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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/ファンタジー

赤い死神 右手に鎌を左手に君を(4)

[連載 | 完結済 | 全14話] 目次へ
不吉な連絡がもたらされるも、守護聖霊ラシィータを取り上げられ、たぐいまれな身体能力をも封じられたミシシュにはどうすることもできない。一方、ヘキルイの王子は探りを入れてくる。
 二章 黄金の影

 居住地区の最南端に、ミシシュの住むアパートは存在していた。
 赤レンガで作られた四階建てのアパートはまだ新しかったが、街の中心部からはだいぶ離れているため、空き部屋が殆どだった。その最上階の一室を借りているミシシュは、ボンヤリと外を眺めていた。
『ミシシュさん、ラシィータさんはまだ戻ってこないんですか?』
 ベランダの手すりに片肘をついて、漠々と広がる田園風景を見ていたミシシュに、薄い壁を一枚挟んだ隣のベランダから声が聞こえてきた。声と言っても、それは人と人との会話のように空気を振るわせる物ではなく、直接頭の中に入り込んでくる声だった。
 ベランダから顔を出し隣を見ると、一振りの大きな剣がずぶ濡れになり、何故か物干し竿に釣る下げられていた。強くなり始めた日差しを受け、刀身は淡いグリーンの光を発する。希少金属レアメタルの一種、グローブリス独特の輝きだ。
 守護聖霊を宿す剣は、使用者のセンスが高ければ会話が可能だ。しかし、それはあくまでも自分と自分の守護聖霊の間に成り立つテレパシーのような物で、他人の守護聖霊の語りかけが聞こえてくるという事は、滅多にない。
「アシュタルテは、ラシィータが好きなんだな」
 身を乗り出し、干されている剣、アシュタルテに語りかける。ミシシュのセンスがずば抜けて高いという事もあるが、守護聖霊アシュタルテは周囲に発する言葉の強さは常軌を逸していると言えた。
『それはもちろんです〜。ラシィータ姉様は、強くて美しくて……。私みたいに寸胴じゃないですし』
 寸胴? と思いアシュタルテを見る。確かに、大振りの剣は寸胴とも言えなくはないが、元々実体のない守護聖霊が、借宿である剣をいちいち気にするのだろうか。
 この世界に住まう人々。その大半が恩恵を受けている守護聖霊。守護聖霊は生後まもなく、魔導師から加護を受ける事により授かる事ができる。
 どの人がどの守護聖霊を授かるか、それは全くの運と言えた。お金持も力もない人物が、強力な守護聖霊の加護を受ける事もあれば、一国の王となる人物が守護聖霊の加護を受けられなかったという事もある。
 守護聖霊は一人に一人。守護聖霊のままでは何の力も発揮しないが、金属に宿す事により、特別な力を発揮する事ができた。一般的には、常時身につけられるブレスレットやネックレス、指輪やイヤリングが普通だが、兵士達は武器や防具に守護聖霊を宿らせる事もある。
 守護聖霊は金属に宿る事により、その力を発揮する。もし、その人物のセンスが高ければ、守護聖霊と会話ができる。会話はできなくても、守護聖霊の持つ奇跡の力を受ける事が可能だ。守護聖霊の奇跡。それが、魔法と呼ばれている。
 魔法は千差万別で、守護聖霊により扱える部類が違ってくる。物質を破壊する物から、物質を修復する物。人の意識を自在に操作したり、空を飛ぶ事だって可能だ。守護聖霊の加護を与えるのも魔法の一つと言えた。そして、魔法を使い、生計を立てている人物が魔導師と呼ばれている。
「ラシィータがあそこから出るには、僕がテンダーランドから出ていく事が条件になるだろうな」
 ミリデリアからテンダーランドに渡ったミシシュ。テンダーランドで住む条件として、ミシシュはラシィータを取り上げられ、更に自らの力を押さえ込む腕輪を二つ取り付けられる事になった。両手に嵌められた美しく装飾されたリングは、元々は囚人用の物だ。ただ、ミシシュは囚人ではないため、ハイダーナイツが気を利かせて周囲に装飾をあしらったのだ。このリングをつけた者は、身体能力が大幅にダウンする。もちろん、私生活に支障はないが、それでも、常に気怠さがつきまとう。このリングがある限り、赤い死神と名を馳せたミシシュも、街のごろつきにだって勝てない。
 忌々しくリングを見つめる。両腕で輝くリングが秘める力も魔法だ。ハイダーナイツお抱えの魔導師が、わざわざミシシュのために用意したのだ。
「仕方ないわよ。ミリデリアを捨てたと言っても、貴方はカテゴリー・クライマックスなんだもの」
 隣室のベランダへ出てきたのは、タンクトップにショートパンツ姿のエミリアだった。ピッチリと体に張り付くタンクトップからは、形の良い大きな胸が隆起しており、くびれた腰回りも露わになっている。
 ミシシュはエミリアから目を逸らすと、一瞬にして上昇した体温を下げるかのように、田園風景に目を向けた。
「政治的にも、個人的な力も、私たちの驚異には間違いないわ」
 ハイダーナイツの定めるカテゴリー。それは、世界中の悪党から政治家まで様々な人物が登録されている。善悪に関係なく、あらゆる意味でテンダーランドにとって重要な人物が登録されており、今訪れているヘキルイの王子も、カテゴリー・Sに登録されている。カテゴリーは、七段階に設定されており、EからA、その上にSがあり、さらに上にクライマックスが設定されている。クライマックスには、ルリアや議員達、他国の国王や王妃が登録されているが、その他にも、赤い死神と呼ばれたミシシュや、盗賊団として悪名高い黄金の城の九頭竜、天空の城、蒼天の雷などの幹部も登録されている。
「ったく、何だって僕がクライマックスなんだよ。赤い死神と言われていたからって、僕はミリデリアの王族護衛をやっていただけだよ? ただの一般兵にクライマックスをつけるって、どうなんだよ。それに、ミリデリアとサーンラーデンは、同盟国だろうに」
「同盟国でもよ。それだけ、貴方の実力がズバ抜けているという事よ。世界に轟く個人名は、それだけで政治的にも利用されやすい。ミシシュの師であるノ=ブラウニーだって、クライマックスに登録されているのよ?」
 ミシシュと同じようにベランダの手すりに体を預けるエミリア。彼女の言葉に、ミシシュは口を噤むしかなかった。
 三年前まで、ミシシュはミリデリアの王子の専属護衛として働いていた。ミシシュは、自分の両親の事を知らない。生まれてすぐに、ミシシュは捨てられたのだ。首都サートトスの一角に捨てられていたのを、王族の剣術指南役ノ=ブラウニーに拾われた。ノは、ミシシュの育ての親であり剣と魔法の師でもあった。
 ノに拾われたミシシュは、すぐに守護聖霊の加護を受けた。そこでミシシュは守護聖霊であるラシィータを身に宿し、同時に剣を受け取った。守護聖霊のラシィータは、そのまま剣の名前となり、ミシシュと共に数多の戦いをくぐり抜けてきた。
 ラシィータを取り上げられたミシシュは、同時に守護聖霊の加護を失った。魔法は封じられ、さらに類い希な身体能力もリングによって封じられている。今のミシシュは、両翼を失い、飛ぶ力を失った鳥と同じだった。
 ミリデリアの次期国王である第一王子の専属護衛。もちろん、それは政治的にも深くまで食い込んでいたには違いない。各国首脳との会談には必ず同席していたし、ルリアやサリヴァンとも、王子の護衛役として会った事もある。思い返せば、サリヴァンとは当時から馬が合わなかった。
 小さな溜息をついたミシシュは、チラリと横に居るエミリアを見る。体をこちらに向けているエミリアは、自分がどんな姿を男にさらしているのか、全く自覚がないようだ。それとも、女性のような顔をしたミシシュを、男と思っていないのかも知れない。恐らく、前者だろうと勝手に解釈したミシシュは、気になっていた事を聞いてみた。
「所で、ヘキルイの王子って、どんな奴なの?」
 プレスフィーを中心として集う西側諸国。その一つであるヘキルイ。ミシシュはミリデリアにいた頃、密偵として何度かアガンパサス大陸へ渡った事がある。
 横に長いアガンパサス大陸には三つの国で構成されていた。アガンパサス大陸、東側の国がサーンラーデンよりのリリーンであり、ミシシュはリリーンの兵士と協力し、ヘキルイとケーウンの内情を探った。
 特に、ヘキルイの首都であるテンリキは、ミシシュに淀んだ街という印象を与えた。世界でもっとも北側にあるヘキルイは、年間を通しての平均気温が氷点下とダントツに低く、薄暗い空の下、街は死んだように静まりかえっていた。人々の顔に生気はなく、道ばたで力尽き、息絶えている者もそこかしこに転がっていた。人々は貧しく、王城には腐敗した政治家達が集い、民衆のためではなく、自らのために政治を行っている。
 この国の政治が変わらない限り、未来を共に歩む事はできない。そう、当時のミシシュは判断した。
「なかなかの切れ者みたい。甘いマスクの下には、鋭い洞察力があるわね。正直、まともすぎてちょっと驚いちゃったわ」
 エミリアが肩をすくめると、その下についている二つの大きな胸が揺れる。ミシシュは頬を赤くしながら、注意をエミリアの赤い瞳に注ぐ。
「だけど、ヘキルイが国交を求めてきたって事は、あの国で何かあったのかな?」
「さあ? そんな話は聞いていないけど」
『聞いたとしても、エミリアはすぐ忘れちゃうしねー』
 少女のような声がアシュタルテから聞こえてくる。エミリアは無言でアシュタルテを蹴飛ばすと、艶っぽい赤い瞳を細めた。
「ただ、一つ気になる事があるわ」
『あのアイリーンって女よね』
 アシュタルテの言葉に、エミリアは不機嫌そうに頷く。
「アイリーン?」
「バラーズの付き人よ。どうも嫌な女でね。粘着質な視線を私に送ってくるのよ」
「へぇ、珍しいね。エミリアがルリア以外の人に興味を持つなんてさ」
「何よ、ミシシュ。私だって他人には興味があるわよ。そうじゃなきゃ、こんな辺鄙なところにアパートなんて借りるわけ無いでしょう?」
 含んだ物言いをしたエミリアは、ニッと笑みを浮かべた。
 ミシシュはエミリアから視線を外すと、細い溜息をついた。そうなのだ。エミリアが隣にいるから、ミシシュの自由はかなり制限されている。ご丁寧にも、両翼を奪い去ったハイダーナイツは、エミリアとレオシールと言う鎖を首に掛けたのだ。もっとも、エミリアもレオシールも、ミシシュの監視業務を理由に仕事をサボっているのが実情だったが。


 日差しが強くなり始める翠月。これから来る夏に向け、空から降り注ぐ日差しは日に日に強くなっていくようだ。
 今日は週に一度の休息日。ミシシュは談話役としてエリンピオ城へ訪れていた。
「良い天気になりましたね」
 東側に面した海を一望できる庭に出たルリアは、横に立つミシシュに微笑みかける。しかし、その笑顔はほんの一瞬。すぐに表情を引き締めたルリアは、ミシシュにだけ聞こえる小さな舌打ちをした。
 ミシシュはミシシュで、引きつる笑顔を浮かべ、自分の後ろをついてくるバラーズを振り返った。
「バラーズ様、私たちの後をついてきても、面白い事など一つもありませんよ?」
「いえいえ、僕の事は気にせず、いつも通りに過ごして下さい。僕は見てみたいんですよ、永遠の命を持つルリア様が、週に一度だけ年相応の少女に戻られる。そのときに、談話役とどんな話をしているのか」
 ニコニコと笑うバラーズ。彼には何の悪意も感じない、ただ純粋に、ルリアと談話役がどんな話をするのか興味があるのだろう。
(だけど……)
 ミシシュはバラーズに注いだ視線を、その背後にいるアイリーンへ運んだ。黒髪の少女アイリーン。人形のように整った顔立ちだが、その表情には感情の欠片も感じられない。そして、彼女の手元には、鞘に収まっている細剣がある。隙のない体捌きといい、エミリアの言う通り、ただの付き人と言うよりも護衛と言う表現の方が正しいだろう。
 付かず離れずの距離で後をつけてくるバラーズとアイリーン。ルリアは二人の存在を気にしてか、いつものように笑みを浮かべて話しかけてくる事はない。時折、困った視線を庭の片隅で座っているエミリアに注ぐが、エミリアはルリアの気持ちを知ってか知らずか、笑みを浮かべて手を振っている。
「はぁ、イヤになってしまいますね」
 体をすっと寄せて、ルリアはミシシュの耳元でささやく。今日のルリアは、栗色の髪をアップにし、動きやすいブラウスとズボンという出で立ちだった。代わって、ミシシュは空色の上着に若草色のズボン、その上に薄いマントを羽織っている。
 東に面した海から風が吹き抜け、ミシシュのマントを大きく揺らす。
「仕方ないよ。いっそ、サリヴァンにでも頼んでサーンラーデンを観光してもらったらいいのに」
「観光には興味がないそうです。私がどのように国を治めているのか、それを学びたいとバラーズ様は仰っていました」
「政治を学びたいか。確かに、ヘキルイは学ぶべき事が沢山あるだろうね」
「そう言う事なので、バラーズ様は遊ぶ事には余り関心を示さないのです」
「ふーん、いい人じゃないか」
「本当に、そう思っているのですか?」
 ドンッと、肩をぶつけてきたルリアは、非難がましい眼差しをミシシュに注いでくる。真っ直ぐな眼差しを捕らえたミシシュは、バラーズ達の視線を気にしながらも、どのようにも取れる曖昧な笑みを浮かべる。
「僕に、何をしろって言うのさ?」
「男らしい言葉を期待しているのです」
「……男らしい、ね」
 ミシシュは適当な言葉が思いつかない。
「無理ですよね、やっぱり」
 この間の夜の事を思い出したのだろう、ルリアは口元を押さえてクスリと笑った。
 ミシシュとルリアは広い庭を散策すると、海を一望できるベンチに腰を下ろした。ミシシュ達が移動すると、バラーズとアイリーンがついてくる。そしてミシシュを監視するエミリアも、距離を空けて面倒そうについてくる。
「あのう、ミシシュ」
 ベンチに座り、ホッと一息ついたとき、バラーズがミシシュの横に腰を下ろしてきた。ミシシュは自然とルリアとバラーズに挟まれる形になった。何とも言えない微妙な空気が漂う。
「何か様ですか、バラーズ様?」
 さすがに嫌気が差してきたのだろう。ルリアが咎めるような口調でバラーズに尋ねる。バラーズは、ルリアに「少し聞きたい事が」と前置きをすると、ルリアではなくミシシュに青い目を向けた。バラーズの顔には、まだ幼さの残る人懐こい笑みが浮かぶ。
「ミシシュに聞きたいんだけど、確か、君はザオテイオス大陸のミリデリアに住んでいたんだろう?」
「ええ、三年前までミリデリアにいました。それが何か?」
「いや、少し気になってね」
 バラーズはつとミシシュの背後に見えるルリアに視線を向けた。そして、再びミシシュへ視線を戻す。
「今まで、談話役になったのは知識人や芸能関係の人物が多かった。しかし、君は違う。何か、談話役に選ばれるような秘密があるのかと思ってね」
 背筋に冷たい物が滴り落ちた。中天に差し掛かった太陽が雲に隠れ、薄闇をミシシュ達に投げかけてくる。底光りのする蒼い瞳。その瞳は、ミシシュの何かを知っているというのだろうか。しかし、ミシシュが何者か知ったとしても、彼には何の損得もないはずだ。
「僕は……」
 隣でルリアが密かに息を詰めるのが分かる。表情にこそ出さないが、大きく見開かれた瞳が不安そうにミシシュの横顔に注がれている。
「僕は、ただの一般人ですよ。ミリデリアからテンダーランドに来る人は、そんなに居ないので僕がたまたま空いていた談話役になったんです」
 ルリアがコクコクと頷く。我ながら苦しい言い訳だと思ったが、バラーズは頷いて話を流してくれた。
「じゃあ次の質問。どうして、テンダーランドに来ようと思ったんだい? 他にも、素晴らしい国はいくつもあるよ?」
 そよ風のように涼やかな声と、人懐こい笑みがミシシュの心に染み入ってくる。ルリアと同じ、王族の資質たる物を確かにバラーズは備えているようだ。
 ミシシュは溜息をつくと、空を見上げた。雲に隠れていた太陽が顔を覗かせる。光の筋が雲の隙間から差し込み、サーンラーデンを明るく照らし出す。
 何故、サーンラーデンに来たか。生まれ育ち、それまで使えていたミリデリアを捨ててまで、何故此処に来たのか。答えは分かりきっていた。ミシシュはアラーズに負けない笑みを浮かべた。
「太陽が見たかったんですよ」
 ミシシュの指先が天を差す。
「ここは、太陽の昇る都市、サーンラーデンでしょう。僕は、どうしても太陽を見たかったんです。ミリデリアじゃ、太陽は見られませんから」
 ミシシュの言葉に、バラーズは得心した様子で頷く。
「そうだね。東のザオテイオス大陸と、西のピディラクウ大陸は、年間を通して太陽の光が差さないんだったね」
 ミシシュは頷く。
 四季が分かれており、年間を通しての日照時間がダントツに長い為、様々な農作物が取れる。肥沃な大地に育つ農作物は、様々な国へ輸出され、世界中の食卓に並ぶ事になる。
 そして何よりも大きいのが、横に居るルリアだ。彼女が長い期間王位に就いている為、継承問題やそれに連なる腐敗した政治がない。永遠の命を持っているからこそ、金品や名声に無頓着で、人々のために政治を行える。もっとも不正が横行する議会に置いても、ルリアを初め、ハイダーナイツが議員の周囲に目を光らせているため、不正を行えない。
「それに、この国は世界で一番安定した国だから、ですかね」
 継承問題が起きる国は、疲弊する。戦争にならなくても、政治が乱れるだけで人々は飢える事がある。しかし、この国にはそれがない。何百年もルリアが一人で政治を取り仕切っているため、政治が不安定になる事は滅多にないのだ。
 不死の女王が君臨するテンダーランド。沈まぬ太陽と比喩されるだけの理由が、この国にはあった。
「確かに、この国は特別ですね。これ程まで発展し、穏やかな国は初めてです」
 バラーズは目を細め、裾野に広がる街並みを見る。白と茶色の家々が広がり、その向こうには青い海が広がっている。
「そう言えば、ミリデリア出身のミシシュに聞いてみたい事が、あと一つあるんだ」
「何ですか?」
 バラーズの送る視線の先。遙か海の向こうには、ミシシュが生まれたミリデリアがある。ここから数千キロ離れた場所にある故郷の片鱗さえも、ここからでは垣間見る事ができない。
「確か、ミリデリアには『赤い死神』と呼ばれる人物がいるそうなんだけど、その噂は聞いているかな?」
「え?」
 再び、ミシシュに動揺が走る。いや、戦慄と言い換えても良いだろう。それほどの衝撃を受けた。マントの裾を、ルリアが持つのが分かる。彼女の言いたい事は分かるし、ミシシュ自身もバラーズに本当の事を言うつもりはない。
「まあ、噂だけは。あの国では、有名人でしたから」
「凄腕の暗殺者だと聞いたけど」
「暗殺者?」
 我知らず、ミシシュの声に不穏な気配が混じる。しかし、その声を遮るように、ルリアが声を上げた。
「いいえ、バラーズ様。赤い死神は暗殺者ではありませんよ。数年前、ミリデリアへ出向いたとき、赤い死神と会いました。赤い死神は、王族専門の護衛をしていましたよ」
「というと、彼女みたいな役割かな?」
 バラーズは振り返り、エミリアを見た。彼女は少し離れたベンチに腰を下ろし、うつらうつらと船を漕いでいた。
「そ、そうですね。まあ、あそこまで自由奔放というわけにはいかないでしょうけどね」
 口元を隠して笑ったルリアは、「また会いましょう」と口早に囁くと、スクッと立ち上がった。
「ミシシュ=ラン=フォールエンド、今日の談話役としての努め、ご苦労様でした。また、来週の同じ時間に会いましょう」
 他人行儀に言い放つと、ルリアは背を向けて歩いて行ってしまった。こうなっては、バラーズもミシシュを拘束する理由があるはずもなく、「では、また」と軽快な笑みを浮かべて行ってしまった。影のように付き従うアイリーンも、バラーズの後に続く。
 ホッと、一息ついたミシシュは、ベンチに深く腰を下ろした。
 バラーズ=ブロイラ。エミリアが言う通り、ただ者ではないようだ。
「あ〜、まだ寝足りないわ。さ、さっさと帰りましょう」
「お前な、少しはハイダーナイツらしくしろよ」
「してるじゃないの、ミシシュの監視を。これは他の隊員じゃできないわよ。他の雑務は、サリヴァンに任せておけばいいのよ。アイツ、そう言うの好きだしね」
 「さ、行きましょう」と、エミリアはミシシュを強引に立たせると、王城を後にした。途中のレストランで昼食を済ませたミシシュは、エミリアと共にアパートへと帰っていった。
(つづく)
(初出:2014年04月19日)
登録日:2014年04月19日 15時24分

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