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天野雅
著者:天野雅(あまのみやび)
埼玉県生まれ、千葉県育ちの関東人だった。結婚を機に関西の人間になる。現在は関西とも東海ともいえる近畿地方に在住。10年経って方言にも慣れた。血液型はマイペースで知られるB型。住めば都を地で行く性質。ネット作家歴20年。同人作家歴はプラス5年。趣味は映像鑑賞。写真撮影。歌唱。創作料理。好物は自然万物一般。美術芸能一般。パソコン。ゲーム。漫画。文章。
小説/ファンタジー

星を描く男

[読切]
写実的な絵画で人々の度肝を抜く“れんぷろん”。しかし時代は写真という発明をもたらし、活躍の場はなくなった。そうして酒浸りとなった彼の元に不思議な老紳士が現れ……。
 今はもう昔のこと、れんぶろんという名の男がいた。
 物心ついた時から鉛筆代わりの木炭を握り、高名な芸術家の工房で修行したあと、世界でも屈指の偉大な画家になった。
 れんぶろんの絵の最大の特徴は、緻密なタッチで表す光と影で、大画面の前に立った人々はまるで一幕の劇につきあわされているような錯覚を感じた。れんぶろんが描くのは主に群衆の肖像であった。ひとりひとり表情やしぐさが異なるのはもちろんのこと、二次元の絵画が立体像のごとく浮かびあがって見えるので、まさしくそこには観客の度肝を抜く、息づく舞台が存在したのである。
 評判は評判を呼び、れんぶろんは時に王侯貴族に招かれて美しい姫の姿を描き、時に放浪の旅に出ていって世界中の景色と人物をキャンバスにおさめた。
 絵はあらゆる国の人間に求められ、れんぶろんは20年も30年も絵の注文をこなしてひたすら描いた。
 しかし、時代の流れは突然に、れんぶろんの絵を無価値なものへと陥れた。
 写真機の開発である。
 発明された当初は、手法として下絵のデッサンに修正を促す程度の役割しか持たなかったピンホールカメラが、技術を極めていくにつれ、画家の仕事を脅かすまでになっていったのだ。
 特に、1枚の絵に数日から数ヶ月もかかる、れんぶろんの写実的な作品は、カメラの人気にあおられてひとたまりもなかった。
 民衆は、いつでも好きな時に自分の手で、目の前の光景をありのまま残せるのだ。
 わずかに最新機器を購入できない貧民層がれんぶろんの客としてやってきたが、こうなっては収入は減る一方、生活を維持できない。
 やがて、れんぶろんの名は人の口の端にものぼらなくなり、次第に世間から忘れられていった。
「こんなはずではなかった」
 絵画に情熱を注ぎ、来る日も来る日も光と影の立体的要素を表現するためだけに費やしてきたのである。
 れんぶろんは嘆き、すっかり人生に意義を見失ってしまった。
 画材をすべて処分し、街はずれの一軒家に独り閉じこもって酒におぼれる毎日に明け暮れた。
 ある日、そんなれんぶろんのもとに見知らぬ老人が訪ねてきた。
「絵の御注文なら、受けられませんよ」
 れんぶろんは酒臭い息を吐きながら言った。のび放題の髪とヒゲで容貌すら判らなくなってしまっている。意気消沈し、魂のぬけがらのようになった瞳には気力のかけらもない。
 運転手つきの蒸気自動車で庭先まで乗りつけた、身なりのすこぶる上品な老紳士は首を振って、懐から短い棒のような物を取り出した。
 それは変色してすり切れかけている羊皮紙の包みだった。
 れんぶろんが薄暗いなかで目を凝らして見ていると、中からチョークが転がり出てきた。
「これは我が家に代々伝わる魔法のチョークなのです」
 室内に満足な暖房もないために、老人は毛皮のコートも手袋も身につけたまま、椅子もすすめてもらえず、わずかに片膝を引いた直立の姿勢で、おごそかに告げた。
「わたしは絵をたしなみませんし、あとを引き継ぐ子供もおりません。これをさしあげます。どうぞ、あなたの好きなものを描いてください」
 しわだらけの顔で微笑むと、老人は名のりもせず包みを置いて立ち去った。
「好きなもの?」
 酒瓶の横に包みを投げだし、れんぶろんは鼻で哄(わら)った。
「そんなものは絵に決まっている」
 しばらく黙って酒を呑んでいたが、おもむろに包みを取り上げ、陽の沈みきった外へ出た。
 空には爪の先ほどの薄い月がかかり、冬の星座がまたたいている。
「絵で失敗したら、天文博士になりたいと思っていたこともあったんだ」
 れんぶろんは静かに降る星あかりの下で、深呼吸した。数千数万の宝石の輝きに満ちた夜の空気で胸がいっぱいになる。
 しゃがみこみ、星の絵を描きはじめた。
 道に敷かれたレンガから庭の石、家のモルタルの壁まで、あっという間に、れんぶろんの描く星で埋め尽くされていく。子供のころ、天文台にもぐりこんで倍率の低いレンズ越しに見た、輪のある惑星。青白い靄を散らしながら燃えていた恒星。銀色の長い尾を引いて進む彗星。
 一心不乱に手を動かすれんぶろんの瞳には、星にも負けない強い光が戻っていた。
 近くの農家で鶏が朝一番の刻を報せ、東の空がすきとおって明るくなり、薄れかけた明星がひときわ彩華を放った、その時。
 れんぶろんの描いた地上の星が、いっせいにまばゆく煌いたかと思うと、空気球のように膨らんで、音もなく宙へ舞いあがったのである。
「待てまて、まだ描き終わっておらん」
 れんぶろんは夢中で、澄天へ逃げようとする最後の星に飛び乗った。
 星はしっかりとした感触をれんぶろんの靴底に返し、しぼまずに上昇を続けた。みるみる地面が遠くなり、自分の家がビスケットみたいに小さく見え、朝焼けを浴びてオレンジ色に輝く街と、海岸と、広がる海が眼下になり、れんぶろんの体は星と共に遥か雲の上まで昇っていく。
「こんな眺めは初めて見る。そうか、まだ写真にできないものがあるんだ」
 心の底から喜びがわきあがり、ふるえながら感動の涙を流した。
 そしてその日より銀河に星の数は少しずつ増え、れんぶろんは未だに宇宙から帰ってこないのである。
(了)
(初出:2011年02月)
登録日:2011年02月24日 17時10分
タグ : 画家 魔法

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