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宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
エッセイ/紀行文・旅行

白カモメの翼の下で(5)

[連載 | 完結済 | 全7話] 目次へ
事件発生! 犯人を追いかけながら、必勝へのポイントを考える宇佐美氏。しかし……男の背はどんどん小さくなってゆくのだった。突然のひったくり事件の顛末やいかに。
■優しい人たち

「宇佐美さん!」
 麻木さんが、叫んだ。
「宇佐美さん! わ、私、バックを取られました! どうしよう!」
「誰に?」
「あいつ!」
 麻木さんが指さした先には、階段を駆け下りようとする、男の後ろ姿があった。
「ようし、わかった!」
 うだうだ考えている暇はない。
 ぼくは、麻木さんにウェストバックをわたすと男を追った。
 全力で走った。
 いやはや。
 と、つぶやきながらも、一生懸命走った。
 たいへんな事になった。
 と、思いつつ、気分が昂揚してくるのが、はっきりわかった。
 ぼくは、闘う事がどうしようもなく好きみたいなのだ。

 まあ、ホント、遙か昔の事なのだけど、柔道をやっている友人と二人で夜の盛り場をぶらぶらしながら、「俺、三人受け持つけど、宇佐美は何人やれる?」と、友人に闘いのプランを持ちかけられ、「やるか?」と、強く頷いたりした事も、一度や二度ではないのだ。
 事件に巻き込まれないかなあ、と理由(わけ)もなく街を歩いたり、銀行に入ってみたりした事もある。
 悪い奴を、徹底的に痛めつける事ができるからである。
 結構、腕力に自信があったので、自分の力を実戦で試してみたくってしかたがなかったなのだ。
 もちろん、昔話だ。
 そんな時代もあったのだ。
 そう言えば、宮崎でひったくりを捕まえた事もある。
 その時は、相手の肩が外れてしまい、過剰防衛で訴えられるんじゃないか、とヒヤヒヤした。
 有名な暴力団の組長が射殺され、警察も色めきだっていた時だったので、ひったくりを捕まえた現場にパトカーが4台もあらわれ、それを見たぼくは赤色灯と警察無線が交錯する中、本気でうろたえてしまったのだった。

 今回もひったくりだ。
 犯人は、当然テコンドーをやっているだろうから、テコンドーにはない、足への攻撃が必勝へのポイントだな。
 と、思った。
 得意の左のローキックで、素早く相手の動きをとめて、腰下へのタックル。
 それから、首を極めちゃえばいいか。
 という、闘いのプランを、ぼくは走りながら考えていた。
 しかし、男の背はだんだん小さくなっていく。
「あ、あれ、あれ……」
 ぼくは、喘いだ。
 気持ちは逸っていても、足はどたばた空回りしているだけなのだ。
「こんなはずじゃ……」
 いつの間にこんなに足が遅くなったのだろう。
 ぼくは、『リーサル・ウェポン4』で、力の衰えを感じた、メル・ギブソンのように悲しく惨めなキブンになった。
 ああ……。
 逃げられる、闘う事すらできない……。
 かっこいいトコ見せられない……。
と、思った瞬間、男の走るスピードが落ちた。
 走っていた男の足が、早歩きになり、やがて立ち止まってしまったのだ。

 以前、宮崎でひったくりを捕まえた時もそうだった。
 ハンドバックを持って逃げる男は、しつこく追いかけてくるぼくを突然振り返ると、懐に手を入れたのだ。
 上目づかいに睨み付けてくる、男の目つきがヤバかった。
 ナイフ?
 さっさとやらないと、刺される。
 そう直感した瞬間、ぼくは男を蹴っていた。
 右のハイキックだった。
 避けた男の左肩の後ろに当たった。
 倒れ、膝をついて起きあがろうとした男の頭を右脇に抱え込むと、ぼくは獣のように吠えながら、体重を十分にかけて捻った。
 プロレスでいう、ヘッドロックだ。
 それで、あっけなく勝負はついてしまった。
 男は、ぼくの右腕の中で失神してしまったのだ。
 男の左肩は、右ハイキックが当たった時に外れかけ、ぼくがヘッドロックを極め、男が地面についた腕を突っ張った瞬間、完全に外れてしまったらしい。

 さて、龍頭山公園に話しを戻そう。
 立ち止まった男も、突然振りかえって攻撃をしかけてくる。
 と、思った、ぼくは腹の中にじわり、と闘いの『気』をためた。
 ところが、男は両手を「まいったあ」と、でも言うかのように両脇に軽く広げ、麻木さんのディバックを地面に落としてしまったのだ。
 あわてていて気づかなかったけど、いつの間にか男のむこうには、三人のおじさんがいた。
 おじさんたちの肩には、カメラが下がっている。
 龍頭山公園に来た時に、ぼくが英語でからかったカメラおじさんと彼の仲間たちが、ひったくり男の行く手を塞いでくれたのだ。
 追いついたぼくは、麻木さんのバックを掴み上げて、ひったくり男と間合いをとった。
 左のローキックを打ちやすい距離に自分を置いたのだ。
 と、その時、カメラおじさんたちが、突然口を開き、マシンガンのようにまくしたてた。
 韓国語だから、何を言っているのか全然わからないのだけれど、とにかく犯人に対して激しく怒っているのは確かだった。
 韓国語は、ぼくたち日本人が聞くと、普段の何気ない会話でも怒っているように感じるのだけれど、この時のカメラおじさんたちは「わしら、本気で怒ってるぞー!」と、いうような気配を全身から爆発させまくっているのだった。
「がおー!」とか「このやろう!」とか、とにかくまずは怒鳴ってやろう、という気持ちを高ぶらせていた、ぼくはカメラおじさんたちの勢いに負け、闘う気持ちも吠えるキブンもすっかり萎えてしまっていた。
 気持ちを落ち着かせてよく見ると、ひったくり男はまだあどけなさが残る青年だった。
 彼は、怯え、途方にくれた瞳で、ぼくたちを見比べていた。
「宇佐美さん……。ごめんなさい……」
 麻木さんが、走ってきた。
 なんと、麻木さんは展望台で『真実の口もどき』に手を突っ込んで大騒ぎしていた、『芸人風フランス兄ちゃん』を伴っていた。
 彼も心配して、彼女について来てくれたのだろう。
 優しい彼の瞳が、ぼくたちを柔らかく見つめ、何か小声でしゃべっていた。
 しかし、やはりフランス語はこれっぽっちもわかんないから、彼の事はほとんど無視する事に決めて、ぼくは麻木さんと話をした。
 すまん! 『芸人風フランス兄ちゃん』よ。いつかフランス語も勉強するぜ。
「バックは戻った。おじさんたちが捕まえてくれたんだよ。なんだか、犯人が怒られているけど、韓国語だから、ぼくにはちっともわかんないや。でも、彼の目を見ていると、出来心のような気がするんだよ。どこかのギャング団に所属しているとか、そんなんじゃなくって、つい手が出ちゃったんだと思う。たぶん……。きっと……。いや、間違いない」
 ぼくは、麻木さんに言った。
「うん。おじさんたちの話しも聞いてみますね」
 麻木さんはそう言って、カメラおじさんと韓国語でしばらくやりとりをした後、ぼくを見上げて少しため息をついた。
「警察を呼んで連れて行ってもらうか、って言ってるから、バックも戻ったんだし、もういいです、とこたえました」
「それで、いいんですね?」
「韓国の警察って面倒だもの」
 麻木さんは微笑み、ぼくたちは、頷きあった。
「財布にはいくらくらいはいっていたの?」
「たいして入ってなかったけれど、このバックは友達からプレゼントされたものだから、戻ってきて本当によかったです」
「高価なバックなの?」
「5万ウォンしないくらい、だと思います」
「じゃあ、おじさんたちに通訳してくれるかな」
「はい」
「その人は、もう離してあげてください。落としたバックを拾ってくれてありがとう。日本では、拾ってくれた人にその一割をお礼としてさしあげる習慣があります」
「わかりました」
「それから、これをおじさんたちに渡して」
 ぼくは、財布から千ウォン札を9枚取りで出して、麻木さんに手渡した。
「えー。宇佐美さんが何故お金を出すんですか?」
 麻木さんは、胸の前で掌を振った。
「まあ、少ないけど、ガイド兼通訳料です。そうゆう事にしようよ。とにかく、そのお金をおじさんたちに渡して、ぼくたちはさっさと水族館に入ろう」
「はい」
 麻木さんは、カメラおじさんたちにお金を渡した。
 カメラおじさんは、韓国語で何か言うと、にい、と笑ってひったくり男の頭を掌でぱーんとはたいた。
「ありがとう。さようなら」
 ぼくは、カメラおじさんたちと、『芸人風フランス兄ちゃん』に、手を振った。
 踵(きびす)を返した、ぼくたちが並んで歩きかけると、後ろから声が上がった。
「はい、チーズ!」
 振り返ると、カメラおじさんがカメラを構えていた。
 ぼくは、条件反射的にピースサインをし、麻木さんは、ぼくに肩を寄せた。
「はい!」
 カメラおじさんは、カメラから飛び出してきた、インスタントフィルムを麻木さんに手渡すと、また公園内の互いの所定位置に戻っていった。
「どういう事?」
 ぼくは、麻木さんに聞いた。
「気持ちでしょう! いろんな意味のね」
 弾けたように、麻木さんが言った。
「うん」
 ぼくは、インスタントフィルムに目を落とした。
 麻木さんも覗きこんだ。
 すぐに、白いフィルムに色が浮かび上がってきた。
「わあ、恥ずかしい! これは映倫通りません。税関も絶対に通りません。麻木さん、もうどっかに隠し持っていてください」
 ぼくは喚き、麻木さんは笑いながら小さく頷きディバックを開いてシステム手帳を取り出した。

 タワーに戻ると、エレベーターのお姉さんが、入り口でぼくたちを待っていた。
 大丈夫、というように麻木さんがディバックを持ち上げて見せると、お姉さんは微笑んで、タワーの中に入っていった。
 タワーの横の水族館に入ると、左に受付をするお姉さんがいた。
 ぼくから切符を受け取り、その半券を切ったお姉さんは、再び椅子に座り、本に目を落とした。
 薄暗い水族館の入り口から漏れてくる僅かな光の中で、お姉さんは静かに本を読んでいるのだ。
「目に悪いよなあ」
 と、ぼくは言った。
 水槽の中の魚たちは、そのほとんどが淡水魚で、日本のペットショップでよく見かける魚たちばかりだった。
 グッピー、エンゼルフィッシュ、ネオンテトラ……。
「これは、ディスカスといって、すごく高い魚です。水質に敏感で、水の管理をきちんとしないとすぐに死んでしまいます」
 熱帯魚を飼っているぼくは、麻木さんに魚の説明をして歩いた。
 一番奥に、大きな水槽があった。
「ああ……。ウミガメですね。かわいそう……」
 麻木さんは、眉を寄せた。
 たしかに他の水槽に比べたら大きな水槽なのだけど、ウミガメにとって、それは、方向転換もしずらいほどに小さな水槽だったのだ。
 水槽の中には、餌の金魚が3匹右の隅で泳いでいた。
 ウミガメは、遮二無二、左に向かって泳いでいる。
 壁に鼻先をくっつけ、そこが行き止まりだとわかっているのだろうけど、ゆったりしたスペースのない水槽の中では、そうしてるしかないのだろう。ウミガメはひたすら両手足で水をかいて、左に突き進もうとしているのだ。
 餌の金魚が、左に泳いで来ない限り、ウミガメは腹を満たす事もできない。
 ペットショップの小さな檻に入れられた、犬たちもかわいそうだけど、彼らはいずれ誰かに購入されて、広い庭に放される事があるかもしれない。
 しかし、このウミガメは、この狭い水槽の左の壁に鼻を押しつけた状態でひたすら泳ぎ続けるしかないのだ。
 彼は、いつかこの狭く行く手のない水槽の中で、寂しく力つきるのだろうか。
 ウミガメを見た後、何もしゃべれなくなった、ぼくたちは薄暗い水族館を出た。
「宇佐美さん、次はどこに行きたいですか?」
 麻木さんは、ぼくの真正面に立つと明るい声を出した。
「あまり、麻木さんをつれ回すのも悪いから、昼ご飯を一緒に食べたら、後は一人で回ってみます」
 ぼくはそう言って、麻木さんから少し目をそらした。
(つづく)
(初出:2000年10月)
登録日:2010年06月07日 21時51分
タグ : 韓国

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