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樹都
著者:樹都(いつきのみやこ)
書棚に文学全集を並べていた母と、階段裏に自作ラジコン飛行機をずらりと並べていた父。学研のまんがひみつシリーズと水木しげるの妖怪百科。地元の図書館の児童向けホラー/SFの全集。こっそり買った古いアメリカのヌード写真集と、推理小説のカバーをかけた官能小説。90年代のライトノベルと花と夢。これらを混ぜると樹都になる。
小説/ファンタジー

雪だるまの話

[読切]
22歳OL、初めての風呂上がりにビール。香苗が冷蔵庫を開けると、雪だるまがいた。彼氏との口論の末、音信不通となって、キッカケをつかめないと愚痴る香苗に、しゃりしゃりとうなずく雪だるま。彼はいったい何をしに来たのだろう?
 外は熱帯夜だ。昼に一雨来て涼しかったのが、今はかえって蒸し暑さに繋がっている。

 香苗は冷蔵庫のドアを開けた。
 長浜香苗(女性 22歳 独身 OL)。この部屋の主である。
 風呂上がりで体にタオルを巻いているだけというなりではあったが一応髪だけはしっかりと乾かしていた。

 なお彼女の容姿が気になる方には、10人並みで気が強そうな顔だちで背は高めですよ、と申し上げておく。

 部屋というのは首都圏郊外の学生マンション(1LD+K・ユニットバス付き)だ。その一室にその冷蔵庫はあった。
 なお床はフローリングで、若い女性の部屋として恥ずかしくない程度には磨かれかつ片付いている。蛍光灯は白色光で照明は多めの部屋である。

 開けられた冷蔵庫は高さ1m50cmばかりと独身者用にしては少しばかり大きめの品で、外装は黒に近い濃紺の無表情な一品であった。
 なお1m50cmの内90cmばかりが冷蔵室で、残りが冷凍室である。いずれも内部にはロクに仕切りの無い簡単な作りになっていた。

 冷蔵庫を開けたのは、冷えたビールを飲むためである。

 彼女が風呂上がりにビールというパターンに突入するのはこれが生まれて始めてだった。ビール自体仕事帰りにわざわざ買ってきたものだ。

 この背景には日中に会社で係長補佐から「女のくせに」を再三連発された事による鬱憤があり、さらに遡れば1週間前、吉村隆弘(男性 23歳 独身 香苗の幼なじみ 現恋人―ただしこの時点の香苗のみは否定している)から「女の子なんだから」と言われて反発し、そのまま口論をこじれさせて音信不通となっていることも大きい。

 実は日頃は人一倍『かわいげ』を気にする彼女なのだが、この時ばかりは「どうせ」と「なによ」が交互に頭の中に渦巻いていたものと思われる。

 そういった様々な次第で、香苗は頬を上気させたまま、不機嫌と冷たいビールへの期待をない交ぜにして勢い良く、自宅の冷蔵庫の扉を開けた。


 雪だるまがいた。


「……なによこれ」

 雪だるまだ。ちょうど冷凍室にいっぱいいっぱいの大きさの。
 より正確に言えば、チルド室の上に乗っかって冷凍室の天井に頭を接している。
 2頭身少しマシといったところの雪だるまであるから、頭の大きさはちょうど人と大差無い。あの丸い頭を人と比べても無意味ではあるが。

「アンタなにしてんのよ」

 と彼女が問いかけてしまったのも無理は無い。
 いい加減な炭の目鼻に小枝の眉と口だが、これがなんともとぼけた『表情』になっている。
 水平にくっつけたつもりだが傾いていた、という程度に下がり眉で「いやあどうもおさわがせしまして……」とでも言いたげに頭をかいた。

 頭をかいた。

「うそ! 動けるの?」

 と言っても、枝を突き刺しただけの腕の先の赤い小さな手袋の指がへれっと上向きに曲がって揺れただけの事だが。
 まあ動いている事に変わりは無いし、頭をかいているように見えた。

「というか、アンタ、なに?」

 返事は無い。ただの雪だるまのようだ。

「ああ、まあ、雪だるまよね」

 香苗は本格的に冷蔵庫の前に座り込み、手のひらに頬を載せて雪だるまと向かい合った。
 これが中にいたのが現実的な生き物であれば大騒ぎしたであろうし、バケモノでもやはりそうだろうが……。

 雪だるま。
 微妙な線だ。

 鼻先を突き合わされた雪だるまはかすかにのけぞった。かもしれない。

「ビール、飲みたいんだけどな」

 今度ははっきりと左右に身じろぎした。
 冷蔵室の高さはぴったりだが奥行きには若干の余裕がある。雪だるまの後ろにビール缶が覗いていた。

「なによ」

 みじろぎ。目線はじっとぶつかっている。

「なんか文句ある?」

 みじろぎ。

「女が風呂上りにビール飲んじゃ悪い?」

 みじろぎが止まる。

「ごめん。ヤツアタリ」

 へれへれと頭をかく。

「ま、あんた見てると涼しいしね」

 冷蔵庫の冷気もある。そろそろファンが唸っているが。

「あんた、大丈夫?」

 首を傾げる。ごろりとそのまま頭が転げ落ちそうな安定感だ。
 『彼』が納まっているのは冷蔵室だ。冷凍室ではない。

「溶けちゃうんじゃないの?」

 ゆっくり首を横に振る。
 シャリシャリとシャーベットの擦れる音。雪玉には透明感があって、表面はでこぼこに滑らかだ。

「大丈夫なのね」

 しゃり。
 うなずく。やはりそのまま首が転げ落ちてきそうだ。首は無いが。

「で、なにしに来たのよ」

 返事は無い。いや、できないのだろうが。じっと目で訴えているようでもある。

 香苗は少し上を見上げて迷ってから、
「あの、さあ」
 と切り出した。

「あたし、アンタみたいなの昔作ったわ」

 雪だるま、謹聴。

「なんかすっごい雪が降ったんだよね」

 雪だるま、謹聴。

「そいでさあ、そのとき、さ。」

 雪だるま、緊張。

「タカヒロと遊んでたんだよね」

 しゃり。
 うなずく。

「あたしフードつきのジャンパーでさあ、頭に雪乗っけたら白いベールみたいとか言ってさあ……」

 雪だるま、身を乗り出す。
 倒れそうだ。

「結婚式。アンタ神父さんで」

 香苗が新婦さんで隆弘は新郎さん。

「でも違うよね?」

 軽く跳ねあがる調子で笑う。

「アンタあのときの雪だるまじゃないでしょ?」

 しゃり、しゃり。
 横に。

「だってさあ、あれってもう昔のことだよ。何年も経ってるよ」

 雪だるまは頷かない。

「昔のことよ。もう」

 雪だるまは頷かない。

「なによ」

 雪だるまは動かない。
 香苗が先に溜め息をついて、潰れるように前に屈んだ。

「『えいえんにちかいます』とか、言ったけど、さ」

 子供じみてすねた口調だ。甘えるような。

「道が違っちゃったのよ。あの頃は一緒に歩けるって思ってたけど、散歩じゃなくて一緒に冒険できるって思ってたけど、あたしは女であいつは男でさあ、そういうの、気にして面倒くさい大人になっちゃったのよ。あたしたち」

 ちらりと目線を上げると雪だるまはびくとも動じていなかった。

「そりゃ、あたしも色々考えてるよ? そろそろ頃合いかな、とか。1週間経ったらダメになるな、とか。でももういいよ。面倒くさい。きっかけ無いし」

 きっかけ無いしと彼女が言ったら。
 ばかんと思い切り音を立てて、香苗の頭の上を冷凍庫の扉が通り越した。
 ひやりと冷気が降りてきて、どさどさと雪が落ちてきた。

「きゃあ!」

 転がって飛びのく。背筋に雪が入って融けた。

「なによお! もう!」

 頭の雪を払いのけながら睨みつけるが、
「いない?」
 冷蔵庫にはビールだけ。

 背中にぬるい風が当たって降り返った。ドアが開いている。深夜のマンションの廊下がある。
 しゃくり、ざくりと軽い音が響く。氷を崩して削る音が遠ざかる。
 熱帯夜のぬるい風と、開け放しの冷蔵庫が作る冷気以上の熱気と。
 雪の融ける温度。

「ばかぁ!!」

 叫びながら廊下に飛び出す前にバスローブを引っ張り出して羽織る理性だけはキープ。
 行き先は決まっている。


 深夜、アスファルトの上を裸足で走ると路面にはまだ昼の熱気が篭もっていた。等間隔で小さな水たまりがあった。
 うだる暑さにすぐ体温が上がり身体が重くなるが香苗は無理やり走った。


 吉村隆弘(男性 23歳 独身)が自室(1LDK)の扉を開くと、交際中かつ絶交中の幼なじみがうずくまっていた。
 なぜかバスローブ姿で、長い髪の端が地面につくのも構わずに。

「おま……どうしたんだよ」
 泣いていると思った。彼女は黙って水たまりを指でなぞっている。
 涙だとすると非常識に多い、が。
「カナエ? おい……」
 言葉を止めると、隆弘も屈みこんだ。今はとにかく泣いている彼女を慰めようと思ったのだ。
 折角の「きっかけ」であることだし。

「だまされないわよ」

「あ?」

「目とか手とか落ちてないし」

「はあ?」

 きっぱりと香苗が立ち上がる。泣いていない。この熱帯夜になにをしたのか汗みずくではあったが。

「おい、なんだよ一体……」

 立ち上がりの遅れた彼氏の脇を抜けて香苗はずんずんと部屋に上がりこむ。

「おい、なんだよ一体……」

 勝手知ったるよその家の勝手知ったる冷蔵庫をばかっと開くと雪だるま。
 融けて本格的に情けない顔になっているがまだ辛うじて雪だるまだ。

「なんだ、それ?」

 雪だるまである。手袋の指先からぽたぽたとしずくが垂れている。

「ね、タカヒロ。」
 謎の侵入者を指差しながら香苗が振り返る。

「この子、なにしに来たんだと思う?」

 わだかまりの融けた、いたずらっぽい微笑みだった。
(了)
(初出:2011年08月)
登録日:2011年08月30日 17時39分
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