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天野雅
著者:天野雅(あまのみやび)
埼玉県生まれ、千葉県育ちの関東人だった。結婚を機に関西の人間になる。現在は関西とも東海ともいえる近畿地方に在住。10年経って方言にも慣れた。血液型はマイペースで知られるB型。住めば都を地で行く性質。ネット作家歴20年。同人作家歴はプラス5年。趣味は映像鑑賞。写真撮影。歌唱。創作料理。好物は自然万物一般。美術芸能一般。パソコン。ゲーム。漫画。文章。
小説/ファンタジー

約束の夏(3)

[連載 | 完結済 | 全4話] 目次へ
雨に打たれながら玲子を探しに弓道場まで来ると、中から玲子が現れた。しかし、何かに取り憑かれているのか、まともではない。浅井の夢、汽笛、レール、様々な符号が収束しはじめていた。
5.ショッキング・アクシデント

 庭って呼び方は正式じゃないけど。
 弓道場の平屋造りの建物の外には、的までの空間、土を踏み固めた空きスペースがある。矢が飛んでく場所(矢道)があるんだ。僕のいう庭とは、つまりそこの事。
 弓道場と校舎に挟まれて、片側には民家。建物に囲まれたこの場所は渡り道よりいっそう暗い。
 建物の中へは、ここからなら雨戸を外せば入れるはずだ。
 雨でぬかるんだ足元に気をつけながら、手探りで手近な雨戸を1枚……
「――きっ木崎」
 僕の左に立った竹重が、不意に僕の腕を押さえた。
「なんだよ」
「あれ」
 竹重の指す方を見て僕は唖然とした。だって一所懸命、屋内に入ろうとしてたのに右側中央の雨戸が開いてて、そこから玲子が出てくるところだったんだ。
 そして……さっき呼んでもまるきり反応しなかった玲子は、庭に下りて初めて僕を認めたのだった。
 僕と玲子の目が、暗がりの中でばちっと合った。雨と汗が生ぬるく背すじを伝う。
 もし。幽霊の瞳を覗きこんだら、こんなのだろうか?
「だれ、あなた……」
 玲子――いや『彼女』は、初めて口を開いた。僕に、言ったんだ。
 周囲の雑音にまぎれても声は不思議なほどストレートに聞こえてきた。消え入りそうに途切れがちなのに、耳元で囁かれているような錯覚。もちろん玲子の声の筈だが、テンポやトーンが違うのでまるで別人だった。
「ぼ……く、は」
 雨に打たれているのにノドが乾いていく。目が――、外せない。
 そうだったのか……頭の隅で考える。甘かった。玲子は山田と同じく何かに導かれてると思っていたが、そうではなかったのだ。
「……だぁれ?」
 舌足らずな言葉の運び。物憂げな雰囲気。すべてが玲子にそぐわず、僕は急に腹が立った。
「玲子を、返せよ」
 ひとこと出ちまえば、あとは楽だった。まさに立て板に水。
「あんたこそ、なんなんだ? それは玲子の体だぞ。こんな所でうろうろしてないで、さっさと成仏したらどーなんだっ」
 ずだんっ!
 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
 茫然と見る間に彼女の上体がぐらりと揺れて、その場に崩折れた。
「玲子っ」
 走り寄ったのは竹重だ。力なくしなだれかかる玲子を抱えあげ、
「――気絶してる」
 ちらりと開いた雨戸を見、
「入口の鍵は内側からも開けられるんだよな」
 と一言。
 そして僕を見た。
「木崎、腰抜かしてんじゃねーぞっ。オレは2人もいっぺんに運べないぜ」
「はは……そんな情けないザマ、さらすかよ」
「そうか。なら行く」
「まっ待て待て」
 玲子を抱え、靴を脱いで屋内へあがりこもうとする竹重に、
「この矢。どーする?」
 僕の頭の、数十センチ左。雨戸に刺さった矢に、ぶら下がるように片手を掛けて、僕は訊いた。
「そんなもん、明日片しゃいーだろ」
 靴を取り上げて、中へ消える。
 畜生、なんだかんだ言っても、あいつは俺より場馴れしてるんだ。
 僕は正直、足ががくがくで、雨戸に体重を預けて立ってるのがやっとだった。
 弓道の矢は木製だとばかり思っていたけど、どうやら金属の感触だった。1メートル以上と、かなり長いが、どう見積もっても軽そうだ。いったいどのくらいの力が加わったら戸板に刺さるっていうんだよ。ていうかどっから飛んできたんだ、これ。
 濡れた背中に寒気が走る。気持ちが悪い。風も息苦しく感じるだけだ。
 ……その時。
 空気が一瞬光った……気がした。
「竹重。おーいっ」
 建物の中へ入っていく竹重へ、やっとの思いで声を張り上げる。
 だがそれをかき消す勢いで雨雲のかなたが裂けたかのような音が辺りを支配した。
 バリバリと空気が轟き、続いて腹の底を打つ低い残鳴。
 雷だ。
 雨が大粒になり、いっそう僕の全身を叩く。
「なんだ?」
 ひょっこりと竹重が顔だけ出し……雨の激しさに慌てて引っこんだ。
「雷なんて別に珍しくねーだろ。早く帰ろうぜ、畳が恋しいよ」
 いつから畳が彼女になったんだ……
 なんて、おちゃらけている場合じゃない。
「待てって」
 雨が滝のように落ちてくる。僕はたまらず屋内へ頭を突っこんだ。暗くて何も見えない。
「竹重、ちょっとは霊感あるんだろ!? 何も感じないか」
「感じねーよ」
「即答かよ、分かった。それはいいとしてだな、今、光ったんだ」
「だから早く帰ろうって。まだ遠そうだけど」
 ――あん……?
「違うって! 稲光じゃない」
「じゃあ何だよ?」
「それが分からないから呼んでんだろー」
 僕はもういい、と半ば意地になって軒下から飛び出した。
「き……!?」
 竹重が何か叫んだが、雨の音に消されて聞こえない。ぐっしょりと重くなったスニーカーを裸足にひっかけて、ずぶ濡れになりながら、すっかり水が溜まって沼さながらの矢道を走った。どしゃどしゃ降り(強調してみた)の雨の中、負けじと足音を立てて。
「木崎ぃ?」
 竹重の声が追ってきたが構わず的場へ向かった。正確に言うと的場の向かって右隅。
 さっき稲妻に反射して何か光ったんだ。気になる。
 的場はトタンでできた簡単な作りの屋根があり、それが豪雨に音を立てて小太鼓よろしくリズムを奏でていた。
 あまりの騒々しさに片耳を押さえながら、今は的のない安土を探す。いや、もっと右だ。
 的場と敷地の右側に続くブロック塀の間を、ほんの1メートルばかりの植えこみがつないでいる。ここか? ――否――
「おっと。あった……」
 的場と植えこみのつなぎめの前に立つと植えこみの後ろの塀に切れ目が見えた。
 塀の向こうは、すぐに校舎の壁だとばかり思っていたが。
「何があるんだ?」
 耳元で大声がして、横から竹重が隙間を覗きこんだ。
「空き地?」
 それは恐らく誰も踏み入ることない場所だった。手前は的場の塀と植えこみ、左は部室棟の壁に。右は民家との境のブロック塀、奥は校舎の壁、と。四方をがっちり囲まれて人知れず遊んでいる、草ぼうぼうの『校庭』。
 そして今は豪雨に打たれ、うなだれている草葉の間から垣間見える。あれって――
「おいっ、あそこ」
 竹重も同時に気づいたらしい。
 僕は雨に洗われた鈍い輝きを凝視しつつ、答えた。
「断線されたレール、だな」


6.八つめの怪

 今年の春からだ。
 どういうわけか、生徒の間で急に噂が広まった。
『深夜になると無人の校舎に汽笛が響く』――
 ところで我が二高には蒸気機関車研究部なんていう文化部があって、工作室の片隅にD51の模型なんかが置いてある。製作者は10年以上も前の卒業生で『交通事故で死んだOBが、成仏できずにSLを動かしてるんだ』なんてまことしやかな『噂の真相』も飛びかった。
 だがこの騒ぎは、それだけでは収まらなかった。
 火のないところに煙は立たず、といわれる通り具体的な現象が明らかになったんだ。
 6月の雨の日、学校の敷地内から悲鳴のような断続音を――汽笛を聞いたと、近所の老人から苦情が寄せられた。
 家には防音サッシなどなくて、雨戸は昔ながらの一枚板。外の音は遠くを走る車のエンジン音さえよく聞ける。その時は寝ぼけていたし、最初は風が鳴っているのかと思った。時間も特に確かめなかった。しかし妙に尾を引くその音はいつまでも耳に残り、朝になってあれは汽笛だったかも……と思った、という。
 しかし相手は老人だ。
 学校側はあたりさわりのない応対の裏でくだらん世迷いごとだと一蹴したのだが、なんの対処もしなかった数週間後の梅雨明け直前、再び抗議の電話が鳴った。
 こちらは日付も正確だ。7月第2土曜日、午前2時。大雨のさなか。
 生まれたばかりの初孫の世話で、うつらうつらしていたのですぐ目がさめた、時間も確かめた、と年配の女性は言ったらしい。
 重要なのは、訴えの内容が一致している点だ。
『それは二高の方角から聞こえました。放送機具の故障なら直してください』――
 夏休みを目前にして、この現実は生徒達の絶好の暇潰しとなった。気味悪がっておびえる生徒も出て、PTAも問題視しはじめた。学校側は夜に教師が見回りをする当直制度も廃止しているし、正確な答えもできない筈だが『そんな事実はありません』と言いはった。
 生徒や親がそんな言葉で納得するもんか。
 実は僕らが以上の流れを知ったのは、秘密裡に調査を……と、生徒会長からリーダー杉野に要請があったからなのだ。

   ◆

 合宿所に着くと、僕と竹重は交代で風呂に飛びこんだ。雨に打たれた身体を改めて温める。パジャマ代わりだったスウェットは下着ごと旧式の洗濯機に放りこんで制服を着た。水洗いして絞ればいいだろう。数分まわして天井に渡してあったビニル紐にてきとうに引っかけておく。明日着るつもりだったワイシャツが、さっきとは雲泥の差で素肌に気持ちよかった。
 そのあいだに山田と浅井は女子部屋で玲子の服を着せ替えていた。玲子の意識はまだ戻らない。余談だが雷雨の中、竹重が負ぶって僕が後ろから支えつつ鉄の階段をあがって運びこむのは本当に大変な作業だった。
 いつもなら山ほど文句をたれながす竹重がさすがに言葉少なで、僕は女子達が深刻なムードにならないように慣れないジョークまで言って励まさなければならなかった。
 僕と竹重は合宿所にたどり着くまでに打ち合わせた通り、洗濯室からリーダー部屋に戻ったあとはオカルトじみた矢の件を除くすべての出来事を話した。
「弓道場の奥にレール……ですか」
 説明が終わると最初に口を開いたのは意外にも浅井だった。確認なのかつぶやいて、しかしそれきり黙ってしまう。いつも後輩として遠慮深く、意見を求められた時以外おとなしく話を聞いていた彼女にしては、珍しいことだった。
 時刻はそろそろ10時になろうとしている。
 玲子は女子部屋の布団に身を横たえていた。額には保冷剤をくるんだタオルが乗せてある。少し熱があるらしい。
「精神離脱ができる玲子さんだから、利用されたんだね、きっと」
 山田が言い、竹重が胡坐に組んだ足をのばしたり曲げたり落ち着かない様子で「まさかこれから先ずっとこの状態、なんて事はないよな?」
 僕に訊かれても困る。
「そんな。……そうだ、あたしちょっと電話してみる」
「え? 誰に」
「リーダー。玲子さんが夕方、報告したきりだったと思うし」
「動けないあいつに電話なんかしたって、無駄じゃねぇ?」
「無駄なわけないじゃんっ」
 竹重の疑問に当然のごとく山田は反論した。
「リーダーなら、きっと玲子さんの処置もレールのことも、すぐに調べてくれるんだから」
 山田は一気にまくしたてながら女子部屋へと小走りに向かう。
 校則により、校内活動中のケータイ端末の使用は禁止されている。もちろん素直に従う優等生ばっかりじゃないが、一応僕ら類友同好会のメンバーは周囲からあまりウケが良くないことも分かっているんで、おとなしくしているほうだ。
 でも校内で使えないだけで、必携の品であることに違いはない。それに今回は非常事態だろう。親から、何かあったときの為にと買ってもらったものなんだ。いつもはオモチャ同然だとしても下校時に急な雨などで駅まで家族に迎えを頼むことだってある。
 ちなみに杉野、玲子、浅井はスマートフォン、僕と竹重、山田はフィーチャーフォンを使っている。お互い番号もメアドも知っているが、日常、そう使用することはない。週に1度の活動で顔をあわせるくらいで充分だから。
 もしかして台風の接近に親が心配しているかも、と思い僕も持参のスポーツバッグからケータイを取り出した。メールだけチェックしてみる。案の定、母親から短い文章が届いていたが僕は問題ないよ、とだけ返した。この事態を伝えたところで、どうにもならないだろう。
 ふと見ると竹重も反対側の壁際に置かれた荷物から何か取り出していた。広い背中に隠れて手元までは見えない。
「浅井も家族が心配してんじゃないか? 大丈夫、くらいメールしてきてもいいよ」
 僕は膝を抱えてうつむいている浅井に声をかけたが、反応がなかった。
「大丈夫じゃないかも、だけどさ……」
 つけたした時、山田が戻ってきた。
「ダメ、留守電に切り替わるだけ。しょうがないからメールも送るわ」
「そっか」
 タイミングの悪い。風呂か、充電中か。
「なんて書こう? 玲子さんも、まだ……」
 片手に折りたたみのフラップを開いたまま、浅井の横に坐りこむ。
 相談を持ちかけた浅井が黙りこんで顔もあげないので、山田は首をかしげた。
「浅井さん?」
「あっ、うつったうつった!」
 いきなり竹重が大声を出して、僕らはびっくりして振り向いた。
「な、なん――」
「コレ、」
 見ると竹重は片手に少し余るくらいの白い……ゲーム機?
 小型の本体から上にのびているのは銀色の細い棒で、持ってきたそれを覗きこんでやっと、どうやらアンテナらしいと分かった。
「うちの親が台風来るみたいだから持ってけって貸してくれたんだよ、忘れてた」
「……ほー」
 そういえば、そんな情報をインターネットで見かけたことがある。災害時の強い味方。実際の普及率がどうだか知らないが、携帯ゲーム機にワンセグ受信アンテナを接続すればポータブルテレビの完成だ。
「竹重がそんなものを持ってくるなんて」
 山田が僕の感想を先に言ってくれた。
 意外だった。
「オレんちじゃアンテナが立たなくって、観れないんだけどさー。壊れてなくて良かったぜ」
 ……どうやら普段あまり役に立っていないらしいな。
 ともあれ胡坐をかいた竹重の手のうえで、ケータイ画面ほどの大きさの液晶はカウンター越しに喋る、おなじみのニュースキャスターをうつしていた。
「聴こえないけど」
「うーん」
 竹重の太い指がが外殻の側面で不器用に動いている。
『この土砂崩れで、緑越線(りょくえつせん)は上下線とも不通となっております――』
 不意に、音量マックスになったテレビの声が響いた。
「嘘っ!?」
 すっとんきょうな声を上げたのは山田だ。びくりと浅井が顔をあげた。
「びっ、びっくりするだろーっ、おどかすなよ」
 今度はおまえかよと抗議するが山田はスルーして興奮気味に続けた。
「今の聞いた? 今言ってたやつ」
「うん。それが何?」
「緑越線て、リーダーの使ってる私鉄線よ」
「えっ。じゃあ明日も杉野、もしかしたら来られないってか」
「そう……なる……」
 まじかよ?


7.浅井の告白

「あのう、先輩」
 ためらいがちな声が僕達の会話を割った。
 ずっと黙っていた浅井は考えごとをしていたんだろう。思いつめた感じの瞳に、そう察したのか竹重はテレビのスイッチを切り、山田はケータイを閉じて姿勢をあらためた。
 それじゃ空気が重くなるだろー。
「はい、なんでしょう浅井さん」
 僕が片手でマイクをさしだすそぶりで軽めに応じると、浅井は目を伏せて、
「弓道場で見た、レールなんですけど」
「ああ、うん」
 あいづちを打っても黙ってうつむいている。説明が必要なのか。
「弓道場の狭い敷地でね。偶然見つけたんだけど、錆びたレールは2メートルくらいあったかな。本来なら2本1組のレールが、なぜか1本だけで。枕木は腐ってた」
 僕は自分の指に視線を落とした。指先がまだ少し汚れている。竹重を植えこみの前に待たせ、僕だけ塀を乗り越えたんだ。冷たいレールの感触をまだ覚えている。半分以上錆びに覆われた鉄の。
「それはやっぱり、うわさの汽笛と関係があるんでしょうか」
「どうかなあ。冷静にみれば、あれは誰かが捨てたか、ここを昔電車が走っていた証拠、ってことだろうな。単に」
 ただし現在の路線とは大幅にズレているけれど。
 なんとなく失望した表情を浅井がしたんで、僕はゆっくりつけ加えた。
「俺はもちろん、今回の全部はあれに関係アリだと思うけどね」
「汽笛と……あたしの聞いた声と、玲子さんのと、ね?」
 横から山田が確認してくる。
「そう」
 もしかしたら緑越線の土砂崩れも、杉野の骨折すら……でもそれは言わないでおく。
「先輩、」
 今度の浅井の顔は真剣だった。
「私、ここに入学してからよく見る夢があるんです。聞いてくれますか」
 怒ったような、抑え気味の口調と迫力に僕らは気押されるまま、うなずきでその先をうながした。
「入学してから……、正確には受験の日からです。最初は気にしなかったんですけど、繰り返し見て怖くなって……だけどこんなこと、誰もまじめに聞いてくれないし」
「そっか。まあ、俺達これでも『超常現象同好会』だしさ。そんじょそこらの何も知らないようなヤツよりはマシだと思うよ。安心して話してくれていいからさ」
「そうそう。夢ってほとんど荒唐無稽だけど、まるきり意味ナシってわけでもないらしいから。フロイトさんも言ってるもんね」
 山田もなかなか言うじゃん。
 浅井は幾分楽になったのか、表情をやわらげて先を続けた。
「最初は10日に1度くらいだったのが、最近はほとんど毎日見るんです。私の知らない女の子が……同じ歳ぐらいの子が出てきて、泣きながら私を見て手を振りながら走ってる……。私はその子から遠ざかりながら、『帰るから、必ず帰るから、また会おうね』って姿が見えなくなるまでずっと言い続けるんです。女の子は『待ってるから、ずっと待ってるから』って叫んで……。夢はそれだけなんですけど――」
 ためらいがちな浅井のセリフは、そこで途切れた。
「なるほど。それで?」
「それが――」
 また斜めにうつむいて、黙ってしまう。
「そこまで話したんだから、言ってごらんよ」
 しかし浅井はまだ続けるのを迷っている。もう一押しか。
 気楽な口調でゆっくりと僕は言った。
「なあ。もう、……何ヶ月も? 最近も見たんだろ? ただごとじゃないのは分かる。力になれるかも知れないんだからさ。全部話してみなよ」
 ふっふん、竹重が鼻を鳴らした。
「なんだよ?」
「珍しく喋りが熱心だよなぁ、木崎クン」
「ど、どうでもいーだろそんな事」
「――夢を」
 浅井が口を開いた。僕達はサッと集中する。
「見る回数がだんだん多くなっても、内容は変わらないんです。ただ、少しずつ記憶に残るようになってきて……」
 穴の開くほど強い視線を床の一点に止めていたと思うと、唐突に顔をあげて、
「あの、リーダーから何か聞いてませんか」
「杉野から?」
 僕らは顔を見合わせた。山田も竹重も何も知らないようだ。浅井はおずおずと説明した。
「4月に……リーダーから勧誘された時、言われたんです。『うちに来れば、今キミが見てる夢の謎が解けるから』って」
「なんだって?」
 杉野っ、いくら存続が怪しくてメンバー増やしたいからって、人をだますような真似しちゃおしまいだろーが。
 と、心でののしったつもりが表情に出たのか、山田に頭を叩かれた。
「リーダーがそう言ったなら本当にそのつもりだったのよ」
「……ああそうかよ」
 いってーな。
「あの、リーダーは本当に何か知ってたんです。私の夢のこと、誰にも話してなかったのに当てられて、すごくびっくりしました」
 ホントかよ。
「しかしこんな時にいないんじゃ、解くも何もないだろ」
 山田の手がまた飛んでくるかと思ったが、それはもうなかった。
「そうね……せめて話ができれば」
 言いながらケータイを握りしめる。着メロの鳴る気配はない。
 僕は何か忘れているような気がして少し考えた。
 あっそうだ。
「で? 記憶に残った夢の詳しい部分ってどんなの?」
 えっ、と浅井の視線が揺れた。話をそらしたつもりでいたのか?
「……女の子の格好が……」
 言いにくそうな浅井を見兼ねて、山田が先を読み取った。
「ふうん? 変わった服でも着てた?」
「っていうか。その……上は白いブラウスなんですけど、下にモンペをはいてるんです。黒地に白い格子模様が入ってて。で、長い髪を三つ編みにしてて」
 その時、窓が一瞬白くなり、すぐ大音響が轟いた。
 浅井が短く悲鳴をあげた。
 近いな。
「大丈夫、ここには落ちないよ」
 僕はハッタリを言った。杉野のことは言えないや。
「うん、停電もしてないしね。それで、浅井さんがどんな格好をしてるのかは?」
 浅井の肩をさすってやりながら、わざとのんびりとした口調で山田。
「分かりません。……でも女の子に叫び返しながら、いつも片手で帽子を振ってました」
 ふうむ。
「女の子が走ってて浅井さんが遠ざかる。再会を約束して……。別れの夢、だよね。どうしてそんな夢を見るんだろう?」
 山田が要点をまとめた。浅井は立てた両膝の上で両腕を抱える格好で小さくなって、また畳の一点を見てる。
 もしかして、その夢を見る原因に何か心当たりがあるのか?
 訊こうと思ったら、先に竹重が言った。
「モンペって、農家のコなのかな?」
「それだけじゃ判断できないよ。ね、服装のほかには?」
 と山田。浅井は小さくまばたきして顔をあげた。話す気になったんだ。
「近くでずっと大きな音がしてるんです。私達が叫んでいたのは距離が離れていくせいだけじゃなくて、それがうるさいこともあって」
 ある予感がひらめいたが、浅井がはっきり口に出さないので、僕は訊いた。
「何の音?」
 浅井は苦しそうに答えた。
「たぶん……汽笛……」
「えっ!?」
 大袈裟に声をあげたのは山田だった。
 そうか……杉野には分かっていたんだ。
 深夜に響く、謎の汽笛の噂。
 受験当日から見続ける浅井の夢。
 今春からという時期と、二高という場所の符号が、事件の関わりに偶然性を許さない。
 そして弓道場で見つけたレール。
「きっと」
 何からどう話そうかと考えをまとめていた僕より先に、山田が口をひらいた。
「昔ここを走ってた列車が、浅井さんにその夢を見せてるんだわ。じゃなければその、夢に出てくる女の子が。あっ、ひょっとしたらその子って駅に憑いてた自ば――」
 げ。おいっ!
「浅井はその子に見覚えがないわけだよな?」
 僕がニラミをきかせながら強引に割って入ると、山田はふくれかけて黙った。続きは笑ってごまかす。……ドジ! ったく、自縛霊なんか持ち出したら彼女が怖がっちまうだろーが。
 浅井が不思議そうに僕らを見比べている。なんでもない、と僕は続けて、
「まあ、全然関係なくてもたまたま波長があって、影響を受けたりもするらしいからな。その夢がさっき見つけたレールと関係あった場合さ」
「はい。関係あると思います。……実は私、受験の日に弓道場で昼間なのに、はっきり何かが光るのを見たんです」
 なるほど。それが浅井の『心当たり』だったんだ。
(つづく)
(初出:2014年09月03日)
登録日:2014年09月03日 11時37分
タグ : 学園 幽霊

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