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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/ファンタジー

赤い死神 右手に鎌を左手に君を(11)

[連載 | 完結済 | 全14話] 目次へ
黄金の城が攻め入るなか、ついにミシシュは力を奪っていた腕輪から解放され守護聖霊を封じた剣を取り戻した。ハイダーナイツの二人と共に敵を待ち受ける赤い死神。
 黄金の城がエリンピオ城へ襲撃を開始して、早三十分が経過しようとしていた。いきり立つ構成員達とは裏腹に、ガラハドは自分がとんでもない罠に陥ってしまった事を、今更ながらに後悔した。
 何処へ行っても同じ回廊。右を見ても左を見ても、永遠に続く石の回廊が広がっている。入った瞬間、入り口は消失し、無限の回廊のみが存在する世界になった。
「結界……ですね。これ程までの結界を用意するとは、美しいではありませんか」
 泣こうが喚こうが、内側からこの結界は破る事ができない。試しにガラハドはローズで壁を斬りつけてみたが、この空間の中では彼の魔法は効果を示さなかった。
 ガラハドと共に進入した構成員達は、この回廊が敵の罠だと悟るやいなや、無駄に動き回るのを止め、天に向かって卑猥な言葉を並べ立てた。
「ふむ、私とした事が失敗しましたね。まさか、内から破れない結界を用意しておくとは。これは、ディアブロに助けてもらうしかありませんか」
 まさに、妙手と言うしかないだろう。いつ襲ってくるかも分からない自分達に対し、ハイダーナイツはいつでも対応できる策を用意して置いたのだ。最小限の被害で、最大の効力を発揮する。水も何もないこの場所で一週間ほど放置しておけば、結界に取り残された構成員達は、餓死するか狂い死ぬかのどちらかだろう。
 しかし、ガラハドは先の心配など一切していなかった。
「ここは、私の死ぬステージではありません。さあ、ディアブロ、早く私を助けなさい。そして、美の共演を果たすのです」
 逸る心を抑えつつ、ガラハドはディアブロが来るのを今か今かと待った。ガラハドの祈りが通じたのか、突如として回廊にディアブロの影が浮かび上がった。
「何処をほっつき歩いているのかと思えば、こんな所に引きこもっていやがったか」
 ボンヤリと霞むディアブロを見て、八方塞がりだった構成員達が歓声を上げる。歓声に揺れるディアブロの影は、ガラハドを見下ろす。
「フフフ、少し油断をいたしました。しかし、これでこの結界が破壊されれば、ついに、ついに! 私とディアブロの美の共演が! さあ、ディアブロ! 私と一所に狂乱の調べを奏でましょう!」
「……なんだか、この結界を破壊したくなくなったな」
「なっ、どういう事です」
 ディアブロの言葉に、動揺するガラハド。しかし、そんなディアブロを構成員達は平静な眼差しで見つめていた。それは、ディアブロの言葉に共感できる者の眼差しだった。
「まあ良いだろう。すぐに結界を破壊する。後は、私の手助けを期待するな」
「フッ、分かっています。ここを抜け出たら、私たちはライバル。先に不死の女王の持つエバーラスティングを手にした方が、次の九頭竜になれる」
「その通りだ。では、勝負だ!」
 ディアブロの影がフッと消えた。どこかで遠くで、人の叫び声が聞こえてきた。
 回廊がボンヤリと霞み始める。結界が崩壊したのだろう、停滞していた空気がガラハドの周囲を流れ出した。至る所から怒声や金属の打ち鳴らされる音が響いてくる。
「さあ、ディアブロには負けませんよ。エリンピオ城を破壊し、ハイダーナイツを殺し、黄金の城の恐ろしさを、テンダーランドに知らしめるのです!」
 構成員達に叫びながら、ガラハドは意気揚々と歩き出した。目指すは最上階にある謁見の間。そこへ辿り着けば、ハイダーナイツの隊長と不死の女王が待ち構えているはずだった。


 レオシールが謁見の間へ入った瞬間、それまでざわめいていた隊員達が一斉に口を噤んだ。皆の注目が、レオシールが手にしている一振りの剣に注がれる。
 ミリデリアでしか採掘されないレアメタルの一種、アルカリアンという金属で打たれた剣は、鞘に収まっていてもなお、その禍々しい力を発散していた。
「エミリア隊長、ラシィータを持ってきました」
「ご苦労様、レオシール」
 エミリアはルリアを伴ってレオシールの元へ向かった。
『久しぶりね、ミシシュ。会いたかったわ』
 ラシィータから流れる甘い声に誘われるように、ミシシュはフラフラとラシィータへと近づいた。胸の奥が、全身が熱くなる。冷たかった血液に熱が入り、全身が燃え出すかのようだった。
 レオシールが片膝を付き、ラシィータを両手に持って恭しくルリアに差し出す。ルリアはラシィータを見つめると、一度唾を飲み込んだ。そして、確認するようにエミリアを仰ぎ見る。
「大丈夫です」
 エミリアが頷くのを確認して、ルリアが恐る恐る手を伸ばす。ラシィータの黒い鞘をルリアの白い指先が触れた。瞬間、ルリアが顔を歪めた。
『この女が、私とミシシュの間を裂いたのね……』
『ラシィータ姉様! おやめ下さい!』
 ラシィータから底冷えのする冷たい声が流れる。この声を聞こえる者は、ミシシュとエミリアの守護聖霊、アシュタルテ以外に誰もいない。
 スーッと、音もなく鞘からラシィータが滑り出した。真横にして捧げられているはずの剣が、見えない手によって引き抜かれるかのようだった。刃毀れ一つ無いラシィータの漆黒の刃が、微かな余韻を残して鞘から抜け落ちる。
 ルリアの横へ並んだミシシュは、両手を差し伸べる。
 弧を描きながら落ちるラシィータ。彼女は刃先を絨毯に突き立てると、キンッ、と甲高い音を立て大きく跳ね上がった。そして、空中で弧を描く刃は、ミシシュの腕を拘束している腕輪を容易く切り裂いた。そして、なおも宙を舞うラシィータは、ルリアの無防備な胸元へと吸い込まれるように落ちていった。
 時が止まる。エミリアも黒い残光を残して宙を舞うラシィータに見入り、ルリアもまるで生き物のように振る舞うラシィータを見て呆気にとられている。レオシールに至っては、何が起きているのか理解する事もできない様子だ。
 鋭い刃先が、エミリアの白い肌へ触れる。しかし、その瞬間、電光石火の早さで動いたミシシュの腕がラシィータの柄を捕らえた。
「ありがとう、レオシール。ルリア、これで僕は戦える」
 刃渡り一メートル三十センチほど。昔は長くて扱いにくいラシィータだが、今はしっくりと来る。三年ぶりに手にするラシィータだが、自身とマッチする感覚は以前と何一つ変わらない。
「説明は不要だな、ラシィータ。今回の敵も、黄金の城だ」
 手の中でラシィータを回転させるミシシュ。ラシィータの軌跡には、黒い残光が取り残される。
 ルリアはミシシュの華麗な剣技を見て、「あぁ……」と感嘆の溜息を漏らす。エミリアとサリヴァン、他のハイダーナイツの隊員は、食い入るようにミシシュを見つめている。もし、ミシシュがおかしな行動を起こしたら、すぐにでも行動を起こせるように腰の剣に手をやる者も居た。
『なるほどね。あの姫様と昵懇(じっこん)の仲なんだ、少し妬いちゃうわね。でも、敵が黄金の城っていうのは、朗報じゃない。また、楽しい戦いができるわ』
 体に響いてくる心地よい余韻。腕輪によって封じられていた力、そして、守護聖霊を封じた剣。その二つが今、ミシシュの手に戻った。失っていたパーツを取り戻した体は、三年のブランクを感じさせないほど切れていた。
 天高く放り投げたラシィータを受け取ったミシシュ。その瞬間、背後から凄まじい殺気が放出された。
 意識が反応する前に、体が反応していた。身を屈めたミシシュの頭上を、いつの間にか移動したのか、サリヴァンのノクターンが過ぎ去った。
「サリヴァン!」
 ミシシュの声に応えず、戻す剣を振り下ろしたサリヴァン。ミシシュは体を捻ってそれを躱すと、一歩距離を取った。しかし、ミシシュを襲う殺気はサリヴァン一つでは無かった。
『勝負ですぅ〜、ラシィータお姉様!』
『アシュタルテ! アナタって子は!』
 巨大な影がミシシュの頭上を過ぎ去る。見上げるまでもない、この幼い声と獣のような野性味溢れる殺気。
「エミリア!」
 跳躍して振り下ろされるアシュタルテ。とても女の細腕では振り回せないような大剣を、エミリアは軽々と操っている。
 ミシシュはラシィータの細い刀身で、強烈な斬檄を受け止めた。膝でショックは吸収したが、それでも殺しきれない勢いが背骨にのし掛かる。ミシシュはすぐさまアシュタルテの下から逃れる。
「行くわよ!」
 普段のエミリアではない。ハイダーナイツの隊長。ブルームーンと言われているエミリアが、そこにいた。
 瞬きする間を与えない鋭い攻撃。しかし、ミシシュは紙一重で躱しながらも、横を滑るように移動するサリヴァンへの警戒も怠らなかった。
 何故? どうして? 二人の攻撃を前にして、そんな疑問は浮かばなかった。張り詰める緊張と交錯する殺気。この場に満ちる戦いの気が、今まで寝ていた赤い死神を覚醒させる。
 鼻先数センチを掠めるアシュタルテ。次の攻撃には、ミシシュの鼻先すれすれを掠める。そして、次は服を切り裂く。四度目の攻撃では、流れる赤い髪が数本宙を舞った。
『ここよ』
「分かってる!」
 目にも止まらぬスピードで剣を引くエミリア。だが、そのスピードとほぼ同じ素早さでミシシュはエミリアとの距離を詰めた。
 突き出されたラシィータを、アシュタルテが弾き飛ばす。しかし、ミシシュは体を捻ってラシィータを引き寄せると、エミリアのがら空きとなった脇腹にラシィータを差し込んだ。何の手応えもなく、漆黒の刃が脇腹へ吸い込まれていく。
「赤い死神!」
 エミリアと入れ違いにサリヴァンが斬りかかってくる。サリヴァンの鮮烈な殺意が、ミシシュの全身を撃ち貫く。心地よい殺気。心地よい緊張感。ラシィータを手に戦うミシシュは、知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべていた。
 認めたくはない。しかし、認めなくてはいけない。剣を手にしている瞬間が、一番自分らしいと。
「サリヴァン=テキラメルク!」
 ミシシュの目には、サリヴァンの動きが手に取るように分かった。昨日、エミリアの執務室でノクターンを突きつけられた時は何一つ反応できなかった体が、今では微かな殺気の余韻に反応してくれている。
 二度三度とサリヴァンと切り結んだ後、僅かに距離を置いたサリヴァン。そのサリヴァンの横に、エミリアが立つ。黒と白。目に鮮やかなコントラストが、真紅の絨毯の上に映えていた。
 ラシィータを構えたミシシュは、僅かに腰を落とす。緩やかな呼吸をしつつ、五感を研ぎ澄ませる。ハイダーナイツ隊員達の身じろぎ、ルリアの呼吸、開け放たれた扉から流れてくる微かな金属音と、血の臭い。微かな空気の流れ、地面の震動。普段ならば感知出来ないほどの微小の変化も、感じ取れる。
 サリヴァンとエミリアが同時に膝を曲げる。
 両手を胸の前で合わせたルリアが息を飲む。
 目の前で白と黒が弾けた。右にエミリア、左にサリヴァン。二人は寸分違わぬ呼吸で呼吸で打ち込んでくる。
(逃げられない!)
 二人同時の左右からの攻撃。前後から迫る刃に対して、逃げる場所は上下に限られてくる。しかし、その二方向へ逃げる事はあり得ない。初撃を躱したとしても、バランスを崩した状態では二撃目には対応できない。
 ミシシュは僅かに上半身を後ろへ倒すと、ラシィータを持つ右手を前方に、左手を後方へ伸ばした。
 ギンッ!
 凄まじい金属音が謁見の間に響き渡る。
「ほう、止めたか……!」
「当然!」
 後方へ突き出した左腕でサリヴァンの手首を押さえ、右手に持ったラシィータは石畳へ深々と突き刺さり、エミリアのアシュタルテを受け止めていた。
「へぇ、やるじゃない」
『流石ですぅ〜! ラシィータお姉様!』
『当然。私とミシシュが負けるわけ無いじゃない』
 憎々しげに舌打ちをすると、サリヴァンはノクターンを引いた。エミリアもサリヴァンに習いアシュタルテを引く。
「三人とも! 何を始めるのですか!」
 三人から殺気と闘気が引いたのを確認し、ルリアが駆け寄ってくる。
「別に気にする事じゃないわよ、ルリア。これは私たちなりの挨拶と試験よ。この程度で死ぬようじゃ、九頭竜候補には勝てないから」
「試験には合格か?」
 ラシィータを鞘に収めたミシシュは、薄い笑みを浮かべるエミリアを見る。エミリアも、サリヴァンも、本気でミシシュを殺しに来ていない事は明白だった。もし、二人のどちらかが本気を出したなら、二対一で渡り合う事など不可能だからだ。ミシシュがエミリアに放った攻撃も、彼女の体を掠めてマントに小さな穴を穿っただけだった。
「ま、腕は衰えていないようで安心したわ」
「ああ、残念だよ。もしあれで死ぬようなら、苦労はしないんだがな」
「手は抜いていたけど、お前の殺気は紛れもなく本物だったぜ」
 サリヴァンはミシシュの言葉には応えず、僅かに口元を緩めただけだった。
「よし、これで役者は揃った」
 サリヴァンの言葉に、今まで三人の闘いに見入っていた隊員達が直立不動の姿勢を取る。
「これより、我々ハイダーナイツは黄金の城を迎え撃つ。結界が破れるのも時間の問題だろう。しかし、本当の闘いは結界が破れてからだ」
『ハッ!』
 緊張に表情を硬くした隊員達の声が謁見の間に響く。
「これより、我々は三班に分かれる。一つ下の階にある東の間と西の間に一班ずつ。もう一班は、城内をくまなく探索し、黄金の城を各個撃破する」
『ハッ!』
 エリンピオ城の最上階にある謁見の間。此処へ至るためには、東西にある階段を使うしかない。その階段がある部屋が、青一色で統一された東の間、そして、白一色で統一された西の間だ。
「いいか、敵は黄金の城だ! 各人油断するな! もし、隊長格の敵と出会ったら、逃げろ! そして、私かエミリアのいる場所へと誘い込め。私たちが相手をする」
「サリヴァン」
 ラシィータの先でコンと石畳を叩いたミシシュは、サリヴァンの話に割って入った。
「僕の所にも回してくれて構わない。アイツらとは、浅からぬ因縁があるからね」
「……信用できるか?」
 サリヴァンは横に控えるエミリアを見る。エミリアは探るように赤い瞳を光らせると、ミシシュの目を見つめた。美しい瞳、見つめられるだけで心が吸い込まれるかのようだ。
「昨日までとは違う。今の彼は信用できるわ。任せても良いと思う」
 サリヴァンは小さく頷く。
「では、此処を任せる。その命に代えて、ルリア様をお守りしろ」
「僕を誰だと思ってる? 赤い死神、ミシシュ=ラン=フォールエンドだぜ?」
 初めて、サリヴァンが笑みらしい笑みをミシシュに見せた。それは、敵ではなく、背中を任せられる味方に見せるのと同種の物だった。
「サリヴァン、私は東の間へ行くわ」
 言うが早いか、エミリアはスタスタと歩き出す。
「一人でか?」
「そうね、レオシール」
 ミシシュの背後に隠れていたレオシールは、エミリアに呼び止められビクリと体を震わせた。
「アナタの事だから、どうせ此処で暇を持て余すつもりでしょう? ついてきなさい。私が戦い方を教えてあげるわ」
「ええっいや、あの……はい、いきます」
 心なしか肩を落としたレオシールが、蒼い髪を揺らして謁見の間を後にしたエミリアを追っていった。
「では、私たちも行くぞ!」
 黒いマントを翻したサリヴァンは、颯爽とした足取りで謁見の間から出て行った。全ての隊員達も彼の後に続く。
「皆、行ってしまいましたね」
「うん」
 人口密度が一気に減り、静寂が訪れた謁見の間。ルリアは王座の前に足を畳んで座ると、ミシシュに横に座るように手招きした。
「あの時の約束、やっと守ってくれましたね、ミッシュ」
 微笑むルリア。憑き物が落ちたように輝く笑顔は、この場には相応しくないようにも思えたが、その笑顔はミシシュの心を癒してくれた。この笑顔が、ミシシュの選択を肯定してくれている。全ての罪を、許してくれている。
「ルリアは絶対に僕が守るよ。髪の毛一本ほどの傷も、君にはつけさせない」
 守るべき物のいる闘い。それは、今までミシシュが行ってきた物と何一つ変わらなかった。しかし、ミシシュの心は今まで以上に高揚していた。


 まるで時の流れから取り残されたかのような静謐な空間。つい数分前まではハイダーナイツの隊員達がひしめき合っていた謁見の間も、ミシシュと二人きりになった途端、静寂の幕が下ろされた。
 ルリアは玉座の前に膝を折って座りながら、横に座るミシシュを盗み見た。
 普段見ている横顔と、何一つ変わるところはない。それなのに、ルビーレッドに輝く瞳だけは、血に飢えた獣のように殺伐とした冷気を宿している。
 ミシシュの意志を無視した頼みが、彼の心の何かを外してしまったのだろうか。いや、むしろその逆。彼がサーンラーデンに来て漸く手に入れた平穏な生活。人を殺さなくても良い、笑って毎日を過ごせる生活を、ルリアは奪った。
「ミッシュ……」
 ミシシュは答えない。片膝を付き、静かに開け放たれている出入り口を見つめていた。まるで、そこから何者かがやってくるのを待っているかのように。
「許して下さい。こんな事に巻き込むつもりはなかったんです」
「気にする事はないよ。君はこの国の女王なんだし。僕は、談話役。ルリアが望むなら、僕は赤い死神だって戻るさ」
 寂しそうに微笑んだミシシュは、目を細めてルリアを見つめた。
「それにね、僕にはルリアを守るって言う約束があるじゃないか。どんな形であれ、僕はルリアを守るために、サーンラーデンに来たんだから」
「ありがとう、ミッシュ……。サーンラーデンに来て、貴方の上にも太陽の光が降り注いだみたいですね」
「まあ、ね」
 照れくさそうに鼻の頭を掻くミシシュをみて、ルリアも釣られて微笑む。
 彼が自分に愛情を持っていなくても構わない。今は、こうして二人だけの時間を一所に過ごせる。その事が、何よりもルリアには幸せだった。
「だけどさ、エミリアも準備が良いな」
 ミシシュは自分の姿を見下ろして苦笑いを浮かべる。彼が身に着けているのは、サリヴァンが身につけている服よりも、更に黒い服だ。黒く染色されたなめし皮の服は、赤い髪を持つミシシュに良く似合っている。
「そう言えば、ミリデリアにいたときは、黒い貫頭衣を着ていましたね」
「うん。でも、あれはデザイン的にイマイチだったからね。エミリアが用意してくれたこの服の方が、随分しっくり来るよ」
「フフフ、それ、実は私とエミリアが考えて作ったんです♪」
「ルリアがこれを? エミリアと二人で、何をやっているんだか」
 目を丸くするミシシュ。しかし、彼の顔は満更でもない様子だ。
「やっぱり、ミッシュには黒い服が似合います」
「そうかい? まあ、女装よりは遙かに似合うと思うけど」
「いや、女装の方が似合うかも知れませんけど……」
「ルリア、それ、どういう意味だよ」
 子供のように頬を脹らませムッとするミシシュ。しかし、それもほんの一瞬。次の瞬間、彼はいつになく真剣な表情に戻っていた。
「………」
 突然、ミシシュが険しい顔をして正面を見つめた。ルリアには、何の物音も気配も感じない。しかし、ミシシュは確かに何かを感じ取っているかのようだった。ラシィータを左手に持ったミシシュは、スクッと立ち上がった。
「ミッシュ、どうかしましたか?」
「誰か来る……。ルリア、下がって」
「ハイダーナイツでしょうか?」
 此処へ来る道は、すでにハイダーナイツが封鎖している。二人の隊長が東と西の間に陣取っている限り、黄金の城は何人たりとも最上階へ立ち入る事はできないはずだ。
 ルリアは息を詰めて扉を見つめた。ミシシュは微かに腰を落とし、いつでも戦える状態へと体制を整えていた。
 小さな足音と酷い息切れが聞こえてくる。血に染まった手が、壁からヌッと現れた。そして、血で赤く染まった金髪を揺らし、バラーズが倒れるように謁見の間に入ってきた。
「バラーズ様!」
 激しく出血をしていると思われるバラーズに、ルリアは駆け寄った。
「バラーズ様! しっかりして下さい!」
「ル、ルリア様……。すいません、しくじりました」
「一体、どうしたのですか?」
「私でも手伝える事があると思って、しかし、相手は思ったよりも強くて……」
 崩れ落ちるバラーズを支えようと、ルリアは手を伸ばした。しかし、伸ばした手はバラーズを掴むことなく、虚しく宙を掻いた。
「ルリア、そいつに近づくな」
 ゾクリと、背筋に悪寒が走る冷たい声音。それは、ルリアが今まで一度も聞いた事のないミシシュの声、赤い死神の声だった。
「え?」
 意味が分からず、肩越しにミシシュを見るルリア。
「そいつからは、血の臭いしかしない」
「だけど、それは怪我をしてるから……」
「何人殺した? お前がそれだけの返り血を浴びているんだ。一人や二人じゃないだろう?」
 抑揚無く言い放ったミシシュは、ルリアの目の前でラシィータを抜くと、それをバラーズに向けて無造作に振り抜いた。
 危ない、と思った時、すでにバラーズの姿は無かった。彼は猫の様に身軽に後方へ飛ぶと、ユラリと上体を揺らして立ち上がった。
「なぁに、たいした数じゃない。ほんの六人ほどさ。今回の目的は、ハイダーナイツを倒す事じゃない。目的は、ルリア姫、貴方の中にあるエバーラスティングと」
 バラーズは顔を上げた。その顔は、ここ数日ルリアに見せていた物と、全く別の顔だった。笑みは浮かべているが、その笑みは人の心を凍らせる凶器に満ちた物であり、冷ややかな青い瞳は獲物を狙う動物のように、ギラギラと輝いていた。
「赤い死神、お前だ!」
(つづく)
(初出:2014年07月08日)
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登録日:2014年07月08日 12時31分

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