騒人 TOP > 小説 > ファンタジー > 赤い死神 右手に鎌を左手に君を(13)
天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/ファンタジー

赤い死神 右手に鎌を左手に君を(13)

[連載 | 完結済 | 全14話] 目次へ
魔獣の姿に変貌したアイリーンに対峙するエミリア。そのエミリアも魔獣とのハーフであり、ダブルリングと呼ばれる彼女たちの戦闘は熾烈を極めるのだった。
 魔獣マグベルは、ヘキルイのあるアガンパサス大陸の奥地に生息する四足歩行の魔物と言われている。言われている、と言うのは、マグベルの知能は高く、そして戦闘能力も他の魔物に比べると格段に上なのだ。滅多に人里に降りてこないため、余程の物好きでもない限り、マグベルの生態を調べる事はない。よって、魔獣マグベルはその容姿と戦闘力、知力の高さのみが一般的に知られているだけで、その他の生態は一切謎に包まれている。
 人と魔獣とのハーフ。一般的に、ダブルリングと呼ばれる者は、その容姿からして一種独特だった。人の姿に極力近い者もいれば、人よりも魔物に近い者もいる。また、一定の条件、若しくは感情の変化によって姿形を変える者もいる。
 血の滴り落ちる左腕を押さえたエミリアは、自らの意志で人の姿から魔獣マグベルの姿へと変貌したアイリーンを見やった。
 体長は二メートルを優に超えるだろう。四足歩行だが、長く伸びた腕の形状は、二足歩行での攻撃にも適している事を示していた。背部を覆う堅く尖った体毛は、それ自体が鎧の役割を果たしていた。突き出した口は大人の頭を丸かじりできるほどだ。猿と狼を融合させたかのような魔獣マグベルの姿は、元は抜群のスタイルと美貌を兼ね備えたアイリーンの名残を何一つ残していなかった。
「マグベルが人と交わるなんてね。知らなかったわ」
 白い左腕に生じた噛み傷。思いの外俊敏だったアイリーンの攻撃により、左腕の肉を食いちぎられてしまった。動脈まで達した噛み傷は深く、手で押さえただけでは止血は無理だった。
「これが、私の血。貴方と同じ、呪われた血よ」
「呪われた、ね。貴方、聖霊の加護を受けていないわね?」
 左腕を動かすと、激しい痛みが全身を駆け巡る。エミリアは美しい顔を歪めると、床に転がっているアシュタルテを右手で拾い上げた。左腕から血が流れ落ちるが、それを気に留めている暇はない。気を抜けば、アイリーンに命を持って行かれる可能性もある。
「当たり前じゃない。私たちダブルリングに、人間と同じ聖霊の加護があると思って?」
『ありますよ! ね、エミリア!』
 アシュタルテが反論するが、この声はアイリーンには届かない。エミリアは薄く笑うと、切っ先をアイリーンに向けた。
「私には聖霊の加護があるわよ。この子、アシュタルテは私の守護聖霊よ。守護聖霊を持っているのが人間の証だというなら、私も人間だという事になるわね」
「馬鹿な事を! どう見たって、貴方は私と同じバケモノよ! ただ、人間のマネをしているに過ぎないわ!」
 アイリーンが地を蹴った。鋭い爪で絨毯とその下に敷かれた大理石を削り飛ばしながら、アイリーンは目にも止まらぬスピードでエミリアの周囲を移動する。
『エミリア! 後ろですぅ〜!』
 アシュタルテの甲高い声が頭に響く。エミリアは体を捻りながら、床に倒れ込む。鋭い爪が脇腹を掠め、アイリーンがエミリアの鼻先で立ち止まる。
「死になさい!」
「誰が!」
 両手を床についたエミリアは、その反動で体を宙へ弾いた。ダブルリングならではの、人外の膂力を誇る芸当だ。宙で体を一捻りしたエミリアは、アイリーンの背後に着地すると、背中を向けたアイリーンへ飛んだ。
 長い尾を一振りし、エミリアを撃退しようとするアイリーン。しかし、エミリアは鞭のように長く撓る尾をアシュタルテで両断すると、グリーン色に発光する刃をアイリーンの頭蓋めがけて振り下ろした。

 ギンッ!

 アシュタルテが鈍い音を立て床に突き刺さる。ザワリと、背後からひりつく様な殺気が迫ってきた。
「後ろ!」
「遅いわ!」
 振り向きながらアシュタルテを横に凪ぐエミリア。しかし、アイリーンはエミリアの行動を読んでいたかのように、跳躍すると、ナイフのように鋭く長い爪をエミリアに向けて振り下ろしてきた。
 攻撃が外れたと理解した直後の回避行動。頭ではなく、反射的に体が動いた反応だったが、その動きよりもアイリーンの攻撃の方が数瞬早かった。振り下ろされた両手がエミリアの大腿部を掠めた。
「チッ……! ダブルリングは、伊達じゃないわね」
『強いですぅ〜! このままじゃ、負けちゃいますぅ〜』
 息を切らすエミリア。力を抜くと、今にも膝をつきそうだった。先に傷を負った左腕、次いで脇腹、そして先ほどの両大腿部。どれも直撃にはほど遠い一撃だったが、マグベルと化したアイリーンの攻撃は、触れただけで皮膚を切り裂き肉を抉る。
「エミリア隊長!」
 エミリアの傷の深さを見て取ったのだろう。レオシールがアルカンプを手に加勢に加わろうとするが、エミリアは左手を挙げてそれを制する。
「レオシール! 死にたくなければ下がっていなさい!」
「で、ですが……、このままでは!」
「貴方に助けられる程、私は弱くないわよ!」
 断続的に駆け巡る痛みが集中力を乱し、出血が意識を朦朧とさせる。だが、それでも、エミリアは気弱な表情一つ見せず、アイリーンを睨み付けている。
「貴方の男? 中々可愛い子じゃない。人間じゃない貴方を助けようとするなんて」
「勘違いしないでくれる? 誰がレオシールの女ですか。アレはただの隊員。ハイダーナイツにしては珍しく、反抗的な奴でね。からかうと面白いから連れてきているのよ」
 口元に笑みを浮かべたエミリアは、コキコキと首を鳴らした。しかし、レオシールが思っている通りこのままでは、確かに勝てない。
「誰かさんと違って、私は皆から好かれているのよ」
「………!」
「貴方だって、人として生活がしたいんじゃないの? ダブルリングだからって、自分から壁を作って」
「黙りなさい」
「聖霊の加護がないから人間じゃない? いいえ、それは違うわね。聖霊の加護というのは、人から人に与えられる物。私は生まれたときから両親が居なかったわ。だけどね、私を拾って育ててくれた人が、私に聖霊の加護を与えてくれた。私の素性を知りながらも、私を人として育ててくれた」
「五月蠅い! 黙れ! バケモノのくせに!」
「格好なんて問題じゃないのよ!」
 エミリアの一喝が、アイリーンを沈黙させた。両手を床についたアイリーンの体が僅かに身じろぎした。
「姿形なんて問題じゃないのよ。確かに、私たちは人とは違う。だけど、こうして人と言葉を交わし、意識を共有できる。それだけで良いじゃない。私は、人間になろうなんて思わない」
「じゃあ、何になろうって言うのよ。私には、貴方は人間のマネをしているようにしか見えないわ!」
「私は、エミリア=エル=マヌカヌスとして生きているだけ。私の氏素性を知りながら、ハイダーナイツの隊長という重役を任せてくれたルリア。私をパートナーとして扱ってくれるサリヴァンや慕ってくれる隊員達」
 エミリアはレオシールを見て屈託無く笑った。
「彼らの思いに答えるために、此処にいるのよ!」
「嘘! 嘘よ! 私たちにそんな生き方はできない! 私たちは、人と交わって生きていけないのよ!」
「だったら、バラーズは貴方の何なのよ! 貴方は、彼の事を愛していたんじゃないの」
 エミリアの気迫に押され、アイリーンが後退した。
「私は、違う……。私は、私を拾ってくれたディアブロのために、役に立とうとして……」
「悲しい女ね、貴方は! 行くわよ、アシュタルテ!」
『はいですぅ〜!』
 アシュタルテを左手に持ち替えたエミリアは、目を閉じた。そして、すぐに開く。
 爛々と赤く輝く瞳。ただでさえ白く透けるような肌は、更に白くなり、腰まである長い髪は意志を持ったかのように扇状に広がる。
「教えてあげる。私はね、父が人間で、母が魔物なの。この意味が分かるかしら?」
 手にしたアシュタルテが溶け出した。いや、溶けたのではなく、左腕と融合したのだ。緑色の燐光を放つ剣は真紅に染まり、まるで生きているかのように脈動を始める。血管のような極彩色のスジが左腕とアシュタルテに走り、ついには太い刃に一つの巨大な瞳が現れた。
「どんな形であれ、父と母は愛し合っていた。信じがたいでしょうけど、人と魔物の間にも愛情という感情は生まれるのよ」
「嘘よ! 私は信じないわ!」
 アイリーンが襲いかかってきた。しかし、アイリーンの動きよりも数段速く、エミリアは動いた。一体化したアシュタルテが走り、すれ違いざまにアイリーンの両足を切断していた。大量の血を流し、床の上を滑るアイリーン。野獣の目を見開いたアイリーンは、何かを言いたそうに口を広げた。
「残念ね。何かを守ろうとしない貴方に、私を倒す事はできない」
 左手と融合したアシュタルテの刃が四つに割れ、花弁のように広がった。エミリアは、左手をアイリーンへと向けた。
「逝きなさい!」
 開いた花弁の中心部が大きな口を開ける。何もない真っ黒な空洞。そこから光が漏れ出す。徐々に強まる光。アイリーンはその光を前に、目を細めた。
「アシュタルテ!」
『はいですぅ〜!』
 エミリアの声に応え、アシュタルテが一条の閃光を放った。音もなく放たれたその閃光は、両足を切断されたアイリーンの首元を容易く貫いた。
「それが、貴方の力……。ダブルリングの力なのね」
 ゴポッと鈍い音を発し、アイリーンは吐血する。徐々にマグベルの体が崩れ、人になろうとしていた。
「半分程ね。殆どがアシュタルテの力よ。随分傷も負ったしね、癒す必要もあったから」
 アシュタルテを元に戻したエミリア。いつの間にか、彼女の受けていた傷が綺麗に治っている。驚異的な再生能力。それも、ダブルリングであるエミリアが持つ一つの能力だった。
「そう……。残念だわ。貴方となら……、苦しみを……共有できると思ったのに……」
「………」
 エミリアは口を固く結んで、すっかり人の姿へ戻ったアイリーンを見下ろした。ただし、エミリアに斬られた両手首、両足首から先は失われていた。彼女は上を見つめていたが、その目にはエミリアは写っていないようだった。
「ディアブロ……貴方だけは……死なないで……」
 ポツリと呟いたアイリーンは、そのまま目を閉じると、静かに息を引き取った。
「ディアブロ、か……。ま、ミシシュなら問題はないでしょう。私が本気になっても殺せなかった相手だものね。さあ、レオシール。もう一働きしましょうか」
「ハ、ハイ!」
「ン? どうしたのよ、突然礼儀正しくなって」
「いえ、この一戦を見て、改めて思いました」
「思ったって? 私の美しさでも再確認した?」
「絶対にこの人は怒らせてはいけないと……」
「アンタ、人を怒らせるのが本当に得意ね……」
 こめかみに指を当て、眉間に皺を寄せたエミリアだったが、すぐに表情を引き締めると、黄金の城を殲滅するべく、東の間を後にした。


「えっ……? ディアブロ? 貴方は、バラーズ=ブロイラではないのですか?」
「ルリア姫、貴方も存外馬鹿だな〜」
 バラーズ、ディアブロはルリアの前に立ちはだかり、ラシィータで剣を受け止めているミシシュを見つめた。
「ヘキルイの王子も、黄金の城の九頭竜候補であるディアブロも、同じ人間ですよ。ただし」
 僅かに身を引いたディアブロは、そのまま上体を倒してミシシュの顎を蹴り上げてきた。ミシシュは僅かに顔を逸らして、その一撃を躱す。ゆっくりとした動作、しかし、隙のない動きでバラーズはミシシュから距離を置いた。
「ディアブロ……、そう名乗っているお前の方が、本当のお前らしいな」
 返り血に白い肌を赤く染め、薄暗く濁った青い眼差しは淡々とした殺意と悪意を称えている。バラーズと名乗っていた青年とは正反対の様子。しかし、初めて会ったときに感じていた違和感や齟齬。それが、ディアブロを前にすると全て払拭される。欠けていたパズルのピースが全て揃った状態。それこそが、盗賊団黄金の城の九頭竜候補、バラーズ=ブロイラ、ディアブロなのだろう。
「ルリア、下がって」
「しかし、ミシシュ! 彼は、ヘキルイの……!」
 何かの間違いだと言いたそうに、ルリアはミシシュの裾を掴む。大きく見開かれ、不安定に揺れる瞳。その瞳はバラーズを信じたいが、女王としての経験と知識がバラーズが黒だと物語っていた。
「彼はバラーズじゃない。九頭竜候補のディアブロだ。この件には、間違いなくヘキルイも一枚噛んでいる。何よりも、ヘキルイの王子が黄金の城の一員なんだからな。十中八九、ヘキルイは黄金の城のパトロンの一人だろう」
 ディアブロは何も答えない。しかし、楽しそうに歪む口元が、ミシシュの言葉を無言のままに肯定していた。
「サガン」
 ディアブロはルリアの周囲を回る。自然と、ミシシュはディアブロとルリアの直線上に立ち塞がる。
「私の隊の隊長の名前だ。聞き覚えがあるだろう?」
「……ああ、十年前、ミリデリアに攻め込んだ無謀な奴だったよ。だけど、彼は強かった。勝負は一瞬だったけど、僕が負けていても不思議じゃなかった」
「本当は、ルリア様を殺すチャンスはいくらでもあった。でも、それだけじゃダメだ。隊長を超えるためには、隊長に土をつけた人間、お前を倒さなければな」
「欲張りは身を滅ぼすぜ。自分の身の丈にあった物だけを望んでいれば良いんだ」
「それは、ルリア様の命だけで満足しろって事かい」
 緩やかにディアブロが距離を詰めてくる。スローモーションのような動き、しかし、その鮮麗された動きには一分の隙もない。
 繰り出される斬檄を受け止めたミシシュは、返す刀でバラーズを斬りつける。バラーズはヒラリとミシシュの攻撃を躱すと、再び距離を空ける。
『やっかいね』
(ああ、想像以上にやるようだ。だけど、負けるわけにはいかない)
『当然、ね』
 軽くステップを踏むバラーズを、ミシシュは睨み付ける。ひりつくような緊張。殺意と殺意のぶつかり合い。氷点下以下の冷たい感情のぶつかり合いが、体を熱くさせる。
「ルリアで満足? 違うね。ヘキルイに閉じこもって、あの最低最悪の小国の王位で満足していろって事さ」
「冗談じゃない! あんな貧しい国で何ができる! 私は、何の力もない小市民をいたぶるのには飽きたんだよ! 殺そうとしても何の抵抗もしない。そんな奴を殺して何が面白い? 逃げ惑い、命だけはと懇願する奴を殺すのが面白いんじゃないか! お前もそうだろう、ミシシュ=ラン=フォールエンド! 赤い死神ィィィ!」
「狂ってる、お前は!」
 今度はミシシュが駆けた。ミシシュが一歩踏み出すと、ディアブロは一歩後退する。神速を誇る攻撃を繰り出すも、ディアブロは手にした剣で巧みに勢いを相殺して攻撃をいなす。受け止めるのではなく、攻撃をいなされるため、ミシシュの攻撃は連撃ではなく単発の攻撃になってしまう。先日、最後にミシシュの攻撃を躱したときと同じだった。
「ハッ! 本気を見せろ! 死神!」
 攻撃をいなしつつも、右下から切り上げられた剣が赤い前髪を大気中へ飛散させる。
「ミシシュ!」
「チッ! やる!」
 今度はミシシュが後退する番だった。以前手合わせしたときと同じ、基本を踏襲しながらも自らのアレンジを加え、より実践的に、より人を殺すために改良された剣技。風のように強弱のあるその技は、ミシシュが今まで経験した事のないスタイルだった。
「こいつの剣技は厄介だ。だけど、それ以上に」
『ディアブロの魔法ね。まだ、その実態が掴めていない』
「ああ」
 ルリアを背後に背負ったミシシュは、一度大きく呼吸をすると、正眼にラシィータを構えた。
「ミシシュ、大丈夫ですか?」
 心配そうに尋ねてくるルリアに、ミシシュは頷いてみせる。なんとしてもルリアを守らなければいけない。その為に、ミシシュは此処にいるのだ。
「フフ、健気だな。そんな女を守りながら戦うお前の姿は。だけど、この世界でそれができるかな?」
 ディアブロは剣を逆手に持つと、今まで以上に凶悪な笑みを浮かべた。
「さあ、バルバトス! お前の出番だ! ミシシュ、ルリア! お前達を死の世界へ招待してやる!」
 ディアブロの剣、バルバトスが鈍い輝きを発した。その輝きは徐々に増すが、それと比例するかのように周囲の光量が下がっていく。
「教えてやる。私の守護聖霊バルバトスは、私と対象を闇の世界へ引きずり込む。一切の光が失われた世界で、お前は果たしてどう戦う?」
 みるみる間に周囲は闇に覆い尽くされ、数秒と経たずに世界は闇色に塗り潰された。
「ミシシュ、これは……」
 ルリアがミシシュの背に体を寄せてくる。
 そこは、不思議な空間だった。何も見えない世界。しかし、自身とルリアの体だけは明確な輪郭を持って浮かび上がっている。だが、ディアブロの姿だけはどんなに目を凝らしても視認できなかった。
「この技か。これがあれば、西の間と東の間の隊長連中を回避して此処まで辿り着ける」
「その通り。そして、この世界に入ってしまえば、元の世界での存在は消える」
「だが、この魔法では外部との連絡は取れないな」
「神の言霊さ。この古の宝の力を使えば、どんなに離れた場所にいても、任意の場所に声を飛ばす事ができる」
「神の言霊?」
「ヘキルイに伝わる古の宝です。まさか、ディアブロが持ち歩いていたなんて」
「また、古の宝か。どうして、僕が相手にする人物は、こういう非常識極まりないアイテムを持ってる奴が多いんだろうな」
『戦闘用のアイテムじゃないだけ、助かったじゃない』
 まるで人事のように呟くラシィータ。しかし、確かにその通りだった。通信用の古の宝だというのなら、何の問題もない。守護聖霊の魔法が判明した以上、後はルリアを守ってディアブロを倒すだけだった。
 ミシシュは左手でルリアの腰を抱くと、右手に持ったラシィータをクルリと回転させた。深い闇の中にあっても、ラシィータの描く軌跡は更に濃い闇となって空間を染める。
「ルリア、少し激しく動くけど、我慢して。絶対に君を守るから」
「はい」
 ルリアは胸元でミシシュを見上げ、力強く頷く。
「信じています、ミシシュ」
 その言葉だけで十分だった。ミシシュはルリアの軽い体を持ち上げると、闇の中を疾駆した。この世界が現実世界と隔絶されているとディアブロは言っていた。しかし、ディアブロはこの世界を使ってハイダーナイツの包囲網を抜けてきた。ならば、この世界は元の世界と位置関係がリンクしているという事になる。謁見の間の広さと物の配置は頭の中に入っている。ならば、ディアブロを追い詰めるのに何一つ問題はなかった。
 闇の中に混じる微かな殺気と空気の流れ。研ぎ澄ませた意識がそれらを掬い取ってくれる。
「そこ!」
 ラシィータが音もなく闇を切り裂く。ディアブロの息を飲む音が聞こえてくる。続けて繰り出す攻撃は、やはりディアブロにいなされる。
「何! 貴様、この闇の中でどうやって!」
 視界は全く効かない。しかし、それはミシシュにとってなんのハンデにもならい。
「僕を誰だと思っている?」
 攻撃を躱し放った一撃。ラシィータから確かな手応えが返ってくる。
「赤い死神、ミシシュ=ラン=フォールエンドだぜ? 王族護衛を専門にやっているとな、闇に紛れて暗殺者が襲ってくる事はザラだった。だから、僕たちは闇の中でも戦えるように訓練をする。例え視界が効かなくとも、相手の発する呼吸、足音、地面の震動、大気の流れ、そして殺気と気配を辿れば、目で見る以上の情報が得られる!」
「クッ!」
 横に飛んだディアブロを、間髪入れずミシシュが追撃する。振り下ろしたラシィータに、僅かな手応えを感じる。しかし、まだ浅い。
「貴様も、大概にバケモノだな!」
 その時、バラーズが奇妙な動きをした。何か小さな物体が、三つほどミシシュに向かって放り投げられた。
『何か来るわよ!』
「分かってる!」
 ゆっくり途中を飛ぶそれは、この状況から考えれば爆薬か何か。野外の戦場で使う事はままあるが、密閉された室内で使う事は滅多にない。小さな外見に似合わず、その威力は絶大だ。爆薬の爆発だけなら大したことはないが、内包された金属片が周囲に飛び散り甚大な被害を与える。狭い室内では、相手はもちろん使用者だって無事に済む保証はない代物。
「ルリア!」
 彼女の頭をグッと胸に押さえ込むと、ミシシュは爆薬に向けて背を向ける。

 ドンッ!

 破裂した爆薬。何かが空気を切り裂く音が聞こえ、ミシシュの背中にも鈍い感触が伝わってきた。
「ツッ!」
 痛みに顔を歪めるミシシュ。ラシィータから『馬鹿ね!』と罵倒する声が聞こえてくる。
「ミシシュ、大丈夫ですか! 何か飛んできたみたいですが」
「僕なら大丈夫。ルリア、君は大丈夫?」
「ええ、私は……」
「それなら、いい」
 フッと短い息を吐き出したミシシュは、背中に走る激痛に歯を食いしばりながら立ち上がった。
「流石に動きが鈍ったな!」
 闇の中から繰り出される攻撃。爆薬という隠し球を持っていたディアブロに、ミシシュは迂闊に攻撃を繰り出せない。ミシシュだけなら問題はないが、ルリアを小脇に抱えたままでは、あの爆薬を躱す事は不可能だ。
 ディアブロの動きを察知できてはいても、先ほどの攻撃で受けた傷が尾を引き、バルバトスの刃がミシシュの体へ到達する。ミシシュの体に生じるいくつもの裂傷。しかし、ミシシュは諦めていなかった。
 ミシシュが動いてディアブロを仕留められないなら、別の手を使うまで。ミシシュには、とっておきの手が残されていた。
「仕方ない、ラシィータ。君の力を借りる!」
『やっとその気になった? 私と貴方が本気を出せば、どんな敵もいちころよ』
 頭の中に響くラシィータの甘い声。ミシシュはラシィータを見えない床に突き刺した。
「ディアブロ、確かにお前は強いよ。だけどな、教えてやる。やっぱり、お前は身の程を知らない。当時のサガンに勝るのは、その悪意と殺意だけだ」
「盗賊団にはそれが一番必要な物だろう!」
「そうかい! だったら、その言葉を冥土の土産に、あの世へ持って行け!」
「魂の魔法、アメスサスペンド!」
 ミシシュは高らかに叫ぶ。瞬間、ミシシュの手から離れたラシィータの姿が、霧散した。音もなく、ミシシュの横に白と黒の衣を纏った一人の女性が出現した。
 人外の美貌を持つ女性。半透明の球体に腰を乗せ、宙を浮かせるその姿は、遙か昔に消えた神々をモチーフにした絵画を見ているかのようだった。
「ラシィータ、頼む!」
「ええ、任せてミシシュ……」
 ふわりと宙に浮いたラシィータ。闇に浮かぶその姿を見て、正面に立つディアブロの息を飲む気配が伝わってくる。
「これは、まさか、聖霊……? これが、ミリデリアに伝わる魔法……アメスサスペンドなのか」
 守護聖霊の召喚。守護聖霊の力を体現する魔法とは違い、アメスサスペンドは守護聖霊自身の力で攻撃する。その力は、普通の魔法とは比べものにならないほど強力だった。いや、そもそも神の写し身とさえ言われる守護聖霊に勝てる人間など、この世界にはいない。
 長い髪を僅かに揺らし、ラシィータは右手を掲げた。
「ディアブロ、滅せよ」
 闇が取り払われていく。ディアブロの魔法を、ラシィータが相殺して破壊したのだ。音と光が戻ってきた謁見の間。誰もいないその謁見の間で、壁を背にしたディアブロは明らかに狼狽していた。
 ラシィータとディアブロを直線に結ぶように、光の道が生じる。大気中に生じた光の粒子が徐々にその力と密度を高める。そして、僅かな風が謁見の間を走り抜けた。光の道に沿って、光の粒子が一気に動き出した。莫大な光は、ディアブロを飲み込み、その背後ある壁を一瞬にして破壊する。ディアブロは叫び声一つ上げることなく、広がる満天の星空の下に放り出された。
「やったな……」
 ホッと息をつくミシシュは、ルリアを置くとディアブロが落ちていった場所へと近づいていった。ミシシュに寄り添うように、ラシィータも移動する。
 下を覗き込んでも、ディアブロの姿は見えない。眼下には中庭があるはずだが、月明かりでは詳細までは伺えない。どのみち、アメスサスペンドを受け、この高さから落下したのだ。無事だという事はあり得ないだろう。
「ミシシュ! 背中が!」
 ルリアの声に振り返ったミシシュは、背中から全身に走る痛みに顔を歪めた。戦闘が終わり、気の抜けた今では、思わず「イタッ!」と声が漏れる。
 と、その時。ミシシュの足に何かが当たった。見ると、それは小さなペンダントだった。深緑色の光を内包した、小さな球体がついたペンダント。
「それは……!」
 近寄ってきたルリアが体を硬直させる。
「神の、言霊か」
 ペンダントを手にしたミシシュは、確認するようにラシィータを見る。ラシィータは、美しい顔を崩すことなく「間違いないわ」と呟くように告げる。
「ミシシュ、それを、どうするつもりですか?」
「………」
 何の重みも感じない小さな球体と、ミシシュの手前で佇むルリアを見比べた。どうするか? それは考えるまでも、答えるまでもなかった。
(つづく)
(初出:2014年08月05日)
前へ1 ...... 8 9 10 11 12 13 14
登録日:2014年08月05日 14時12分

Facebook Comments

天生諷の記事 - 新着情報

天生諷の電子書籍 - 新着情報

  • 生命の木の下で――THE IMMATURE MESSIAH―― 天生諷 (2016年07月06日 18時39分)
    異次元の怪物ソフィアを切欠にした第三次世界大戦から数百年後――人類は高さ1万メートルに及ぶコロニー“セフィロト”を建造。ソフィアの出現に合わせるように、人の規格を遥かに凌駕する身体能力と一種の超能力であるマギを備えた新人類ネクストが登場する。彼らが組織したオラクルと反オラクルのゴスペルが覇権を巡りせめぎあう中、ゴスペルはオラクル攻略のためセフィロトの管理人である天才少女チハヤを狙う。執事のイルは命の恩人でもあるチハヤを守ろうと奮闘するが……。最強のネクスト、先代ゼロとソフィアを封印したネオらの戦闘に加え、ソフィア眷属によるセフィロト崩壊の危機にどう立ち向かう!? 近未来SFアクション登場!(小説SF
  • スコルピオの星 御陵高校探偵倶楽部事件簿 天生諷 (2015年10月27日 14時30分)
    評判の占いの館「サイン」を舞台に起こる連続殺人事件。軽い気持ちでサインを訪れたふたりだったが、それ以来、おかしくなってしまう佐野。蓮音も「消したい過去を乗り越えるために道を示す」という言葉にぐらついていた。そんな折、蓮音が所属する生徒会で立ち寄った教会でスコルピオの第一の殺人事件が発生。捜査によって占いの館に疑いの目が注がれることに。凄惨な事件に巻き込まれる蓮音と生徒会の面々。そして、ついに御陵高校探偵倶楽部が動きだす。部長でヒーローオタクの杏子、斜め上の天才、真理。武闘派だが女に弱い東光、コスプレマニアのアサギと一癖も二癖もある部員たちにもたらされた事件は思いもよらぬ展開が待ち受けていた!(小説推理
  • ALI-CE ワンダーランドの帰還者 天生諷 (2012年03月12日 20時00分)
    ニニ世紀初頭。テロや犯罪が頻発する人工島IEでは、人々は武装し、ナノマシンで身体能力を強化していた。そんな中、アメリカの特殊機関ワンダーランドで戦闘技術を学び、殺しのライセンス、スイーパーの所持者であるアスカは、三〇〇億という常識外れの借金返済のため学園に舞い戻る。想像の斜め右上をぶち抜く変わり者“天災”ミルティに翻弄されつつ、ナノマシンでもインプラントでも強化人間でもない不思議な力「ALI-CE」と燐光を放つ剣サディーヤを駆使して彼女を護衛するアスカ。彼らを襲う強化人間ソウルレスと哀しい事情を抱えた雄太、妖艶な魅力で誘惑するエルフィネル。テロリストたちの目的とは何なのか? 圧倒的な格闘シーンに酔え!(小説SF

小説/ファンタジーの記事 - 新着情報

  • よろめくるまほろば(2) 石川月洛 (2015年09月19日 13時58分)
    診察室にやってきたサトヤくんはしゃべらない。彼がもってきたケースにはカラーモールで作られた蜘蛛の人形――ターチがいた。ターチと話すサトヤに僕は……。(小説ファンタジー
  • いらない王様 新美健 (2015年07月21日 14時26分)
    あるとき、あるところにひとりの王様がいました。とても体が大きく、頭のいい人でしたが、気が短くて乱暴であったため、家来たちに自分の国から追い出されてしまいます。ついてきたのは道化師ひとりだけ…。番組化もした童話原作。(小説ファンタジー
  • 約束の夏(4) 天野雅 (2014年09月23日 15時35分)
    玲子に取り憑いたとおぼしき霊の目的とは? かつてのこの場所であった出来事が生者を巻き込み展開する。約束の夏、最終章。(小説ファンタジー

小説/ファンタジーの電子書籍 - 新着情報

  • 瞳の奥に眠る森 城本朔夜 (2011年09月29日 15時47分)
    エリートたちが集うネスト本校に通うサナイに、リゴフィールド行きが告げられた。就職と出世の貴重なカードとなるチャンスにも、サナイの心は浮かばない。ひとり分け入った森林で見たオーグルの意外な姿。兄の死の真相、ヒビキの出生、カスガの怪しい行動。次々と明らかになる大人たちの欺瞞と葬り去られた過去に立ち向かう感動の大作! (小説ファンタジー
  • 麗人軍師とオアシスの魔法使い 新美健 (2011年04月20日 14時58分)
    『桜花の大乱』より、一年半後――。解脱してしまいそうな平和な春、第三王女であるウズメ姫に呼ばれた侍女コノハは、密書を託される。オアシスとも称される砂漠の国、ブランク王国に赴いたコノハが、大乱の英雄ユキムラに渡した密書は、世界大戦の引き金になりかねないものだった!
    価格:315円(小説ファンタジー
  • イペタムの刀鞘 城本朔夜 (2010年11月20日 15時42分)
    蛇の痣(あざ)がある孤児、カカミ。村中の人間から「悪魔」と忌み嫌われる彼は、妖刀イペタムに魅入られ、寝食を忘れてイペタムの鞘作りに没頭する。そんな彼をそっと見守るのは、皆殺しにあった村で姉と二人だけ生き残った美しい娘、ミナ。やがて数年の研鑽が実を結び、ついに鞘が完成するが……。
    価格:350円(小説ファンタジー