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樹都
著者:樹都(いつきのみやこ)
書棚に文学全集を並べていた母と、階段裏に自作ラジコン飛行機をずらりと並べていた父。学研のまんがひみつシリーズと水木しげるの妖怪百科。地元の図書館の児童向けホラー/SFの全集。こっそり買った古いアメリカのヌード写真集と、推理小説のカバーをかけた官能小説。90年代のライトノベルと花と夢。これらを混ぜると樹都になる。
小説/ファンタジー

僕らになっちゃった僕の話

[読切]
僕は何でも知っている。僕はどうして生まれるのか、ふたりがどんなに愛しているのか。僕はどんどん増えて僕らになっていく。“私”の原点であるところの秘めた想いを見つめ直したい。
 大きく育った「僕」の核を僕は上下に引っ張って、くるくると巻きながらさっくりと解けていく「僕たち」。二つに分かれてそれぞれに息づき、始めて、ほら、喜びが一つ増えるよ。

 ここは僕がいるところ。ここは僕のいるところ。やわぁらかい、やわらかい。あったかくってあたたかい。生きてる水に包まれて、命の端につながって、くるくるくるまる、包まれる。僕はもうすぐ生まれる命。今はなんでも知ってる命。

「おおい、元気かー」パパが呼ぶ。
「まだわからないよ」ママが笑う。
 名前の候補は銀・金・珠子。しろがねもくがねもたまもなにせむに。
「きっと女の子な気がする」
「まだわからないよ」
 たしかなこと。僕がパパとママの喜びになること。
 喜びに生まれること。それは僕がとてもとても幸せだということ。パパとママの幸せだということ。どっちも。

 パパは知らない。ママは知らない。生まれおちたら忘れてしまうこと。僕たちはみんなつながっていること。下を見れば命の糸はずっと続いて絡まって枝から幹へと寄り合いながら最初の全てに触れてること。僕はなんでも知っている。生まれる時には忘れるけれど。
 パパに教えたいな。ママに教えたいな。パパとママの声、僕にはわかること。僕はどうして生まれるのか、二人がどんなに愛しているか、なんでも僕は分かっていること。
 幸せなこと。
 忘れるのはもったいなくて、でも忘れた後がとても楽しみ。
 僕はもう一度知るんだね。二度も三度も確かめるよね。愛愛愛。しあわせのしあわせ。

「だるい……」ママがつぶやく。お母さんはとても大変だ。僕知ってる。
(カタカタカタカタカタカタカタ)パパ? パパ? パパ?
 これはパソコン打ってる音で、パパは文章になっちゃってるから、
「ちょっと、聞いてるの?」
 ほら怒られた。パパ、しっかりね。周りを見て、ママを助けてね。
 僕知ってるよ。しっかり者のママと、夢中にならなくてもいいことに夢中になる困ったパパ、なんだ。
 どうしようかな。
 パパと遊ぼうかな。ママをお手伝いかな。しっかりパパをしかろうかな。
 決定。僕、ママ派。おなかにお歌を歌ってくれる、細くて深い声が好き。

 おっといけない、実りが実る。大きくなるのが僕のお仕事。
 栄養を集めて時間を固めて膨らんだ細胞の核でより合わせた命のはしご、写して分けて引き伸ばし、僕は大きくなっていく。
 僕は大きくなっていく。

 うふふ。
 ひみつのこと。
 僕、見つけたんだ。

「双子かも知れないよ。男・女で」
「まだわからないって。ていうかそうだったら大変だよー?」
 うふふ。大変大変大変、かもね。

 分けて大きく引き伸ばし、ぷちんと二つに分かれたら?
 連なる僕らは無限の僕ら。僕は僕らになっていく。
 男・女じゃないけどね。一卵性双生児・四生児。パパ・ママ、僕らは増えられるんだ。僕らになって仲良しなんだ。

 ふくらんだ僕の小さな核をざっくばらんにていねいに、まるめてまるめてより分けて、僕らはどんどん増えていく。
 八生児。十六生児。三十二から六十四。

「育ってないかもしれない、の」
「まだわからないよ」

 無数の僕ら。無限の僕ら。しあわせどんどん紡いでく。

「影、映らなくなってる」
「まだわからないよね」

 ふくらむ分かれるふくらむ分かれるふくらむ分かれるふくらんで、

          あれ?

 僕らは僕らにぶつかった。
 僕が見まわす僕らのプール。たくさんのたくさんのたくさんの僕ら。

「ホウジョウキタイだって……」
「そっか。」

 あらら。

 ホウジョウキタイ。胞状奇胎。増えすぎた僕らのこと。育たない僕らのこと。
 僕は、なんだか、間違えた。

「ごめんね」ママがあやまる。パパにあやまる。ううん、ほんとは僕にあやまる。
 まちがえたのは僕なのに!
「しょうがないねえ」パパが笑った。
 パパは、笑った。
「きっと増えるのに夢中になって、育つの忘れちゃったんだね」
 そのとおり。だけどどうして知ってるの?
「僕の子供だからねえ。視野が狭い所とか、うかつに集中するところとか、似ちゃったんだろうね。一生懸命分裂して、今頃、あれ、なんか違うな、とか思ってるよ」

 ……うん。
 僕はパパとママの子です。
 パパとママの子に、なれないけれど。

「毛玉になってるから、名前は珠だねえ」
 パパ、ママを撫でていて、本当にゆっくりと面白がっていて、
「やり直しだね。きっとまた来るから、今度は間違えないといいね」

 うん。

 うん。

 うんうんうん。

 光のはしご。光のらせん。光の宇宙。光は大樹。光の渦につながって。
 僕。還っていく。
 僕ら。還っていく。
 失敗失敗。間違えた。
 そのうちきっと、いつかまた、珠子になるからよろしくね。
 今度は一人で甘えるからね。
(了)
(初出:2010年01月)
登録日:2011年02月06日 18時09分
タグ : 妊娠 赤ちゃん

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