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新美健
著者:新美健(にいみけん)
1968年生れ。愛知県で育ち、石川県で卒業し、富山県で就職し、東京都に流れ着き、現在は地元に戻って愛知県豊田市在住。ゲームのノベライズ化というニッチ稼業で15年ほど漂っていたら、いつの間にか40代も後半戦へ。2015年、第七回角川春樹小説賞にて特別賞を受賞。探偵、怪奇、幻想、冒険、歴史モノの小説が好物。
小説/ファンタジー
【電子書籍】麗人軍師とオアシスの魔法使い
『桜花の大乱』より、一年半後――。解脱してしまいそうな平和な春、第三王女であるウズメ姫に呼ばれた侍女コノハは、密書を託される。オアシスとも称される砂漠の国、ブランク王国に赴いたコノハが、大乱の英雄ユキムラに渡した密書は、世界大戦の引き金になりかねないものだった!
価格:315円

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麗人軍師とオアシスの魔法使い


 プロローグ

 春である。爛漫である。
 ワカサの国は、平和に花盛りだった。
 陽射しが柔らかく、風は桜色を帯び、生暖かな陽気に脳まで蕩ける。うっかり気を抜けば、魂は昇り、魄は沈み、安易に解脱してしまいそうだった。
 ほんの一年半前まで、骨肉相食む壮絶な内乱を繰り広げていたとは、とても信じられない平和さだった。
 愚かな三王子が起こした王位簒奪戦争は、王城を追われた女王と七王女が地方豪族を味方につけて巻き返し、都を奪還し、三王子を放逐することで終結していた。いわゆる《桜花の大乱》である。
 ともかく――。
 極東の可憐な島国は、今が春の盛りである。
「姫様、お呼びでしょうか?」
 侍女コノハ・キノクニは、第三王女の私室――《九尾の間》の前でかがみ、うやうやしく両膝を板張りの廊下についた。
「んー、呼んだぞ。入れ入れー」
 太平楽な許可を確認してから、コノハは紙張りの軽い戸をスライドさせた。
 ウズメ姫は、クッションの海で泳いでいた。
 ゆうに二〇畳はある広々としたスペースだ。床一面が、大小様々な色とりどりのクッションで隙間なく埋まっているのだ。
 ひきこもり中なのか、姫君は寝間着姿のままだった。ほっそりした足が腿まで覗けるのもかまわず、優雅にクロールしている。
 コノハは、眉一つ動かさない。
 三国一の変わり者として名高い第三王女付きの侍女として、その奇矯な行動の数々には、とっくに慣れているのだ。
 それに――。
 この手のアクションは、まったく無意味なように見えても、なにか重要な考え事をしているときの癖だとコノハは知っていた。
 ウズメ姫は、上座に積み上げた座布団の岸辺へ上陸した。《乱》と墨で大書きされた鉄扇を開いて、ひらひらと鷹揚に招いた。
「ほれ、ちこう寄れ」
「あいあーい」
 コノハは、両膝でクッションをかき分け、ズズズ、と前進した。
 ウズメ姫は、どっかりあぐらをかいている。十四歳のコノハより、さらに二つ年上のくせに、稚気が抜けきっていない天真爛漫な風情だ。
 寝間着はワカサ服ではなかった。舶来品の貫頭衣だ。しかも、手足を生やした魚が踊り狂っている柄だった。
 ――ありえないから! 魚ですから! 目が死んでますから! そもそも、一国の姫様がお召しになるものではありませんから!
 コノハも、この趣味の悪さにはついていけない。
 少しは選べよ、と。
 センス磨く金はあんだろ、と。
 王族は国の看板という自覚があるのか、と。
 たまに、そう叫びたくなる瞬間がある。
 だが、敬愛するご主人様ではあった。
「コノハ、ちと用を頼みたい」
 姫様は、バカ殿のように上機嫌だった。
 涼しげな二重の瞳が、優美な弧を描いて吊り上がっている。鼻先は繊細に尖り、薄い上唇がイタズラっぽく反っていた。
 貴女のたしなみとして、垂髪に長く伸ばしているべき黒髪は、一昨年までの野営生活の名残りで短いままだった。
 それでも、ようやく肩にかかるくらい伸びてきたが、スレンダーな身体のせいで、少女というより、元服前の美童っぽく見せていた。
 絶世の美女ではないが、独特の愛嬌がある。すべてのパーツが人を惹きつける個性として調和し、魅力にまで昇華していた。
 ――また、なにやら企んでいやがりますか?
 内心では、そう問いただしたい気分だった。
 姫の機嫌がいいとき。それは誰かが不幸になるときだ。悪意があるわけではない。たまたま、成り行きでそうなってしまうのだ。コノハは、お側仕えになって一年目だが、そのあたりは承知している。
 貴人と変人は、どこか似ているものだ。
「あの、どちらまででしょーか?」
 用心した上目遣いで、コノハは訊ねた。
 侍女の不信を察したのか、姫の目が、すぅ、と糸のようになった。
「ん、知りたいか?」
 パチ、と鉄扇を閉じて、ちょい、ちょい、と扇で招いてくる。
「あい、知りとうございます」
「ならば、もそっと近うへ」
「あいあーい」
 コノハは、ずずー、と座ったまま前進した。
「ほれ、もそっと……遠慮はいらぬぞ」
「……あっ」
 姫の細腕が、コノハの小さな頭を抱き寄せたのだ。
 ほとんど部屋から出ることもないのに、なぜか陽の匂いがした。化粧を好まず、着物に香を焚きつけることをしない姫だった。スリスリと頬ずりもされた。王族だけあって、肌のキメは真珠のごとくだ。
「ひ、ひひ、姫様!」
「そなたに、ブランク王国へいってもらいたい」
 ウズメ姫は、戯れかかるふりをして、耳打ちをしてきた。
 コノハは、小首をかしげた。
「はて……ブランク?」
 宮廷侍女として、知識が足りない自覚はあった。宮大工の娘であったコノハは、内乱時に逃げまわっていたから、学問所に通うどころではなかったのだ。
 しかも、都へ戻ってきたときには、堂々たる孤児となっていた。
 だから、コノハが宮廷で働けるのは、戦禍による人手不足と戦災孤児救済を一挙に解決するため、それまで良家子女の行儀見習いに設けられていた宮廷雇用枠が開放されたおかげだった。
「遠いところでしょうか?」
 漠然とした不安が、コノハをひるませた。
「まあ、少しはのぅ」
「ずっと歩くのですか?」
「船と馬じゃな。なに、遊行のつもりでよい。口煩くない随員もつけよう。珍しいものがたくさん見られようし、異国のごちそうも食べ放題じゃ」
「船……馬……ごちそう?」
 コノハは、ぼんやりと夢想してみた。
 見知らぬ土地への怖れはあったが、好奇心も疼いている。
 ――温泉はあるかなぁ?
 コノハも、まだ遊びたい盛りだ。
 姫の世話役は嫌いではない。
 嫌いではなかったが、たまには宮廷仕事から解放されて、優雅な船旅を楽しんだり、美味しい料理を満喫するのも悪くなかった。
 旅とリンクする想い出といえば――。
 反乱軍が暴れる都から逃げて着の身着のままで彷徨ったり、大雨で氾濫した川を命がけで渡河したり、暗い山中で野盗の襲撃に怯えながら眠ったり、バカンスやリゾートとは無縁な記憶しかないのだ。
「でも……なぜ、あたしが?」
「正式な使者をたてると、叔父上に悟られてしまうからな」
 コノハは、なぜ密着して話す必要があったのか、ようやく理解した。
 私室とはいえ、宮廷内では誰が盗み聞きをしているかわからない。王都の復興は順調だが、戦乱の火種が根絶できたわけではないのだ。
 たとえば、姫の叔父にあたる筆頭家老ダンジョウ・エチゴだ。
 三年前の内乱勃発時に、三王子の武装決起を知っていたとしか思えないタイミングで、ダンジョウは宮廷から姿を消し、内乱終結とともに、しれっとした顔で戻ってきた食わせ物だった。
 今でも、三王子を扇動した張本人だという噂が根強く残っている。
 それでも、ワカサの外交を一手に引き受けてきた実力者ゆえ、女王としても憶測で断罪するより利用するほうを選んだようだった。
 コノハは、宮廷内の女官たちから、そう聞いていた。
 女官は噂という花粉を運ぶミツバチだ。怪しげなゴシップも多かったが、情報量とネタの新鮮さは女同士のネットワークに敵うものはなかった。
 コノハでさえ、オヤツの菓子類といっしょに流れてくる噂を聞いているだけで、いっぱしの事情通になったような気分になれるほどだった。
「姫様……」
 コノハの手足が急速に冷えていった。
 突如として、宮廷内での権謀劇に巻き込まれたのだ。
「ああ、安心するがよいぞ」
 ウズメ姫が、コノハの背中を優しくなでた。
「ただの届け物だ。密書さえ確実に手渡してもらえればよいのじゃ。返書はいらぬ。あとは、あの男が勝手にやってくれる」
「あの男?」
 コノハが訊くと、くす、とウズメ姫が笑った。
 そして、耳元でささやいてくれた。
 コノハは目を見開いた。
「あ、あの御方に、ですか?」
 畏怖を込めて、コノハはつぶやいた。
 彼女は、生きた伝説となった、かの英雄に会うことになるのだ。
 ウズメ姫は満足そうにうなずいた。
「そう、あの男にだよ」
 あの方の話をするとき、姫様は、いつも嬉しそうに目を細める。
 とても愛しそうで、どこか無防備だ。主従の身分を忘れて抱き返したくなるほど、愛嬌たっぷりの笑顔になるのだ。
 二つ年上で、六センチも背が高いのに、まるで小さな女の子に見えてしまう。それがウズメ姫のカルト的な人気を支えている秘密だった。
「腹黒いことは、あの男にぜんぶ任せる。そう決めた」
(腹黒いことなんだ……)
 コノハは、心の中でマイルドに突っ込んだ。
「わ、わかりました、姫様」
「ああ、頼んだよ」
 ウズメは、侍女の頭をなでくりまわした。
 コノハは決意した。
 命と引き換えにしても、必ず役目は果たさなくてはならない。
 どうせ哀しむ身寄もないのだ。
 もちろん、しっかりと旅を楽しむつもりだった。
 このとき、ブランク王国が、苛酷な大砂漠の真ん中にあるとは――。
 まだコノハは知らなかった。
(続きは電子書籍で!)
登録日:2011年04月20日 14時58分
タグ : ライトノベル

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