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城本朔夜
著者:城本朔夜(しろもとさくや)
自称「心のカメラマン」。被写体は、見えなくて、水のようにいつも動いているもの。究極に目指すのは、世にも美しい芸術作品。でも好きなのは、なんの変哲もない「スナップ写真」。撮ったあと、ちょっと変わっているのが撮れていたりすると、嬉しくなって、誰かとシェアしてみたくなります。
小説/ファンタジー
【電子書籍】瞳の奥に眠る森
エリートたちが集うネスト本校に通うサナイに、リゴフィールド行きが告げられた。就職と出世の貴重なカードとなるチャンスにも、サナイの心は浮かばない。ひとり分け入った森林で見たオーグルの意外な姿。兄の死の真相、ヒビキの出生、カスガの怪しい行動。次々と明らかになる大人たちの欺瞞と葬り去られた過去に立ち向かう感動の大作!

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立ち読み

瞳の奥に眠る森


 プロローグ

 医務室にいるのは、ミレイ一人きりだった。
 消毒薬、脱脂綿、ピンセット、包帯、ガーゼ、止血剤……。
 乱れた箱の中身を一度全て出し、整頓しながら足りないものを補っていく。 日々の仕事だ。動く指は手馴れている。けれど、これが意外と一仕事なのだ。
 遠征に出ている部隊が四組。この場所に残り日帰りの狩へ出る部隊は、残り四組。いつもより用意する救急ボックスは少ないとはいえ、大小合わせればそれでも四十個近い。
 狩に出る男たちが、無傷で帰ってくることなどほとんどない。だからなのかもしれないが、毎日整頓して渡す箱の中身は、いつも乱雑にかき回されて返されてくる。それにしても。ミレイは、薄くため息をつく。傷を消毒するのに、これほどかき回さなくても十分手当てはできるだろうに。
 と、背後で扉が開く音がした。ドキンとひとつ鼓動が高鳴る。
 ノックなしで入ってくる、彼と同じその癖にミレイはまた反応してしまう。
 振り返り、ああ、と思う。そうだった。彼と同じ癖を持つ、あの人だ。
「キタザトさん、どうしたの? 怪我?」
 ミレイは冷静さを取り繕い、声をかけた。
「……いや……薬をもらいにきたんだ、ちょっと頭が痛くて」
「いつから? お薬だけで大丈夫?」
「ああ。たいしたことはない。……悪いな、仕事してたんだろ?」
「なにもそんなこと。患者さんの相手こそ、看護師の立派な仕事よ」
 快活に言って、ミレイは引き戸の戸棚を探り始める。
「なあ」
「え?」
 キタザトは、声をかけておきながらしばらく沈黙した。ミレイが頭痛薬を手にキタザトの前に歩み寄り、丸いすを促した。
「座って」
 あわてた様子のキタザトは、ああ、とつぶやき、いすに座った。おもむろに切り出す。
「君がいつも身につけているそれ、琥珀なんかじゃないんだろ? ミギトからもらったものだったんだな」
 再び、ミレイの胸が脈を打つ。胸元でつややかに光るそれが、揺れた気がする。
 それをかつて彼からもらったという事実を、一度として口にしたことはなかった。
 なのに、どうして?
「今まで知らなかったんだ。……今日、やっと知った。一部隊の隊長を任されてる身分だっていうのにさ。やつの目玉、何度となくこの手に持ったのに」
「お薬、ここで飲んでいく? 今お水汲んでくるわね」
「オーグルの目玉から出てくる宝石。しかも公の売買は禁止されている。となれば、それを君にプレゼントできるのは、あいつぐらいしかいないからな」
 背を向けたとたん、足が止まる。
 この人は、どこまで知っているのだろう? 下手にごまかせば、逆に怪しまれ、いらぬことまでこちらから知らせることになりかねない。とっさにあわてて、とぼけたふりをしてしまった。まずかっただろうか?
「……あいつが死んで、もう六年だ。なのに、君は未だそいつを肌身離さない。……まだ好きなのか?」
 ミレイはうつむいた。
 まだ六年。そして、今も忘れられない。いや、忘れてはいけないのだ。返答につまり、やはり黙りこむ。
「いや、ごめん、変なこと言ったな。忘れてくれ。薬、もらっていくよ。邪魔したな」
 言ってしまったことを少し後悔したのだろうか? ワゴンに置かれた薬を手に取ると、キタザトは立ち上がった。背を向け扉へ歩いていく。
「あ、あの!」
 キタザトは振り返った。
 どこまで知っているのだろう? 明かされたくないあの事実を探っているのではないだろうか? 
 ミレイは、キタザトを見る。表情からは、何も読み取れない。
 いや、彼から飛び出した言葉は、石のことだけだ。そのことだけで、あの事実に突き当たる可能性は低い。考えすぎだろう。墓穴を掘ってはならない、と考え直す。
「ううん……あの、お大事に」
「そういえば、今年は、ウイングの実習にあいつの弟が来るそうだ。十五歳。三回生だそうだ。……楽しみだな」
 キタザトは出て行った。
 ミレイは、その場で立ち尽くしたまま見送った。
 首の後ろに両腕を回し、指摘されたネックレスをはずす。細い金の鎖に楕円形をした褐色の石が通っている。
 これを身につけていることが、思わぬほころびを招くかもしれない。つけるのはやめよう……そう思い、白衣のポケットにねじ込んでみる。身体のぬくもりが移っているそれは、ミレイの手の中で温かく感じられる。
 まるで昨日のことのように、彼の面影が脳裏に浮かぶ。
「んじゃ、預かっててくれ。そいつを使うには、まだ十分な舞台装置が整ってねえんだ。おれのやってること、大体は予想つくだろ? この間話したあのことと合わせて、近々、常識を覆してやる。そのときまで預かっててくれ」
 それがオーグルの目玉から出てくるものだと聞かされ、つき返そうとしたとき、彼が言った言葉だ。言いながら、半ば強引に自分に渡した。
「信じてる。おまえだから、持っていてほしいんだ」
 受け取ったとたん、今と同じようなぬくもりを感じた。彼が、ずっと握り締めていたからだ。
 どうして彼は、自分にこれを渡したのだろう? 
 決まっている。もともと茶目っ気が過ぎるほどで、人を驚かすことが大好きな人だ。たぶん、一目見てあまりに美しかったので、自分に見せたくなった。ついでにオーグルの目玉から出てきたものだと伝えて、気色悪がる自分の顔も見てみたい。そんなところだろう。純粋で単純な動機だ。
 けれど。
 あの時彼は、自分の命が消えかかっていることを知っていたのではないか。
「信じてる」あのときの言葉は……。
 彼は、今も自分に問いかけている。「おれをとるのか、父親をとるのか」と。
「私は」
 もう一度、ポケットの石を握り締める。
 六年間、父親を裏切ることができなくてここまで来てしまった。自ら、父を弾劾する勇気などありはしなかった。相変わらず封印されたままの真実も、公にするばかりか、独り言にすら口に出したことはない。
 だって事故なのだ。彼が死んだのも、彼がまるで父のように慕っていた博士が死んだことも。
 父親が殺した、などという証拠はどこにもない。自分の思い過ごしだ。
 彼から聞いた事実が大それた意味を持つものだとは知らなくて、つい父親に話してしまった。そのときの父親の形相。この話は誰にも漏らすなと、きつく言い渡されたこと。
 全て自分の妄想が生んだ思い過ごしなのだ。
 なのに。
 ――自分が、あの事実を父親に漏らさなかったら、二人は死ななかっただろうか?
 いつも思考は、そこへ行き着いてしまう。
 自分でははずすことのできない、重い十字架。その実、自分の抱えているもの全てをキタザトに見抜かれたかったのかもしれない。
 息を吐く。
 ミレイは、一度はずしたネックレスを再び首にかけた。


 第一章


 オーグル概論。今はその授業中だ。
 サナイは、授業のことなどまるで異次元の出来事のように、さっきから他所事に思いをめぐらせている。
教科書をぺらりとめくり、世界地図を広げる。オーグル生息分布図。表紙を開いたすぐのところに三つ折になってついているものだ。
 サナイは、その中に「リゴフィールド」という文字を見つけると、人差し指でその場所を丸くなぞった。
「カミシロ君。君をここへ呼び出したのは他でもない。今朝、一階ホールの掲示板に貼り出された記事のことは、君も知ってるね?」
 あれは、昼休みのことだった。
 サナイは、重厚に見せるだけに作られたような大きな執務机越しに、やや緊張した面持ちで校長の顔を見た。
「はい、一通りは。でも」
 校長は、サナイの言葉をすぐにさえぎる。
「いや、いいよ。……要するに、君の言いたいところは、なぜ三回生の君が今回の選抜隊に名を連ね、北方の地に赴かなくてはならないのか? そして、それは君の父上の意見が絡んでいるのではないか、ということなのだろう?」
「ぼくには、まだ早すぎると思うんです」
 直接的な言い方を避け、サナイは答える。
「何も、わたしは父上の一存だけで、君のリゴフィールド行きを推薦しているわけじゃない。君なら周りに引けをとることなく、あちらでやれると思うからこそのことだし、この先上を目指すなら、リゴフィールドでの実地経験は必須だ。しかも、三回生でそれをやり遂げたとなれば、その経歴は必ず後々になって生きてくることだろう。それに今回三回生で推薦されたのは、君だけじゃない。まだあと一人いるんだよ」
 その言葉を聞いたとたん、ある男の顔が浮かんだ。
「そうですか」
「それは、わたしの口から言うまでもないだろう。君と違ってそのもう一人は、先刻二つ返事で、リゴフィールド行きを受けたからね。まもなく掲示板で発表される」
 校長は一度言葉を切って、サナイの出方をうかがっているように見えた。サナイの顔をじっと見据えたまま、湯飲みから茶をすする。
「少し……考えさせてください」
 校長は一瞬勝ち誇ったような笑みを浮かべ、うなずいた。
「表向きは、立候補を募る内容になっている。掲示は今日出したばかりだから、まだメンバーを決定するには時間はある。ゆっくり心の整理をしなさい。君には期待しているよ」
 ――リゴフィールド……か。
 サナイが住むこの国の首都は、大陸の東海岸に位置する。この国の領土は、二百年前に前人未到の地の開拓を行ったことから、海を越えた東の大陸にも及び、そのはるか北の地にリゴフィールドと呼ばれる町があった。東の大陸は、別名森林大陸とも呼ばれ、そのほとんどが未開の原生林に覆われている。そしてまた、世界唯一のオーグルの生息地として広く知られる。
 オーグルがこの世界に脅威をもたらす存在であることは、世の中の常識だった。
 サナイの手の中にある教科書にも写真つきで詳しく書かれている通り、二本足で歩くこの獣人は、体長三メートル、体重五百キログラムを下らない体躯を持つ。顔は醜悪極まりなく、褐色の剛毛で覆われた身体は、槍や刀の類、銃弾をもはじき返すといわれ、さながら鎧のようだという。また、犬、猫ほども高い知能は持っておらず、獰猛、かつ攻撃的な性質を持つことが知られる。
 リゴフィールドには、国立環境レンジャー指導士養成学校、通称ネストの分校、そして、東大陸の各地に点在する国のレンジャー組織、オーグル駆逐部隊の前線キャンプのひとつがあること。それはここに通うすべての生徒たちが知っていることだった。
 ――オーグルの駆逐……
 リゴフィールドへ行くということは、すなわち、オーグル駆逐部隊の実地体験を課せられるということで、ここ十年の間、ネスト本校から毎年、五、六回生が数十名ずつ、実習生としてリゴフィールドへ向かうことになっていた。
 そもそもこのネスト本校(通称ウイングと呼ばれ、その他の分校と区別される)へ入学できるということが、特別なことなのだ。つまり、初等学校六回生で受験し、難関を突破したものだけが、ここの門をくぐることを許される。
 そんなエリート集団の中にあって、しかも三回生のくせに、いきなりリゴフィールド行きの話。これが発表されれば、全校の注目を浴びることは必至だ。
 注目を浴びる。それ自体は別にいい。ただし、それは自分の実力で勝ち得た場合のことだ。
 問題は父親だ。サナイの父親は、環境科学技術省(ネスト・ウイング卒業生の首席クラスが就職することになるだろう省庁のひとつ。多くの生徒はここに入ることを目的としている)の総裁を務める人物だったから、事実はどうあれ、サナイにはいつも「親の七光り」との陰口が付きまとう。サナイには、それがわずらわしかった。
 ――おれは、親父なんかいなくたって……
 だけど、今回のことはどうなのだろう? もし、自分にあんな父親がいなかったとして、自分は、リゴフィールド行きのメンバーに推薦されたのだろうか?
「オーグルがこれほどまでにわれわれの生活を脅かす理由、それは何だろう? ええっと、カミシロくん」
 突然、教師に名前を呼ばれ、われに返る。教室中の視線がサナイに集まっている。平静を装い、席を立つ。
「はい。それはオーグルが、惑星ジースフィアの森林のほぼ半分を占めるレヴナントの木を、一日に七トンから八トン食べることにあります。その量は自然の回復力を大きく上回るものであり、大規模な森林消失とその呼気から吐き出されるおびただしい量の二酸化炭素およびメタンガスの結果、それらの増加を招き、母星ジースフィアの温暖化が問題になっています」
 サナイは、こともなげにさらりと答えて、席につく。
「よろしい」
 教師は、満足そうにうなずくと、また、朗々と声を張り上げながら、その場の主権をさらって、授業を続ける。それと同時にクラスメイトの視線もサナイから離れたが、ただひとり、そのままサナイから視線をはずさず見つめる者がいた。暗灰色の瞳。視線は、次第に前へと移った。
(続きは電子書籍で!)
登録日:2011年09月29日 15時47分
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