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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/ファンタジー

赤い死神 右手に鎌を左手に君を(1)

[連載 | 完結済 | 全14話] 目次へ
盗賊団『黄金の城』を統括する九頭竜のひとりサガン。微睡みの中、幾度も見た夢を再び見ようとしていた。それは、負けたことのないサガンが初めて負けたミリデリア攻略時に合った少年との戦闘だった。
プロローグ 屍山血河

 黒曜石で作られた長方形の室内には、ランプの炎が心許なそうに揺れている。鏡面に磨かれた黒曜石に明かりが乱反射し、無数のランプが灯っているように見える。
 部屋にある物はただ一つ、一脚の豪奢なイスのみ。そのほかの家具も、調度類も何もない殺風景な部屋。光源はランプの弱々しい灯りのみという室内は、寒々とした冷気が漂っている。
 唯一の置物であるイスには、初老の男が足を組んで座っていた。左手を肘掛けに乗せ、何もない虚空をただ見つめている。
 短い白髪に厳つい顔。顔に刻まれる皺は少なく、その代わりに大小の傷が見て取れる。恰幅の良い体は太っているというわけではなく、鍛えられ、無駄な贅肉をそぎ落としたものだった。とりわけ男の体で目につくのは、肘から下を失った右腕だろう。
 男は溜息混じりに虚空に注いでいた鋭い眼差しを緩めると、ゆっくりと目を閉じた。
 全てが闇に包まれる。耳の奥に無数の声が聞こえてくる。失ったはずの右腕の感覚が甦り、体を巡る血液が流れを速めるのが分かる。
 男、サガンは幾度も見た夢を再び見ようとしていた。


 それは、盗賊の襲撃とは名ばかりの戦争だった。
 世界のもっとも東に位置するザオテイオス大陸。南北に長い菱形をしたその大陸は、西側半分をブレッツとライブリーという二国が治め、東側半分をミリデリアが治めていた。
 そのミリデリアに、世界有数の盗賊団『黄金の城』が戦いを仕掛けた。盗賊団と一口に言っても、その構成員は数千から数万にも及ぶと言われている。全員が参加しなくとも、黄金の城が動けば戦争になる事は必至だった。
 当時、四十歳を少し回ったサガンは、黄金の城を統括する九人の隊長、九頭竜の一人だった。黄金の城の隊長は個人であるにも関わらず、各国から恐れられていた。その実力は、一人で構成員百名にも匹敵すると言われており、サガンもその時まで負け知らずだった。
 酒、金、女、望む物は全て手に入り、気に入らない物は殺し、壊し、蹂躙した。この世で自分の思い通りにならないものはない、そう思っていた。
 何故ミリデリアに攻め込んだのか。自分で指揮を執りながら、明確な理由はなかった。世界の果てから順に、奪える物を奪おうと思ったのかも知れない。そのミリデリアで、まさか人生初の敗北を喫する事になるとは、当時のサガンは想像もしていなかった。
 予め、構成員は旅人や商人に紛れ、首都サートトスに忍び込んでいた。狙うは王城ミリオネル。決行は深夜。訓練に訓練を重ねた構成員達は、盗賊団と言うよりも軍隊といった方が適切かも知れない。
 構成員は無駄な動きを一切見せず、王城の門兵を倒して城へと雪崩れ込んでいく。野蛮な声を上げて突撃する者、ただ黙々と剣を振るい敵を殺していく者、盗賊の本分である略奪を目的とする者、女を陵辱する者、様々だ。
 横たわる死体を見下ろしながら、サガンはゆっくりと蹂躙された赤い絨毯の上を歩いていく。気分は爽快だった。自分に敵う者はいないし、制止しようとする者も存在しない。
 しかし、陶酔した気分を味わうのも、ミリオネル城に進入して最初の十分間だけだった。
「報告します! 中央広場で、構成員が多数死亡! さらに、中央棟に進軍した構成員も足止めされている模様です!」
 矢継ぎ早に耳に入ってくる凶報。そのどれもが予想だにしない物だった。頭の中央に空白が生まれるのも一瞬、サガンは気を取り直すと、一番被害が出ているという中央広場へと向かった。
 足早に歩きながら、サガンは城の兵士が余りにも少ない事に気がついた。そればかりか、調度の類も置かれていない。ある程度予測はしていたが、こちらの動きが読まれていた可能性がある。
「しかし! 我々がこうもやられるとは!」
 いくら構成員が死のうとサガンの知った事ではない。それこそ、黄金の城の構成員は掃いて捨てるほどいる。頭にくるのは、黄金の城を軽くあしらう者が存在しているという事だ。
 中央広場に近づくにつれ、叫び声が聞こえてくる。掠れた図太い男の声。構成員の声だった。
 開け放たれた巨大な樫の扉を潜ったサガンは思わず足を止めた。目の前に広がる光景を前に、思わず「うっ」と呻いてしまった。
 累々と横たわる構成員。一目で分かるが、その誰もが一刀の元に切り伏せられ、絶命している。こうしている間にも、構成員が襲いかかるが、その人物は一瞬にして四人を切り刻む。元々赤いと思われる絨毯は、流れ出る血を吸って禍々しい朱色に染まっていた。
「まるで、屍山血河だな」
 サガンを見た構成員が、ホッと安堵の表情を浮かべる。命を奪う事になれきっている彼らは、命を奪われる事に関しては余りにも無防備だった。彼らを不甲斐ないと責める事はできない。目の前に佇む人物、年端のいかない少女の面持ちをした少年。
「赤い、死神か」
 漆黒の貫頭衣に身を包んだ少年は、サガンを見て僅かな笑みを浮かべる。赤い死神と呼ばれた少年は、ピチャピチャと音を立て血の池を歩いてくる。彼はニコリと笑うと、手にした漆黒の剣に語りかけた。
「うん。分かってるよ、ラシィータ。あの人は強い。だけど、大丈夫。今日の僕は調子が良いんだ。誰にも負ける気はしないよ」
 ラシィータと呼ばれる剣に頷いた少年は、三メートルほど手前でその足を止めた。
 サガンの肩にも届かない少年。道ばたで石を蹴って遊んでいるのが似合いそうな少年。しかし、彼から放たれる純粋な殺意は、巨大な壁となってサガンの前に立ち塞がる。
 天才という月並みな言葉が頭を掠める。九頭竜の誰もがそう揶揄されているが、彼の前に立てば、その言葉さえ平凡に聞こえる。圧倒的な才能の差、そして、この幼い少年にこれ程までの剣技を叩き込んだ師の存在が、小さな体の背後に見え隠れする。
「いくよ、ラシィータ」
 ゆっくりと、サガンは腰から剣を引き抜いた。これまでにない強敵を前にして、剣を持つ手が僅かに震えている。ほんの一息、一瞬で勝負は決するだろう。
 サガンと赤い死神が動いたのは、ほぼ同時だった。
 一歩踏み込むサガンに対し、赤い死神は小さな歩幅を刻んでくる。上段から剣を振り下ろす。そのサガンの右側に体を寄せてくる赤い死神。
 交錯は一瞬だった。剣を合わせるまでもなく、サガンと赤い死神は体を入れ替えた。
「ほら、言ったじゃないか、ラシィータ。今日の僕は負ける気がしないって」
 無邪気な笑顔を浮かべる赤い死神。
 ビチャンと、足下に生じた血だまりに何かが落ちた。見ると、サガンの右腕が血だまりの中に転がっていた。


 サガンは目を開けた。十年も前に失ったはずの右腕が、脈打つようにジンジンと痛みを発する。時折見る夢。それは寸分違わず、紛れもなく現実に起こった出来事をなぞる。夢の中であっても、現実と同じ負ける夢。夢なのだから、一度くらい勝っても良さそうな物だが、必ず負けるのである。
「お疲れのようですね」
 静まりかえった室内に男の声が反響する。黒曜石の床をカツカツと鳴らしながら、一人の男が歩いてきた。
「遅かったな、ディアブロ」
 ディアブロ。悪魔の名を持つ彼は、悪びれることなくニコリと微笑む。
「色々と準備があったのでね」
 まだ若いディアブロ。しかし、彼には才能がある。溢れんばかりの才能に加え、盗賊団で一番大切な物、残虐性が突出している。生まれたばかりの赤子も、笑みを浮かべながら殺せる彼は、まさに盗賊団の隊長となるに相応しい資質を持っていると言えた。
「また、赤い死神の夢ですか?」
 自分の指揮する三番隊。サガンはその中から、次期隊長を選ばなければいけない。自分がまだ動ける内に、その座を次代に引き渡す。それが黄金の城の仕来りだった。
 現隊長が、隊長候補者達に対して一つの課題を課す。それをクリアした者のみが、隊長の座につく。今回、サガンがその課題を課すのは二名の構成員。一人が目の前にいるディアブロ、もう一人はガラハドと呼ばれる青年だ。どちらも、隊長にするのに十分な実力と才能を備えている。
「赤い死神の事で今なお悩まされているなんて、やはり、貴方はセンスがない」
 鏡のように磨かれた黒曜石の壁に反射し、どこからか女の笑い声が聞こえてきた。
「では、私は行きます。次に合うときは、必ず、古の宝を持って戻ってきますよ。最後の仕事だと思い、そのイスを良く磨いておいて下さいね」
 嘲笑とも取れる笑い声を残し、ディアブロは去っていった。
 ディアブロは課題を簡単だと思っているようだが、果たして、それほど簡単に事が運ぶのだろうか。
「相手は、あの大国サーンラーデン。女王直属の私設部隊ハイダーナイツは手強いぞ」
 背もたれに体を預けたサガンは、ディアブロの消えていった戸口を見つめ、薄い笑みを浮かべたが、すぐにその笑みは崩れた。時が経っているにも関わらず、今日はやけに右腕が痛んだ。
(つづく)
(初出:2014年03月18日)
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登録日:2014年03月18日 17時14分
タグ : 盗賊

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