおろされた、ぼくたちは暗く狭い、そう、映画『トトロ』に出てくるような階段を踏みしめながら、寂しく展望台に上がるのでありました。
 しかし、回らなくても118メートル。
 眺めは最高なのだ。
 晴れた日は、日本の対馬も見えたりするのだそうだ。
 見下ろすと、小学校のグラウンドで、ありんこのような先生とこどもたちがさまざまな列を作る練習をしていた。
 じっと見ていると、元気のいいかけ声が聞こえてきそうだ。
 『前にならい!』や『小さく前にならい!』は、世界共通なのだろうか……。
 そう思いつつ、ぼくは、自動販売機でミルクコーヒーを2杯買って、麻木さんとそれを飲みながら、展望台をぐるりと歩いて回った。
 客は、ぼくたちだけだった。
「エレベーターガールに笑顔がなかったのが気になりました」
 ぼくは、どろりと形容したくなる、果てしなく悲しい色をした空と海の向こう側を見つめながら、言った。
 見えないけど、確かにこの海のすぐむこうに日本はあるのだ。
 日本では、パソコンとパスタがぼくの帰りを待っていて、帰ったらすぐにマヨネーズ醤油スパゲッティを食べつつ、韓国エッセイを書かなくてはならない。
「韓国の人は、サービス業に対して密かに蔑みの意識を持っているようです。ウェイトレスも客に媚びたりしません」
 そう断言する、麻木さんの瞳も、日本を見ているようだった。
 麻木さんを待っているものは何だろう……。
 ぼくは、麻木さんの寂しげな表情にドキリとしつつ、昨夜行ったロッテリアのスタッフの愛想のなさを思い出して深く頷いた。
 そして、日本のロッテリアの営業スマイルと、ロスのマクドナルドのカウンターの中から、キスでもするかのように身を乗り出してきた、女の子たちを素早く比較して、どの接客が一番好ましいんだろう、と少し考えてみたりした。
 のんびり半周した、ぼくたちは変な機械を見つけた。
 日本のゲームセンターにある、『腕相撲勝負』の人形みたいだが、麻木さんに説明書きを読んでもらうと、それは占いの機械であった。
占い機械
 仙人みたいな人形は絶えずチカチカと、左の瞳だけを怪しく光らせ(右目は壊れているのだけど……)、その人形の下には『ローマの休日』でグレゴリー・ペックが手を差し入れて大騒ぎした『真実の口』のようにかっと大口を開いた鬼の面があった。
 その口の中に手を入れて、占ってもらうのである。
 一瞬、その中に手を入れて、「痛てえ! かまれたー! ぬけねえよー!」と、叫び取り乱すマネをしたくなったけど、世界中誰でもやりそうなうすら寒いギャグに思えて、ぼくは水平に広げた手をさりげなく、ジーンズのポケットにつっこむのであった。
 この占い機械の料金は1000ウォン。日本円で約100円。日本の観光地に置いてある、占い機とタメをはる料金だ。
 国際ターミナルから釜山観光までのんびり歩くと30分近くかかる。その道を料金が高い模範タクシーに乗っても1500ウォンほどですむので、この仙人人形の1000ウォンという価格設定はかなり高いんじゃないだろうか?
「こんな高い料金だと誰もしないんじゃないかなあ……」
 ぼくは、手を入れる口の中を覗きこんでみた。
 中には、スキャナーがあって、うっすらとホコリをかぶっていた。
 最近した人がいれば、そのほこりに手形がついてるはずなので、「絶対、この占い機は仕事してないもんね!」と、勝手に決定させてもらった。
 占い仙人人形の他にも怪しい機械はあって、内側の映像を覗く双眼鏡付きのボックスなどは5台も並んでいた。
 それぞれに『我々の霊山 白頭山』、『夢にまで見た 金剛山』、『北朝鮮のあちこち』となんとも哀愁を帯びた日本語のタイトルがついている。
 ぼくは、『寂寞された平壌の市街 供戮函△いΕ織ぅ肇襪とても気になった。
「兇箸蓮何だ……」
 ぼくが、ひとりごとのように言うと、
「これは? きっと、どこかに気あるのでしょう!」
 麻木さんは、手を叩いて言った。
「ロッキー2じゃあるまいし!」
「もしかしたら靴筬犬發△襪もしれませんよ!」」
「垢發△襪飽磴い△蠅泙擦鵝」
「なるほどですね!」
「あるのだったら、きちんと気ら並べておくべきだ!」
「そうです! そうです!」
 ぼくたちは、『寂寞された平壌の市街 供戮料阿如⊂ー蠅併を言いあった。
 すると、突然、エレベーターのお姉さんがあらわれ、『なあによ。なにか文句でもあんの? 静かに見てよ。他のお客さんに迷惑でしょう。まったく』と、でも言いたげにぼくたちをジロリと横目で睨んで通りすぎて行ったのでありました。
「他にお客なんか、いないじゃんか……。ぶつぶつ」
 と、悪態をつきつつ一周すると、なんと、白人カップルが占い人形の前にいたのだ。
 聞き耳を立てると、ぼくがよく口にする、『モンペトクア』、『ケツカセエ』に、彼らの発音がとてもよく似ているので、フランス人に違いない、と思った。
 女性の方は、モデルのようにすらりと背が高く、肌も透けるように白く美しいのに、男の方は半ズボンをはいた日本の芸人風であった。
 ぼくたちは、静かに景色を見ながら、そのカップルにも注目していると、男の方がにたにた笑いながら、占い人形の鬼の口に手を差し込み、フランス語で大騒ぎを始めたではないか。
 しかし、女性は笑わない。
 ああ……。
 やはり、このギャグは世界共通であった。
 やらなくてほんとうによかった……。
 ほっと、胸を撫でおろし、「みないふり、みないふり……」と、麻木さんと呪文のように繰り返し呟きながら、タワーを降りると、土産物コーナーがあった。
「全部900円。この財布、ウナギの皮でできているよ」
 通りすぎようとすると、これまた愛想のない、お姉さんが声をかけてきた。
「ちょっと見ていってもいいかな?」
 麻木さんに言うと、「じゃあ、その間に私はトイレに行ってきます」と、彼女は背をむけた。
 ぼくが頷き、店の女の子と値段の交渉をしようとした瞬間、麻木さんの叫び声が響いた。
(つづく)
(初出:2000年10月)
登録日:2010年06月07日 21時47分
タグ : 韓国 釜山

Facebook Comments

宇佐美ダイの記事 - 新着情報

  • Christmas Wave 宇佐美ダイ (2010年06月09日 13時51分)
    前田隆史は、キャラバンを冬の海の海岸に乗り入れた。幼なじみの裕美が声をあげる。フリーカメラマンの前田が撮った女の子は、必ずオーディションに受かるという。写真を撮り終えて車に戻った裕美は、思わぬ告白をする。(小説現代
  • 加速するリビドー 宇佐美ダイ (2010年06月09日 13時44分)
    射精した瞬間、オカズにしていた沙織本人がベットに落ちてきた。彼女に覆い被さったところで何故かAV女優森高あすかを思い出し、またも放ってしまう。すると今度は森高あすかがベットの上に落ちてきたのである。超能力を手に入れた主人公は、その能力を自由自在に扱えるようになるために鍛錬し……。(小説ファンタジー
  • いにしえ 宇佐美ダイ (2010年06月07日 22時15分)
    「代わりに見てきて!」と頼まれ出かけた先は、出雲大社の大社境内遺跡だった。カップルやラジオの生番組をかわしながらずんずんすすむおじさんが出会った携帯電話を握りしめる女の子。淡々とした優しさが感じられる宇佐美エッセー。(エッセイ紀行文・旅行

宇佐美ダイの電子書籍 - 新着情報

  • LeLeLa 宇佐美ダイ (2013年02月22日 19時13分)
    渋谷の喫茶店『スピード』店長で、身長185センチ、握力は100キロを超える北島は頭の中に響き渡る“声”に悩まされていた。狂気の男に襲われる女を助けた北島は、そこで心の力を形にする不思議な力『LeLeLa』に目覚める。しかし、その力は人肉を喰らう吸血鬼――女を襲った津山にも伝染していた。空中に浮かび、信じられない速度で移動する吸血鬼たちは、社会の中に紛れ込み、不可解な殺人事件を起して世界をパニックに陥れようとしていた。炎の『LeLeLa』を駆使する津山に対し、細胞を崩す力を得た北島は鬼と化す。身長203センチのヤクザ、鳴海と協力して吸血鬼の一掃を目指すが……。凄まじい拳と想いが炸裂する伝奇アクション登場! (小説ホラー

エッセイ/紀行文・旅行の記事 - 新着情報

あなたへのオススメ

  • 白カモメの翼の下で(7) 宇佐美ダイ (2010年06月07日 21時53分)
    コンビニのカウンターの女の子は、客によって日本語と韓国語を使い分けているのだった。日本人向けに書かれた韓国製日本語がおもしろい。五百以上の商店が並ぶ総合市場「クッチェシジャン」で、男に誘われるまま、怪しげな場所から二階へ……。(エッセイ紀行文・旅行
  • 白カモメの翼の下で(6) 宇佐美ダイ (2010年06月07日 21時52分)
    ビザハットで、韓国の友情について語り合うふたり。挑戦的に見つめてくる女の子に戸惑いながら、麻木さんと分かれて地下鉄へ。さくさく進む展開が気持ちいい。(エッセイ紀行文・旅行
  • 白カモメの翼の下で(5) 宇佐美ダイ (2010年06月07日 21時51分)
    事件発生! 犯人を追いかけながら、必勝へのポイントを考える宇佐美氏。しかし……男の背はどんどん小さくなってゆくのだった。突然のひったくり事件の顛末やいかに。(エッセイ紀行文・旅行